小説「理想郷」薄暗い地下部屋と明るい恋人の存在

投稿日:1996年11月1日 更新日:



私の部屋には陽がささない。

窓はいつも太陽に背中を向けている。

地上とも地下とも言える空間に部屋は存在し、窓からは地面の上と下の境界線が見えている。

当然昼間でも灯りが必要だ。

そんな陰気ともとれるこの部屋に私はもう8年も住みついている。

この部屋と性格との相性が合わない人では到底3秒と精神がもたないであろう。

それ程にまでこの部屋は個人的な雰囲気を帯びている。

100人中98人までが生理的に断固として受けつけないに違いないし、

奇跡的に私の他にこの部屋の空気を受け入れた奇人がいたとしても

ここに安定を求め住みつくことが、毎晩疲れの癒しを求め帰ってくることが

穏やかな人生の喜びになろうはずがない。

それ程までに「明るさ」や「涼しさ」といった普通の人間うけするものを

この部屋は備えていない。──あるのは重苦しい闇の沈黙。

ひたすら精神状態に重苦しさを重ねてゆく溶け込んだ黒の存在感。

だが、私にとってはいくら自分の好みをそれこそ完璧の域まで煎詰めたとしても

これ程にまでに「理想の自分らしい」部屋はできあがらなかったに違いない。

一生付き合ってゆけるだけの一目惚れ、というものにめぐり逢った経験がおありであろうか。

対象は異性でも友人、好敵手でも物でも何らかの創作でも構わない。

とにかくこの世に自分自身以上に尊い存在がいるという事を知らしめてくれる対象。

そして変容の過去を経て確立した現在の自分自身の好みを網羅し、

更には今の自分の奥底に潜みその「時代」を待ち構える未来の好み・理想を予知するような対象。

形は違えど誰もが最低一度は経験するはずだ。

私にとってこの部屋こそがまさに「それ」に当たる存在だった。

出逢った当時の私の好みに見事な程あったのはもちろん、

なにより私はこの部屋に入った瞬間確かに「自分の未来理想図」を見た気がした。

あの時おぼろげな意識ながらも私は私が進むべき未来の姿を

その部屋の雰囲気から読みとっていたのだ。

あれから8年、私はこの部屋と共に人生を過ごしてきた。

あの時のイメージは決して私を裏切らなかった。

一生付き合ってゆく一目惚れ、これこそが人の生きる最大の理由に違いない

――私はそう断言する。

誰にも形はそれぞれ違えどそんな「命」がある、あるはずだ。

私はもうこの部屋を愛している。

付き合い始めてからの合性も上々、そして私が一気に入ってるのは、

何より私の職業に必要なだけの幾つかの要素を

この部屋がふんだんに持ち合わせている、というところだ。

この部屋は私のものだ。うるさい程私の好みどうりの飾りに整えてある。

そして私の日常に必要なだけのささやかな(私にとっては贅沢な)設備を整えてある。

部屋自体はあまり広くはない。

――というのもそれほど広い空間を私は私の生活に必要とはしていないからだ。

寝室と書斎と応接室を兼ねた部屋に物置きと台所を兼ねた小さな副室が

脇でつながっており、その奥に洗面所とシャワーの部屋がつづいている。

それだけで私には充分すぎるほどだ。

なにしろこれぐらいの広さでなくては隅々まで私の目と手が届かない。

私があまり広くない部屋を好む理由はまさにそこにあり、

それを満たすことができているこの部屋は今や私のかけがえのない宝物、芸術だ。

メインの部屋には落ち着いて書きものをするための

質素な木製の机が窓と向き合っている。

それぞれの引き出しにはよく整理のいき届いた資料や紙・鉛筆などの用具がそろえてあり、

机の上の隅には幾つかの辞典や読みかけの推理小説などが積み重なっている。

机の表面には凹凸もなく、下じきの役目も引き受けてくれている。

椅子に座れば目の前に私の大好きな言葉が書かれた紙が貼ってある。

それは座右の銘のようなものであり、加えてその横に並んで私の最近の目標が

あやふやにしないためにきちんと文字で公言され私を待ち構えている。

白いカーテンをかけてあるので窓の外を普段見ることはなく──

といっても見れば地面からの景色のアングルであり、

あまり涼しさをおぼえさせてはくれないのだが。

副室とは逆の壁にぴったりベッドが接してある。

これは来客用のクイーン・サイズのベッドだ。

真ん中に机をはさんで私用のキング・サイズベッドが大きく幅を取っている。

二つの大きなベッドにその大半を支配されてしまっている我が愛しき部屋。

ベッドに寝ればどちらからも上手くテレビの画面が見られる位置にはかっておいた。

最も、私一人でテレビ番組や映画を見ようとしてもあまり長続きしたためしがない。

金をかけたのはステレオに関してだ。

人生はロックに生きなくては面白くない、と言い切る程私はロック・ミュージックが

大好きなのでそのために幾らかの便利な趣向をこらしてもらった。

外部の人たちに強制的に聴かせたくはないので完全な防音対策。

どんなに素敵な音楽も強制的に聴かされたのでは

ただの雑音、それでは創り手の方々に失礼。

──妙な理屈だろうか、よくそう言われる。

より良い音を求めて部屋の音反射を利用した設備など色々部屋中に手をこらしてもらった。

音をあまり上げないことに私はこだわりを持っている。

適切な音量で聴くからこそロック、騒音の域まで上げればそれはもう

違う音楽になってしまう──これもまた妙な理屈であろうか。

手入れのいき届いたCDが何百枚もガラスの棚のなかに要領よく並べられている。

子供のときからおこずかいをもらっては少しづつ揃えていった大切な宝物だ。

音楽は聴いていてもそれだけではない。

聴覚は占領されていてももうひとつ何かができる。

これがテレビ画面との大きな違いだ。

時間貧乏性&実はさみしがり屋の私にふさわしい趣味だ。

思えばごく特別な時を除いて目覚しから子守り歌まで

私がこの部屋にいる限り、音楽が止まることはない。

この部屋で一番目立つのは本棚だ。私の金は今もCDと本につぎこまれる。

数えれば千に届くだろうか、主に内外の推理小説が大半、

中国・日本の戦国時代もの、心理学、言葉についての本、

ミュージシャンたちについての本、漫画、世界情勢、旅行体験記、

昆虫図鑑、月についての本、猟奇殺人・異常犯罪を取り上げた文献、

特別気に入った海外の推理小説の原文(私は英語しか解さないが)、

その他各種雑誌やらラブストーリーやらがぎっしり詰まっている。

私は本を読むことが大好きであるがそれ以上に本棚に沢山集め並べて

それを見て楽しむことが大好きらしい。

壁には幾つかの大きく引きのばした写真がこじんまりとした額に入れられて飾られている。

私の忘れられぬ過去の栄光の時はいつも側にあるのだ。

ほんの3枚だけだが風景画も飾ってある。どれも偶然出逢い、

一目で何かを感じ取ってしまい買わざるをえなくなった作品だ。

ドアと天井に大好きな、敬愛するアーティストたちのポスターが貼ってある。

何故だろう──だがこの場所以外の所に貼る気はしなかった。

他に説明を要するものといえば、木製の天井はほど低く、

床は優しい感じの水色のカーペット、壁は薄い灰色、ベッド2つも優しい薄水色に整えてあり、

家具だけを見れば実に涼しげな色使いで揃えてはあるのだ。

しかしこの部屋には独特の雰囲気がある。

人間らしい健康的な太陽の灯りがさし込まないことからくる陰気めいた空気だ。

電球は当然裸のまま、色を付けていないだけまだマトモな方だろう。

部屋はいつも暗い。太陽光線で部屋が光に満たされることは皆無だ。

手元だけはいつも明るくしてある。

部屋全体を明るくするのは「らしく」ないのでしない。

外からの音が全て遮断されるだけに孤立の感がある。

世界でここだけは独特の時間を持ち進んでいるかのようだ。

明らかに外界とは一線が存在する。

台所はまだ明るい。ひとそろえの料理器具と小さな冷蔵庫、

対面には複雑に整理された物が棚に積まれている。

アウトドア用品からスポーツ用品、古い資料・教科書、季節ちがいの品物や

姿見のついた服かけなどが所狭しとばかりひしめき合いながらも飾られている。

つまりこの部屋から出る必要はないのだ。

食事までこの部屋でとれてしまっては外へ出歩く理由もない。

未読の本は棚に満ち、まだ納得のいくだけの

理解の至らぬCDも買った以上は私の責任のうちだ。

まだこの部屋のなかでやるべき事が私を待っている。

そして私にも特別外に出たいという気持ちはない。

唯一とも言える外との交信手段は、今となってはこんな私ではあるが、

それでも訪ねて来てくれる仲間たちだ。

意外なように思われるであろうか、私には仲間が多い。

限られた人数ではあるが私たちはよくこの部屋に集まり永々と騒ぐ。

仲間たちは休日・平日及び昼夜を問わずここに押しかけて来ては飲み、騒ぎ、

楽器を持ち寄っては演奏し、それにあわせて歌い、またある時は真剣に語り合い、

そのうちいつの間にか眠りにおちている。

私はそんな仲間たちとのパーティを心から楽しんでいる。

その時にはこの陰気な部屋にも灯りが輝きつづける。

一度は11人もの仲間を同時に集めたことだってある。

音楽と賑やかな声がこの部屋を支配し、その時ばかりは流石の太陽も

この部屋の窓に光を注ぐかのように思えたものだ。

そんな狂気もせいぜい週に一度か二度のもの。

それだけではやはり私も精神的にまいってしまったことだろう。

誰もが孤独にはさいなまれる。私とて例外ではない。

──だが私にはそれを救ってくれる女性がいる。

その女性を愛すればこそ、私もまだ精神的に正常らしいまま

この部屋でも生きていることができるのだ。

その女性は週に幾度かこの部屋を訪ねて来てくれ

──まぁ、そのほとんどが私の熱望でなのだが――

色々な物の差入れも兼ねてくれ、この暗い部屋に本当の光を注いでくれる。

断っておくが私は若く、身体も健康そのものだし、精神的にも異常はないつもりだ。

外へ出ても普通の、常識をわきまえた人間として

充分通用すると自分でも自信を持っている。

部屋にこもったりするのはただ私のやるべきこと、

やりたいことをするのにそこが一番、私には適しているからだ。

恋人であるその女性と私はこの部屋で何者にも

邪魔されない二人だけの時間をおくる。

──その時だけはこの部屋の雰囲気が実に見事なほど似合う──。

お互いの自慢料理を楽しみ合いながら最近の生活・

心境の変化・思ったことを告白し合う。

ベッドで体を寄せ合い、愛を語り合う。

わずかな灯りだけをともし、時間の感覚のないこの部屋で

お互いの都合がつく限り離れずに過ごす。

私は彼女のために愛の言葉をつづり、彼女はお返しとして唇を重ねる。

元から現実味のないこの部屋は彼女といればまさに理想郷だ。

ここではロマンティックに遠慮はいらない──私は心から生涯の感情のままに

一人の女性を愛すことだけに生きる。

これは体の欲望や職業的にどうだ、ということではなく、

一個の人間として一人の異性を愛するのだ。

愛は無償──愛することには何の見返りも求めはしない。

「愛して欲しい」よりも「愛させて欲しい」

──それが一個の人間として何よりも大切なこと。――私は知っている。

こんな私でも一応は働いているのだ。

ただ幸運にもそれはこの部屋にいてもできる作業だ。

計算すれば一年の半分から2/3程度しか私もこの部屋にいない。

残りはアイディアを求め各地を一人旅してまわっている。

体験を想像力でふくらませストーリーを創りあげるのはこの部屋の空気のなかでだ。

この部屋の雰囲気によりストーリーはその命を吹き込まれる。

この部屋が燃え尽きてしまえば私の存在の意義さえ消えてしまいそうだ。

……これは恐い、是非すぐに完璧な災害対策の設備を取りつけねば。

これまで喜びと哀しみのなか過ごしてきた私の人生を何かに刻み残したい。

――無意味ではなかった、という確証を私は求めている。

貪欲なまでに今日の意味を求めながらも闇でそんな言葉にならぬ叫びをあげている。

太陽の光も浴びずこの部屋で過ごすだけのこの暮らしは

本当の意味で人間らしい幸せ、と言えるのだろうか。

孤独を背負いこみ机に向かうだけで時間を過ごす私はただの人間モルモットなのかもしれない。

だが、私はこの暮らしを嫌ってはいない。

なにしろ私は心を求め、心を描く作家なのだから。







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