知床の秋アジ、ヒグマ・ソーセージ射殺〜小説「再生の森に生きて」

――ケンが戻ってきた!

そんな嬉しいニュースがケータイに飛び込んできた。

ウトロ動植物保護事務所の瞳さんから

「あのね、実はケンが2ヶ月前から戻ってきているの」とメールが入っていたの。

東京のオフィスビルで窓の外に目を向けてもブナや白樺の木なんて見当たらないから、

森で動物を追いかけている時のケンの微笑みは思い出せないよ。

でもこんなに心が躍る嬉しい知らせ。笑顔を隠せず、わたしは晴れやかに伸びをした。

あのケンが、ケンが知床に戻って来ている。

ソーセージと名付けられたクマの事件の後、知床から姿を消してしまったケンのこと、

わたしもずっと気になっていた。

あれからわたしも東京に帰り、普通の暮らしに戻った。

別に何も不満がある生活じゃない。毎日は何て言うのか、豊かなまま淡々と過ぎてゆく。

豊かなの。そう、とても豊かなの。

その知らせを受け取ってから、会社に向かう交差点で、お昼にめくる雑誌に、

シャワーを浴びる心地良い音が、わたしに知床の森を思い出させるようになっていた。

あの恵みの大地にケンが戻った。

止まる時間が色鮮やかな秋、神秘の厳白が深い冬、

大地が解ける音が聴こえる春、生命の盛りが駆け抜ける夏、

と一回りの季節をわたしもかつてその知床で過ごしたことがある。

記憶はめぐって止むことがない。

また知床に足を運んでみたい衝動に駆られるとどうしようもなくなってきた。

ケンに聞きたい。どうしてあの時、黙って知床を去ったのか。

何がケンを知床から遠ざけ、そして何が彼をまた戻らせたのか。

きっかけがあのソーセージのことに違いないとしても、

本人の口から気持ちを聞くまですっきりしない思いで一杯だったから。

その衝動が積もり積もって胸の頂点に達したとき、

わたしは女満別行きの航空チケットを予約していた。

海を越えて北の大地に降り立つのは数年ぶり、

一年の知床滞在を終えて東京に帰ったあの日以来のこと。

女満別空港の出口で吸い込む風は、9月とはいえ幾分か冷めたさを感じた。

レンタカーを借りて網走から斜里方面に車を走らせる。

丁度、小清水原生花園の駅に電車が停まっているのが見えてきて、わたしは思わず車を停めた。

ゆっくり歩いて駅の丘を上がると、東に西に、見渡す限りの平地。

しばらくこんな広大な風景に身体を預けることなんてなかったな。

木柵にもたれて頬に風を受け、濤沸湖とオホーツク海の合間の

緑色の景色を眺めていると、なんだか懐かしい感じが戻ってきた。

鳥や鹿を追って知床の山野を駆け回っていた頃のことを思い出してしまう。

そしてそれはいつもソーセージのあの痛ましい事件にたどり着いて、

ケンの笑顔と哀しみを際限なく回想してしまうのだった。

わたしがこの知床の地に刺激を求めてやって来たのは3年前のこと。

大学を出て東京の企業に就職してみたけど、

数年も働いていたらなんだか都会のOLが平凡に感じてきて、

実家の生温い便利さもわたしを堕落させるだけの気がして、将来のことをずっと迷っていた。

付き合っていた男の人とも別れた時だったからかな、思い切って新しい生活に挑戦してみようと、

一大決心で知らない世界の仕事を探していたときに目に入ってきたのが、

知床の動植物保護官のアシスタントの募集だった。

関東で生まれ育って地方の暮らしは経験したことがなかったけど、

契約が一年だけだったこと、ちゃんと寮や車も準備すると書かれていたから

好奇心だけで応募してみると、丁度そこの所長さんが東京に出張に来ることがあって、

面接を受けてみるとすんなり通ったからわたしは大冒険で知床に行くことを決めた。

それは家族には大反対された。

ろくにスポーツもしてこなかった都会の娘が知床のような極限の土地に行って通用するわけがないし、

お前は夏の北海道の涼しさとか美味しい食べ物だけを想像しているかもしれないが、

真冬の北海道のマイナス20℃の世界がどれだけ厳しいか分かっていないのだと散々に諭された。

わたしだって本当は知床なんかに行きたくなかったのかもしれない。

でも周囲に反対されればされるほど後に引けなくなって、最後は意地になっていたのかな、

結局未知の土地に一人で移り住んできた3年前のわたしがいた――。

スーツケースを抱えて女満別空港に降り立ったわたしを出迎えてくれたのが、瞳さんだった。

「よく来てくれたわね!歓迎するわ!」

そう言ってくれた瞳さんは知的でキレイな女性で、

なんか東京の人みたいに洗練されていたから違和感がなかった。

機上から見た女満別空港のあまりの小ささに正直驚いたというか、

不安さえ感じ始めていたところだったから、

瞳さんの存在はわたしを落ち着かせてくれた。

瞳さんの運転する車でウトロの町に入ると事務所の寮は町中にあって、

荷物はスーツケースひとつだけだったから荷物を置くとすぐに事務所に向かった。

知床半島のゲートシティ、ウトロの町から車で十分ほど、

幌別川の河口に程近い場所に建つのがわたしの勤務先となるウトロ動植物保護事務所だった。

合わせて10人ほどのスタッフしかいないこの小さな事務所で、

わたしの人生に大きな衝撃を与えることになる一年はスタートしたのだった。

着いたのは9月の終わりで、もう一ヶ月半には初雪が降って

暖房なしには過ごせなくなるという季節を目の前にした、秋と冬の狭間だった。

東京ではまだまだ半袖にジャケット一枚で充分なのに、こっちは冬の装いが必要になってきていた。

短い秋を経て、あっという間に冬本番が来る。

厳しい環境下での仕事になるから今のうちにここの暮らしに慣れておいたほうがいいと、

みんなが口を揃えて言った。

わたしの仕事はこの知床の動植物保護のアシスタント。

事務所には6人のレンジャーと2人の研究員、そして所長さんの9人が常駐していて、

わたしも入れると丁度10人になった。

レンジャーたちは2チームに分かれて様々な動植物の保護につとめていて、

わたしはケンさんをリーダーとする動物チームのアシスタントだった。

最初の仕事は、幌別川の下流にクマが鮭を食い散らかした痕があるという情報を受けて

動物チームが調査に向かうのに同行することだった。

まだ何も分からないままみんなに連れられて川沿いを歩くと、

真っ先に感じたのはなんてきれいな川なんだろう、ってこと。

東京と違ってコンクリートで固められた部分のまったくない、天然の姿のままの川。

何が違うって匂いだと思ったよ。不快な匂いのない、それはなんてきれいな流れ。

素人でも、素人だからそう感じた。

面白いよ、自然の中を歩くことが仕事なんて、初めてだからなんか不思議な感じ。

今まではビルの中のオフィスワークばかりだったから。

無数の鮭の魚影が見える。

パーキングからしばらく歩くと車道からの騒音もなくなり、辺りはすっかり森の静けさに包まれた。

サングランスをかけるともっと川の中が見えるよ、と言われて

試してみると見え方が全然違ってきた。

凄い数の、どれも立派な身体つきをした鮭が上流を目指して泳いでいる。

何がしたいのだろう。産卵なんてもうそこでできると思うけど。

どうして先を急ぐの?

「秋アジは偉いんだ。子孫への愛情が深い。

ほら、あんなに尾びれがボロボロになるまで産卵床を作るだろう?

メスは自分が産んだ産卵床から死ぬまで離れないしね。

しかも川に上がってきたら飲まず食わずなんだから」

ケンさんが指差す先には、ボロボロになった尾びれを水面にさらしつつ

ゆっくりと円を描くように泳ぐ鮭の姿があった。

「でもケンさん、川の水は飲んでいるんじゃないんですか?」

知らないことだから、ためらいながらもマジメに聞いたら

なんだか面白かったみたいで側にいたレンジャーの西尾さんに笑われた。

「そうだな!飲まず食わずって言っても水ぐらいは飲んでるな!ケンさんの負けだ!ぐわっはっは!」

なんかわたし、おかしなこと言っちゃったみたい。

結構マジメだったのに!ところで、秋アジって何?鮭って鯵の仲間だっけ?

「あの、その秋アジって鮭のことですよね?鯵の仲間なんですか、鮭って」

聞いてみるとケンさんは笑わず丁寧に教えてくれた。

「いやいや、違うんだよ。秋の鯵じゃなくて、秋の味覚で、秋味ね。

それと、ああして泳いでいる魚の大半は鮭じゃなくてカラフトマスだ。

サケ科で一番繁栄している魚だよ。

秋味――シロザケのことだけど、その秋味も遡上するけど、数は少ない」

「一番繁栄している?」

なんかヘンな言葉。

「そうだよ。魚にも繁栄している種類と、そうではない種類がいるんだ。

まぁ、一概にそうとも言い切れないところもあるけどね。魚に興味あるかな?」

「あります。カラフトマスでしたっけ、こんなにいるからびっくりしちゃいました」

知床に来てまだ数日しか経ってないけど何に大自然を感じさせられたか、

わたしは圧倒的にこの鮭だった。

車道から見かけるエゾシカにも感じたけど、それ以上にこの鮭にわたしは驚いた。

川面を黒い魚体が埋め尽くすようで、大群が海から川へと泳いできている、

すごく印象深いシーンだった。

「このカラフトマスは素晴らしい魚です。

危険を冒してまで川から海に出て、オホーツク海のみならず

遥か遠くのベーリング海やアラスカ沖から豊饒な栄養を得て、そしてまたここに戻ってくる。

なにせ栄養量が違うから個体数も卵の量も他の川魚の比ではない」

なるほど。納得できるケンさんの説明。

それはいいけど聞き慣れない言葉ばかりで驚いちゃう。

「子孫繁栄のために身を呈する姿はいつ見ても涙が出そうになるな。

こうして毎年カラフトマスは自分たちが生まれた川に必ず戻ってくる。

そして自分たちの子孫をここに残すと同時に、自分たちの身体を栄養として森に還すんだ」

「森に還す?カラフトマスが?」

まるで不思議。海の魚と陸の森との接点がよく分からないよ。

「そう。ヒグマやシマフクロウなどの捕食動物たちがカラフトマスを獲って食べる。

川を遡上して力尽きたカラフトマスの死骸は分解されて周辺の森の栄養になる。

カラフトマスの遡上がこの知床の自然の生態系に一役買っていることは間違いないんだ」

そんな凄い魚とは思ってもみなかった。

正直なところ、まだ素人のわたしでは理解できなかったけど、

言葉を耳に通してぼんやりと感じたことはこのカラフトマスが偉いってこと。

「自分の身体が枯れるまで産卵を続けるカラフトマス。

オス同士、メス同士で切磋琢磨してより強いパートナーを探し求め、

少しでも丈夫な子孫を残そうとする産卵の営み。

人間にはない厳しさだよね。それが彼らカラフトマスの繁栄を支えている。

全てのベクトルが自分個人のためではなく、種全体の未来のために向かっているんだ。

この自己犠牲の精神は素晴らしい」

ケンさんはそう言って微笑んだ。

やっぱり言葉は難し過ぎたし、サングラスの奥の目までは見えなかったけど、

とても優しい笑顔だなってわたしは感じ取っていたのかな。

種の未来のため、か。

今までわたしの肌には触れることのなかった、すごい世界の言葉ね。

自分が自分以外の人のために生きているなんて、意識したことなかったから。

ふと鳥の声が聞こえて振り向くと、

川面をはうように飛んでいる鳥のスピードにわたしの目は追いつけなかった。

下流に別れていたレンジャーの宇佐美さんからの無線が入ってきて、

確かに下流に鮭を喰い散らかした形跡はあったが、特段何も異常は見られなかったと連絡があった。

上流にも特に異常なし、とケンさんが応えてそれでこのパトロールは終わった。

仕事を始めてみると何が大変って、知らない言葉ばかりだってこと。

種目名なんて、鳥の名前なんて全然分からないから、新しい単語を覚えるのに苦労したかな。

「オジロワシ」なら分かるけど、「コウノモリ目タカ科」なんて言われる

とまるで外国語みたいに聞こえて、最初はなじめなかった。

それからレンジャーたちの話している世界があまりにわたしとかけ離れていて戸惑った。

特にケンさんのしゃべる世界は思い切り別次元で、

でもその言葉のまま遠慮なくわたしに話しかけてきてくれるのが嬉しいというか、楽しいと思った。

動物チームはケンさんと西尾さんと宇佐美さんの3人の男性レンジャーと、アシスタントのわたし。

いつも大体4人で活動していて、わたしはアシスタントだから

みんなに言われるがまま、雑用みたいなことばかりしていた。

大事な仕事のひとつに、シマフクロウの人工巣箱の取り付けがあった。

世界最大のフクロウであるシマフクロウは日本でも北海道だけ、

いや、北海道全土でももうこの知床近郊でしか見られないって聞かされた。

わたし、そんなフクロウがいるなんて全然知らなかった。

もう百数十羽しか生存していないっていう貴重なフクロウ。

ケンさんはそのシマフクロウこそが知床の自然の豊かさを象徴する存在だって言った。

川沿いの太くて高い木を選んで上の方に人工巣箱を取り付ける。

もちろんシマフクロウも巣となる樹洞を自分で探すけど、

ヒナが絶対に落ちないような丈夫な巣箱を人工的に取り付けてあげて、

生態を観察するのも大事な仕事らしい。

「いいかい?シマフクロウが主食としているのは川魚で、生活の場としているのは森だ。

川と森が豊かに両立している場所にしかシマフクロウは住めない」

西尾さんが木に登って巣箱を取り付けている間、ケンさんが話してくれた。

「知床のようにこれだけカラフトマスが遡上できる川があって、

豊かな森林が残っている場所は他にはないってことですか?」

「残念ながらそうだよ。北海道でも限られている。知床しかないんだ、もう知床しか。

シマフクロウは冬眠をするわけじゃないから、オショロコマのような川魚が年中いて、

厳冬でも凍らない川近くの森にしか彼らは生息できない。

秋になればシロザケもカラフトマスの特需もある。

厳冬期はネズミと小型の鳥を獲る。ここには彼らの食糧が豊富にある。

悲しいけど、そんな場所なんてもうこの知床半島ぐらいしかなくなっているのが事実なんだ」

さみしそうにケンさんはそう言う。

梯子とロープを使って20mぐらい上まで登った西尾さんが必死で巣箱を取り付けていた。

「ニシ!木箱ばっかりに気を取られてないで足元もしっかり確保しろよ!」

そう言ってケンさんが激を飛ばす。

「大丈夫ですよ、ケンさん!

まぁ今のうちにのぞみちゃんに色々レクチャーしておいてあげてくださいよ!」

調子のいい声が返ってきた。あんなに高いところなのにスゴイな。

「ちょっと難しい話だよ。生態系を傘だと考えよう。

シマフクロウやヒグマがその頂点に立っているのは分かるね。

それは身体の大きさ、固体数の少なさ、存在感の度合いではっきりしている。

こんな巣箱の取り付けなんてしているとシマフクロウにばかり

ひいきしているように見えるかもしれないけど、それも訳があってのことなんだ。

難く言えばアンブレラスピーシーズ、傘種、って言葉になるんだけど、

生態系の頂点を保護することは、その周辺環境で棲息する他の動植物全体をも

同時に保護することにつながるっていう考え方なんだ」

「のぞみさん、シマフクロウを保護するためには鮭の遡上できる環境にある川と、

周辺の深い森が必要なんですよ。

きれいな川と豊かな森をシマフクロウのために守ってあげる、

それは同時にその環境で生きる様々な動植物を保護することにつながるってことなんです」

横でじっと梯子を支えていた宇佐美さんもケンさんの言葉に同調して教えてくれた。

「そうだったんだ~。観光客に人気があるからとか、

シマフクロウだけ絶滅させちゃいけないからとかの理由でえこひいきしてるわけじゃないんですね~」

「そんなこと考えているレンジャーはいないね。

大事なのは全体の保護。これはね、ヒグマ保護も同じ考え方だ。

特定の動植物だけじゃない。我々はあくまで環境全体を見ていかないといけないんだ」

確かに難しい考え方だったけどわたしには伝わった。

人気者だけを過度に保護しているわけじゃないんだ。

目的は自然全体の保護だって、わたしには確かに伝わった。

他によくやったのが、アライグマの駆除。

元々日本にいる動物じゃないのに、ペットとして持ち込まれたアライグマが

捨てられて野生化してしまったって聞いた。

テレビで見るアライグマはカワイイから好きだったけど、

実物は困ったことに知性が高く雑食性で、繁殖力が強いし、寄生虫もいる。

畑が食い散らかれたり、オショロコマも被害にあう。

木登りができるから野鳥のひなや卵を狙ったり、

シマフクロウの巣まであらすっていうお困り者だった。

エゾオオカミでもいれば天敵関係でうまく頭数制限ができるのかもしれないけど、

大型の肉食動物がいなくなってしまった今の知床ではアライグマの天敵となる相手がいないらしい。

申し訳ないがアライグマは繁殖させちゃいけない、

心苦しいが理想的なのは全頭駆除することだ、とレンジャーのみんなが口を揃えて言った。

そのアライグマが知床半島で目撃されるようになっていた。

最初は斜里の方だけだったのに、次第に知床半島に近付いて来てしまったという。

何頭かは分からないが、この知床の森にアライグマが生息しているのはもう間違いないらしい。

わたしはアライグマが木に登れないようにする鉄板の仕掛けを作らされて、

シマフクロウの巣のある木によく設置に行った。

「大事なシマフクロウの巣をあらすアライグマなんてキライ!

東京に帰ったらラスカルのぬいぐるみももう捨てちゃうから!」

って作業中のわたしがこぼすと、西尾さんはお腹を抱えて笑ってくれた。

でもね、ケンさんが後でそっと言った言葉がわたしの心に突き刺さったんだ。

「あのね、アライグマこそ被害者なんだよ。

人間の勝手で日本に連れてこられて、いらなくなったら勝手に捨てられて、

やむなくそこで生き延びたら今度は勝手に害獣扱いだ。

本来住むべき北米大陸にいたら誰にも文句言われることなんてないのに、

人間の勝手が重なってここでは悪者にされている。

アライグマだけじゃない、アメリカミンクだって同じことが重なってここに住み着いてしまった。

あれも今じゃすっかり害獣扱いだ。

悪いのは誰かな?考えてみれば答えはひとつしかないと思うよ」

そう言うケンさんの背中はとても悲しそうに見えた。

わたしも人間の勝手さに気が付いて、さっき言った言葉はちゃんと撤回して、

ラスカルのぬいぐるみはやっぱり捨てないでおこうと思ったの。

エゾシカの頭数制限や屍骸の除去も大事な仕事だった。

みんなが言うのは、まずエゾシカの数が多過ぎるということ。

昔はエゾオオカミがいたからエゾシカの数が自然と制限され

正常なバランスが取れていたけど、もう数十年前に人間がその天敵が絶滅させたことで

爆発的にエゾシカの数が増えてしまって、今では知床の森を食べつくす勢いだという。

当然のことだが数が多くなれば中には町に出てくるエゾシカも出てきて、

畑の農作物が食い荒らされる。被害は深刻な状況らしい。

それから道路脇に残るエゾシカの死骸は放置できない。

匂いを嗅ぎ付けたヒグマが出てきてしまうから。

長い冬に充分な餌を確保できなかったエゾシカが餓死や衰弱死するのが

春の正常なサイクルだと聞いたけど、

最近の困り事は人間との交通事故で死ぬエゾシカが多くなってきたこと。

死骸の回収は馬鹿にならない工数がかかるし、回収するのは動物チームしかいない。

わたしだって血とか死骸とかはキライ。

全然触れないってタイプじゃなかったから良かったけど、あんまり見たくないよ。

いくら仕事でもできるならやりたくない。

西尾さんが「これは人間の尻拭いの仕事」って言っていたけど、本当にその通りだと思った。

人間の勝手なエゾオオカミ駆除、そして人間たちにとっては便利な車社会のツケが、

このエゾシカたちを悲劇に追いやっているのでしょう。

それからダムの問題はわたしひとりの力ではどうにもできないけど、

問題が問題だってことはすぐに分かった。

ダムが多過ぎる。ダムが土砂災害の保全のために大事なのは知っているよ。

レンジャーたちに言わせれば、確かにダムは水量をコントロールできるが、

川底の砂利や小石の流れまで止まってしまう問題があるらしい。

ダムの下流では水の流れは上手くゆく。

しかし、川底の砂利ごと移動するわけではなく上辺の水だけが流れ、川底がついてゆかない。

泥ばかりが川底にたまった川は、結果として狭く深くなってしまう。

自然を育むスペースである淵や瀬がなくなってしまった峡谷のような川は

魚が住みにくい貧しい川と成り下がってしまう。

ダムに魚道がなければ、あるいは魚道があってもちゃんと魚の往来ができるものでなければ、

ますます自然な流れの川とかけ離れていってしまう。

洪水や土砂災害から人間を守ってくれるのがダムだということは誰もが知っているし、

それは否定しようがないメリットだけど、

その明確さと同じぐらいダムによる生態系へのデメリット、

はっきりしたダメージも以前から明らかになっているんだよ、とケンさんも言っていた。

知床に来て驚いたのはダムの多さ。

都会のそんな人工物がこの知床で必要だとは全然思っていなかったから、

色々歩いている途中で目に入ってくるダムの多さには正直、嫌気が差していた。

わたしはダムのない幌別川が好き。だんだんそういうことが分かるようになってきた。

思えばカラフトマスが遡上する数も幌別川が抜群だったし、

ありのまま、自然のままに流れているのに他所にはないぐらいに美しい川。

何もしなくてこんな川があるんだから、他もダムなんていらなくてもいいと思うよ。

だって、ダムがない幌別川のほうがずっときれいだから。

わたしが感じるぐらいなんだから、きっと誰もがそう感じているんじゃないかな。

変だよ、やっぱり変だよ。

わたしはこの幌別川が大好きで、自分でももう恋しているんだと思った。

仕事はそんな感じでまぁ大変だったけど、

東京では感じたことがないくらい周囲の人が善かった。

こっちに移ってきて、それは一人暮らしで寂しいこともあるけど、

同じ寮には植物チームの女性レンジャーで札幌出身の真由美さんがいたし、

研究者の瞳さんと女性3人でおしゃべりもできた。

ショッピングするのは大変だったよ。

大変っていうか、ウトロとか斜里にいいお店はあんまりなかった。

札幌へは簡単にいける距離じゃないし、大きな町っていえば網走とかかな。

お休みの日に一日がけで行くぐらい。

いつも休日には事務所のみんなで誘い合ってバーベキューをしたり、

家族連れでドライブして温泉や観光に行ったりもした。

なんていうか、家族みたいな付き合いをする仕事仲間なんて

それも東京では有り得なかったから、最初は抵抗もあったけど、

わたしは面白いと思ってそれなりに楽しんでいた。

自然保護の仕事は自分たちの力だけではどうにもならないことが多くて、

次第にわたしはこの仕事の難しさを感じるようになっていった。

中でも一番困っていたのはクマのことだった。

多くの観光客が訪れる季節を終え、

冬に入る前に今年の問題点を振り返るミーティングがあった。

その中でみんなが一番問題視したのがソーセージと名づけられた一頭のヒグマの行動だった。

「去年もこの件はだいぶ議論したが、あのソーセージが今年もまた岩尾別川に姿を見せた。

それも去年以上に観光客の餌付けに慣れてしまって、随分側まで寄ってくるようになった。

今年はみんなの協力でなんとか事故が起きないように対応できたが、

来年もまたきちんと対策を考えないといけない」

ケンさんがそう口火を切ると事務所のみんなも同調した。

「あれは危ないな。餌をやると近くまでやってくる愛らしいクマ、

しかも立って手を叩くような仕草をして餌をねだる、

なんて口コミで広まってきているが、クマはクマだ。

野性を刺激してしまえば危険極まりない存在になる。

実は雑誌にもソーセージのことが紹介されているんだ。

魚肉ソーセージを投げると近寄ってきて可愛らしい仕草で食べる人気者のクマだ、ってね。

写真も掲載されている」

事の発端は去年、そのソーセージと名づけられた一頭のメスのヒグマに

魚肉ソーセージを与えた観光客がいて、味を占めたそのクマが餌を求めて

観光客に異常接近する事態が続いたことにある。

観光客は喜んでいたが、事務所のみんなはそれを凄く危険視していて、

いつか何かの弾みでそのソーセージが人に怪我をさせる事故が起こるんじゃないかって、

去年も観光客たちに餌を上げないように呼びかける活動をしたと言う。

「今年はソーセージへの威嚇を早いうちから何度も行った。

最初は花火の音で威嚇したのと、人出の多い時間帯に

川辺に現れた時にはほぼ毎回爆竹を投げた。

ただ、効果があったのは最初だけ。

あのクマはすっかり人の味を覚えてしまったようで、威嚇してもまたすぐに出てくる。

なんとか人間から遠ざかってくれればと思って

何回かゴム弾を的中させてみたけど、どうも効果がない。

あとは人間のモラルだな。

これから来年の夏を迎える前に観光客の集まるところに張り紙をして注意を促すとか、

ガイドブックにも追記してもらうとかしないとならないな。

この件は情報が入ったら逐一みんなで展開してゆこう」

いつにも増して真剣な表情のケンさん。

「ケン、今年のソーセージはどこまで出てきた?幌別川のラインを越えたとは覚えているが」

所長が聞くとケンさんは机に紙を広げた。

「ソーセージの出没状態をマップにしたものです。

去年は岩尾別川沿いに留まっていたのが今年は6月の時点で幌別川、

そして秋味のシーズンになるとほぼ毎日幌別川付近で活動するようになって、

さらに一度だけですが10月に東の農園を荒らしています。

このままでは明らかに危ない。

ウトロの町に出てこようものなら、それはもうわたしたちだけの問題ではなくなる」

ケンさんの言葉が続くにつれ、

問題の深刻度合いが伝わったのかミーティングの空気が重くなってゆく。

「ケン、この話はもう時間の問題ってことなのか?

ソーセージを森に返す有効な方法はもうないと思っているのか?」

植物チームのリーダーが聞く。

「来年は奥地放獣の方法をとって人間の怖さ、恐ろしさを身体に教え込ませる。

それしか方法は残されていないでしょう。もう気を付ける、というレベルの話ではないんです」

みんなは真剣な面持ちでケンの顔を見回していた。

笑い話に脱線しないミーティングなんて珍しいから、わたしにもこの話の深刻さが伝わってきていた。

「来年は全員協力をお願いする場面も出てくるでしょう。その際はお願いします」

ケンさんはそう言ってこの話を終わりにした。

冬の間はあまり外に出る役はなかった。

なにしろ11月の初雪が降った後は急速に冷え込んでゆき、

車を走らせるのも大変な季節になった。

それでもケンさんたちは森や海の動物たちの調査に出て行ったけど、

わたしは決まって留守番になって、

春から貯めたデータの整理や瞳さんたち研究者のお手伝いをしていた。

それは助かったよ。

マイナス気温の世界ではわたしなんかが下手に外に出ても足手まといになるだけだから、

事務所横に積もってゆく雪を窓越しにデスクワークを続ける方がまだ気楽に感じていた。

一年分のデータは膨大で、打って変わってわたしは事務作業に忙殺された。

瞳さんが研究しているのは知床の豊かな自然がどこから来てどのように循環しているか、

ということについてだった。

秋アジのことはケンさんたちに教えてもらっていたから知ってたけど、

ある時瞳さんが流氷について教えてくれたのが印象に残った。

――流氷。まだ目にしたことのない景色ね。

1月後半か2月の初めにオホーツク海沿岸へとそれはやってくるという。

「あのね、のぞみちゃん。流氷ははるか北のオホーツク海からやってくるのよ。

流れ着く南のゴール、流氷の南限がこの知床なの。

びっくりしない?こんなに寒い知床が南なんて。

どれだけもっと寒くて厳しい自然がロシアにはあるかってこと」

そう言われると怖くなっちゃう。

年が明けるとマイナス10℃になることも当たり前になっていた。

もう自分一人じゃ運転も危ないから、真由美さんの車に乗せてもらって事務所まで来ていたし、

お休みの日も一人じゃ自由に外出できない。

こんな大変な環境なのにこれが南の果てなんて。

「知床の自然は知床自身が生み出すものだけじゃないのよ。

豊かさの最大の理由が流氷って言ったらのぞみちゃんは驚く?」

「もちろん驚く!流氷が?それを研究で解明したんですか?」

「ここ数十年ぐらいの研究でようやく分かってきたことなの。

大量の養分や植物プランクトンが流氷の中に閉じ込められて、

オホーツク海からこの知床に流れてくる。

流氷が溶ける頃にそれを餌にしようと動物性プランクトンが爆発的に発生するのね。

それを小魚が食べ、さらにその小魚をより大きな魚や鳥が狙い、

次第にもっと大きな動物たちが集まってくる。

このサイクルの偉大さって分かるかしら?

こうして知床は毎年流れ着く流氷の恵みによって豊かさを循環する。

こんなに素敵な食物連鎖って他にはないのよ」

瞳さんは目を輝かせてそう話してくれた。

「流氷はどこから生まれてくるんですか?」

「この近海でも出来るけど、大元はロシアのアムール川とオホーツク海からなの。

アムール川は中国とロシアを経て樺太でオホーツク海に注ぐけど、

オホーツク海の特徴は海全体が一種の湖のようになっていて、

海続きではあるんだけどカムチャッカ半島や樺太・千島列島が

ぐるりと周りを囲んでいるから海といっても湖みたいな形なの。

そこにアムール川を通して大陸の真水が流れ込むでしょう。

塩分を含む水は重いから海の底に沈んで、真水に薄められた水は軽くて表面に浮く。

水深50mを境に、上は薄い水で下は濃い水が二層に分かれているのが

オホーツク海のユニークなところね」

いつもわたしと他愛のないおしゃべりで盛り上がってくれる瞳さんが、

すごく専門的なことを話してくれている。

「冬になって水面が冷やされても下の重い水は動かなくて、

真水に近い上の軽い部分だけが凍るのよ。

対流の関係で流氷は南に動いてゆくと、

北海道のオホーツク海沿岸が湖の南岸のような地形になっているから、

流氷はどこにも行けなくて、この一帯が終着点になっているってわけ」

「えっ、じゃぁ、ここは昔から何もしなくても毎年必ず豊富な栄養が運ばれてくるってわけなんですか?

うらやましい環境なんですね」

「そうなのよ、のぞみちゃん。それがこの知床の特異な環境なの。

なんて言うのか、すごく恵まれた場所なのね。

流氷に閉じ込められた栄養の塊が自動的に流れ着いてはここで止まってしまう。

流氷の大きなドラマだけじゃなくて、その海の下では

カラフトマスやシロザケの遡上っていう別のドラマがあるでしょう?

ケンさんたちに教えてもらったと思うけど、

あの魚の流れも他の海からこの知床に栄養をもたらしてくれる貴重な流れね。

そっちの線は川を伝って周辺の森と大地に恵みをもらたせてくれる。

今では産卵だけのイベントじゃなくなってきて、オオワシやキタキツネたちの食餌としての意味、

力尽きた死骸が川辺の森の養分として土に帰ることの意味、

カラフトマスたちはそんなことまで背負っているみたいに見える。

太い流氷と、細い魚の栄養ライン。知床ならではのすごいことなのよ。

そのサイクルの規模の大きさにわたしは魅せられている」

その話があってから、わたしは流氷の存在を愛しく感じるようになった。

思い描くのは今年の流氷がやってくる光景。

今はまだ寒々しさだけが漂うオホーツク海に冬の主役がやってくる日はいつなのかしら。

そのことを宇佐美さんに話していたら、ちょっと変わった話をされた。

「それって富の搾取なのかもしれないね。

ほら、世界の南北問題で南の後進国と北の先進国の貧富の差に似ていると僕は思っているんだ。

知床が栄えるということは、その陰で貧しさに泣く地域があるのかもしれない。

凍りつくような冬に栄養も乏しく過ごす環境があったりしないかなって想像すると辛くなる。

話が暗くてごめんね、なんかそういう格差って自然界にもあるんだなって思った。

解決できない矛盾だよ、でもここの恵まれた環境に格別な美があるのは否定できないし、

それを追って僕自身もここに来ている。

経済でも豊かさに追われる先進国だけが幸せなんじゃなくて、

自然に囲まれてゆっくり生きる後進国の人たちのほうが本当は幸せなんじゃないか?とか、

考えると複雑なものですね。ごめんなさい、ただそれだけです」

3人の中で一番若いこのレンジャーはそう言っていた。

それもまたわたしには記憶に残る出来事だった。

2月のある日、沖に流氷が来ているという知らせを聞くとウズウズが止まらなかった。

早く見に行きたいけど、危なくて簡単に行くこともできない。

でも数日後には事務所のみんなで揃って行こうという話になって海岸線まで行くと、

そこにはもう海を埋め尽くす流氷の海、海、海。

圧倒される白の地平線。海はどこへ行ってしまったの?

この前までは海だった場所に白い大地と地平線が出来ている。

不思議な感覚に包まれてわたしはまばたきを繰り返した。

この流氷は動くという。その日の風や潮の流れによって場所を変える流氷。

とある朝、起きてみると流氷は立ち去って代わりにいつもの海が埋め尽くしている、

そんなミステリーみたいなことがあるなんて。

吹雪いていなくても吹き付けてくる冬の横風は遠慮なくて逃げ出したくなるぐらい。

でもこの時ばかりは、初めて目にする美しさにわたしは去れそうになかった。

瞳さんも西尾さんも寒さに負けて早々と車に戻ってしまった。

今日は別に流氷を調査するのが目的じゃない。

わたしは立ち尽くす、流氷の破片が宝石のように散りばめられたまぶしい景色の前で。

「見てごらん、のぞみ。あそこにゴマフアザラシがいる。ちょっと遠いけど双眼鏡で覗くと見える」

ケンに促されて指差す方向を見ると本当にいたよ!

柔らかいカキ氷みたいな流氷のソファーのうえでのんびりする一頭のアザラシが!

こんなに寒いのになんかまるで緊張感がない。

面白くってわたし笑っちゃいそうだったよ。

「カワイイ!」

思ったまま言っちゃった。そうしたらケンも笑って答えてくれた。

「でしょう?流氷の上の動物って寒さを感じないぐらいにかわいらしい。

氷の下の光景もすごいよ、潜ってみると浮かぶ流氷が迷路のようで、

そのさらに下は小さな生き物たちが神秘の国の住人みたいに暮らしている。

いいかい?ここの自然は厳しいものだけど、軽妙な笑い、

かわいらしさを忘れないでいるのが僕は好きだよ、たまらなく好きだよ」

そうだよね、ケン。なんかケンの感覚ってわたしに近い気がする。

わたしなんかよりもずっと上っていうか、もっと立派な位置にあるとは思うけど

根底はどこか同じなんだよね。

普通のことが最高。小さなことに喜びを見つけなかったら、何にも満足できないもんね。

人生もお金や欲望とかに惑わされがちだけど、本当はそんなのじゃなくて、

自然界の季節の移ろいを楽しむような面白さこそ、

いくつになってもいくら大人になっても忘れたくない大事なことじゃないかな。

知床に来て、ケンたちと動物保護の仕事をするようになってそんな想いが増してきた。

それから毎日の通勤の車でわたしは流氷を目にすることになる。

朝焼けの、夕焼けの、吹雪の中、快晴の中の流氷。

どれも遠慮なくフルパワーで、あるがままの姿を見せ付けてくれていて、

厳しさと美しさが混在する流氷の感情の豊かさにいつも心を震わせていた。

4月、知床に春を告げるフクジュソウが咲いた。

それでまた森の動物たちとの仕事が始まり、

わたしはオフィスからフィールドに出てケンたちと行動するようになった。

5月、あのソーセージ出没の知らせが入るようになった。

それも決まって観光客の多い岩尾別川沿い、本来だったら天然の餌もないような場所なのに、

ソーセージはいつもそこに陣取るようなカタチで姿を現した。

「やはりあいつは去年と一昨年のことを覚えている。もうクセになってしまったんだ」

わたしたちも頻繁にその一帯をパトロールしたり、直接観光客にエサをやらないよう呼びかけたけど、

ソーセージの態度が変わることはなく、その大きなヒグマの姿は毎日のように岩尾別川にあった。

ケンは観光客たちにイヤな目で見られてもゴム弾を放った。

命中するとゴム弾の痛さにびっくりしてソーセージは森の奥に逃げ込む。

これで少なくてもその一日は森の奥で大人しくしているはず。

ただ、見物を奪われた観光客たちは露骨にイヤな表情でわたしたちを見た。

「ヒグマを見るためにわざわざここまで来たんだぞ!」

そう声に出してわたしたちレンジャーを責める人まではいなかったけど、

冷たい視線は常に感じた。

きっとわたしだけじゃない、西尾さんも宇佐美さんも同じだったはず。

ゴム弾を受けたソーセージがたった3時間後にまた姿を現した、

という知らせが無線で入ってきたのはそれから1ヶ月も経たない頃のことで、

エゾシカの食害を防ぐためのネットを張っていたわたしたちが急行すると、

ソーセージは相変わらずの仕草で観光客に餌をねだっていた。

「有り得ないぞ!さっき撃ったばかりなのに!」

西尾さんが悲鳴に近い声を上げる。

そうなの、今までは少なくともゴム弾を撃たれたら

その日ぐらいは大人しく森に逃げ込んで姿を現そうとはしなかったソーセージ。

それがこんな短時間で戻ってくるとは予想もしていなかったから、レンジャーたちは動揺していた。

深刻な面持ちでケンがゴム弾を再発し、ソーセージを森に追いやる。

そして周りにいた観光客一人一人に頭を下げ、くれぐれも餌はやらないようにと

いつも以上に丁重にお願いして回っていた。

ケンだけにそんなことをやらせてはいけない。

西尾さんが他の観光客たちに頭を下げ、宇佐美さんも続き、

それにわたしもそれぞれ手分けしてそこにいた観光客全員を回ってお願いした。

観光客たちの車が離れ、ソーセージもいなくなった岩尾別川の流れが虚しく聞こえた。

何も聞こえないのが普通なのに、誰もいない川辺をおかしく感じるなんて

わたしもおかしくなっちゃったのかな、って思ったよ。

付近にヒグマの餌となるアリの巣がないか、手分けして調べてまわる。

でもやっぱりないよ。なのにこの場所にソーセージが現れるなんておかしなことなんだ。

「本当は銃なんか持ちたくないんだ」

その日、事務所へと戻る車の中でケンはそうつぶやいた。

「アイヌの先人たち、知床の住人たちは今まで銃に頼らないクマとの付き合いをしてきた。

その微妙な関係というか、築き上げてきたクマと人間とのギリギリの距離が、

銃という現代の武器によって崩れ去ってしまうんじゃないかとよく心配になる。

本当はこんな物に依存するのではなく、互いにもっと気を遣うことで

ちゃんとした共存ができるはず、距離が保てるはずなんだよ」

車を降りて事務所に着くとケンは所長の机に向かった。

「どうする、ケンさん?ヤツが出現する確率が今年は明らかに高くなってきている!

どうしてアイツは大人しく森でドングリを食べてくれないんだ!

このままでは本当に危ないぞ!こんな調子で今年の夏を俺たち、ちゃんと乗り切れるかな?!」

戻ってきたケンを待ち構えていたように西尾さんが不安を口にすると、

ケンは暗い表情をして答えていた。

「もうやるしかないよ、ニシ。所長に話は通してきた。クマ捕獲の罠をつくるぞ」

その翌日。宇佐美さんとわたしがエゾシカの死骸の回収を終えて帰ってくると

ケンと西尾さんが大きなドラム缶を倉庫から引っ張り出して何かの準備をしているところだった。

その大きな罠がソーセージを捕獲するものであることは直感で分かった。

ケンはソーセージをどうしようというの?捕らえてクマ牧場にでも送ってしまうのかしら。

それともまさか殺しちゃうための罠だとか?

ドラム缶の檻はソーセージがいつも姿を現す川沿いの森に据え付けられた。

何かが本格的に動き出す。そんな気配をわたしは感じ取っていた。

翌日、ケンと一緒に羅臼側の河川の遡上状況確認に向かった。

今年の遡上はまだ一部の川で始まったばかりだけど、

ダムの魚道がちゃんと使える状態にあるのかを調べてくる大切な仕事だった。

それがいざ調べてみると、海岸線から数百メートルもいかないうちにダムが設置されていて

上流まで遡上できる環境になっていない川がある。

魚道があるダムもあるが、土砂が入り込んでしまっていて機能していないのを見た。

それじゃ魚道の意味がないでしょう。

「これが知床の河川の実情なんだ」

諦め口調でケンが言って、いつもと違ってやや面倒臭そうに手早く仕事を終えた。

「のぞみもまさかこんな状況になっているなんて想像していなかっただろう?」

移動の車の中でケンがそう聞いてくる。

「おかしいよ!だって川下に大きな集落があるわけでもないし、

もし水害が起きてもそんなに被害があるとは思えないよ!ダムってそんなに意味があるの?」

わたしの勉強不足かもしれないけど、どうしてもそんな風にしか捉えられなくて。

「いや、意味はあるんだよ。

でもね、それと生態系への悪影響を天秤にかけた時に、

ダムの価値の方が重いかって聞かれたら、僕はやっぱりNOと言いたいよ」

もうそれ以上追及する気にもならなくなってしまった。

ウトロより羅臼の方がもっと状況が悪い。

これがあの大自然の知床の川かと疑いたくなるぐらいに不自然だと思った。

昔はそんなに治水に悩まされていたのかな。

他に何か人間的な理由があってダムが無駄に出来上がってしまったような気がして、

人間の仕事の方を疑いたくなるよ。

あまりいいレポートにはならなかったが、情報をまとめて知床峠を越えて戻ってくると

出発が遅かったからか辺りは薄暗くなり始めていた。

ケンは途中の幌別川のパーキングに車を止めて歩き出した。

「のぞみが好きだというこの幌別川をごらん。

羅臼と違ってもうカラフトマスだって遡上し始めているし、

何よりこの清涼とした空気は特別じゃないかな」

薄い暗闇が立ち込めてきていたけど、

早い時間から出てきたお月様のおかげでまだ視界が残っていた。

「ケン。カラフトマスも川を選べるといいね。

産まれた川が遡上できないぐらい汚れていたら他の川を選ぶけど、

それ以外は迷うことなく産まれた川に帰ってくるって教えてくれたよね?

でも、カラフトマスたちも自分が本当に上っていきたい

きれいな川を選ぶことができたらいいのになぁ。

人間の都合でいじられた川ばかりでしょう?

人気投票みたくさ、いい川だけ選ぶスタイルだったら面白いって言うか、

人間の失態ぶりがはっきり見えちゃうのにね」

半年間を一緒に乗り切ったから、わたしにはもうケンという人の優しさが分かっていたから

心を開いてしゃべれるようになっていた。

そうダラダラとつぶやくわたしをケンは微笑みで受け流してくれる。

「ほら、カラフトマスは素晴らしいんだ。

いつかも言ったよね、カラフトマスの自己犠牲の精神のこと。

昔ね、ある本を読んでいて素晴らしいストーリーに出逢ったことがあるんだ。

このカラフトマスに共通する話だと思っている。話してもいいかな?」

突然だけど、ケンがそんな話を振ってきた。

「聞かせてよ、ケン」

今日一日なんかすっきりしなかったから、ケンのそんな人の善さそうな話が聞きたくなった。

「ほら、月にはウサギがいると言われているね。

でもどうしてウサギが月にいるのかな。不思議じゃない?」

また本当に唐突なお話。まるで物語のような口調でケンは語り始めた。

「今は昔、共同生活で修行をしていたウサギとキツネとサルの前に、

衰弱し切った老人が現れて食事を乞いました。

キツネやサルは狩りができるのでちゃんと老人の前に食事を運ぶことができた。

でも、ウサギはそうはいかない。

何も獲れないし、逆に獣から狙われるだけです。

そこでウサギはキツネとサルに焚き木の用意をお願いした」

静かな川にカラフトマスが水を弾く音が鳴る。

もうそこまで暗闇が忍び込んできていたから、ケンの顔も見ずに耳だけを傾ける。

「キツネもサルもウサギのことを責めました。

どうしてお前は役に立とうとしないのかと。するとウサギはこう言いました。

僕には食べ物を持ってくる能力がないんだ、どうか僕の身体を焼いて老人に与えてください、と。

そうしてウサギは焚き木の中に身を投じたのです。

それを見た老人、実は老人に化けた神様が修行中の彼らの本心を試している姿だったのですが、

ウサギの悲痛な行動に涙を流してその死を悼み、ウサギの姿を月に映したのです。

全ての生き物にこのウサギの自己犠牲の精神を伝えるために。

だから今も夜空を見上げると、焼かれて煙にくすぶられたウサギの姿が月に見えるのです。

おしまい、おしまい」

話をまとめるとケンは持っていたタンブラーに口をつけて、もったいぶった。

「それって、アイヌの伝説とかですか?」

直感で感じたまま聞いてみる。

「いや、違うんだ。今昔物語のお話なんだ。知床ともアイヌとも関係ないよ」

「へぇ~。今昔物語」

絶対アイヌの民話だと思ったのに。それにしても意外な本を読んでいるのね、この人は。

「月に刻まれたそういう物語があります。

カラフトマスもウサギも、無力なりに頑張って成果を出しているんだよ。

僕たちはそれを忘れてはいけないような気がするな。

アイヌの人たちがこの知床の大自然をカムイ――『神』、と呼んだのが頷けるよ。

カムイという言葉には、敬愛すべき偉大なもの、

人の力が遠く及ばないもの、という意味が強いようなんだ。

自然のステージの上では、人間は無力だからね」

わたしはその物語に圧倒されていた。

あぁ、カラフトマスや月のウサギのしたことに較べればわたしなんて小さい。

自己犠牲すら厭わなかったからこそ、永遠に生き延びる彼らの命。

それと引き換えわたしの毎日なんてあまりに小さい。

今まで小さかったものが、大きく見えてきた。

大きく見えていたものが、本当は小さかったと知った。

そうだ、わたしなんて、本当に小さいんだ。

「これって子供の頃に聞かされていた話らしいんだ、

すっかり忘れていたけど大人になってこの物語に再会したらなんだか衝撃的だった。

結構どうでもいい民話みたいに聞こえるかもしれないけど、

時間が経つにつれてその意味というか重さというか、

話の存在が僕の心の中で膨れ上がっていった。

カラフトマス、月のウサギ。

大人になってからこんなお話が僕の心を捉えて離さないんだよ。

そういう生命力の素晴らしさを知っているから、

今の僕はどんな苦難に立ち向かっても平常心で立ち直えると思うんだ」

ケンは言ったよ、そう言っていたよ。なんだかとっても素敵なお話。

ケンの優しさの原点は、物語に教えられたそういうところにあるのかしら。

そんなことを思い描きながら暗くなった幌別川を後にして、事務所に向かった。

2日後、ケンから無線が入ってきてレンジャー全員が集合をかけられた。

行ってみるとあのソーセージらしいヒグマがドラム缶の檻の中でぐったりとしているのが見えた。

「死んでいるの?」

先に着いていた植物チームの真由美ちゃんに聞くと、彼女は首を振って言った。

「いや、いきなり殺しはしないでしょ。麻酔銃で眠らせただけだと思うよ。

狭い檻の中に閉じ込めっ放しじゃ、興奮しちゃうからね」

その檻越しに腰を下ろして、ケンはじっとソーセージを見据えていた。

「唐辛子スプレーとゴーグル持ってきました。麻酔銃の予備と、実弾も一応」

西尾さんが傍に道具を置く。ケンは集まってきたみんなの顔を見渡してこう言った。

「みんなよく見ておけ。

今は麻酔で大人しく眠っているが、野性に満ちたこの身体はいつでも凶器になりかねない。

動物園のペットじゃない、リアルなヒグマだ。

ちゃんと目に刻み込んだらそれぞれ事務所に戻ってくれ。

明日、ソーセージを奥の森に連れてゆく」

「誰か一人は残りましょうか?」

宇佐美さんがフォローする。

「いいや、俺だけで充分だ。あと1~2時間で麻酔が切れる。

そうしたら俺は唐辛子スプレーをまきかけて人間の怖さをこいつに教え込んでおく。

あとは明日の朝にもう一度吹きかければ充分だろう。ここは任せてくれ」

いつもと違うケンの強い口調に誰も何も言えなかった。

交代でドラム缶の中に横たわるソーセージの身体に触れると、

わたしたちはそのまま事務所に引き上げた。

明日の準備にかかっている途中で、西尾さんはよほど心配だったのか

もう一度ケンの様子を見に行くと言った。

「宇佐美とのぞみはいいよ。そろそろ麻酔が切れているはずだ。

ケンさん一人じゃさすがに心配だからな」

そう言って西尾さんがケンの元に戻っていった。

今日の活動報告と明日の準備を済ませたけど、わたしたちも思いは同じ。

やはりケンのことが心配だったので宇佐美さんと一緒に

あの檻の場所に車を向かわせると、丁度西尾さんの車が帰ってくるのに会った。

「どうしたの?」

聞くと西尾さんはさみしそうな表情をして言う。

「ケンさんの人が違った。

情け容赦なくカプサイシンのスプレーをヤツに振りかけて、大声で怒鳴っている。

いつもの様子と全然違って俺、近付けなかったよ。

遠くから見ただけだけど、あんな鬼のような表情をしたケンさんは始めてだ。

あの姿をきっと僕たちに見せたくなかったんだな。だから戻って来たよ」

それを聞いて宇佐美さんもすっかり黙ってしまった。

それだってきっと裏腹というか、優しさの裏側なの。

わたしも何も言えないよ、ソーセージのため、

互いの共生のためを思って取ったケンの精一杯の行動だと思うから。

翌朝、所長や植物チームのレンジャーたちまで集まって檻の場所まで行くと、

ソーセージはドラム缶の中で暴れていた。

まずはケンがドラム缶を木で叩いてびっくりさせ、

例の唐辛子入りスプレーを吹きかけるとソーセージは涙や鼻水を流し、

口からは泡を吹きながらもがいている様子だった。

散々に苦しめた後で西尾さんが麻酔銃でソーセージを眠らせた。

しばらく様子を見て麻酔が効いたことを確認すると、

男の人たちが総出で檻をトラックの車台に積み込む。

それから通常は車が入らないカムイワッカの滝のもっと奥までソーセージの檻が運ばれた。

麻酔が覚めるまで時間がないので、着くとみんなで急いで檻を降ろす。

しばらくすると少しずつソーセージの身体に反応が見られるようになった。

彼女の意識が戻るとすぐにケンはまたスプレーをかけ、

爆竹を鳴らし、もがくソーセージを徹底的にいじめ抜いた。

朝よりももっと長く、執拗な攻撃にソーセージは逃げ場がない。

悲鳴みたいな声を聞くとわたし、ちょっとたまらなくなるよ。

「ねぇ、ちょっとやり過ぎじゃない?

罪もないソーセージにあんなにしなくてもいいんじゃない?」

ついそう口にしちゃったら、西尾さんが強く首を振る。

「逆だよ、最悪の事態を防ぐためにああしているんだ。

これでアイツが人前に出てこなくなることが互いにとって最良だろう?

一見残酷に見えるけどケンさんもきっと心で涙を流しながら

ソーセージを教育しているんだよ。

それを分かってあげないとケンさんがかわいそうだ。

表面だけの優しさなんてクソくらえだ、本当の優しさを見てあげないとね」

わたし、その言葉に納得できた。ケンのしていることがようやく理解できたと思った。

そうなのね、ソーセージと共存してゆくための手段なんだ、これは。

ソーセージ、あなたはこのお仕置きの意味なんて分からなくてもいい。

人の怖さ、人間界に近付くことがいけないっていうこと、

それにあなたの目の前で鬼のような顔をしているケンのこと、今はただ心から怖いと思って欲しい。

鬼は鬼でも本当は無害どころか、

互いの幸せを祈っているだけの善良な鬼だとは知らなくていいよ。

人への恐怖感だけ感じ取ってくれればそれでいいから。ねぇ、それでいいから。

ソーセージは森の奥地に放たれた。

これでもう岩尾別川沿いに姿を見せなければいい。誰もがそう願っていたに違いない。

それでもわずかに10日も経ったある日、植物チームがイヤな情報をつかんできた。

観光客からの話で「川沿いにエサをねだるようなクマがいてなぁ」とのことで、

どうやらそれはあの岩尾別川上流のことだった。

翌日は交代で岩尾別川をパトロールしてみた。

すると夕方になって宇佐美さんから無線で

「ケンさん、やはりソーセージです。間違いありません」

という悪夢の知らせが入ってきたのだった。

ケンはこの事態をなんとかしようと必死になっていた。

「まずいよ、これは本当に異常な事態だ」

彼に言わせると自然のクマにはない、

いや、新世代ベアと呼ばれる人間に慣れたクマにもない

特殊な行動をソーセージは取っているらしい。

そう、人の怖さを叩き込んだはずなのにたった10日でまた人間たちの前に姿を現してきている。

これは深刻だよ、とケンは真剣な顔で語った。

「とはいえ諦めるわけにはいかない。人間との接点をできるだけ消そう。

僕たちが見捨てるわけにはいかないんだ」

それで動物チームは日中はいつも誰かが岩尾別川沿いにいるシフトを組み、

ソーセージが姿を現すと爆竹やゴム銃で即座に威嚇する体制を敷いた。

問題が起きるのは人間との接点があるから。

だから、いっそソーセージが人間の姿を目にしないようにすることで次の対策が打てる、

と読んだのは間違いではなくても、広い河原全体を見きれるわけもない。

レンジャーの目を盗んで投げられる餌にそれを防止する強制力はなく、

ソーセージの居場所は川を挟んだ向こう側から、

川を越えたこちら側まで寄ってくるようになった。

ソーセージの行動範囲は次第に広がりを見せていった。

もはや岩尾別川の人寄せクマに留まらず、頻繁に幌別川に現れた。

そしてついには動物と人間の生活の境を越え、ウトロの町近くのゴミ箱を漁る姿が目撃された。

その一報が入った日は休日だったけど、

急遽ケンが出動してソーセージを人里から追っ払ったらしい。

二度目の捕獲は8月のことだった。

万が一と思って幌別川とウトロの間にあるゴミ箱近くにドラム缶檻を仕掛けておいたのだが、

ある朝事務所に入ってきたのは悪夢のような知らせ。

ウトロの住民から「クマが罠にかかっている」と連絡を受けたときのみんなの動揺はひどいものだった。

「ケン、もうそろそろ諦めてもいいんじゃないか?」

わたしの耳に入ってきたのは、

そのソーセージを迎えに行く車の中で所長とケンが話している声だった。

「もう限界が来ているのはお前も分かっているんだろう?

ケン、あれはな、更生できない身体に生まれてきてしまったヒグマなんだよ。

人事を尽くして天命を待つ。

まだ迷う余地はあると思うのか?俺はいつでも責任を取るぞ」

わたしが口を挟むような場面ではない。

黙っていると少し間があった後にケンがこう言葉を返していた。

「――所長。壊すのはいつでもできますが、命を育むのは歳月がかかります。

GPSをソーセージに付けます。これがわたしの最後の手だと思ってください」

前回に輪をかけてこっぴどくいじめられた上でソーセージは再び森に返された。

ソーセージの首にはGPS装置付きの首輪がつけられ、

事務所のパソコンから行動範囲を調べることができるように設定された。

するとその数日後からケンの表情に笑いが消え、

野外活動をわたしたちに任せてじっと事務所の中で待機することが多くなった。

「ニシ、宇佐美。いつでも実弾を撃てる準備だけはしておいてくれ。

ソーセージは岩尾別川を越えるぞ」

そう聞かされたときはやはりショックだった。

ソーセージはもう臆病な野生のヒグマではないのね?

幌別川を越え、ウトロ近くに再出没したという知らせが入るのも時間の問題だとわたしも感じていた。

そしてついに子供たちがいるウトロ小学校近くにソーセージが姿を現したとき、

ケンは実弾を発砲してソーセージを銃殺した。

それは正しい処置だったのかもしれない。

本来、野生のクマは人になつくことなど皆無で、

少しでも異質な音がすれば向こうから遠ざかってゆくのが習性だし、

ソーセージを習って人に近づこうとするクマなど他に現れなかった。

ソーセージと名づけられたあの一頭だけが、不幸にも観光客慣れしてしまったヒグマだった。

それもソーセージが自ら好んで取った行動ではない。

心ない観光客が投げ与えてしまった一切れの魚肉ソーセージが、

このクマの心を変えさせ、そして破滅の道へと向かわせてしまったのだ。

撃ち殺すという決断は苦渋の選択だった。

動物チームのリーダーであるケンのその判断は、

彼の日ごろの動物愛の精神からすればありえない行動で、

その苦しみはわたしたち動物チーム共通のものであったし、

彼にすれば最も望まない結論だったに違いない。

それでも頻繁に町に姿を現すようになってしまったクマに対してそうせざるを得なかった。

ケンの心を察するとわたしは心が痛む。

実際にケンの、いいえわたしたち動物チームが、さらには事務所全体として取り組んできたことは、

その最悪の結果を未然に阻止するためのあらゆる努力だったのだから。

なんとかソーセージを森に返そう、人間の怖さを教えよう、

観光客に周知させよう、自然のあるがままの姿に戻そう。

しかし何度懲らしめてもすぐに元に戻ってきてしまうソーセージの態度は変わることがなく、

このままではあの愛らしいクマがいつか人を怪我させてしまう、

互いにとって不幸なだけのそんな事故を防ぐための行動だった。

ソーセージを生け捕りにして爆竹をならし、

クマが嫌う唐辛子の痛さを身にしみこませ、深い森の奥へと帰した。

わたしたちにできる精一杯の愛情がそれだっただった。

しかし彼女はついにウトロの小中学校近くまで出てくるようになってしまった。

最悪の事態が起きたときには、ソーセージ以外のクマまでが

すべて悪者扱いされてしまうのが容易に想像できた。

そこまで考えた上での彼の最終的な行動が、実弾という苦渋の決断だったのだ。

ソーセージを射殺した後、死骸の処理、一連の報告書作成をケンは担当したが、

その仕事が終わった後で彼は長期休暇を申請して休みを取った。

誰もが彼の心情を理解していたのでそれは温かく受理されたのだが、

休みの途中で所長からみんなに報告があり、「ケンさんが退職します」と言われた。

誰もが耳を疑った。

知床愛、動物を愛でる気持ちが一番強いのはケンだと事務所の誰もが思うところだったし、

いくら餌付けの危険性を説いても聞かない観光客には憤慨していたが、

悪いのはソーセージじゃない、人間だよ、と彼はいつも言っていた。

ただその悪い人間も人間そのものが悪いんじゃなくて、

単純な欲望に動かされる原始の部分が醜いのであって、

正しい知識さえ教えれば本来は美しく輝くのが人間だとケンは言った。

別に人間に絶望していたわけでもないのに。

悪いシステムのままにしておくことこそが一番の悪であり、

自分のやるべきことはそのシステムを少しでも善くするだけだよ、と言っていた。

そんな前向きな言葉だってわたしに教えてくれたのに、

そのケンが知床半島の動物たちを放置して辞めてしまうなんて。

ケンの心は弱いものじゃない。

優しさの中に強い芯があるような人、

ちょっとやそっとのショックなんて呑み込んでしまう強い人なのに。

余程のことが彼の心のうちで起きているのだろうとは想像がついたが、

わたしにはとても信じられないことだった。

信じられなかったが、それから本当にケンが姿を現さない日が続くと、

みんなもケンが辞めたことを受け入れるようになった。

リーダー不在のまま、サブリーダーの西尾さんが動物チームの指揮を執って

それからの秋を乗り越えると、10月にわたしの知床での一年間は終わりを迎えた。

ケンのことは東京に戻ってからもずっと心に残る出来事だった。

動物をいたわる気持ち、自然への敬愛、周りの人間への心配りに溢れた人柄だったケン、

そのケンがどうして天職ともいえるレンジャーの仕事を手放してしまったのか。

きっかけがソーセージの悲惨な件に間違いないと分かっていても、

ケンの取った行動は仕方ないものだと事務所の誰もが思っていたし、

あの判断が遅かったら今頃本当にクマと人との接触事件が起きていたのかもしれない。

放置してそれが本当に起こってしまった後では何をしようと手遅れで、

事務所の対応への批判、本来平和な存在であるクマへの過度の危険視、

知床への観光客離れ、あらゆる問題が降りかかってきたはずだから。

それは野生動物を殺めるという、レンジャーとしては最後の手段だったとしても、

状況を考えれば賢明な判断だったと思う。

知床を離れ、時間が経ち、第三者の冷静な目で見渡せるようになっても

やはり間違いではなかったと思えていた。

ケンはどうしてしまったの?

ケンは今どこで何を感じながら暮らしているの?

東京の生活の中でたまにそう思い返すことがあった。

事務所の誰とも連絡を取っていないと聞いていたし、

わたしが瞳さんや真由美さんとちょくちょく連絡を取っている中に

ケンの話は一度も出てこなかった。

責任感の強いケンのこと、きっと事態を食い止められなかったことを

自分だけのせいにして、自分を責めながら毎日を過ごしているのでしょう。

あれからケンが何を考えているのか、わたしは気になっていた。

自分から連絡を取ろうとしないってことは、もうあの知床の件を思い出したくないってことなのかな。

動物愛なしのケンは思い描けないから、

彼のそれからの毎日を何が支えているのか、わたしには全く分からなかった。

だからケンが帰ってきたニュースを聞いてわたしの心は大きく揺れた。

ケンとはほんの一年足らずの時間、一緒に仕事をしただけ。

それも彼のアシスタントだからそんなに深い間柄でもなかったけど、

彼の優しい性格は知っているつもり。

あんな事件が起きたら続きを知らずにいられないよ。

そうこう考えているうちにレンタカーは斜里を過ぎてウトロに入っていた。

車の数が多い。夏の間だけの華やいだ雰囲気。

事務所前に車を停めて周りを見渡すと、当たり前だけど景色も何も変わらないのね。

勝手知るドアを開けるといつもの瞳さんたちがいた。

久しぶりの人が変わらずにいるのって嬉しいよ。

物事は変わってゆくはずなのに、変わらないことの幸せっていうのかな。

瞳さんの横に座って久しぶりのおしゃべりをしていると、無線でケンの声が聞こえてきた。

懐かしい声を耳にして、わたしはついおしゃべりを止めてしまった。

どうやら今は幌別川沿いをパトロールしているらしい。

「あなたが来るって言ったらみんな会いたがっていたわよ。行ってあげて」

瞳さんに促されて幌別川へ車を走らせる。

そこは鮭の遡上が盛んでクマの出没率も高く、

よくレンジャーのみんなに連れられて環境調査をしに行った場所だったし、

わたしが知床で一番好きになった川。

川岸をさかのぼっていくと、やはりわたしは感じていた。

ダムのない天然の川の姿は美しいの。匂いが違うの。

幾人かの人の姿が見えてくるとその中にいたのは紛れもなくあの懐かしいケンで、

彼もわたしの姿を見つけるとこちらに歩き寄ってきてくれた。

「よく来てくれたね!また会えて嬉しいな」

月並みな言葉が一番嬉しい。

ケンの口から出たのならそれはウソじゃないって分かるから。

ケンの言葉をかけようとする。けど、何て言うのかちょっとつまってしまった。

そうしたら水面すれすれをカワセミが飛び去っていって

それがわたしの嬉しさを変わりに言葉にしてくれたみたい。

彼はあまり変わってないように見えた。

やつれたわけでも、知床を離れた間に太ってしまったわけでもない。

微笑を浮かべた表情は2年前と何も変わらない。

わたしはどうかしら?

都会に戻ってすっかりつまらない女になってしまったのかもしれないけど。

それから引き上げて事務所に戻るとみんなが今日はわたしの歓迎会だと言って

ウトロの所長の家でバーベキューを用意してくれていた。

翌日は休日だったから前々からみんな家族連れで知床湖にハイキングに行こうという話になっていて、

わたしはそれを楽しみにこの日にやってきていたの。

昨夜は早めにお開きになったからか、

朝だいぶ早く目が覚めてしまうと幌別川を泳ぐカラフトマスのあの音が無性に聞きたくなった。

ホテルから幌別川へと車を走らせると、

なんだかもうパーキングには車が一台停まっていた。

それが誰の車か分からなかったけど、川辺を歩いていると

キャンピングチェアーに座っている人影があって、

そんな芸術家みたいな佇まいはケンしかないと思った。

考え事をしているのか、ケンの影は微動だにしない。

近寄るわたしの足音に振り返るケンに向かって声をかけると、ケンは手を挙げて答えてくれた。

秋とはいっても朝晩の冷え方はもうたいしたもので、

上着を着込んだケンはタンブラーの温かいコーヒーを飲んでいた。

キャンピングチェアーに深々と腰をかけた姿はすっかり知床の景色に溶け込んでいる。

ケンの横に座り込んで幌別川の川面を覗き込む。

いるよ、今日もいるよ。

カラフトマスがばしゃばしゃと水面を跳ね飛ばして、流れの先へ先へと必死に進んでいる。

「ねぇ、ケンさん。わたし土曜日までボランティアで一緒に仕事してもいい?」

いきなり口に出すとケンは驚いた表情でわたしを見た。

「いいけど、せっかくの休みなんだから観光とかすればいいのに」

遠慮がちにケンが言うよ。

「それがね、いつかの一年でここら辺はすっかり行きつくしちゃった。

今回はみんなと再会して、あの頃の自分の気持ちを振り返るために来たの。

だからいいでしょ?」

遊びに来たんじゃないんだ。

みんなと働くのが楽しみだからなんか笑えてきて、ニコニコしながら言っちゃった。

「断る理由なんてないさ。のぞみがそうしたいというなら喜んでご一緒させてもらうだけだよ。

また楽しくなりそうだね!」

そう言ってケンは笑った。

笑ったからかな、河口でカモメの鳴く声が共鳴してきて、

それからカラフトマスも全身で水を打つ大きな音がいくつも聞こえてきた。

「ケン。聞かせて欲しい。あれからどうしていたの?ずっと気になっていた……」

わたしはありったけの心を込めて言葉をつないだ。

興味本心から聞くのじゃないよ、あなたという人間を理解したいから聞いています。

それが伝わるように心から言葉を搾り出してみた。

そうしたらわたしはケンに見つめられた。

何も言わず一秒の間、ケンの目にじっと見つめられた。

わたしが思ったのは何だと思う?

人馴れしてない小鹿と森で遭遇したときの懐かしい感じ。

わたしを安全か危険かと探ってくる目と同じものをケンに感じていた。

「あれから、実家に戻って考え事ばかりしていた。

親からはちゃんと仕事を持つように言われたけど、今更街で仕事をする気にもならなくてね」

声色は小さく、ケンが言い始めた。

どうやら納得してくれたみたい。ちゃんと伝わったみたい。

何かわたしそんなオーラ出していたのかな。

「日本アルプスを登山しながらキャンプ生活を続けてね、

物事ばっかり考えて、時間だけだらだらと重ねていたよ。

そんな暮らし。何もしてなかったよ。ホント何もしてなかったな」

そっか、頭の中を真っ白にして考え事三昧か。それもそれでケンらしいとは思った。

「ゆっくり考えて頭の中を整理ね。そんな時間も大切」

合わせるわたしにケンが笑いながらこう続ける。

「いやいや、それがね、考えても考えても答えが出ない。

あの時ぶつかっていた壁は壁のままで全然乗り越えられなかったんだ。

3,000m級の御嶽山や槍ヶ岳を登り切ってもね、

自分の心は同じところをぐるぐると回ったまま。あんまり変わらなかった」

「うん、うん。体験したことないけど分かる気がする。分かるとは言わないけど、分かる気はするよ」

なんか自分でもヘンなこと言っているとは分かってたよ。

「ははっ!そんなに無理して分かってくれなくてもいいって!

懐かしいなぁ、そういうのぞみの人の善さ。誰も悪くは返せないよ、それじゃ」

やっぱりケンに笑われた。

「あのね、言い訳じゃなくて、本当に分かったような、でも分かってないような気がするの。

あぁ、なんか自分でも何言っているのか分かんなくなってきた!」

ダメだ、わたし。ちょっと軽い自己嫌悪。

「ところでさ、金閣寺っていう小説読んだことあるかい?」

また突然のお話で頭が付いてゆかない。

「金閣寺?京都の金閣寺?小説って三島由紀夫の金閣寺??」

本の名前ぐらいは知ってたけど。

「そう。よく知っているね。これも本当に偶然なんだ。

大雨で動けない山小屋に置いてあった本がその三島由紀夫の金閣寺でね、凄く大きな衝撃を受けた。

幼い時から親に金閣寺は何よりも素晴らしい、と盲目的に教え込まされて

金閣寺を過大妄想してしまった若僧がいてね、

その金閣寺で修行することになったのに彼が成長するときに

いつも金閣寺の幻想に邪魔されて、金閣寺という存在を打ち破れなかった彼が

最後には金閣寺に火をつけて逃走してしまうっていうお話なんだけどね」

「うん。そのお話は学生のときに何かの課題で読まされたからちょっとは覚えてる」

「それは話が早いね。その、僕も同じだったよ。

読めば読むほど自分の気持ちと重なってくるものがあってね、下山もやめてつい読みふけっちゃった」

「どういうところが?もっと聞かせて欲しいです」

「分かるかな、金閣寺に火を付けずにはいられなかったその若僧の気持ちを思うと、

僕もいてもたってもいられなくなった。

自分の中で金閣寺という存在がどれだけ大きな理想というか、

観念というか、乗り越えがたいものに膨れあがってきていて、

それをどうにかして乗り越えようと若僧がどれだけ苦しんだか、僕にはその過程が見えるようだった」

いつかわたしに知床の生態系を語ってくれたケンのあの懐かしい喋り口調。

今はどうやらまるで違うことを話しているみたいだけど、わたしはそれに聞き入ってみる。

「結局は金閣寺の呪縛から逃れ切れなかった彼だから、

最後は歪んだ方法でしか金閣寺を愛せなくなるのも分かるんだ。

火をつける、燃やすということが彼にとっての究極の愛情表現だったのだろうね。

その苦しさ、哀しみ、どれもこれも稀な感情が見えるよ。

僕には若僧の気持ちが痛いぐらいに響いてきた」

「燃やすのが金閣寺への愛情表現?」

よく分からない考え方。

「そう。その歪みきった、苦しい中での精一杯の若僧の行動が放火。

それに僕は衝撃を受けた。

今だから言うけど、僕にとってソーセージの存在はその金閣寺と同じだったんだよ。分かるかな?」

ケンの告白が核心に近づいてきているのは感じた。

でもわたしには分からなかった。だから聞いてみようと思った。

「まだ分からないよ。もっと教えてくれる?ソーセージと金閣が同じ?」

「そうだね、こんなの分かる人っていないからもっと分かりやすく言わなくちゃね。

若僧はずっと理想化していた金閣寺っていう存在を乗り越えようとして乗り越えられなくて、

自分の行き先に困って最後は火を付けることで乗り越えたんだ。

方法は反社会的だけど、乗り越えないとその若僧の未来が開かれなかったんだ。

だから彼にとっては深刻な問題を解決する術だったんだよ、社会的には放火という罪だけどね」

「うん、それは分かった」

「そこで僕だ。僕はね、自分のことを信じていた。

それは世の中できるものとできないものがあるけど、

動物を救うのは僕しかできない、僕ならできると思い込んでいたよ。

それがさ、ソーセージの件ではあのザマだ。

あれはもう僕一人では解決できないレベルの話だったのかもしれないけど、

ソーセージに銃口を向けて発砲した時に僕は感じていたんだ。

何か自分がプライドにしていたものが崩れ去ったというか、

もしかしたら反対に乗り越えたというか、そんな複雑な気持ち。

それが金閣寺の若僧の姿と重なった」

その話を聞いてわたしはようやくケンの心を理解したと思った。

ケン、でもそれは崩壊じゃないよ、進歩だよ。それを伝えようと思った。

「不思議な共感で僕は金閣寺の小説の世界に引きずり込まれた。

山小屋で漁るように僕は金閣寺を読み続けた。

下山しようとしていたのに何度も何度も読み返してしまった。

それでね、僕は思ったんだ。その後の若僧の行方は小説には書かれていないけど、

彼はきっと金閣寺に戻ってきたと思う。

それも金閣寺をまた炎上させるのではなくて、

金閣寺という心の大きな壁を一度乗り越えた彼だから、一回りも二回りも大きくなって、

それからは金閣寺に敬意を払う素晴らしい人間性を備えたうえで、

自分の人生を更生させるために戻ってきたと思う。

僕にはね、それが容易に想像できた。金閣寺のその後の話が浮かんできたんだ」

そう語るケンに笑顔が戻っていた。

朝もやを払って一日に輝き始めた水面のように。

「だから僕も知床に戻ってきたよ!なんだか若僧の真似みたいでしょう?

若僧のそれからを僕が体現するために戻ってきた感じだ。

こんなおかしな話、分かりづらいかもしれないけど、とにかくそういうことなんだ。

僕は戻ってきたんだよ」

彼は笑った。すっかり真っ直ぐな笑顔で、

ソーセージの出没に悩んでいた頃の暗い表情はもうそこにはなかった。

「分かるよ、全部分かるとは言わないけど、ちゃんと伝わってきた。

ねぇ、今更だけど言わせてね。あの時のケンの決断は間違いじゃない。

どう考えてもソーセージの行動はもう異常だった。

あの時も、それからも、今でもやっぱりそう思っているし、

きっとみんなからも同じこと言われたんじゃないかな。ケンも分かっているとは思うけど」

伝えたい言葉。ちゃんとそれが口にできた。

「ありがとう、のぞみ。確かにみんなからは同じことを言ってもらえたし、

あの銃弾が間違いだったとは最初から僕だって思っていなかったんだ。

ただ、人間という存在に失望というか、絶望しちゃっただけなのかな。

僕はね、あの件で人間という生き物にどこまでも失望してね、

そんな醜い人間である自分自身が自然という偉大な存在に向かって

お世話をするということの馬鹿馬鹿しさに気づいて知床を放棄した。

でもカラフトマスのこと、月の兎のこと、金閣寺のこと、

考えるとやっぱりまだ希望が持てると思ったからここに戻ったんだよ」

ケンの言葉にも表情にも迷いはないようだった。

あの日のケンを、わたしたち動物チームをリードしてくれていたケンの力強さを感じた。

「まだ僕は希望を持っている。人間を諦めていない。

だから戻ってきた。いくら人間の小ささを知ってしまったからといって、

それが自然への諦めにはつながらないみたいなんだ。

きっと数百年後にはこの知床の動植物は絶滅しているだろう。

環境破壊・地球温暖化の影響はもう数十年も前からこの知床に顕著じゃないか。

しかもそれが大幅には改善されていない。

だから、その悪い流れは人間がいる限り逃れられないんだ」

「うん、うん。分かるよ」

「僕がやっていることは、その逃れられない破滅の時間をわずかながらでも先延ばしにすること。

小さな仕事だよ、はるか大きい地球の歴史を考えれば瞬きほどの時間を知床に与える、

その一助にしか過ぎない。それでも僕はやろうと思うんだ」

しゃべり過ぎたのか、

ケンはそこでゆっくりとタンブラーのコーヒーに口をつけた。

「人間に絶望しながらも、絶望し切れていない。

人間の希望を最後は信じているから。

この知床の大地で自然保護の仕事を続けることがやっぱり僕の生きがいだって、

今はひしひしと感じている。もう迷いはないよ。

あのソーセージのことは大きな傷だったけど、おかげで今はもう迷わずに歩いてゆける」

ケンの表情は晴れ晴れしていた。なんて澄み切った、素敵な表情!

そんなケンを見ていたらあれからずっと心配していた

自分の方が馬鹿だったみたいで笑えてきちゃう。

遡上するカラフトマス、ここだけに住み着くシマフクロウ。

様々な動植物を、そしてケンやわたしを引き戻そうとするこの知床半島の魅力は、

どうしてこうも誰もの心まで深くつかんで離そうとしないのだろう。

ケンが戻ってきたこの知床はもう安心だと思った。

あのソーセージのことがあって、彼の知床への愛は一層深くなり、

この大地にいる動植物を保護してくれる。

――みんなが集まる時間が近くなってきた。

今日は天気も良くなりそうだし、仲間たちと知床の大自然をハイキングなんて、

とてもいい一日になりそう。

単純なことが一番楽しいし、一番素敵だと思えるようになってきたよ、わたし。

豊かなの、東京の暮らしは豊かなんだけど、やっぱりわたしは何かを失っていたみたい。

東京にいるといつの間にか見えなくなってしまうけど、

心はこの大事なピュアさを忘れちゃいけない、ってつくづく思わされる。

わたしはもうこの知床に戻り住むことはないでしょう。

でもまた時間が過ぎて東京の忙しさ、慌しさに飲まれてしまった時、

ここに戻ってきてケンやみんなと一緒にヒグマの生態を、

森の呼吸を、美しい知床を見たいなって痛切に響いてきた。

「そろそろ行こうか、みんな集まっているかもよ」

ケンがアウトドアチェアーをたたむ間、

ふと目に入るのはカラフトマスが遡上してゆくあの幌別川。

いつかここでケンが教えてくれた今昔物語のあの月のウサギのこと、

カラフトマスの犠牲の心のこと、前の記憶がもう一度輝いてきたように思えたよ。

この川に触れたい。ふと衝動に駆られ川辺に降りてみる。

そろそろと手を伸ばすと、指先に感じる冷たい温もり、それは命の流れ。

思わず瞳を閉じて空を仰げば、目覚めたばかりの太陽の向こうから、

わたしの暗い顔をあの月の光が照らしているようだ。

清流に月が昇る。知床の深い朝露が穏やかに一日の始まりを告げてゆく。

何もかも飲み込んだ後の、大きくも美しい自然が溢れていた。

この出逢いで膝を折って、わたしももう一度再生できるかな。

カラフトマスが恵みの森に還って行くように、この偉大なカムイの川で。

今夜も昇ってくるウサギの月のように、自分を犠牲にしてまで。その不屈の強い心で。


<別話>

キーストーン種とアンブレラ種、生物多様性・種間多様性

あらゆる生物にとり避けなくてはならないことは、環境変化に適応できずに絶滅を迎えてしまうことである。

それを防ぐために、種内では個体数を増やすことが大切になる。

そして種間を跨った多様性を保持することが環境に順応するための生存方法となる。

種内多様性というのは遺伝によって伝えられ、

同じ種や同じ個体群でも細胞分裂のときに起こる染色体の構造変化やDNA配列の変化などで、

より現存の環境に適合する優れた遺伝子の働きを次の命に生み与えるものであり、

この遺伝的な多様性に利用して種は絶滅を逃れている。

一般的に小型種に個体数が多く、大型種に個体数は少ない傾向と言われていて、

多様性を保つためには孤立した集団の場合、50体から500個体程度が必要だと言われている。

これは単一品種で生物多様性が乏しいと環境の変化や外敵の侵入で絶滅しやすいと言われているからだ。

個別の種の垣根をまたぎ、別の種間と遺伝子を交換している場合には

環境の突然変異に対応しやすく、絶滅しにくい種が生まれることにつながる。

遺伝的多様性が失われると絶滅危惧種のチータのように繁殖成功率は低下してしまうというマイナスの面もあるし、

孤島に隔離された固有種のように些細な環境変化や新しい病気が流行ると一気に絶滅してしまうことも起こりうる。

遺伝子の変異によって種を生存させるための知恵が特殊化で、これが種間の多様性である。

同一種内での生存競争だけが多様性の決め手ではない証拠に、

自然界には生存力の強い構造と全く違う構造をした生物群集がたくさんあり、種間を跨った多様性が形成されている。

例えそれが優れたものであっても生物はひとつの方向性だけに向かうのではなく、

個々様々な方法に進むことで結果として全体が生き延びることが特殊化というものであり、多様性の英知なのであろう。

自然状態におかれた生物は強者の一点集中よりも複雑な生命を結び、種間の多様化の方向をとってゆく。

種は違っても同じ餌を糧としている生物はギルドという仲間の枠でくくることができ、

食物連鎖の中でこのギルドが重なると競争原理が働いて

どちらか優れたほうだけが餌にありつき一種だけしか生き残らないことになりそうだが、

自然界ではうまく住み分けをして共存可能な程度に競争を減らす。

ギルドの中では競争力だけが全てではなく、種間特殊化が働いて整合性を取っている。

しかし、生態そのものがよく似ていて生態系の中でほぼ同じ役割を果たす種間、

ニッチが重なる生物同士の場合には容赦なく他者を絶滅させてしまうことがある。

ガウゼという学者が説いたガイゼの原理で、これは競争排除の原理とも呼ばれている。

一方、同一種内の個体同士で餌を奪い合う生存競争は最も厳しく行われる。

それは餌の絶対量が少ないほど厳しい。

ニッチが異なる生き物が種間多様性で、安定した群集では特定の餌だけを食べつくすことなく、

餌の個体数が少なくなると他の餌を捕食することで自然と餌動物の多様性を保たれる。

ただし、そこに外来種の捕食者がやってきた場合に限って捕まえるのが簡単なら最後の一匹まで餌を捕りつくしてしまう。

長い時間をかけ、進化の賜物として育った種間多様性の中では種間に相互作用が働いて自然と種の多様性が維持されるが、

外敵が持ち込まれた場合にはそうはいかない。

種間多様性における上位捕食者にはキーストーン種というものがいて、

彼らが下位の動植物を定期的に捕食することでそれらの大量増加を抑制する効果がある。

キーストーン種の存在がなければ下位の動植物の大量増殖に歯止めがかからず、いずれは生態系を食べ尽くしてしまう。

一方、人間が保護したがるシマフクロウのようなアンブレラ種というのは最早現状の環境に適合しにくくなっている種であって、

彼らが生きるのには豊かで広大なスペースが必要で、

このアンブレラ種を守ると周囲の色々な自然や動植物を保護することにはなるが、

アンブレラ種がいなくても致命的な生態系への影響が出るものではない。

キーストーン種がいないと全体的に問題が発生して、生態系そのものが崩壊してしまう可能性が高い。

太古から天変地異による生物の大量絶滅は何度も繰り返されてきてはいるが、

現在ではそれを我々人間が原因となって引き起こしており、自然環境を大きく変えていることが問題である。

人間が住む場所は人間しか住むことができなく、他の生物との共生が難しいからだ。

環境保護という人間中心の視点ではなく、元ある自然環境に従順に生きてゆき、

人間の人口の多さは種間多様性に反す外敵に値すると考えるもの大切なことであろう。

自然状態での種内・種間の多様性こそが生物共通の財産であるのだから。


<別話>

地球温暖化 CO2削減 水不足→食料不足→人間や動植物の死

一般的には北極や南極の氷が溶けること自体が

温暖化の直接的な被害だと考えられているが、実情はそれ以上のものがある。

氷は太陽の熱を反射して空中に返すが、海は熱を吸収してしまう。

氷が溶けると海の体積が増え、それがまた熱を吸収して水温が上がり、氷が溶けるのが増加するという悪循環が起こる。

地球全体を冷却する役目のある極地の氷が溶けると温暖化に直結し、それが増大してゆくのだ。

ニュースで伝えられている表面上のことだけではなく、そういう悪循環のことも考えてなくてはならない。

より直接的な事例でいえば、氷上で餌を獲って生活するホッキョクグマやセイウチは

厚い氷がなければ生存できず、子育てを氷上で行うアザラシやホッキョクグマは

氷解してしまったら子育てができず、動物プランクトン・タラ・アザラシやホッキョクグマと続く

アラスカの自然を支える食物連鎖自体が絶滅を迎えてしまうかもしれない。

海氷の上で長年捕鯨をしていたアラスカの先住民たちが、

急激に変化した氷の薄さや海の変化を読み間違えて海中に落ちるという現象も、尋常ではない温暖化が原因だといわれている。

ただの人為的なミスで発生した事例ではと片付けてしまってよいのだろうか。

2006年に発生した日本の大雪も、ひいては温暖化に原因があると考えられている。

温暖化により海水が温められ、蒸発した大量の水蒸気が上空で急激に冷やされたことで大雪へとつながったのだと言われている。

直接的に、あるいは間接的に温暖化は我々人間を含めた生物全体の生活環境に被害をもたらしているのだ。

現代では中近東を中心とする石油の利権をめぐる争いが世界中を席巻しているが、

このまま地球温暖化が進んだ時、次に人類が競って奪い合うのが水や食料であると考えられている。

地球温暖化によって引き起こされた水不足が食料不足を引き起こし、人間や動植物の死を招いてしまう。

地球温暖化はそういった恐ろしい問題につながるものなのだ。

ましてや発展途上国の生活水準が先進国のレベルにまで急成長してきて、

その高水準の生活を維持するためにエネルギー消費が激増し、

例えば人口の多いインドや中国で1家族1台の車を持つようになったとき、

地球上の環境破壊はどれだけすさまじいものになるのか計り知れない。

人類は早い段階で石油・石炭・天然ガスなどから脱却し、代替エネルギーを別のものに求めなくてはならない。

太陽熱や風力・水力など自然エネルギーを電気に変換するなどして循環型のエネルギーによる生き方を考えなくてはならない。

このように、地球温暖化という問題はただ氷が溶けて気温が上昇するということだけではなく、

我々人類全体に、広くは地球上のあらゆる生物に致命的に関わってくる問題であるのだ。

温暖化問題を見て見ぬふりして先送りしたところで、近い将来、

それもたかだか数十年後には各国が地球の危機を現実的なものとして実感することになるのだろう。

この数年で全地球人が温暖化を徹底的に止める意識を持ち、

かつ実行することと、既に発生しているCO2を減らすための抜本的な対策を取ることに努力しなければならぬであろう。

地球温暖化防止目標として採択された1997年の京都議定書はきわめて意義のあるものだが、

金銭を払って解決できる温室効果ガス排出権の取引制度は、

結局先進国同士がお金で取引をしているようで本質的な意味とはかけ離れているのではないか。

つまり、地球全体の温室効果ガス削減には何の役にもたっていないのではないか。

その京都議定書も世界で最もCO2を排出しているアメリカが批准せず、

中国やインドも発展途上国だからという理由で強制されないのであれば効果が薄い。

日本にしてもマイナス6%の目標を掲げてはいるが、

そのうち純粋に国内で削減する目標をわずか0.5%と考えていて、

他の3.9%を森林吸収で、1.6%を排出権取引などで補おうとしているのだから、

本格的な問題として危機感を持っているとは言いがたい。

排出権購入のために民間企業が中国などで企業活動し、それを日本政府がお金を払って購入しようとしている。

それだけを端的にとって言うことはできないかもしれないが、

そこでも本来のCO2削減という大目的がすりかえられている気がしてならない。

自動車をハイブリッド車にしたり、水素自動車や電気自動車を推進したとしても

それは今までプラスだったCO2排出量をゼロにするだけであって、地球環境を元に戻そうとする意識ではない。

植林など自然環境を豊かにすることで既存のCO2を酸素に戻すような、プラス指向の活動が今後は必要とされているのである。

渡り鳥の繁殖地である北のツンドラがなくなった時には日本へやってくる渡り鳥は数が減っていることだろう。

そして、北の地の温暖化によって最早南の暖かい日本まで

餌を確保しに飛ばなくても北の地で越冬できてしまうかもしれない。

渡り鳥たちが美しく空を飛ぶ姿を見続けるためにも、

正しい認識と危機感のもとに地球全体で対応しないと地球上の生物たちの絶滅は必至となるだろう。