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設楽が原の戦いの勝因は馬防柵と野城 「光秀95%」3話

投稿日:2017年4月9日 更新日:




織田家3万の軍勢は岡崎城に向けて出発した。

同時に、尋常ではない数の木材が美濃一帯から岡崎城へ、大量の鉄砲と硝薬が堺や各地から岡崎城へと運ばれていたが、その光景を目にした民は戦と直接関係があるものとも理解しなかった。楽市楽座で商業的成功を遂げている織田信長が何か新しい商売でも始めるのかと考えた。

戦で使うにしては度を越えた物量にする発想の突飛さで、信長は民の目を欺いた。

織田家の進軍は速く、6月21日に岐阜城を出て、熱田神宮で戦勝祈願をしつつ、岡崎城までわずか2日で着いた。距離が70kmだから、時速4kmの行軍では結構な速さになる。だが、そこから不思議が続く。岡崎城から設楽原までの50kmに3日もかけている。先発隊に工作隊を多く含め、兵より木材を先に通したのは何を意味していたのか。

季節は6月下旬の梅雨真っ只中。

牛久保城・野田城を経て設楽原へ着いたのが6月26日。長篠城の陥落は近いと思われたが、織田家・徳川家の出撃を聞いた武田家は長篠城の包囲をほどほどにして反転し、迎撃態勢に変ろうとした。

明智光秀は織田家の左翼に布陣していた。命じられた任務は設楽原に着いたら即時に馬防柵を築くこと。日中に休憩を取り、わざと夕方に着陣すると全兵を動員して3重の馬防柵を夜のうちに造り上げた。

折しも岡崎城からここまで雨続きだった。行軍中も休憩中も露に濡れていて士気は高まらない。

武田家の最強騎馬隊が敵とあって、兵には明るさがない。当主が武田信玄から武田勝頼に変わった点はかき消され、武田家騎馬隊に対する何となくの怯えだけが兵に伝わっていた。

鉄砲の数が極端に多いこと、そして動員兵数がいつも以上であることは兵も分かっていた。遠く雑賀から、丹波や大和からも鉄砲隊が参戦していることが見て取れる。

ただし季節がね。信長様は長く布陣して梅雨明けを待つおつもりか、と兵は口にした。長篠城の落城は近いというのに。

前線を巡回し、地形と地質を確認しながら、光秀は信長に呼ばれる「その時」を心待ちにしていた、案を練っていた。

信長、野城ができたよ、起伏を利用して兵数も少なく見せることもできる。君が思い描いたことがひとつひとつ形になってきている。鉄砲も効果が見えてきた、この野城に3,000丁もあれば、馬防柵と合わせて自分たちを武田家騎馬隊の攻撃から防ぐ壁になることを兵が理解してきた。

なるほど、鉄砲も使い方次第だな。攻めではなく、守りの組織戦術としての鉄砲がこの国で初めて披露される。信長の発想ならではだな。あとは、雨が止むのを待つのみ。

「ダメだよ、光秀。ダメだ、ダメ、%が上がらない。勝てないかも」

しばらくぶりに密室にこもってみると、この天才が弱音を吐いてきた。

「えっ?順当に進めてくれたじゃないか。兵力差を2.5倍にして勝率30%に引き上げ。梅雨は間もなく明ける。長篠城も徳川家も、武田家を食い止めてくれている。何より、我々が来る前に武田家が逃げ帰らなかった。偽報を流してくれたのだろう?織田家の士気は上がっていないと、武田家は噂しているようだ。戦機は熟しつつある」

明るい表情の光秀と対照的に、信長の顔色は冴えない。

「それが、岐阜城を出た時から勝率に差がない。結局、調略はできなかった。岡崎城を出てからここ数日は雨続き。状況はより悪くなっている。本当に雨で鉄砲が使えなかったら勝率は更に10%も落ちて、負けも同然。最悪だ、私は負けるわけにはいかないのだ」

冷静に混乱する信長。

「あとは土壇場の判断になる、と言ったアレが今求められている。さぁ、ここから90%、95%まで詰めようじゃないか、信長」

そう言うと光秀は水杯を取り出し、信長に勧める。戦場では茶とはいかない。

「天気は読める。勝頼が我々に突撃する日を操作するのが先決。仮に雨が降ったとしても、兵数を考えれば圧倒的に我々のほうが有利。突撃は怖くない、問題ではない」

「そうだろう、信長。敵に突撃を開始させたなら、雨が降っていようがいまいが、野城にいて兵数の多い俺

たちの勝ちだ。あとは敵の背中をどう押して突撃を繰り返させるか。調略を武器にできないのは辛いな。決定打を欠き、睨み合いのまま引き分けになるのが最悪のパターンかな。まぁそうなったとしても我々の勝利は揺るぎない」

「変わらず引き分けは織田家の勝ち。勝頼はここで織田家・徳川家から決定的勝利を奪わなければ、あとはジリ貧。武田家の宿老たちもそれを承知していると決めつけてもいい。勝頼は宿老たちに威信を見せないといけない手前、攻めてくるはず。戦況は引き続き私が思い描いた通り」

光秀と議論を交わせば信長は落ち着くじゃないか。もう顔の色が変わっていた信長。

「我々が来たことで武田家は長篠城の包囲を解いて主力をこちらに向けた。最早長篠城が落ちようと落ちまいと関係ない。俺たちの防御力は相当なものだ、負けはないぞ、信長」

「負けはない。そうだ、負けはない。この先も織田家の敵は多い。こんなところで兵を死なせるわけにはいかない。その上で、私は勝ちに行きたい。武田家に割いていられる時間にも限りがある。負けないことを待つのではなく、願わくば守った先に攻めて勝ちたい」

なんと、信長は攻めに転じて勝利を得たいと言い出した。

負けない<勝ちたい。

似て非なるもの。その信長の変化が、勝利の微妙に触れるかもしれないと光秀は感じた。

「膠着して仮に長篠城が陥ちたとしても、武田家が撤退した後で長篠城を取り返せば徳川家への義理は立つ。待てば良い。こちらからリスク含みの大勝負を打つことはあるまい」

「光秀、私たちがもう負けないのは確定だ。あとは勝てばいい。勝てないか?勝つのだ」

ここで信長は光秀の目を見て、今回の本題らしい用件を切り出した。

「調略ができない以上、逆に味方から裏切り者が出るという偽策を立てた。佐久間信盛に武田家へ内通の意思を伝えさせた。高天神城以来、連戦連勝の武田家は鼻息が荒い。過信を誘い出す仕掛けだ」

「5%だぞ、信長。織田家の筆頭家老が裏切るという意外性を出しても、俺には10%の材料とは評価できない。その5%も、今までの武田家の思い上がりを含めてのこと、偽策も合わせて過信で5%を稼ぐのが限界だ。やはり調略がマスト条件か。当日に裏切るか、中立を取る輩もいよう」

「当日の幸運は計算に入れないよ。今川義元の首を討てたことで、私は人生の幸運を既に使い果たしているからね」

その夜も二人で語ったが結果は出なかった。80%の開戦まであと少し、勝率95%には課題が片付かない。

残りの勝率を求める時間はもどかしい。次の一手が出ない。ただし、そこが美しいとも光秀は思っていた。

昔に恋情をぶつけ合った人を思い出し、もう二度と逢えないはずなのに、当時愛し合った寺の裏庭で、今日こそはあの人が再来するとの空想、それによく似ている。

何もないと分かっていても来ては戻り、また来てしまう。無駄で、無駄ではないあの繰り返し。

次に光秀は自分から勝率を捜しに走り回る。

宝探しだよ、こっちの庫裡、あっちの長持ち、いいや、軒下と天井裏も。先入観を捨て、無作為に見て回る光秀は狂人のようだ。

勝率が欲しい。足りないピースを求めて、陰にも陽にも転じる光秀、勝率のためなら。

兵数30%、戦略20%、野城10%、馬防柵10%で70%確定。調略15%、内通偽報・敵の油断で5%、鉄砲と雨10%で30%が未確定。

 

明智光秀は勝率95

6月28日の夜、風向きが一変した。

いよいよ翌朝には勝頼本隊が設楽原に来る見込みが濃くなってきた。軍議に上がった徳川家臣・酒井忠次からの迂回奇襲案を信長は一喝ではねのけると、変わらず諸将に防御を命じた。

しかし、軍議の後で密かに、かつ急いで光秀を呼び寄せると信長が口を開く。

「聞いたか、光秀!これで95%になったぞ!」

高揚して話す信長を見て、光秀は遂にあれが成功したと喜んだ。

「調略ができたか!誰だ?誰が意思を示してきたのだ?」

「違う、違う。さきほどの酒井忠次の策だ。あれを採用する。兵3、000に鉄砲500を割いて長篠城の包囲軍を裏から奇襲させる」

光秀は驚いた。ついさっき蹴ったばかりなのに、どうして様変わりした?

「聞いた瞬間に血が沸騰するのを感じたが、とっさの演技でごまかした。存外だった。いいか、勝頼との開戦直後、このタイミングが大事なのだが、あれで武田軍の後方を突く。すると勝頼本隊は心持ち前に押し出され、更に私たちに攻めかかってくる。後に引けないようにする業として、後方からの鉄砲音は心理に響く。3、000のうち500を割く。この星空では明朝は雨なし、奇襲は成功。今こそ佐久間から勝頼に裏切りのサインを出す。それでも勝頼本隊が攻めかかってくるかは分からないが、川を挟んで睨み合うことにはなるだろう。前後に兵を受けたと知ったら武田家が撤退する恐れはあるが、掃討戦で力はそげる。読んだ、勝利は読み切った!引き分けではなく、大中のダメージを与える勝ちが目の前に来た!」

多弁、断言、感情むき出しの信長。何かが彼の心を大きく揺らしたのだろう、勝負師が完全な自信を持ったということは、どういう意味か。

すぐさま光秀は光秀なりに評価してみる。織田家本隊と奇襲隊の前後からの挟撃は10%に値する。調略は失敗に終わったが、揃った。95%だ。

兵数30%、戦略20%、野城10%、馬防柵10%、挟撃10%、鉄砲10%、内通偽報・敵の油断5%で95%確定。

「どうして私はこんな簡単なことが分からなかった?押せば出るのだ、調略で敵から出るのが期待できなければ自分で背後から押せば良い」

「信長。これも賭けだぞ、先手を仕掛けなくても負けない戦いなのに、この奇襲隊が敗れる可能性はないのか?」

「敗れても意味を残す。後方から大量の鉄砲音を聞かせることで勝頼本隊に与えるプレッシャーだ。武田家を前に腰が引けているはずの織田家が奇襲なんて武田家の頭にはない。兵3、000人に鉄砲500をつけるから、この奇襲隊が無成果で終わるとも考えにくい」

調略ができなかったこと、裏を返せば武田家の自信が一枚岩のように固いということだ。武田家を増長させることに成功したと捉えよう。

「君が言うなら。では、95%だ。織田家の勝利は決まった」

光秀がそう言うと、遂に二人から笑みがこぼれた。今夜、95%が目覚めたのだ。理論上の数字が整っただけなのに、まるで天下を取ったかのような喜びの表情。他者には理解し難くも、二人の最高の時間が盛りを迎えたのだった。

場を立った信長は、すかさず徳川家康と酒井忠次を呼び寄る。その後の結果は歴史が語る通り。

鉄砲は武田家騎馬隊を直接壊滅させる戦術には成り得なかったが、野城・馬防柵・鉄砲で固めた織田家・徳川家の守りは堅かった。突撃を繰り返す武田家が成果を上げられず、背後の長篠城一帯から織田家別働隊の鉄砲音が響くと、武田家に敗色が生まれた。その後で織田家・徳川家が逆転攻勢をかけたことで、武田家にクリティカルなダメージを与えたのだ。

95%約束された勝利は、滝から落ちる水流のように、予想と違わない曲線を描き、道理のままになるだけ。

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