懐妊報告

有名人でもないのに、ちょい大げさなタイトルになりました。

それはさておき、ついに奥さんの妊娠も安定期に入ったので、双方の両親に懐妊報告をしたのです。

それは双方ともに喜んでくれました。

ウチの親の喜びもひとしお。


奥さんのご両親にとっては初孫になるので、これも喜びで舞い上がってる感じで。

これから友人や職場に伝えていくので、反応が楽しみです。

なにしろ僕たち夫婦にとっては、結婚7年目の初めての子供、待ちに待った子供。

奥さんのお腹もぷっくり膨らんできました。

これこそ幸せのカタチ。


ここ数か月、何回か病院で診てもらってきたエコー写真を見るたびに、

段々大きくなって、頭のカタチ、人のカタチになってきているのに驚く僕。

まだまだ安心はできないけど、人生の中で自分の子供を持ちたいっていう願望が強かった僕なので、今は安堵の気持ちがあります。

とにかく五体満足で生まれてくるのが一番。

今はそれ以上は望まないかな。

大きくなれよ、マイ・ベイビー。
 

妊娠報告

2010年12月2日15:59、奥さんから報告を受けました。

「病院で見てもらったら、妊娠してた!」


なんて嬉しい言葉だったんだろう。

僕たち夫婦はこの時をもう6年も待っていた。

嬉しくて嬉しくて、どうしようもないほどに嬉しかった。

長年の胸のつっかえが、一気に解放された瞬間。





家に帰って写真を見せてもらうと、ほら、この小さい袋みたいなのが僕たちの子供だとか。

ようやく逢えたね、マイ・ベイビー。

順調にいったら、来年8月中には君をこの手で抱けるかな。


君に逢えた感動を残したくて、定期的にここに言葉を残していくよ。
 

祖母の葬式

祖母が94歳の大往生を遂げた。

後悔は募るもので、ここしばらくお逢いしていなかったから、

生きているうちに逢いに福島まで行こうと思っていたのに、

結局、その福島行きは祖母の葬式に参加するためのものになった。


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密かに父の落胆ぶりを心配して、土曜日の早朝に狭山の実家まで帰る。

圏央道がつながったおかげで、愛知から埼玉まで4時間もかからずに着いたのはちょっと驚いた。

それから外環〜常磐道で福島の南相馬市・原ノ町へ、これまた5時間のドライブ。

久しぶりに両親と一緒のドライブ、心配したほど落胆はしていない様子で、ちょっと安心。


福島の紅葉はまだ始まったばかり、久しぶりの景色で感じたのは、

その田園風景が愛知や岐阜ともまた違い、なんというか、段違いにのんびりしているところ。

これが相馬の文化なのだな、今だから分かる違い、田舎ぶりのランクが際立っていたよ。


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さて、祖母の出棺にギリギリ間に合って、おばあちゃん家に到着。

動かずにいるおばあちゃんに驚き、肌に触れてその冷たさに驚き。

みんなで白装束を着せてやり、白の綿帽子に包み、花束や手紙と一緒に棺に入れる。


葬儀場まで移動して、久しぶりの親戚一同、それから従兄弟たちと逢うのは楽しかった。

もう10年ぶりに逢う従兄弟たちばかり、それぞれ子供を連れてきていて、それが驚き。

雰囲気は湿っぽさがあまりなくて、祖母の死以上に、久しぶりに全員集合した親戚一同だから嬉しさが勝る。

それもこれも、いつも優しい表情をしていた祖母の人柄がなす技なのかな。

真言宗本願寺はお焼香の時に、額にかざすことをしない。

告別式はみんなそのシキタリを不器用そうに学んで、なんとか無事にセレモニーを終えた。


悲しいイベントなのに、おばあちゃんから見たら孫たちが揃い、

さらに曾孫たちが楽しそうにはしゃぎまわっているから、悲しさがないじゃないか。

なんと僕はスーツを忘れるという世紀のミスをしてしまい、翌日来る兄にもってきてもらうことにした。

子供や従兄弟たちと遊んで、親戚の輪を感じるかけがえのない日になった。


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翌朝は時間があったので、おばあちゃんの家の裏、昔に父とよく散歩した場所を一眼レフで撮りにいった。

木造だった橋はすっかり鉄筋に、流れが急だった川は、堤防がしっかりした今時の川に。

とんぼを採った山道を歩いて、カブトムシを探した公園をぷらぷらと歩いた。


原ノ町駅はあまり変わっていなかったなぁ、到着する兄家族を待って、懐かしさのあまり駅うどんを食べたり。

兄が合流すると、ますます大きくなった姪っ子が可愛くて、親戚一同にも笑みが浮かぶ。


お葬式の最後、棺に花をみんなで入れて会場を後にするとき、涙が出そうになった。

こんなに温かく、多くの人たちに見送られる最期は、幸せなものだな。

火葬場に着き、あのおばあちゃんの姿はこの世から消えていってしまった。

骨を拾うときになると、もうリアル感はなくなって、他人というかモノのような祖母。

愛しいイベントだったよ、悲しみの中にある喜び、喜びの方が増していて、悲しさを忘れさせてくれる。

姪の可愛さ、それから親戚の10歳の男の子とずっとしていた鉄道話が楽しかったなぁ。


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夜はみんなでご飯を食べに行って、翌朝は父親と昔の散歩道を一緒に歩いた。

みんな集合の中、別れる時は大盛り上がりで、親戚の温かさを感じた。

写真もいっぱい撮ったから、親戚一同に送ってあげよっと。

常磐道を戻り、ちょっと東京で仕事などをして、それで狭山駅まで戻ると、駅が大改装していた!

車で中央道を通って愛知まで戻るのはさすがに疲れもピーク、ギリギリの体力でした。


悲しみの中の喜び、家族親戚の温かさ、記憶に残っている田舎の景色。

嬉しいものにいくつも出逢えて、悲しいイベントではなく、愛しいイベントでした。
 

東寺 枝垂れ桜 写真

密教美術品の宝庫、東海道新幹線から見える五重塔は京都のシンボル。

 

 

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僕はそういうイメージしか、東寺には持ち合せていなかった。

 

 

東寺_枝垂れ桜_写真2.jpg

 

 

桜満開の季節、東寺を訪れてみるとどうだろう、入口に構える枝垂れ桜の美しいこと!

満開の枝垂れ桜越しに撮る五重塔は、春の京都をそれだけで体現しているじゃないか。

 

 

東寺_枝垂れ桜_写真3.jpg

 

 

仏像に夢中になるはずだったのに、その前に枝垂れ桜の虜。

これほど見事な枝垂れ桜は、他には円山公園のものぐらいしかない。

醍醐寺や平野神社が桜咲き乱れの美ならば、東寺と円山公園は一本勝負の太幹桜。

 

 

東寺_枝垂れ桜_写真4.jpg

 

 

気を取り直して、講堂と金堂の仏像を拝見。

ここ東寺は京都でも最高峰の仏像を保持している、貴重なお寺。

講堂の立体曼荼羅図は、もうありえないぐらいの宝物の連続。

 

 

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僕の一番の興味は、不動明王。

東寺の不動明王は、日本にある不動明王のうちで、インド・中国の原型に最も忠実なもの。

肩から腕のラインには、インド・中国の原形を湛えていて、しかも猛烈に怒っている様に遠慮がない。

 

 

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その他にも国宝・重要文化財の仏像が無数に立ち並ぶ様は、なんとも背筋が伸びる思い。

特別拝観できた宝物館をまわると、まだまだ出てくる、おびただしい数の密教美術品。

 

 

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まさか空海の風信帖(有名な書)のオリジナルがあるなんて!

三国志の呂布そっくりの仏像・兜跋毘沙門天まである。

 

 

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凄いな、東寺、その宝物の種類といい、数といい、質といい。

 

アメリカビザ パスポート更新

「パスポートを更新したのですが、前のパスポートに残っている有効中のアメリカビザは自動的に失効するんですよね?」


そんなこと考えたこともなかった。

 

お客さんからの電話を受けて即答できなかったわたしが頼るのはもちろん、ケンしかいない。


少々お待ちください、と断ってケンに聞いてみると

 

「パスポートを必ず二冊両方もって入国するように言いましょう、

 

パスポートを更新しても古いパスポートに残ったビザは有効期間中は生きています」との返事だった。

 

お客さんに答えた後でケンに改めて聞いてみると、「よくあることだよ」と彼は言った。

 

 

アメリカビザ写真2.jpg

 


「なにしろアメリカビザは有効期限が長い。他の国のように1年や2年じゃない、3年から5年、ものによっては10年だしね。


普通はパスポートが切れればビザは取り直しになるんだよ。

 

でもアメリカは違うな。両方持ってゆけばいい。なんていうか、合理的だよ」

 


「なるほどねぇ〜。それは合理的でいいわ。他の国にはない制度なのね」

 

 

「唯一、オーストラリアのシールビザだけは同じルールだけど、他はみんな取り直しだね。

 

これはなかなかいい制度だと思うよ」

 

 

そう言ってケンは嬉しそうにしていた。


なんだかんだ言っても、ケンはアメリカビザのことが好きというか、嫌いじゃないんだ。わたしはそう感じたよ。

 



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