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日本の国家予算内訳、 国内総生産に対しての割合は増加

投稿日:2010年1月28日 更新日:




国家を維持してゆくために、日本の国家予算は膨張してゆく傾向にある。

国内総生産に対して一般政府が使った日本の国家予算の割合は、
1975年に26.7%だったものが2004年には36.9%まで上昇している。

財政収支に関しても日本は3-8%の赤字を毎年出し続けてきた。
2007年にはGDPに対する債務残高が177.6%にもなっているのだから、
日本全体が一切お金を使わないで1.7年間も働かないと完済できないという
天文学的数字の借金になっている。

日本の国家予算内訳


国民一人あたりに換算すると八百万円もの金額になるのに、
政府がこの借金に危機感を持っているコメントをあまり出さず、
また国民に対して周知させるようなこともしていないことに、憤りすら感じる。

この膨大な金額の借金を返そうにも、深刻なのが「財政の硬直化」というもので、
予算の22.4%をも国債返金に費やさなくてはいけない状況にあるために
他へ十分な日本の国家予算を割り当てすることができず、
今や政府の行動は国債費によって制限がかかっているのだ。

例えば、社会保障への予算配分が下がってきている。
先進国では年々社会保障費を増してゆく傾向にあるのに、
元々低い率だった日本はそこからさらに下がってきているのだ。

労働力の95%がサラリーマンや自営業の日本では労働時間も長い上に、労働分配率が低い。
その95%が働いて収める税金は国債に縛られて本来の目的である社会福祉に回ってこない。
この日本が本当に豊かな国かどうか、
残念ながらこうしたデータを見てゆくと疑わしい限りに思えて仕方ない。 


国家における政府とは必要悪のようなもので、なければ困るが
影響力があり過ぎても困るものとされてきた。
自由主義の時代には、政府に税金としてお金を回すよりも
市場に投資したいと願う人々は「小さな政府」を理想とした。

弱肉強食の資本主義では都市化が進み政府介入によるインフラ整備や社会福祉が必要になる。
政府の役割が増大して経費も肥大化し、膨張がイコール悪化ではないのだが、
運営に問題があった日本では結果として中央集権によって経費が固定化し現在の財政悪化につながっていった。

80兆円ある日本の国家予算のうち、21兆円は国債の返却に当てられるし、
地方に分配される分も合わせると80兆のうち実に70兆もが 「移転的経費」として中央から地方に分配されている。

中央集権化した日本では「大きな政府」もできあがっているのだ。
現代日本では都市への人口集中と地方過疎化が顕著であることから、
国家によって社会保障を手厚くする必要性が出てきている。

1955年には国民総生産の12.9%が社会保障として使われたが、
2007年では25.5%もが必要になっている。
一見高いようにも見えるがヨーロッパでは福祉にこの倍近い割合を当てている。

それに比べて日本では公共事業などの政府投資が欧米よりも多くなっていて、
公共のお金・国家予算が国民の利益や福祉にではなく景気活性化のために使われていることが分かる。

他方で「公務員を減らせ!」という感情論があるが、
日本では2004年時点で人口千人あたりの公務員数が42.2人と、欧米と比べてもはるかに少ない人数である。

別に少なければよいというわけではないが、全ての面で日本の政府が
欧米諸国に劣っているわけではないことも不思議のひとつに感じた。

国民が払う税金(日本の国家予算)は国債の償還に充てられてゆき、
国債を持てるようなお金持ちの企業や個人に利益が流れ、国民のためという本来の目的は薄れてゆく。

日本の国家予算内訳


1965年に始まった当初は法律で認められていなかった国債が、
1966年に公共事業名義で公に認められるようになってから
国家予算の内訳はうなぎのぼりに金額が上がってゆき、
60年ルールなどの返済計画が定められていたはずが、
いつからかその期限が延ばされてゆき、国債を返すどころか、
来年もまた国債に頼らずには日本という国を運営してゆくことも不可欠な経済状況になっていった。


毎年多額の国債借換えや新規の国債発行を扱うために
金融業が発達してゆくという特殊な状況になっているのが日本の国家予算なのである。

それはやむを得ない状況下にあり、誰であっても不可避のことだったのだろうか。
国債返金にしても定めた60年ルールを守って毎年1.7%を積み立てすれば
返金できる計算だったのに、82年から01年の間の3回あった機会に、
政府は返却金を積み上げることをしなかった。

これは、返済する気のない政府による人災の色が濃くないだろうか。
中央のみならず、地方財政も破綻している。

政府は実質的経費である社会保障や公共事業よりも遥かに大きな金額を
移転的経費といわれる国債や地方交付税として地方にあてがっているのだが、
2008年末の時点で197兆円の累計赤字だ。

若干ながらも国民から国ではなく都道府県に直接お金が入るような仕組みに変えて、
 地方が自由に使える金額を増やすなどの努力を始めているものの、
中央から予算配分をするスタイルで政府が地方財政を握っている状況は変わっていない。

こうしたことが積み重なり今も毎年20~25兆円の国債を返さなくてはならず、
本来政府がすべき他の政策すらままならない状況に陥っている。

一方で、戦争を放棄するという世界にも稀な憲法を持っているのにも関わらず、
実質的な軍事費として世界第3位の予算を使っているのが日本である。

どれもこれもが政府判断の甘さ、国民の利益という憲法の立場には立っていない
憲法違反の日本の国家予算ではないのだろうか、と思わざるを得ない。

感じるのはモヤモヤとした政府への不信でしかない。
日本国民の一人として国家の怠慢を監視するためにも 経済学を学んで知識を持ち、
政治関心へつなげるひとつのきっかけにしていきたい。







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