ブラジル人 アメリカ通過ビザ

「それでかわいそうなことになったのが、ブラジル人の方々だ」

 


そう言われて、わたしはコーヒータンブラーを持つ手を止めた。

 

ケンに言われるとよっぽどのことがあるんだな、と薄々感づくようになっているから。


「そうしてアメリカは全外国人に入国時の指紋採取と顔写真撮影を義務付けたよ。

 

この生体認証技術の導入によって、指名手配中の犯人が数千人単位で捕まった、というプラスのことはあった。

 

でもマイナスのことがね、まずは入国時にかかる時間のロストのことを考えれば

 

物凄い損失になるのだが、もっと目に見える反応をしたのがブラジルなんだ」

 

気が向いたから3時のコーヒーをケンにも入れてあげて、

 

またわたしがしつこくアメリカビザの難しい質問をしていたら、話がこっちにそれてきた。

 

「いい?ブラジルから日本に来るときに一般的なルートはアメリカ経由なんだよ」

 

「ってことは、アメリカがトランジット客もすべて入国する、というルールを作ってしまったら、

 

まさかブラジル人はみんな入国?まさかビザがいるの?」

 

「そうなんだ。ブラジル人だけじゃないよ、

 

南米やメキシコの方々もアメリカを経由する限りはビザが必要だよ。

 

ブラジルは日系人が多いから、これは深刻な問題になった」


「アメリカを通らないルートはないの?」

 

「ヨーロッパ経由だね。ただ、料金が高くなる。それも数万円単位で高くなるからあまり賢明な方法ではないんだ」

 

「それはかわいそうじゃない。ビザなんか取れるのかな?」

 

「ちゃんと申請すれば取れるけど、トランジットビザというアメリカビザのカテゴリーはC1ビザになるね」


「もちろん面接ありでしょ?」


「あぁ、それもかわいそうだ。時間もそうだけど、金銭的なデメリットが大き過ぎる」

 

「ちょっと聞くに堪えないお話ね。アメリカの言い分も分かる気はするけど」

 

「toko、すごいのはブラジル側の反応なんだ。

 

報復措置として、ブラジルに入国するアメリカ人に限り、やはり指紋スキャンと顔写真撮影を義務付けた。


これでアメリカ人だけが、入国の際に長蛇の列を作ることになったんだ」

 

「思い切ったわね!それもアメリカ人だけ、なんて露骨な報復じゃない」

 

「それにビザ料金もアメリカ人にだけ高くした。ブラジルは怒ってるんだよ。

 

これは僕がずっと恐れていた負の連鎖、報復のビザルールだけど、

 

一石を投じる意味ですごく大事なことなのかもしれない。

 

だって、全員が面接の上にビザを取るなんて本当に迷惑なお話なんだしね」

 

「でも。。。世界中に広がらなければいいね、そういう報復とか仕返しとかが」

 

わたしもしんみりコーヒーをすすりながらそう言うと、


ケンは机の中から美味しそうなチョコレートを出してきてわたしにくれた。

 

「そうだよ!・・・で、なんでこんな話になったんだっけ?」


とぼけて言う。

 

「だから、JL048便でニューヨークで1ストップしてサンパウロに入るケースは

 

アメリカに入国するの?ってわたしが質問したんでしょ」

 

「あぁ、そうでしたね。荷物は受け取らなくてもいいけど、入国は必須なんだ。


そうでした、そうでした。まぁ、まぁ、そのチョコレートでもどうぞ。


ベルギー帰りのお客さんからもらった美味しいやつです」

 

ケンはそんな感じで話を明るくまとめていったけど、

 

アメリカビザへの明らかな報復行為が行われている、と知ってわたしの心は暗くなった。

 

互いを信じる良い心なんて、現実の世界ではまだまだ先なんだと知ってしまったから。

 

 

アメリカビザ 偽装結婚

「ケン、これは昔のことだよ、今現在の話じゃない」

 

溜池山王駅の改札を出てアメリカ大使館へと向かう長い地下道、隣で歩くフレディが思い出したように話しかけてきた。

 

「大阪に住む知り合いの弁護士から電話が入ってね。家族のL2申請で、

 

ちょっと変わったことが求められたケースがあったんだ」

 

「ほう。変わったこと?」

 

「そう。よくあると思うが、夫が渡米した後に入籍した妻だけがL2を申請するパターンだよ。

 

ケンはいつも何か婚姻関係を証明する書類をつけているかい?」

 

「結婚したばかりの夫婦の場合もそうだけど、戸籍謄本を僕が英訳してサインしているな。

 

それは毎回やっているよ」


「ケン、それが正解だ。まさかパスポートの名前を直しただけでもう家族関係が証明できたと思い込んではいないだろう。

 

ところがね、それ以上のものを要求されたケースを聞いたんだ。

 

それはね、入籍してから一夜でもひとつ屋根の下で共に過ごした事実関係が


あるかどうかの確認を求められたという」

 

「フレディ、そいつは聞いたことがないな。ひとつ屋根の下での一夜?

 

なんだかどこかエロティックな感じもする言葉でたまらないね」

 

「ははは!本当だよ、ケン。なんだから事件の匂いがプンプンする言葉だな!

 

これがな、どうやら偽装結婚ではないことを証明するための方法らしい。

 

ひとつ屋根の下での一夜、イコール、夫婦関係がある、と」

 

「なるほど。でもそれは証明が難しいな。すでにアメリカに駐在している夫は

 

入籍後に一晩でも新妻を夜を明かさないといけないってことか。

 

それは誰でも喜んで受け入れられる話だろうけどな」

 

「ケン、もっとすごいのはこうだ。もしも一晩でも共に過ごしたことがない夫婦の場合は

 

最初からL2はおりずにB2が発給され、米国で夫婦としての生活の実態を作った後に

 

I−94をL2ステータスに切り替え、その後米国外でL2を申請して再入国する、

 

という説明があったらしいんだ」

 

「おぉ、なんだかえらい話になってきたね、フレディ。

 

それはなんていうか、ルールに忠実すぎる運用だと思うけど、まぁ理屈としては分かる気がするよ」

 

そんな面白いネタで盛り上がっていたら、13番出口が見てきた。

 

あそこから上がるとアメリカ大使館はもうすぐだ。

 

「偽装結婚とは日本ではあまり聞かないフレーズだし、

 

ましてや我々のように大企業のビジネスマンを相手にビザの話をしていると、なんだか宙に浮いたような奇妙な話だろう?

 

でもねケン、世界中ではそういうケースもあるということなんだよ。

 

立場を変え、視点を変えて見てみるときっと他にもそんな話が転がっているかもしれないね。


また面白い話があったらお聞かせするよ」

 

地下鉄駅から地上にあがって、角を曲がるとあのアメリカ大使館が見えてきた。

 

あそここそモンスターボックス、色々な文化も問題も、何もかも呑み込んだ大きな存在だ。

 

 

B1 in lieu of H3

「B1 in lieu of H3というビザカテゴリーがある。

 

これはほとんどお目にかからないが、とある企業の研修生でアメリカの提携先に

 

研修に行く際にそのビザが発給されたことがあったな」

 

「in lieu ofってことは、B1商用ビザだけど、H3研修の代わり、っていうことでしょ。

 

トレイニーのH3ビザとの違いは何なの?」


「toko,じゃぁ仮にあなたがそのビザ申請者だとしよう。

 

研修だから就労ではないね?

 

それと、Hビザは現地企業からお金を貰うビザじゃないか。


すると、H3ビザは当てはまるかい?

 

当然、研修なんだから提携先からはお金はもらわないよ。

 

逆にお願いして勉強させてもらうんだ。お金は日本の親会社が払う」


「ダメね。そう言われるとH3じゃない。

 

就労じゃないからLでもEでもないし、あとは商用のBビザしかないわねぇ」


「だろう?でも普通のB1で事足りるかな?

 

Bビザは企業の打ち合わせが該当だよ?」

 

「打ち合わせ、ではないわね。

 

ふぅん、本当に一番いいビザカテゴリーがないじゃない。


あとは留学ビザはどうなのかな?

 

でも米国の会社に行くんだからI-20ABとかDS2019なんか発行されるわけないか。。。。

 

ダメだね、この線も」

 


「そうなんだ。こういう企業研修生のケースは思い切って金や勤務場所の問題を

 

棚上げにしてL1にするかH3にするかにしないと解決できない。

 

まともに目的や事情を説明して発給されたのが、このB1 in lieu of H3という新しいカテゴリーなんだ」


「でもこのビザって完璧じゃない?


B1だからお金は日本側で払うし、H3としてはっきり書かれているから目的も明確だし。

 

あとはアメリカビザにはそもそもそんなカテゴリーないってことが問題ね」

 

「そうだよ、toko。いずれは淘汰されてしまうビザカテゴリーだと思うな。


こういう稀なケースのことも頭に入れておくともっとビザの知識が膨らんでゆくよ」

 

そう言ってケンが笑う。


その膨らんだ豊かな知識を元に教えてくれる先生のように、わたしもいつかなれるかな。

 

でも、日常生活ではこんな特殊な知識使わないと思うけどね。。。。

 

アメリカビザ ルール変更

「あれはわたしがこの会社に入ってきてまだ1ヶ月も経っていない頃。

隣の席に座っているケンが朝から嬉しそうだったことは感じていた。

接客ブースに呼ばれて行くと、一人の白人の男性がケンと楽しそうに談笑しているところだった。

「フレディ、紹介するよ。彼女は僕とこれから一緒に仕事をしてくれることになったtokoさんです。

toko-san、こちらはフレドリック・マックスウェル弁護士で、アメリカ移民法がご専門だ。

つまり、アメリカビザのスペシャリストでいらっしゃる」

ケンがそう紹介するとその品の良さそうな弁護士は握手を求めてきて、わたしにこう言った。

「お会いできて嬉しいです。

ケンとはいつもビザの話題を共有しているグッド・フレンドです。

今、ケンにスペシャリストと言われたけど、ケンもアメリカビザの実務は私以上のスペシャリストですよ」

彼らの会話はすべて英語で、わたしも英語に不自由しない能力を買われてこの会社に入ってきたから英語で話を続けることにした。


「ミスター・マックスウェル。わたしもお会いできて光栄です。

まだ入ったばかりでビザのことは素人ですけど、ケンに色々教わって頑張って覚えてゆきます。

スペシャリストが二人もいらっしゃるなら、アメリカビザのことは心配要りませんね!」

「ははは!あぁ、そうですね。

直ぐにあなたが三人目のアメリカビザ・スペシャリストになるのでしょうからますます安心だ!」

マックスウェル弁護士はそう言って楽しそうに笑った。


「お二人はいつからお仕事を一緒にされてるんですか?」

軽い気持ちでわたしが聞くと二人は顔を合わせた。

「えっと、なんだか随分長く一緒に仕事している気がするけどよう、実際は9.11以降の付き合いですね、僕たちは」


ケンの話にマックスウェル弁護士が頷き、遠い目をして語り出した。

「本当、だ。9.11以後の様々なビザルールの変化を情報共有してきたからかな、

随分と深く長い付き合いの気がしているけど、あれからまだ5年しか経っていない。

5年一昔と言うが、実に感慨深いものがあるね、ケン」

「本当だ。あれからだいぶルールが変わった。

僕たちの歴史は、アメリカビザと入国ルールの変化の歴史かもしれないね」

そこから二人は昔話をするようにアメリカのビザルール変更について語り始めた。

 

 

「まず変わったのが、申請書だったね。

OF-156がDS-156になり、DS-157が追加され、さらにDS-158もできた。

あれは仕事量増に直結したからさすがに困ったよ。

わたしは自分で作らないからいいが、ケン、君のところは大変だったろう?」


「あれは辛かった。今はすっかり慣れたからいいけど、当時はかなり時間が余計にかかったし、

だからと言って顧客に手数料を上増し請求もできるわけじゃないし、旅行会社いじめかと思ったよ。

でも、あれは制度変更の前兆であって、本題はそれからだったね」


「本当だ。2003年の8月だったね、本人面接制度が導入されたのは」

「あぁ。ついにアメリカが動いた、と思った。

あれはまだ僕が取り扱うLやEのビザ申請者が面接対象のカテゴリー外だったから影響は少なかった」


「今も世界中で本人面接を必須にしている国は本当に少ない。

だからあの本人出頭の話がウワサで持ち上がってきた時はわたしも耳を疑ったな。

飛躍し過ぎだって思った。しかも国籍に関係なく、この日本人までが対象と言うのも驚いた。

イギリスと日本ぐらいは対象外になると思ったのに。アメリカは本気だったね」


「それから翌年の1月にビザ保持者の入国時の指紋採取・顔写真撮影のルールが始まった」

「あれも本気の一環の始まりだったね。

インクでなくデジタルでの指紋スキャンだからまだ良かったが、

もうビザシールの写真だけでは本人確認としないという新しいルールの幕開けだった」

「それからついにその年の7月、LやEビザ申請者に対しても本人出頭が義務付けられた。

実質、外交・公用目的以外の全員が出頭対象になった。

申請時に本人の指紋を登録させるのためだ。

僕はあれが一番大きな転機だったと思っている」


「あの夏が暑かったことをわたしは覚えている。

導入直後は門の外に1時間以上も並ばされてね。

脱水症状になる人もでた。ニュースや新聞にも取り上げられたな。

過渡期の混乱の最たるものだった。

確かにそこからアメリカビザ申請は劇的に変わっていった」


「この時に面接者の指紋スキャン制度が導入されたけど、

あっけなく終わる面接とあのわずかな瞬間の指紋スキャニングのためだけに

時間を金をかけて遠路はるばる大使館まで行くのか、ということでまた議論が持ち上がった」


「ケン、議論は今も続いているよ。

アメリカはテロを防ぐっていう一通りの成果を収めたのだから時期を見て順々に面接を止めてゆけばいい。

だって今はとりあえず全員大使館まで来い、というスタンスだろう。

本出頭の面接を続けてそろそろどこが面接必要でどこが不要なのかも分かったはず。

今のまま全員が全員なんてことはもういらないはず。

それは国籍でも差別とか経済が絡むえこひいきとか色々問題があるにしてもそろそろ手をつけるべきだと思うよ」


「僕も同感だな、フレディ。少なくとも日本の人たちには必要ない。

仕事のための仕事、必要ない建前は取っ払うべきだ」

「指紋のスキャニングの問題は拡大していった。

2004年の9月からだよ、ビザ免除プログラムでの渡航者に対しても、

入国時の指紋採取・顔写真撮影を義務付けられるようになったのは」


「あれは思ったよりも混乱しなかったね。

僕もすぐにアメリカ出張をつくって自分の目で見てきたけど、事前に恐れていた遅延はほぼ起きなかった。

そのあたりの対応は評価したいな。

本人特定の方法が変わるのは仕方ないにしても、

乗り継ぎの時間に間に合わなくなるほど時間を食っていたら大変な問題だ」


「そのもっと以前からかな、機械読み取り式旅券とか非機械読み取り式旅券という、

普段耳にしない新しい言葉がでまわるようになった」

「そうでしたね。本当は2003年の10月26日からだったのに各方面からのクレームがあったのか一年間延期されて、

2004年の10月26日からその機械読み取り式旅券でなくてはビザなしの入国を認めないというルールが導入された。

これは全世界的な動きになると思った。

もう冊子に写真を貼り付けただけのパスポートではグローバル社会に通用しないってね」

「加えてちょうど1年後にはデジタル写真ではない旅券のビザなし入国を

認めないことになっただろう。徹底したかったんだな」


「以前からアメリカはIC旅券にこだわっていたしね。

デジタル写真や機械読み取り式旅券のことも、従来からのシンプルな旅券を使った

偽造パスポート入国をなんとか止めたかったようで、次世代のIC旅券を導入することに躍起になっていた。

これもなんどか延期されたが、2006年の10月26日からはIC旅券でない旅券でのビザなし渡航を拒否した」


「さすがにこの件ばかりは日本外務省の動きも早かった。

一年ぐらいの準備期間があったと思うが、早々と2006年の3月からIC旅券を発行開始したからね。

やればできるじゃないか、とわたし思った」


「本当だ。まぁ良かったのは2006年10月以前のパスポートでも、

機械読み取り式でかつデジタル写真の旅券であれば、

IC旅券を取り直ししなくてもアメリカに入れる、ということに落ち着いたことだな。

これが全員IC旅券を取らないといけない、というルールだったなら

どれだけ旅行業界が、いや、世界が混乱していたことだろう」


「ケン、我々はいい時期にアメリカビザの仕事に向き合えたのかもしれないね。

2001年の9.11から2006年の10月26日のIC旅券ルールまでの5年間で、

一通りの制度変更は終わったと思うよ。

これからは、一歩立ち止まってビザ申請する側に対するサービスを考える時代に入ってゆくと思う。

なんていうかな、その過渡期にビザルール変更の推移を目の当たりにすることができて光栄だったね」


「そうだね。中でも一番光栄だったのは、フレディ、この5年の変化を共有できる君という友人がいてくれたことだよ」

「それはいよいよ光栄だね!わたしも同じ思いで一杯だよ。

ケン、この5年の間に何度かこの質問をさせてもらったが、今改めて聞かせてもらえるかな。

9.11以降ビザの世界は進化したと思う?

それとも退化してしまったのだと君は思うかい?」

マックスウェル弁護士は口元に笑みを含みながら、悪戯な表情でケンに聞いていた。


「いや、進化だと思うよ!それはフレディ、君の考えと一緒さ。

いつかは変わらなくではいけなかった。

それが9.11という事件が起きて、世界が一変するのと同時に行われただけ。

制度変更でやりづらくなった点は多いけど、以前は2−3週間かかっていたビザ受領が

面接導入によって確実に1週間以内にできるようになった、という進歩もあった。

要は考え様だと思うけど、僕は進化だと思うね」


「ありがとう、ケン。わたしも移民法の弁護士としては複雑な意見もあるが、

一人のアメリカ人、ひいては一人の人間として、この変化は進化だと思っている。

インターネットの普及、情報過多のこの時代では悪事を働こうとすればより簡単にできるようになってしまった。

この5年の変化は一見、善良な市民に対する嫌がらせのような観があるにしても、

その裏で、公平な審査を早く、確実にできるような制度ができあがった。

つまり、もう世界はなぁなぁの関係ではいけないってことさ。

それを良くとらえるひともいれば、悪くとらえる人もいる」


「これからのビザの世界はどう動いてゆくのだろうね。世界がアメリカを追随するか。

それとも他国はアメリカの先例を否定するか。

今はまだ、アメリカだけが一人でずっと先に行ってしまっている状況だ」

「本当だ。世界は、人間はどっちに行くのだろうね。

善悪説を取ってのアメリカか、善良説を取っての他国か。

ビザの世界のルール変更からは今後ますます目が離せないな。

フレディ、これからまた君と話す機会が多くなりそうだね!」


「歓迎だよ、ケン。これからtokoもいる。楽しくなりそうだ。

まずはいっぱい話して喉が渇いた。

そろそろアメリカ大使館に行く時間だろう?

今日ぐらいはいつもの赤坂のカフェで紅茶でも飲みに行こうよ」


アメリカビザなんて小難しい話題を楽しそうに語っているケンと、

マックスウェル弁護士を見て、わたしにはこの二人の5年間に色々なドラマがあっただろうことが手に取るように分かった。

これからこの会社で色々仕事をしてゆくなかで二人から話を引き出してみるのも面白いな、

と思いながら、ジャケットを取りに席を立った。


米国政府の主な発表

2003年08月01日
ビザ本人面接制度を導入 (ただし、面接免除対象あり)

2004年01月05日
ビザ保持者に対して入国時に指紋採取・写真撮影の義務付け

2004年07月01日
実質上、全ての申請者に対して本人面接制度を導入
本人出頭の際に指紋のスキャン制度を導入

2004年09月30日
ビザ免除プログラム渡航者に対して入国時に
指紋採取・写真撮影の義務付け

2004年10月26日
機械読み取り式ではない旅券でのビザなし入国を認めない

2005年10月26日
デジタル写真ではない旅券でのビザなし入国を認めない

2006年03月20日
(日本政府はIC旅券の発行開始)

2006年10月26日
IC旅券ではない旅券でのビザなし入国を認めない
ただし、以前に取得したパスポートで機械読み取り式/デジタル写真の
旅券であれば、 日本人はビザなしでの入国が可能)

 

アメリカビザ 再申請 1年後

1年後。


アメリカビザの再申請において、この1年という数字がキーになることが見えてきている。

例えばLビザだ。

駐在員が帰任して、またLビザを新たに申請しようとすると日本に1年滞在した後でしかできない。

それ以前の申請では以前のビザの延長申請として扱われる。

そこで言われている「1年」はルールとして明言されているから知っていた。


それ以外で見かけた大使館コメントとしての「1年」がある。

ひとつは日本に来たばかりの外国人がB2ビザを申請したら、日本にアメリカビザを申請するために来たとみなされて申請却下され、

日本に1年住んでからまた申請しに来てください、と言われた案件がある。


もうひとつは父親の仕事の関係で子供の頃からずっとアメリカの学校に通っていた子供が、

父親の帰任の後にもなんとかアメリカの大学に行こうとFビザ申請をしていたのだが、

何度か申請でもめた挙句、「アメリカに移住する意志があるとみなします。

日本に1年住んだ実績を作って再申請してください」と言われたケースがある。


この話を総合して、わたしは「1年」という期間がビザ再申請のキーになると分かった。

でもね、一年なんていう時間は馬鹿にしたもんじゃない。

人の人生を一年間待たせることはなんていうか、大変な件だよ。

一年待たせて「やっぱりダメでした」では通用しない。

これは難しいよ、一年待てばなんとかなる、というものでもないし。


一年。一年。

この数字と今後も戦い、悩み、苦しんでゆくのだろうな。





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