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合理徹底の明智光秀 「光秀95%」5話

投稿日:2017年4月9日 更新日:




あれは伊賀侵攻を遂げた信長が、事後視察で伊賀平楽城を訪れた時のこと。

多羅尾口から攻めた堀秀政と、玉滝口から攻めた蒲生氏郷が当時の戦況報告をしていた。

信長は子飼いの部将二人がどういう意識を持っているかを気にしていた。伊賀を灰燼にせよ、痕跡を残すなと厳命した真意がどう伝わっているか。

いや、信長はあの男との差が出るかどうかを試していたのかもしれない。比叡山延暦寺における明智光秀の立ち振る舞いと、あの策。

「これで不安定な伊賀衆に悩むことがなくなりました。畿内の裏山なのに迂闊に踏み込めない闇を伊賀は500年も保っていましたが、この度の掃討でかき消せたかと」

「織田家の威光に沿わない不明勢力はこうして根絶させるのが唯一の解決策。一向宗徒にしろ、忍びの者にしろ。逃げ遅れた伊賀衆はいるでしょうが、大半が壊滅した今、彼らはもう無力」

堀秀政と蒲生氏郷は納得の表情でそう語っていた。

織田家の若人では能力筆頭の二人、考え方は宿老たちのように固くはない。思いは伝わっている、和睦や一部崩壊で消せない存在なら全滅させるしかないと。

「好いぞ、秀政・氏郷。我々は大将だ。目的完遂のためなら私情は捨てよ。民を虐げることに抵抗はあるが、大将はそれを表立ててはならない。ただ冷たく、事だけを果たせ」

二人をそう諭す信長だが、心底では別のことを考えていた。

光秀の策がここでも生きている!

比叡山延暦寺を焼き討ちにして、僧兵はもちろん、そこにいる人も物も破壊することで勝率95%まで引き上げるという策。

あの時の光秀の提案には、さすがの私も肝を冷やした。

これで何度目の回想になるのか。信長は意識を飛ばし、光秀の口元を思い返していた――。

 

明智光秀は勝率95

本願寺と朝倉家・浅井家につながる敵対勢力を比叡山から消すことを、あの時の私は目的としていた。

勝つ意味は80%。敵は少数かつ軍兵ではないから、物理的な勝利は確実。タイミングを間違っていないか、この一手が他所の戦略に悪影響を及ばさないかどうかが勝負のポイントだった。

比叡山を寺ではなく城と捉え、そこに織田家の軍勢を入れることで、本願寺と朝倉家・浅井家の連絡網を断ち切る。その先に、ようやく朝倉家への総攻撃を見据えることができる。

安直な戦略のようで、比叡山を軍事拠点と言い切ること自体が常識外だった。あそこは宗教の総本山であって、城と見なす者はいない。聖域を、聖域と認識しない私の冷たい発想。

しかし、光秀の意見は異なった。

ただ比叡山を押さえるだけでは不十分。延暦寺を焼却し、僧兵はもちろん、関係者を皆殺しにすることで勝率95%まで引き上げるという提案。

兵力差50%・戦況10%・戦術20%で負ける余地はない、という私の読みには光秀も同意。本願寺によるその後の人心操作で、織田家が日本中から仏敵にされる被害としてマイナス30%を光秀は指摘した。

その懸念は正に私も同感するところだった。光秀はその仏敵リスクを排除する方法があると言う。

目の前から物的存在を消してしまうこと。比叡山延暦寺という姿形を取り去ってしまえば、そもそも仏敵とは誰も見なさなくなる。見なせなくなる。どうせ戦うのなら、仏敵にされる寄りどころを中途半端に残すな。それが大衆心理コントロールのあるべき姿だと。

比叡山延暦寺を跡形無くすまで焼き払う?そこにいる僧も民も全て斬る?800年続いた比叡山延暦寺の存在自体をゼロにせよ、という着想に私は驚愕した。

それは確かに合理的な考えだった。信仰心には理由がないと仮定すると、宗徒や民からの恨みが怖いなら、根拠を視界から消し去ってしまえば恨まれることもなくなる。

これまで私が進めてきた将軍権力の無力化となんら性質の違いがないとも話した光秀。

実力を伴っていない権威が私は嫌いだった。天皇・将軍・貴族が代表だが、昔から続く名家と言うだけで威張る者たち。もたらすものは力の一拳ではなく、名誉のみ。米の一粒ではなく、信仰心のみを提供するのが仏教。

全国の本願寺から仏敵扱いされ、戦略上関係ない者にまで逆恨みされることは避けたかった。長島や三河の一向宗徒には何度も痛い目に合っている。今後は加賀宗徒や本願寺との戦いが予想される中、彼らの士気を上げる切欠を作るのは不利。

徹底焼き討ちをし、信仰心の根を粉砕することで、仏敵リスクの-30%を0%に。

なんという逆転の発想。宗教の破壊・特権排除など、非情にも程があり過ぎて、流石の私も躊躇した。業が深い。宗教否定・政教分離という革命、などの美化は成り立たない。ただの虐殺だ。

比叡山を攻めることに、織田家中から反対者が多く出ることは分かり切っていた。織田家にも仏教徒は多い。最高権威の比叡山を自分の手で攻撃するなど、生半可な覚悟では務まらない。攻撃の命令に従わない者さえ出るかもしれない。これまで信長が比叡山を放置していたのもそれが遠因だった。

明智家が先手となって焼き討ちを徹底する、と密会の最後に光秀は申し出た。

片手間での攻撃ではなく、存在を全否定させなければ織田家に仏敵リスクが降りかかることを知る将でなければ先陣が務まらないのは目に見えていた。

今こそ、織田家=完全破壊者のイメージを打ち立てろと光秀は重ねて説く。一向宗徒の団結力を阻止するのなら、想像を絶する仕打ちをしなくては勝ち目がない。比叡山焼き討ちは、織田家包囲網を打ち破ったこと、織田家に歯向かう者は何者であれ容赦しないという究極のメッセージ性を放つ。

光秀の提案、あれは即答できる話ではなかった。合理だが、合理過ぎる。冷徹だが、冷徹にも程がある。隠そうとしても、麻のように乱れていた私の心。

今でも覚えている。

夜半に寝所で幸若を謳い、音楽で自分の心を奮い立てた。あんな恐ろしい判断は、平静の中でできるわけがない。何度も何度もリズムを取って歌い、舞い、様々な角度から自分に問いかけてみた。頭ではない、身体にも聞いてみなくては。一杯の汗をかき、肉体に疲れが出てきた頃、ようやく答えが見てきた。

よし、やろう。勝率を80%から引き上げる手段として適切だから、私は採用する。

勝つ意味は80%、間違えば仏敵となり勝つ意味が50%の結果になっても仕方なしと踏んでいた私だったが、光秀のアイディアは織田家の不利益をピンポイントでかき消してくれる。

私は明智光秀に先陣と焼き討ちを下知した。織田家の部将たちからは予想通り強い反発があったが、冷静に準備を整える光秀の後に従う形で、最後は誰も反転まではしなかった。途中で何ひとつ軟化することなく、シナリオ通りの完全破壊をやってのけた光秀の無表情。

これが比叡山延暦寺攻めにまつわる裏舞台だ。

このことを知るのは私と光秀のみ。以降、私と光秀は勝率95%を積み上げるという共通の目標を持つ友人となった。性質の黒さ・暗さはさておき、戦略として光秀の策が最良のものだったからだ。

いいかな、徹底した合理主義はこの織田信長の特質と後世に伝えられるが、私以上に残忍に人を死地に追いやり、自家の成功を求めるのが明智光秀だ。否定的な意味ではない。両手を挙げて褒め称えるべき、合理の極み。

後日譚がある。

比叡山焼き討ちをやってのけた後、今後の動きを監視するという名目で光秀は坂本城に留まることを諸将の前で私に願い出た。それは近江坂本5万石を自分によこせ、と言っているも同然の要求だった。

あれだけの大事をやったのだ、その後のフォローの必要性は言うまでもないし、先陣を切って事を実行した者が行うのが理に適っている。だから、その通りにするしか私にも選択肢がない。

織田家で初めての万石大名の座を、自作自演で獲得して行った恐ろしい男。見方を変えれば、明智家のためにどこまでも狡猾に深慮を巡らせた光秀。

それほどの鮮やかな指紋を捺して行った男を、私は見たことがない。

光秀と比較すれば、名人久太郎・堀秀政と器量人・蒲生氏郷でさえ、ただ前例をなぞるだけにしか見えなくなる。いいや、彼ら二人だって標準のずっと上なのだ。光秀がいかに突出したものを持っているか。

あの比叡山の件では私からの厳命という盾を上手く使ったが、あんな合理をもし光秀からの発信として実行したら、味方だって誰も付いて来ずに光秀が自滅するのではないか。そんな想像さえ私はしていた。

私のように乱暴少年の延長線上で生きてきた者にとって、騙しというか、謀で人を操る術を巧みに使う光秀は羨ましくも見える。分かりやすい私の悪事と、分かりにくい光秀の悪事。あの演者に私が振り回されているのを、私は知っているつもりだ。

古い噂では、光秀が毛利家に士官した際、鬼謀の人・毛利元就との対面時に「極めて有用だが、間違えば毛利家を滅ぼす存在になる。お引取り願おう」とまで言われたそうだな。その危うさ、私も感じるところがある。

それでいて、不思議と私はあの男が好きなのだ。そして、今の織田家としては明智光秀を必要としている。道を迷わない光秀と、私はどこまで一緒に進めるかな。

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