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能力重視の滝川一益・羽柴秀吉 「光秀95%」4話

投稿日:2017年4月9日 更新日:




円形の馬場を疾走する裸馬。その首根っこに掴まろうと、飛びつく若者たち。

西三河地方の祭事を見ながら、滝川一益は隣の羽柴秀吉に話しかけていた。

「あのトップスピードに乗るのって、そもそも人間には無理じゃない?個人でどんなに努力したとしても、届かないもの。際限を見せ付けるお祭りだっけ、これって?」

「いやいや、そんなこと考えなくても良いでしょう、一益殿。楽しまないと損ですよ」

「そうだけどね。どうも僕にはあの馬が誰かに見えて仕方ない。追いつけない誰かに」

好奇心むき出しで野次を飛ばしていた秀吉。気になる言葉を耳にして、彼の興味は更に疼いた。

「誰か?はて、そんな馬面の男がいましたかね?」

秀吉がとぼけた振りで聞き返す。

「そっちじゃない。分かるだろう、明智光秀だよ、僕にとってあの馬は」

「突然。何を言いますか、他人のことなんて」

秀吉はニコニコ笑っている。前を向きながら、一益を見ずに。

「あなたは良いよねー、光秀の個性とは違う方面で生きている。考えてもみて。合理的で、調略と鉄砲を得手とし、外様の雇われ部将、結構なところで僕は光秀と被ってないか?」

「あ、本当だ」

今初めて気が付きました、とばかりの表情をする秀吉。知っているくせに、誰よりも見ているくせに。

「秀吉さん、僕は困ったよ。この道にかけては織田家でのパイオニアは僕、能力も筆頭だったのに、今では永遠の二番。僕よりずっと合理的で、裏づけに知性・教養・家柄があるときた。自分が先頭を走っていると信じて疑わなかったのに、突如、遥か前を走り出した新入好敵手」

代々重臣として織田家に仕えてきた家系ではないのに、織田五大将の地位を勝ち取った滝川一益。己の才気ひとつで地位を築いてきたという意味では、秀吉の先輩に当たる。

「一益殿、そう愚痴ることないですよ。あいつは異常人格。俺たち常人が、あんなモンスターになれるはずもない。仕方ないことです」

今度は真面目な顔で秀吉は言った。

だが、一益がそれを真に受けることはない。秀吉さんよ、あなたは人情の機微を悟った怪人なのに、何を言う?織田家の三大クレイジーは、信長の独裁・光秀の合理冷徹・秀吉の行動力だと誰もが噂をしている。

走り疲れて馬のスピードが落ちたところを狙い、祭り人たちは馬の首に飛び乗る。そうだ、その隙を狙うしかないよね。馬が得意になっているうちは手が出せたものじゃない。

明智光秀は勝率95

 

明智光秀のデビュー、あの切り口の斬新さときたら。

将軍・足利義昭の上洛を操ることで、武力を天下へ喧伝しようとした信長。織田家は守護職・斯波氏の重臣として名家だが、天下を納得させるほどのネームバリューと、京の文化・伝統に関わるノウハウを持っていなかった。何しろ、天下布武を唱えるぐらいの信長だ、武辺者一辺倒の家臣しかいなかった。

時勢に合った適任者。

清和源氏・土岐家の家格は高い。その支流・明智家は東美濃を居城とする名門かつ武勇の誉れ高い一族として世に知られてきた。

加えて光秀個人には京の天龍寺で学問と作法を得たという経歴がある。織田家に欠如していた京の知性の香り・室町武家の礼式を、唯一持っているのが光秀だった。

将軍家と京を手中に収めることは、織田家の武威を飛躍的に上げ、事実上の武家の棟梁になるために必須。ただし、天皇や貴族、知識層への牽制を考える時、田舎侍では不足がある。

ニーズに合致していた男、それが明智光秀。

織田家に仕官した1年後には、京都奉行を任せられている。こうした光秀の背景と、個人の才能を信長に認められての抜擢。京都関係を担当する職業武将・明智光秀の華々しい登場だった。

武功こそ最上のもの、政治能力は二の次とされたのがそれまでの織田家の風潮。尾張・美濃の二国を治めるだけであれば、信長個人の突出した能力さえあれば事足りたからだ。

伊勢や近畿方面に領地の急拡大を始めた織田家において、それでは限界を迎えていた。政治に明るく、戦略・戦術にも長け、ある地域を委任できるミニ・信長の存在が、何人か必要とされていたのだった。

能力重視。

インパクト大だった、光秀の人事。今までの貢献の積み重ねではなく、実力さえあれば重用する信長の新方針を打ち出すために、明智光秀という外様の新入りは利用価値があった。

美濃を斎藤家から奪った後、郷土の誇りが強い美濃の土豪たちを抑え込むことに難儀していた信長。土岐名門の名を掲げることで、彼らの潜在意識に協力を呼びかけることができるという侮れない効果もあった。織田家では外様の与力だが、美濃にとっては譜代の主筋になる明智の家名。

間もなくすると、光秀の仕官タイミングが絶妙過ぎるという噂を皆が始めた。信長の需要と、光秀の供給の一致は偶然か?必然か?という話だ。

10年仕えた朝倉家を見限って浪人した明智光秀。自分を高く買わせるのは当然の行動だが、最良の瞬間を捉えて織田家に転身してみせた明智光秀に、誰もが納得を超越して嫉妬を感じた。

「あのな、一益殿。上様がこう言ったんだ。私以上に冷たい奴を初めて見た、と」

「それは凄い言葉だなぁ。殿以上に冷徹な人なんているのかい?」

「そう思うでしょう。でも、光秀なら納得できる。合理徹底の自分のやり方が度を過ぎていて、先達の将たちから怒りや妬みを買っているのを光秀も分かっているはず」

「秀吉さん、あなたもあの男には腰を低く話すね。何か異質なものを感じて、実は怖かったりするの?」

一益がけしかけると、秀吉は愛想笑いをしながら返す。

「あいつと俺は交わる点がないので、比較対象にはなりません。怖くはなく、気楽なものです。まぁ、最後には成果の大小で上様から較べられるから、ある意味そっちのほうがキツイかな?」

今や織田家では「合理・冷徹」のレッテルを貼られた明智光秀。行き過ぎた効率化、比類なき能吏、レベルが高過ぎて誰も口出しできない。

「あいつが譜代家臣たちから記号マンとあだ名されているのはご存知でしょう?感情というもの、陽気な気配、世話の大切さ、そんなのを切り捨てて、数字や結果だけに生きているのではないか?一益殿もお感じの通りです」

「それはそうだが、」

一益は一度言葉を区切って、吐き出すように続けた。

「感慨を含めず、合理思考を記号のように並べられる彼は一角の大家に違いない。調略成功のためなら、裏切りも嘘も躊躇しない光秀。身から無愛想を放射しても俯くことがない姿勢は、将としては評価すべき。秀吉さん、僕だって織田家に仕え始めた頃は辛かった。ほら、合理を強調して他者との差をつけるやり方だっただろう。あれは普通の人間界では角が立つ。鉄砲という異彩を見せることでインパクトも与えられたが、殿以外からは疎外された。猿殿という変わり者だけは酌んでくれたかな。とにかく、新発想はやりにくい。技で自分が尖ってみたら、他人の角が立ちはだかった。なんだこりゃ」

「一益殿はそこで方向修正をし、中庸を取り、今に至る。生き残る術です。光秀はあの合理冷徹こそ自分が進むべき方向だと強い信念を持ち、軸を1ミリもブラさない。強い男、何がそうさせるのか」

秀吉は立って扇子を振り、祭り人たちに大声をあげながら、その間に一益と会話していた。話し方を器用に切り替えできる人。

「家を守るという責任感がそうさせているのだろうな、秀吉さん。斎藤家から攻められて、明智城が落ちた時の悲しさを繰り返さない。明智家を守るために、他から奪うことに必死。僕だって自家を栄えさせるためなら、大小の罪を犯せる」

なるほどね。秀吉は心の中で呟いた。

つくづく、この世を構成する最小単位は個人ではなく家だ。それは悪いことではなく、普通のこと。俺の人生とは違うだけ。中村村の農民出身の俺に家はない、何もない。妻の寧々ぐらいかな、この世で俺が責任を負っているのは。

秀吉、己は徹底しないとならないぞ。

情に流されれば、相手に致される。それでは後手に回ってしまう。

どうせ、どう生きたところで、この世は生きにくいもの。それなら自分の道だけに生きた方が得だ。一点突破というヤツ。それを光秀は知っているだろうし、俺も知っている。自分の流儀を変えられるものか。

「一益殿、光秀は実利のみを追い求めている感じですな。上様が持つ合理性と向きが似ている。官職には興味が薄い上様、利がない虚名は受け付けない。光秀が織田家の直臣にならず、客将のまま、加えて将軍の直臣でいるのも気にしないのは合理徹底の表れ。体裁ではなく、自分に利をもたらすものが何か、それを突き詰めていくのが得策でしょうか?」

自分に意見を求めているような秀吉の言葉だが、一益はその白々しさを不快に思った。秀吉さん、あなたはそんなことを頭じゃなくて、野性や肌で察知する男だろう。先輩である僕を引き立てるために、自分は分からない振りをする。あなたもまた賢い男、その気遣いは一国や二国を取るかもしれない。

僕だってね。往時は織田家に新世界を打ち立てているという自意識に酔えた時がある。

光秀と秀吉という異端児が侵食してきたことで、今では僕や柴田勝家・丹羽長秀は古いタイプという烙印を押されてしまった。

まぁそれもいいさ。合理性次席に甘んじる僕だが、卑下するのではなく、幾ばくかの優位性に浸りたい。このまま僕なりの進路を貫いていけば、急拡大していく織田家でも4~5番のポジションを得ることができる、まだまだ人生の勝ち組だ。

引いてこられた新しい馬が猛スピードで走り始めた。不可能と分かっていても、若者たちは度胸試しで飛び付こうとする。振り落とされ、脳震盪を起こす者さえいる。危険な行為だ。

観客たちは彼らの勇気を褒め称える。乗れた・乗れなかったかの問題ではない。

 

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