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明智光秀の負け戦 「光秀95%」6話

投稿日:2017年4月9日 更新日:




屋敷に入る手前で、光秀は足を止めて息を整える。いつものことだ。

別人格に切り替えなければ。別人格なのかな、どれが本当の明智光秀か、もう自分でも分からないけど。

「あけち・みつひで」と自分のなまえを、音読してみる。水色の桔梗が蕾から花開くシーンを、頭の中で再現してみる。

家庭では妻との時間を大事にし、娘たちにからかわれ、所々ぞんざいにあしらわれる甘い父親。家では冷酷さを搾り出す必要はなく、純粋に人の温かさに触れることができるから大好きだ。

我ながら不思議。

明智家中では温情な裁きばかりが出る。家臣、それから民たちにもそうだ。そこには合理徹底の考えは入らない。

もちろん、近畿管領として、織田家のナンバー2としての判断が求められる時はその限りではないが、普段の治世で言えば、俺は善良な統治者ではないか。丹波の領民から好い声をもらうことを嬉しく思うほどだ。

大名になる前も、なった後も変わらない俺の反応。もう少し言えば、家族の前での俺は家族を持った当初から今まで心に変わりがない。一方で、戦略を考えるときの俺の厳しさときたら。

不思議を感じる。合理の俺の非合理。相矛盾する二面性との共生。それを不条理とは思わない自分が救いだ。

光秀よ、何も考えなくていい。門さえくぐれば、お前はいつもの家庭人となる。そうだ、考えずにいこうよ、明るくいこうよ。

織田家に仕官してからの明智光秀の戦歴は華々しい。

本圀寺での三好家撃退戦に始まり、石山本願寺との戦い、丹波・丹後攻略でも、連戦連勝と言っていいだろう。光秀最期の天王寺の戦いを除けば、戦歴は21戦16勝1負4分、負けなかった率は95%。

能吏として内政・外交面で活躍する他方、軍事面でも非凡な才能を発揮した光秀。

明智家の重臣に斎藤利三・明智秀満ら才能ある者はいるが、羽柴秀吉における黒田官兵衛・竹中半兵衛、石田三成における島左近のように、二人三脚で全般をサポートした関係ではない。

信長の独裁に近いのではないか。何も測定基準がない闇の中、自分だけの感性を頼りに、明智家を引っ張ってきた光秀の才。

それは光秀にも失敗はある。

設楽原の戦いの半年後のこと。信長から丹波を単独攻略する命を受けた光秀は、坂本城から出陣し、黒井城の赤井直正を攻めた。

丹波の第1勢力・赤井家を攻めるにあたり、光秀は第2勢力である波多野秀治を始め、丹波国衆の大半の調略を終えていた。

黒井城の周囲に3つの付城を築き、赤井家の竹田城との連絡網を絶った。攻城戦に十分な兵力差を確保し、波多野家や国衆の加勢をもらって黒井城を包囲した。力攻めはせず、冬から春まで兵糧攻めすることで、兵の損害を出さずに赤井家を降伏させる算段だった。

自分の厳しい基準で勝率を積み上げていった光秀。しかし、まさかの波多野家の裏切りで計画から勝利がこぼれていく。

調略したはずの波多野家は、事前に赤井家と密約を交わしていたのだ。衰弱した頃合を計り、黒井城の南から明智家が、他の三方向から波多野家三兄弟が、時を合わせて攻めかかろうと準備完了した直後、赤井家と波多野家、それに他の国衆が翻って明智家に攻め寄せた。

全方向から敵を受けては流石の明智光秀も対処の方法がない。決定的な敗戦となった。光秀自身の失命はなかったものの、明智家の軍兵は散々に討たれて、坂本城へ引き揚げた。

 

 

明智光秀は勝率95

 

 

95%は100%じゃない。光秀は感じる。

どれだけ機に恵まれても、95%の勝率には届かない場面の方が多い。信長の言葉にもあったが、80%の勝率が見込めれば開戦してしまう方が多いのが現実。95%の会心はそう簡単に転がっていない。

赤井家と波多野家の捨て身の反撃。まさかの波多野家の転進を、俺は読むことができなかった。5%の不明要素とはよく言ったもの、俺はその5%に負けた。

裏切りで初回は織田家の侵攻を迎撃できるだろうが、次に来る織田家は過酷な攻め方をすることが目に見えているではないか。とりわけ波多野家は裏切った以上、あの辛辣な信長を完全に敵に回したことになり、負けたら家の断絶は確実、赤井家も同じだろう。相当の覚悟がいる。

増してや合戦の常識として、その場でいきなり裏切る行為は武士の恥の極み・禁じ手だ。格式ある波多野家がそんなことをしたら、信頼はもう続かない。家名を放棄したようなものだ。

あれは丹波国衆の感傷や血気による非合理な反撃であって、通常の戦略・戦術では読み切れないものだった。織田家が中国の毛利家に戦いを挑む前に、丹波を制圧しなくてはならないのは地理上の必然。一度の敗戦で織田家が諦めることはない。緒戦に勝ったところで、赤井家と波多野家の行く末は見えていた。

思えば、信長も裏切りで敗北を喫している。比叡山攻略の後、越前の朝倉家を攻めた時に義弟の浅井長政に裏切られて窮地に立った。

読み違えの要素が似ている。妹・お市を嫁がせてあり、厚遇しているからという理由で信じた浅井長政だったが、浅井家が朝倉家と三代続く強固な同盟関係にあり、朝倉家の危機を無視するわけにはいかないという浅井家の事情を甘く考えた。

勝率を読んだはずが足りなかった事例が2件。考えなくてはいけないな。90%ぐらいではまるで駄目かもしれない。95%に達した後も、1%刻みで更に積み上げられるか、その作業に注力しないと俺たちの行く先はない。

俺と信長の関係は、その上積み競争であるべきじゃないか。

土岐明智家の興亡、茶や歌の文化、築城の知識、鉄砲の技術、そうしたもので今の私が動くことはない。若い頃、あれほど必死になって獲得したそれらの実績ですら、95%の数字の前では興味関心が乏しくなってきている。

未完の完に則って100%を避け、5%の隙がある95%を心静かに受け入れるべき?最盛だけが美ではないと、5%からの追尾は慎むべきか?

いや、違うな。目的完遂あるのみ。

先祖から受け継いだ定石、隙あれば容赦なくそこを突いて攻め込むことを徹底せよ。

丹波で明智家に多大な死傷者を出させた波多野家が俺は心から憎かった。切腹や討ち死にという武士の名誉を彼らから奪うのが当然と考え、俺も裏切りをもって波多野三兄弟を生け捕り、安土城下で磔にした。刑を科すべき相手には容赦不要。波多野家を辱め、明智家の名声を取り戻すための最善の方法を俺は選んだ。

残りの5%など価値はない、100%に近付けることだけ。

与力を含めて100万石超の大大名になった今、皆とその家の命を背負っている。だから、勝率を95%からそれ以上に引き上げること、俺の主任務は明確だ。

55歳になった光秀は、勝ち続ければならない。若い頃とは異なる楽しみを俺は覚えつつもある。

白兵戦での血の滾り、軍勢の指揮に生き甲斐を感じていた従来。中年を過ぎた今でも、その能力は落ちたとは思っていない。

加えて、策謀を巡らせることの楽しさが増してきた。肉体を使うことより、頭を使う方がもっと大きな世界を動かせる。

自らが鉄砲を一発撃つことより、織田軍に鉄砲を普及させ、槍では倒すのに多大な労力を要する侍クラスを、鉄砲を使うことで、足軽レベルでも自動的かつ、いかに低工数で処理できるか。この先はそうしたことを整備していきたい。

多方面で非凡な光秀、そのスマートさでは他者の追随を許さない。経験を積み、その芸には磨きがかかってきた。

もう叶わない、こんなに整った人間はこの世の人ではない。オールAの明智光秀、あなたは全能力で95%に到達したように見える。

年を重ねれば人生がシンプルになる。凄みを得た今の光秀は、最高のトリックで信長を支援し、時として上回りたい、95%以上を組み立てたい、そこに生きる意味を見出していた。もう、多くを望まない。

 

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