コストコ栗東市滋賀県は断念、竜王町・東近江市でオープン/誘致?

投稿日:2020年7月2日 更新日:



長年、近江国の民たちを期待させたコストコ栗東市は2019年6月付で誘致断念を決定した。

オープンさせた場合、コストコ栗東市の付近道路が、

最大で1.7倍混雑することで地元の協力を取り付けることができなかったのが理由。

 

滋賀コストコ写真

 

そう、全国どこも同じだが、新規のコストコ倉庫店オープンに漕ぎ着けるためには、地元の後押しが必須。

馬の町・栗東市にはJRAトレーニングセンターという重要施設があって、馬の輸送には時間をかけてはいけないし、

更なる渋滞は受け入れることができなかったのだろう。

栗東市の税収のメインを張っているJRAトレーニングセンターの意見が大事なのは分かる。

 

どちらの判断も正解であろう。

今あるものを優先させて、コストコ栗東市のオープンは中止する。

あまり税収が上がらない小さな自治体で、将来の収入や雇用を考えて、

思い切った政治判断でコストコ栗東市を向かい入れる。

 

それにしてもコストコの個性が強烈過ぎるから、並大抵の柔軟さでは足りないぐらい。

最低時給が900円以下の滋賀県において、コストコの最低時給は1,200円から

コストコの倉庫店が1店舗できれば、300人以上の新規雇用が生まれる。

 

コストコ滋賀栗東市オープン断念

 

反面、近郊のスーパーマーケットは販売面での幾分かの減少はあるし、コストコに職を変える人だって出る。

コストコ栗東市があれば若者も地元に住みつく可能性は若干上がる。

何よりのデメリットは交通渋滞で、

特に高速道路IC出口すぐにオープンするコストコ栗東市計画ではなかったから、一般道に渋滞が発生する。

1.7倍というのは最大値だから、土曜日夕方あたりを差すに違いない。

 

ところで、コストコはどうして滋賀県に新規出店したいのか。

滋賀県 全体人口141万人
栗東市 単独人口  7万人
大津市 単独人口 34万人

  • 栗東市→コストコ京都八幡 距離 40km・所要時間40分
  • 栗東市→コストコ岐阜羽島 距離115km・所要時間90分

数字だけを見ると、滋賀県コストコの新オープンには懐疑的な見方になる。

京都八幡市の既存コストコ店舗が近過ぎる。

10km50万人、というコストコ採算ラインはクリアしている滋賀県大津市の東方だが、

それにしても京都八幡市との位置関係を考えると、積極的に滋賀県コストコをオープンさせる理由に乏しい。

どうやら鍵は京都八幡市の道路渋滞にあるようだ。

2011年のオープン以来、コストコ京都八幡の目の前の284号線の渋滞は、

もちろん土日中心だが、なかなかの酷さで改善が見られない。

ネット上では「渋滞に耐えきれず、コストコ京都八幡は場所移転か?」と噂されるぐらい。

お客の数を均すための京都コストコ2店舗目としては、地理上で東の滋賀県へ目が行くのは当然。

つまり、分かりやすく言えば、滋賀コストコは滋賀県内需だけではなく、

京都コストコ2店舗目の役割を期待されている。

コストコ滋賀栗東市オープン

それなら採算性はそこそこで、地元が賛同して誘致すれば滋賀県コストコは実現するのではないか。

ここまで分かった上で、栗東市は辞退したのだろうから、地元の反対がいかに強かったか推測できる。

コストコ栗東市オープンには、コストコ側も強い興味を示していたと聞く。

別に場所はどこでも良くて、大津市以東・彦根市以西であれば、どこだろうが要は足りる。

妥当なのは、アウトレットがある竜王ICで、地元の反対は少なくてすみそう。

東近江市の南部には名神高速道路が横断しているから、候補地としては申し分ない。

もはや早い者勝ちになってきた、滋賀県内コストコ争奪戦

どの自治体が、いち早く地元の声をまとめて、王手とばかりに手を挙げるか。

痛み(渋滞と時給バランスが崩れる)は伴うが、

滋賀県の他の都市には絶対にない個性(コストコ)を手に入れる、最初にして最後のチャンスなのだ。

滋賀県コストコオープンの行方を追い続けよう。


2020年5月15日

海津大崎から琵琶湖を眺めている僕、その凪いだ湖面で心和らげながら。

桜の名所と知られる場所、車道沿いに桜の木の数が大層ある。

そして道は広くなく駐車場も限られ、と来たら桜名所・渋滞名所は間違いない。

海津大崎からの琵琶湖写真

季節は新緑、そして暑くも寒くもない日に当たったから、いつまでも湖畔にいられる。

ここでドローンを飛ばして穏やかな琵琶湖を撮りたかったな、今日はドローンを持参していない。

海津大崎からの琵琶湖写真

竹生島が琵琶湖写真の主役になるね、神様のいる島っていうイメージがぴったり。

海津大崎からの琵琶湖写真

とにかく色彩薄めに撮る春の琵琶湖、それはなんだか幻のように。


白鬚神社の大鳥居は、近江観光がっかりスポット。

安芸の宮島に負けじと、素晴らしい場所に朱色の大鳥居がある。

写真で見ると素晴らしくて、その一枚を撮りに白鬚神社まで行ってみた。

海津大崎からの琵琶湖写真

白鬚神社と大鳥居の間に走っているの国道161号線、下の写真が分かりやすいが横断歩道も信号もなく、交通量が多過ぎてスピードも出ていて、横断が危険。

そして横断できないようにブロックされている。

そのことは素晴らしい、湖畔の先端だから土地のスペースに限りがあって解決策はないと思うのでそれしかないと思う。

白鬚神社大鳥居の写真

だが工夫が足りない、観光客が期待していることを100%裏切ってしまうことになる。

いっそ大鳥居の場所を移すぐらいの剛腹さはどうか、そもそもの趣旨が観光用ではないとしても。

誰も国道越しに大鳥居の写真は撮りたくないのだ。

近江の名を下げることになるのだから、思い切った対応が必要だろう。

白鬚神社自体は立派な神社だった。

せっかくの写真撮影名所が惜しいな、白鬚神社の大鳥居。

場所が悪い、今のままではがっかりスポットとして有名になってしまう。


小谷城跡の写真・浅井長政の日本五大山城、姉川古戦場跡

姉川の戦いで破れ、織田信長の大軍に目の前の虎御前山へ迫られても、小谷城はどうして3年間も持ち堪えることができたのだろう。

日本五大山城に名が上がる小谷城だから? いや、そんな単純な話ではないはず。

何事も自分の目で見ることね、と興味そそられるがまま、近江国・浅井家の居城であった小谷城(おだにじょう)へと向かってみる。

小谷城跡の写真

(本丸前の石垣)

小谷城から南10kmにある横山城を、織田家は姉川の戦いの直後に攻略した。

そして2年後には、織田信長が数万人を率いて小谷城の目の前1.5kmの虎御前山へ布陣している。

一般的に相手の3倍の兵力があれば、力攻めで落城させられるというが、5,000人以下だっただろう浅井家に対して、織田信長は序盤には力攻めをしていない。

それは越前の朝倉義景の軍勢をおびき寄せるエサだったのかもしれないが、どこかで小谷城の堅守ぶりに損害を嫌ってのことかもしれないね。

小谷城跡の写真

(本丸前の大広間跡、山上なのに85mもの平地を確保している)

小谷城がすぐに落ちなかったのは、支城である山本山城や焼尾砦との地形を活かした一帯防衛の賜物。

小谷城跡の写真

(本丸跡、流石に今は何もない)

実際に、山本山城を調略で落とした1ヶ月後には小谷城は落城した。

小谷城本体本丸の堅固というより、峰続きの山々を利用した山城・小谷城を上手に使った浅井家の知恵の力か。

小谷城跡の写真

とすれば小谷城の立地条件は気になるな、山上からはどんな景色になるのか。

ネタばらしですが、上の写真が桜馬場付近からの眺め。

中央右上が山本山城のあった場所、中央右下が織田信長が着陣した虎御前山。

琵琶湖の中に見えるのが竹生島、昔から信仰の対象。

小谷城跡の写真

ここからは順を追って書いてみよう。

「小谷城跡ガイド館 浅井三代の里」の横にある細い車道から、番所跡までは車で上がることができる。

小谷城跡の写真

番所跡から本丸方向へは登山道を使って上がっていく。

小谷城跡の写真

絵図で見ると出丸の連続だな、大掛かりな山城を築き上げたものだ。

小谷城跡の写真

クマの発見情報があるという本物の山道だ、観光気分だけではなく、ご注意あれ。

小谷城跡の写真

御馬屋前の馬洗池、石垣があるだけでお城っぽさを感じてしまう。

小谷城跡の写真

桜馬場付近からの眺めの一角、横山城が見えて、その手前に姉川が流れている。

どちらも完全に視界の範疇なのだ。

それなのに小谷城が生き残っていたのは大したもの。

小谷城跡の写真

上がほぼ肉眼の画角で撮った写真、琵琶湖のある近江の景色は美しい。

小谷城跡の写真

絵ほど手間がかけられたものは何も残っていないが、地形は残っている。

小谷城跡の写真

黒金門(鉄の門)があった跡、こんな地形なら大軍で攻める意味はない。

前面で戦うことができるのはせいぜい数十名。

本丸の裏にある大堀切は形を留めている。

小谷城跡の写真

(小谷城跡ガイド館 浅井三代の里にある兜モチーフ)

全般的には、山城ならではの知恵を駆使した堅城だと思った。

そして、こんな守りの鬼みたいな地形でも本格的に攻められたら数日で落城している。

まさに生死のやりとりね、歴史ロマンも感じたが、戦国時代の恐ろしさを感じた小谷城跡への訪問となった。


姉川古戦場の写真

旧・野村橋(老朽化により通行止め)から見た姉川一帯の写真。

姉川古戦場の写真

織田信長・徳川家康の連合軍と、浅井長政・朝倉義景(の代理の朝倉景健)の連合軍が激突し、数千人におよぶ死傷者が出たと聞く古戦場跡。

姉川古戦場の写真

上の写真の説明があるのみで、あとは姉川一帯を見渡して終わり。

戦国時代好きでなければ、あまり行く価値のない場所ではある。

姉川を挟んで双方が平地ということは大軍同士の正面衝突になる。

まさに決戦、やってはいけない戦い方だ、歴史ロマン<壮絶な殺し合いへの恐怖。

布陣図通りだとしたら、思いっきり正面衝突だから双方に甚大な被害。

互い、三河や越前から援軍を引っ張ってきた手前、この時この場で勝敗を決さないといけないのは分かるが、それにしても恐ろしい戦いだ。

姉川を吹く風に、僕は思わず手を合わせて先人たちへの供養を捧げた。


2010年撮影、湖東三山の紅葉写真、金剛輪寺・百済寺は滋賀の秋名所

金剛輪寺の紅葉写真

池泉回遊式庭園に紅葉

ここに美を追い求めようとした人の気持ちが分かるなぁ

音楽にも映画にも小説にも投影できない美が、ここにある

まぁありがちなのですが、畳の部屋の奥に、景色が広がる

ぱっ、と目を奪われてしまう美の代表作

金剛輪寺の紅葉写真

赤の隣に黄色が、隣の色には染まらないとは、それぞれプライドをお持ち?

そう、日本の美はシンプルな素材に生きているもの

「血染めの紅葉」~それが金剛輪寺の紅葉だとか

血の色かと間違うほどに、金剛輪寺の紅葉は真紅に染まる

黄色のトンネルの奥に、すごいRedがあるでしょう

色の対比が素晴らしくてレンズを向けちゃいました

天然の美にアクセントを添えようと、こんな半人工的なお花が飾られていました

名勝庭園を拝見した後は、石段を登って本堂へ向かおう

風車をお供えした千体地蔵たちがずらっと並ぶ姿は圧巻

金剛輪寺の紅葉写真

本堂は1,288年の建立、国宝指定されているぐらい貴重な建物

驚きをもうひとつ、本堂には重要文化財の仏像が十体も並んでいます

特に四天王が見事に揃っていました

金剛輪寺の紅葉写真

三重塔への階段を歩いて、本堂付近の血染めの紅葉の色を読み取ります

さすがは滋賀・湖東三山の紅葉名所

百済寺に続いて、紅葉絶景が楽しめました

お地蔵さんが、黄昏前のゴールド太陽を浴びて、キラキラと

金剛輪寺の紅葉写真

これこれ、紅葉って言っても赤と黄だけじゃない。緑色と重なる紅葉もまた美しく

金剛輪寺の紅葉写真

千体地蔵さんに見送られて、金剛輪寺を後にしました


百済寺(ひゃくさいじ)紅葉写真、湖東三山観光の一眼レフ撮影スポット

百済寺紅葉写真

百済=くだら、と読むかと思いきや、ひゃくさい寺と読むとか

その遥か昔の漢字のニュアンスに惹かれ、百済寺を訪ねました

庭園を歩けば、紅葉の森に出くわした

どうしてこうも色のバランスが、緑も赤も黄もあるのだろうか

若い紅葉が、白い障子に映えていたので、ついつい写真撮りました

百済寺紅葉写真

さすがは滋賀県の紅葉名所、百済寺

この赤の深さは、他所の紅葉ではなかなか見られないよ

京都のお寺並みに人がいっぱい

京都の紅葉を見飽きた通の人たちが、マイナーな湖東三山を訪れるのでしょう

池泉廻遊式の庭園を歩いていくと、近江一帯が見渡せる場所に着いた

地の利も得た場所だから、僧兵の籠もる比叡山延暦寺のミニ版と呼ばれたのか

百済寺紅葉写真

寺の庭師に飼われた紅葉たちは、いいキャンバスを見つけたとばかり、最高の華を咲かす

石階段を登って本堂へ向かうと、大きなわらじが迎えてくれましたぁ

百済寺紅葉写真

日本紅葉百選に選ばれたとあるが、それも納得

観光客向けじゃなく、修行のように咲き誇るのがこの百済寺の紅葉ですよ

だいたい駐車場が無料っていうことだけで、ウェルカムされている感じ

まぁ、すごい山奥にあったから駐車場なかったら来れませんが・・・

百済寺紅葉写真

紅葉だけじゃつまらない、とお寺の脇役さんを構図に入れたら、いい写真

百済寺紅葉写真

紅葉満開の11月下旬、百済寺を歩いて秋の風情を楽しむ


近江八幡堀の写真

近江八幡堀の写真

奥さん方の姉夫婦と、近江八幡で落ちあって観光することになった。

光栄なことか、知らない土地で、知っている人たちと、近江八幡訪問。

「ひょうたんや」さんで、贅沢にも近江牛のすき焼きと、つゆしゃぶをいただく。

今までもこれからも忘れられない味になったよ、近江牛の贅沢コース。

近江八幡堀の写真

たねや本店なども寄りつつ、水郷・近江八幡の風情を感じられる八幡堀を歩く。

時代劇などでも使われるようなクラシカルなシーン、堀川と木船のマッチング。

近江八幡堀の写真

近江八幡と聞くと、近郊の安土桃山城を連想してしまう。

織田信長の幻の城、華やかな安土桃山文化はこうした光景を美としたのか。

近江八幡堀の写真

近江八幡の古い町並みを歩いて、一眼レフカメラで美を切り取る。

資料館とかを幾つかまわって、ありし日の文化の香りを感じ取ったり。

近江八幡堀の写真

近江商人は商売上手、東で買い西で売り、莫大な利を手に入れるやり方。

昔は手で運ぶしかなかったから、物流を牛耳るものは利益を手中に収められる。

近江八幡、近江商人の町。

三方よし(売手よし、買手よし、世間よし)の思想、素晴らしい協調性・社会性。

質素倹約を信条とした近江商人の商人文化を、近江八幡に感じた気がした。


彦根城の写真、玄宮園・長浜黒壁スクエア・向源寺で滋賀観光

彦根城の写真

彦根城がこんなに詩的な場所だとは知らなかった

城のあちこちに桜があるから、あと1週間前なら満開の桜を城越しに、お堀越しに見れたかな

彦根城の写真

二重のお堀も立派だし、急坂を登って本丸までの道もお城らしい美がある

彦根城の写真

急階段を上がって天守閣まで行ったけど、まぁ、あまり登る意味なかったかな

彦根城の写真

何が素晴らしいって、この庭園・玄宮園の美しさ!

日本の美だなぁ、言葉にするまでもなく写真から伝わってくるでしょう

お庭の美なら他でもあるが、彦根城を遠くに入れた玄宮園の写真は、また格別の美しさ

聞こえるのは「ひこにゃん音頭」で、みんなが口ずさむ簡単でラブリィなメロディ

可愛いひこにゃんのキャラクターがいっぱいの彦根の町、彦根城って身近に感じる

彦根城の参道、夢京橋キャッスルロードには楽しいお店が並んでいる。

その通りが清潔で、日本の美を醸し出していた

たねや彦根分福茶屋のつぶら餅を好きになった

出来たてのつぶら餅を頬張ると、まわりがパリパリで、熱くてつらいけど、

お米の皮と中身のアンコが最高に美味しい組み合わせ

彦根城の写真

向源寺を訪れたついでに寄った彦根城に、夢中になっていました

ひこひゃん音頭が流れる、春の幸せな彦根城ウォーク、桜満開の時期にまた来たい


長浜黒壁スクエア・大通寺の写真、滋賀観光の一眼レフ撮影スポット

長浜黒壁スクエア・大通寺の写真

長浜という城下町が素敵だという噂を聞き、ドライブしてみる。

羽柴秀吉の出世城、秀吉が初めて賜った自分の城がこの長浜。

長浜黒壁スクエア・大通寺の写真

日本の美を醸し出している古い町並み・黒壁スクウェア。

郡上八幡で感じた時のような雰囲気を感じた、ちょっと電線が多過ぎだけど。

長浜黒壁スクエア・大通寺の写真

秀吉が商業を自由解放した名残で、長浜では明治に舶来文化が他所以上に取り込まれた。

だから長浜では文明開化の匂いがする。

ガラス文化が栄え、黒壁スクウェア周辺にはガラス工房が並んでいる。

写真に値する、それは素敵な町並み。

お腹が空いていたので、「ちり麺亭」で近江牛丼・鴨肉丼・ちり麺をいただく。

お隣の「分福茶屋」で「つぶら餅」を食べれば、もう滋賀を満喫。

今日は着物のお祭りがあって、着物の女性がたくさん歩いていた。

着こなしていた方は少なかったが、それも日本の美なんだろう。

あちこちにある日本の美を愛でながら、大通寺まで歩いてみる。

長浜黒壁スクエア・大通寺の写真

驚くぐらいに大きなお寺、踊り廊下が素晴らしいし、大広間の奥の襖絵は素敵。

賑わう城下町に相応しい立派な大通寺、いいや、納得いたしました。

なべかま本舗でレンコンとラッキョウのお漬け物を買い、黒壁スクウェアを後に。

車で長浜城近くに停め、歩いて行くと立派なお城ですよ。

琵琶湖に近すぎて攻められたい放題だろ、って突っ込みたくなったけど、

観光用のお城としては琵琶湖Viewとして美しい。

長浜黒壁スクエア・大通寺の写真

本丸跡の案内もあったから、本当にこんな場所にお城が建っていたのか。

琵琶湖という大海に姿を誇示したかったのでしょうね。

湖を渡る船から見る長浜城って、秀吉の時代には名誉の象徴だったとか。

素敵な場所でした、長浜・黒壁の町並み。

彦根と並ぶ美しさは、安土桃山時代の香りと明治文化を調和させて、格調ある町に。

訪れて良かった、滋賀の日本の美、長浜の古い町並み。


向源寺の十一面観音菩薩立像の写真

向源寺の十一面観音菩薩立像の写真

仏像に逢いに行こう思った。それも国宝級の、とびっきりありがたい仏像に。

滋賀県の名刹・向源寺には国宝・十一面観音菩薩立像という高名な仏像がある。

向源寺の十一面観音菩薩立像の写真

琵琶湖の北東、高月町にその向源寺はあって、静かな町の中に佇むお寺。

境内は地元の子供たちの格好の遊び場になっている。

向源寺の十一面観音菩薩立像の写真

十一面観音菩薩立像が住んでいる渡岸寺観音堂に入るときに、ちょっとびっくりした。

だって、千二百年前のクラシカルな仏像がいるのに、自動開閉ドア。

向源寺の国宝・十一面観音菩薩立像と、見る者の間には何の仕切りもない。

ガラスで囲われているわけでもなく、手を伸ばせば手が届く。

向源寺の十一面観音菩薩立像の写真

ずっと眺めていて、私はたどり着いたよ。私の解釈、私の理解。

十一面観音菩薩立像の捻った腰、前に出る瞬間を体現した足の動き、その感覚が人を魅せるキー。

まぁ詳しくは、十一面観音菩薩立像をあなた自身の目で見て、感じ取ってみてよ。


伊吹山ドライブウェイ山頂の写真

伊吹山ドライブウェイ山頂の写真

紅葉もゼロですが、伊吹山ドライブウェイに行ってきました。

ど有名なドライブウェイと聞いていたから、いい写真でも撮れるかな、と思って。

白川郷の白川スーパー林道で燃えるような紅葉を見たが、そのぐらい鮮やかな紅葉?

伊吹山ドライブウェイ山頂の写真

山頂の駐車場からは厳しい登り道、高山植物の宝庫、でも写真は美しいものではない。

やっぱり登山は車じゃなくて、自分の足で歩かないとね。

山頂からは滋賀の琵琶湖が見えたり、このあたりの全景を見渡すことができる場所。

確かに、紅葉の名所になるのでしょうね。

伊吹山ドライブウェイ山頂の写真

関が原鍾乳洞で鍾乳石を一眼レフで取ろうと意気込んだが、それらしい場面なし。

伊吹山ドライブウェイ山頂の写真

秋は近い、岐阜や京都で燃えるような紅葉の写真を撮るのが楽しみだ。


比叡山延暦寺の写真、根本中堂・横川中堂は滋賀観光名所

2009年撮影、比叡山延暦寺の写真

比叡山延暦寺の写真

比叡山延暦寺を焼き討ちした織田信長のこと、本を読んで知った。

平和の象徴である寺院なのに何故、戦国武将から軍事行動を起こされたの?

天皇や大名以上に、比叡山延暦寺が政治力や軍事力を持っていたことが、その原因とは聞いていた。

それは一体どんな場所なのか関心があり、滋賀と京都の境目、比叡山延暦寺を目指してドライブウェイを走る。

比叡山延暦寺の写真

東塔の宝物館は素晴らしかった。

素晴らしい仏像が幾つも見れて、さすがに格式高い比叡山延暦寺の宝物館だって、納得していた。

根本中堂の薄暗い本堂に入って、その広さ・大きさに驚いた。

ここに数百人の僧が入って、読経したらどれだけのパワーが生まれるのだろう。

未知の世界、願わくばその瞬間に僕も立ち会ってみたいものだが、まぁかなわない夢だろう。

写真に撮ると、東塔だってなんだか地味に見える。

観光地化されているわけでもなし、と言って今もバリバリの修行地でもないのだろう。

瀟洒な飾りなんてあるわけがない、比叡山延暦寺には今も一定の修行者はいるのだから。

森深くの木造建築物のせいか、体が冷えるような寒い風が吹きつける。

比叡山の山頂標高は848mだから、低山とは言えないレベルの山。

厳しい自然環境の中で、僧たちは何を求めて修行するのか。

現代人でまぁまぁ都会人の僕には、理解できるはずもない世界。

比叡山延暦寺の写真

西塔の釈迦堂にも足を延ばすと、よりピュアな修業の場っていうイメージ。

夕方という時間帯もあったが、観光客の姿が一気に減った。

比叡山延暦寺の写真

何も甘美な誘いがない場所。大福の中に餡子が入っていない感じ。

ただ読経をするだけの世界があって、欲望に迷えないよね、こんな場所では。

横川の横川中堂だってそう。

こんな辺鄙な場所で何を求めて籠るのか、常人ではできないこと。

たまに訪れれば季節の移ろいで、自然は美しく感じる。

でもこれが日常では、精神の安定を図るのが逆に難しいのではないかな?

比叡山延暦寺の写真

安土桃山時代の比叡山延暦寺が、政権を無視して肥大化した状況が理解できなかった。

だって、今も昔も変わらない比叡山延暦寺だろうから。

ここに住んでいて権力に溺れることはないだろうし、何も欲しくはならないだろうに。

比叡山延暦寺の写真

あるいは織田信長に焼き討ちされて、比叡山延暦寺はその後に寺社の本懐に再び目を向けて今に至るのかな。

織田信長が命令をして、実際に戦いの指揮を取ったのは合理家の明智光秀と言われている。

比叡山ドライブウェイを降りていくと、琵琶湖と大津市が見えてきた。

色々と空想をしながら、憧れだった比叡山延暦寺を後にした。

答えは分からなかったが、比叡山延暦寺が特殊な環境にあるということは良く分かったよ。







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