比叡山延暦寺の写真、根本中堂・横川中堂は滋賀観光名所

投稿日:2010年10月2日 更新日:



2009年撮影、比叡山延暦寺の写真

比叡山延暦寺の写真

比叡山延暦寺を焼き討ちした織田信長のこと、本を読んで知った。

平和の象徴である寺院なのに何故、戦国武将から軍事行動を起こされたの?

天皇や大名以上に、比叡山延暦寺が政治力や軍事力を持っていたことが、その原因とは聞いていた。

それは一体どんな場所なのか関心があり、滋賀と京都の境目、比叡山延暦寺を目指してドライブウェイを走る。

比叡山延暦寺の写真

東塔の宝物館は素晴らしかった。

素晴らしい仏像が幾つも見れて、さすがに格式高い比叡山延暦寺の宝物館だって、納得していた。

根本中堂の薄暗い本堂に入って、その広さ・大きさに驚いた。

ここに数百人の僧が入って、読経したらどれだけのパワーが生まれるのだろう。

未知の世界、願わくばその瞬間に僕も立ち会ってみたいものだが、まぁかなわない夢だろう。

写真に撮ると、東塔だってなんだか地味に見える。

観光地化されているわけでもなし、と言って今もバリバリの修行地でもないのだろう。

瀟洒な飾りなんてあるわけがない、比叡山延暦寺には今も一定の修行者はいるのだから。

森深くの木造建築物のせいか、体が冷えるような寒い風が吹きつける。

比叡山の山頂標高は848mだから、低山とは言えないレベルの山。

厳しい自然環境の中で、僧たちは何を求めて修行するのか。

現代人でまぁまぁ都会人の僕には、理解できるはずもない世界。

比叡山延暦寺の写真

西塔の釈迦堂にも足を延ばすと、よりピュアな修業の場っていうイメージ。

夕方という時間帯もあったが、観光客の姿が一気に減った。

比叡山延暦寺の写真

何も甘美な誘いがない場所。大福の中に餡子が入っていない感じ。

ただ読経をするだけの世界があって、欲望に迷えないよね、こんな場所では。

横川の横川中堂だってそう。

こんな辺鄙な場所で何を求めて籠るのか、常人ではできないこと。

たまに訪れれば季節の移ろいで、自然は美しく感じる。

でもこれが日常では、精神の安定を図るのが逆に難しいのではないかな?

比叡山延暦寺の写真

安土桃山時代の比叡山延暦寺が、政権を無視して肥大化した状況が理解できなかった。

だって、今も昔も変わらない比叡山延暦寺だろうから。

ここに住んでいて権力に溺れることはないだろうし、何も欲しくはならないだろうに。

比叡山延暦寺の写真

あるいは織田信長に焼き討ちされて、比叡山延暦寺はその後に寺社の本懐に再び目を向けて今に至るのかな。

織田信長が命令をして、実際に戦いの指揮を取ったのは合理家の明智光秀と言われている。

比叡山ドライブウェイを降りていくと、琵琶湖と大津市が見えてきた。

色々と空想をしながら、憧れだった比叡山延暦寺を後にした。

答えは分からなかったが、比叡山延暦寺が特殊な環境にあるということは良く分かったよ。

 







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