小説「変身願望の女」〜遠距離恋愛から精一杯の愛情へ

投稿日:2010年3月10日 更新日:



遠距離恋愛がこんなに大変だって、私、知らなかった。

彼からの連絡はちゃんと来る。

私の気持ち、彼のことを想う心にも変わりはないけど、やっぱり、一人は寂しい。

寂しいよ、寂しいの。

色付きの葉を冬風に持ち去られた木立のように、私の心は感情を失っている。

いいえ、そんなキレイな言葉で表したら、本質を見誤っちゃう。

遠距離恋愛の寂しさは、踏み曲げられて道路脇に投げ捨てられた空き缶のように、無惨なもの。

一人で過ごす週末は、心の中が寂寥に吹き荒れて、

乱れて、乱して、乱されて、もう狂ってしまいたいぐらい。

 

彼が浮気していないか、心配。

どこかの女を抱いているイメージなんて、絶対イヤ。

そんなことあるわけないのに、朝の洗顔中とか、昼休みのぼーっとした時間、

寝付く前にも、ダメな妄想が瞼の裏にチラついて、治らない病気に憑かれているみたい。

嫉妬のスパイラルに入ると、私の渦はどこまでも高く積み重なっていく。

彼からの連絡がちょっとでも途絶えたり、占いでちょっとネガティブな言葉があったりすると、

精神は揺れ、息が苦しく、体温も下がりっぱなし、私なんてもう使い道のないダメ女になる。

そんな私を癒してくれる、お気に入りの場所がある。

淡路の実家から職場の途中にある、いざなぎさんという神社。

正式には伊弉諾神宮って言って、日本書紀に出てくるイザナギの神に由来する、

それは由緒正しい神社だよ。

いざなぎさんとの会話が、私に平静を与えてくれる。

いざなぎさん♪いざなぎさん♪とポップミュージックのように

口ずさみながら鳥居をくぐる時が、私の幸せタイム。

音がイイよね、音が。

「イザ」には、いざ鎌倉!みたいな力強さを感じるでしょ。

「ナギ」には、草原を風が凪いでいく時の透明感があるし。

ふたつを足し合わせて、「さん」という親しみのある敬称で呼んでみると、

なんともキレイな言葉になるから。

音に出して呼んでみてよ、いざなぎさん、いざなぎさん。

そのうち、いざなぎさん♪いざなぎさん♪と、節をつけて歌いたくなるもん♪

イザナギっていう言葉は、どこか異文化風だよね。

中国かインドの現地語の音に、大昔の日本人が漢字を当てはめて作った言葉って

沢山あるけど、イザナギもそのひとつかな。

二千年ぐらい歴史のあるクラッシックな名前だけど、

やっぱり今聞いても新しい言葉だと思うから、私はいざなぎさんに憧れるばかり。

いつもピカピカの5円玉を準備して行く私には、いざなぎの神様もちゃんとお話してくれるんだよ。

って言っても、拍手を打ってから3分でも5分でも、

いつも私から一方的に色々なことをずっと話しているだけだけどねー。

それから境内の軒下に座って、私は心の中のいざなぎさんと会話を続ける。

日本の国産み、神産みの男神であるいざなぎさんと交信するわたしは、

その妻であり、女神である伊弉冉・いざなみの現代の生まれ変わりだったりして?

そんな感じで、ぼーっと過ごすいざなぎさんでの時間が、私の仕事帰りの日課になっていた。

人気の少ない神社に長居する女一人、傍から見ればちょっと異様な光景でしょうね。

木々に包まれて夏でも涼しいのはいいけど、

蚊に刺されるのと、土埃が多いのがちょっとした困りごと。

いざなぎさんの帰り道、淡路の美しい夕陽を浴びて運転していると、

なんだか神話の世界に漂っているような気持ちになる。

瀬戸内の波風は、穏やかだと言う。

鳴門の渦のイメージをお持ちの方は、淡路の海は荒々しいと思っているでしょうけど、

凪ぐことの多い淡路の海だもん、それは温暖で、心地よく、誰でも労わってくれる優しい海よ。

淡路には大きなショッピングモールとかもなくて、生活するには物寂しいこともある。

でも私は、いざなぎさんと夕陽、このふたつの淡路の宝物を愛でて、

一人の毎日を過ごしていた。

一番の宝物である彼が側にいれば、もう何もいらないぐらいの幸せなのでしょうけど。

 

ケンとの遠距離は、もう2年も続いている。

この生活って永遠なのかな。

ケンの傍で一緒に笑って過ごせる毎日がまた訪れるとは、とても思えないから。

仕事で淡路島に長期滞在していたケンが、毎日ランチを食べに来ていた喫茶店に、

当時私は勤めていたの。

顔見知りになって、友人たちとみんなで出かけたバーベキューとかあったけど、

次第に、ケンと私、ふたりだけで出かけるようになっていた。

ケンと手をつないで歩いた夕暮れの海辺。

早い夏の日差しに汗ばむと、潮風が乾かしてくれた。

目立って何があったわけじゃないのに、あんな幸せな時間はなかった、

って思えてきて、どうしても心から離れない、大事な思い出になっている。

私、今は一人で空を飛んでいるみたい。

雲の合間から、たまにケンという太陽が差してくれる時があるけど、

それも数カ月に数日のこと。

また一人の雲の中に包まれる時間がやってくると、陰気に沈んでしまう私がいた。

もう我慢ができないんじゃないかな、っていう時もあって、

ケンにそれをぶつけても困った反応をさせてしまうだけだから、

なんとか胸の内に呑み込んで、いつか一緒になれる、

きっとなれると自分自身に暗示をかけるばかりだった。

こんな私は、自分でもキライ。

疑心暗鬼になって、自分のことを自分でも信じられないなんて、私じゃない、私じゃない。

そう、私じゃないよ。

そうした嫉妬とか寂しさがピークに来ていた時、気まぐれにいざなぎさんで

おみくじを引いたら、大吉が出た。

やったぁ☆と喜んでいたら、こう書いてあるところに、心の線がひっかかった。

「こころをすなおにし、身もちを正しくすれば、

ますます運よろしく何事もおもうままになるでしょう」

ドキ、っとしたじゃない。

心を素直に?身もちを正しく?

本当の気持ちに嘘ばっかりついていて、自分のことが好きになれず、

心も身体もバランスを崩しがちな私のことが、見透かされている。

まさか、あの計画を、実行に移すしかないの?

恋愛は「思い通り 大吉」、待ち人は「来る 早いでしょう」。

なんか素晴らしいじゃない、明るい未来を予言しているような言葉。

突然だけど、私、やろうと思った。

今のままじゃ、ムリ。

思いきったことをしないと、私、自分のことが大嫌いのままだから。

降って湧いたきっかけが、私の背中を押してくる。

私はもう逃げようともせず、心を素直に、身みちを正しくしようと心に決めた。

 

その場でケンにメールを送る。

「ケン、お願いがあります。私、今の自分がキライ。

このままじゃあなたに好きになってもらえないと思うから、変身します。

半年ぐらい時間を頂戴。必ず戻ってくるから、連絡しないで。私のこと、信じてくれる?」

しばらくして、ケンからは返事があった。

「美香、何かあったの?今のままでも十分好きだよ。変身なんてしなくてもいいよ」

ありがとう、優しい言葉ね。

でも、私はもう変身するって決めたんだ。

だから、ケンにあと一回だけ返信して、メールを送ったらメルアドを変え、

着信拒否もして、一切連絡が取れないようにする。

「ケン、ありがとう。でも私は変身するよ。当面は連絡がつかなくなっちゃうけど、

私、必ずまた戻ってくる。信じて。ねぇ、ケン、大好きよ。

だから、私のこと信じてね」

本当にメルアド変更をして、ケンの番号は着信拒否。

いざなぎさんにも当面は来ないと決めて、自分を追い込んでみる。

いざ、波の彼方へ旅立つ用意はできた。

私はここから新しくなる。

帰り道、淡路の夕陽が私の出発を祝福してくれているように、オレンジに輝いていた。

 

それから私の冒険が始まった。

今まで自分一人じゃできなかったこと、できないと思い込んでいたことに挑戦する冒険の旅なの。

あえて苦手分野に自分を追い込むなんて、

ドSの自分と、ドMの自分を両方演じなくちゃいけないから大変よ。

一日ひとつづつ、目標をつくって実行しようと思った。

平日は些細なことから。

一日一冊本を読むとか、映画を一本見るとか。

冒険最初の週末は、見知らぬところに一人旅をすることにした。

早朝から車を走らせて、伊勢神宮に向かう私。

全然行ったことないところだよ、やっぱり神様とお話するのが好きだから、私。

日本で一番有名な神宮に行きたいって、すごく自然な願望。

おかげ横丁を歩いて、内宮へと向かう。

他のみんなは家族やグループで歩いているのに、私はひとりぼっち。

今回の目的は、別に孤独に酔いしれることじゃないから、

私は伊勢神宮のキレイなものを探す。

深い森に包まれた伊勢神宮、巨木がキレイ。

それから、庭園がキレイ。

神宮らしく、紙垂と砂利がキレイなのよ。

私は夢中になって、キレイなものを探しては、カメラに収めていた。

いつの間にか、雑念が消え去って、私は伊勢の神様との会話に入る。

 

「あのね、伊勢の神宮さま。あなたがこんなに人気者なのは何故?」

「それから、キレイなものを一杯お持ちだけど、どうして?」

あれだけ有名な伊勢神宮なのに、シンプルっていうか、簡素・質素な作り。

そのくせ、次から次へと人々が参拝していき、景色にキレイなものがある。

これ全部が何だろう、って私には謎々のよう。

「飾らず、ありのままのあなただから、人気者ってこと?」

「キレイなものをみんなに見せることが、あなたの喜び?」

その次の週末は、ライブに行ってみようと思った。

映画館にあったフリーペーパーを読んでいたら、

「いきものがかり」っていうミュージシャンが神戸でライブするってあったから、

私は勇気を振り絞ろうと思った。

それまで全然興味なかったのよ、ライブなんて。

だけど、関心がなかったものに、あえて冒険してみるのが今の私だから、

すぐにチケット確保に走っていた。

もうびっくり。

ライブ開始前はみんな席に座っていたのに、ミュージシャンたちが出てきたら、

一斉に立ち上がって大盛り上がり。

どこで立つとか、座るとか全然分からなかったし、

手を振るタイミングもちょっとついていけなかったし。

でも強烈だったのは、いきものがかりさんの楽曲のメッセージ性。

「夢見台」を演奏してくれたんだけど、歌詞に引き込まれていたよ、私。

「変わらず歩ける」って、最初の言葉でドキッ、っとしたもん。

「失くした自分の行方を探してる」「失敗していい」っていう言葉が

胸に突き刺さるようでした。

あまりにインパクトが強かったから、翌日はCD屋さんで

いきものがかりさんのCDを買いこんでみた。

ライブで聴いた「夢見台」の歌詞をじっくり読んで、やっぱりこの曲って、

私のことを歌っているんだ?って思ったぐらいだよ。

それから、「なくもんか」という曲の、

「ひょっとしたら皆ひとりぼっちで歩いているんじゃないかな」という歌詞に、また驚き。

曲の最初から、そんな疑問投げかけられたら、私泣きながら頷いちゃう。

「失敗も裏切りも嫌なニュースも、ごちゃまぜに胸ふさいで見えないふりしたってさ、

そりゃ生きていけるけど、でも僕はまだ逃げたくはないんだ」

ドキッ、としてばっかり。

私の応援ソングができたって、すごく嬉しかった。

こんな出逢いもあるのね、って何度も歌詞カードを読み返しては、

自分のことに当てはめて考えてみると、なんだか示唆的なことばかり。

一曲一曲、よく噛み締めて、自分の生きる糧に、自分のモノにしてしまおう。

ライブっていう未知の世界に飛び込んだら、

こんなに新しいものが私の目の前に開けた感じ。

 

翌週は、またすごいハードル。

今までの私では絶対に行かないところへ、行こうと思った。

キャバクラと、おかまバー。

無知の私の社会勉強になるはずだから。

こればかりは一人じゃムリだし、

幼馴染の男友達に無理矢理お願いして、付き合ってもらうことにした。

何故、女の人がキャバクラに来たの?っていう目で見られるのが新鮮。

客引きの方を避けながら、コソコソとキャバクラに入って行くと、

いるいる、男も女もたくさんの人たち。

男友達は割と堂々としたけど、キレイなドレスを着たコに横に座られても、

私はそれこそ居場所がなくて、彼女たちのお化粧や身に付けているものに目がいってしまう。

周りを観察していると、興味深い光景ばかり。

若い男のコが、わざわざお金を出してまでこういうお店に来ているのが分からなかった。

普通に彼女とかいるんじゃないの?

もっとおじさんばっかりが来るのがキャバクラだと思っていたから。

男の人たちは、着飾ったコを前にして、ご機嫌でお酒飲んでいる。

女の子たちは、当たり前だけど、あまり楽しそうにしてはいなさそうだった。

そっと隣のコに耳打ちしてみる。

「女性のお客さんって来ることあるの?」

すると彼女は案外普通な表情で、こう言い返すんだもん。

「いますよ~。ウチのナンバーワンのファンの女性とかいますし、

女性が好きな女性の方も来ますし~。ここは、なんでもありですね」

キャバクラを出ると、なんだか男友達はちょっと顔が引きつり気味。

だって次はおかまバーのハシゴだもん。

嫌がる男友達を引っ張って、未知の門をくぐる、女勇者・美香。

おかまバーはまた様子が違った。

やけにハイテンションで、人なつっこく話しかけてくる店員さんばかり。

やっぱり私は彼ら彼女らのお化粧とか、お洋服、それと身体つきをジロジロ見ちゃった。

男友達なんて最初はビクビクしていたけど、会話が普通に楽しいから、

自然とお酒の量も増えてくる。

性別って何なんだろうね。

生まれながらのこの大別に、左右されるものは多い。

幅広い人たちが楽しむことができるキャバクラだけど、

そこで働いていた女性たちの目は虚ろだと感じた。

限定された場所のおかまバーでは、自分をさらけ出して活き活きとした店員さんがいたもん。

やっぱり私はおかまバーの人に耳打ちしてみる。

「ここはみなさん、楽しそうにしていますね」

すると、ちょっと表情を曇らせて、こう返事されたよ。

「そうだけど。来てくれるお客さんが少なくて寂しいのよ」

ますます考えさせられる。

いつも寂しいから、来てくれたお客さんとは楽しく過ごそうとしているのかしら。

さっきのキャバクラでは、お客さんが来てくれるのが普通だから、

一期一会という意識がどこかで薄れているのかもしれない。

いいえ、私もそうね。

遠距離恋愛でも大切な人がいることがどれだけ幸せなのかって、

いつの間にかそんな基本的なことを忘れそうになっていたのかな。

キャバクラとおかまバーのはしご。

色々な人たちがいる、と感じた一夜になった。

そんな冒険が大好物になって、私は毎週のように新しいことを繰り返していた。

河川敷のゴミ拾いボランティアに参加したり、

夏祭りの焼きそば屋台でバイトしたり、習い事でジャズダンスをやったり。

色々な人とお話したな。

滅多にないチャンスだからって、私はいつも初対面の人に相談してばっかり。

ケンとの遠距離のことをお話して、どう思うかって、みんなから言葉をもらっていた。

年長者からは、私が諭されてばっかりだったな。

そのぐらい我慢できないでどうするの、って。

自分の殻を破ることばっかりしていたら、自分になかった考え方がいっぱい集まった。

心に響く言葉のコレクションも進んでいたし、小さな幸せも感じられた。

なにより、笑うことが多くなったと思うよ。

それと、度胸がついたかな。

入ったことのない店にも、一人で入れるぐらいに、なんかポジティブな自分になったと思うもん。

 

ケンとは本当に連絡をしないままだった。

メルアドも伝えていないし、着信拒否しているから、ケンからは連絡も取れないんだけど。

以前は、ケンからの連絡に対して、回数が少ないとか、

もっと長くおしゃべりしたいとか、そんな不満ばかり私は口にしていたよね。

でも逆にこうして連絡をこばむと、連絡をくれること自体が優しさだし、

私への想いだって分かってくる。

思えば、ケンに求めてばかりいないで、自分からケンに何かを与えること、

それが大事だったんじゃないかな。

足りないって言うなんて、まったくおかしいよね。

私がケンに言うべき言葉は、「いつもありがとう」のはずだったのに。

ねぇ、ケン。

ようやく私、自分のことが自分で好きになりかけているみたい。

どうしようか、迷うよ。

もうケンに逢える?

いいえ、まだ早いかなぁ。

まずは自分を試してみたいから、いざなぎさんに行こうと思った。

仕事帰りのいざなぎさんは本当に久しぶりだったけど、もちろん何も変わっていない。

おみくじを引いたら、何が出たと思う?

大吉よ、大吉。

う~ん、ちょっと違うな。

私は大吉のおみくじをさっさと小枝に結んで、いざなぎさんを立ち去った。

最高のLuckなんて、今の私に相応しくない。

だから、大吉を転機にする気持ちなんて少しも起らなかったじゃない。

まだまだ私は修行が足りない。

次は何をしようかな。

職場の仲間にチーズケーキ焼きを教えてもらおう。

般若心経を読んで心の鍛錬を、江戸春画で昔の人たちのエロスを知ろう。

あと、星座をひとつふたつ覚えて、夜空を語れる女になろう。

公園に咲く花の名前を当てられる女性なんて素敵じゃない?

私自身にどんな変化を見つけられれば、ケンに逢いに行けるのかな。

もっとネイルが上手になったら?

もっと堂々と、お寿司屋のカウンターで中トロを注文できるようになったら?

まさか季節の花の移ろいを言い訳に、桜が咲いたから、

紅葉が色付いたからってケンにメールできるわけじゃないし。

確かな目印のない旅に出ている私ね、でも私は心に決めていたことがある。

翌週、いざなぎさんでおみくじを引いたけど、今度は中吉、だから、それじゃダメなの。

また私はやり直しみたい。

次は宴会芸のための手品を覚えたり、熱血教師のテレビを見て号泣したり、

思い立って甲子園球場で阪神タイガースのゲームを見たり。

お気に入りのカフェも見つけてね、別荘地の丘の上にあるそのカフェで、

海に沈む淡路の夕陽をぼーっと眺めたりして。

お金をかけて全身エステも行ったし、見えないお洒落をしようと下着をみんな新調した。

ベルギーの高級チョコの食べ比べをしていたら、

母親に「ストレス?最近お金の使い方が荒いんじゃない、あなた?」と心配された。

まだまだ自分磨きの道中は続くよ。

自分自身が輝くのを感じるまで、ケンに相応しい女になるまで。

今まで地味に貯めていたお金はだいぶ使ってしまったけど、

買い物依存症ではなくて、自分への投資へのつもり。

大金を使う時、小心者の私だから、心に痛みを感じるぐらいだもん、

いつか「その時」が来たらまた地味な生活に戻るのは簡単にできるはず。

自分を探す旅に出て、半年が過ぎた頃。

3度目のいさなぎさん、会社帰りの天の声を聞こうと思った。

期待もせず、緊張感ゼロでおみくじを振ると、吉が出た。

吉。

小吉と中吉の間。

凶でも大吉でもなく、目立って悲しくも嬉しくもない。

不思議な感覚が、私を包むのが分かった。

なんだか、納得できるって思ったの。

私の新しい出発には、凶も大吉は出来過ぎでしょう。

せいぜい、些細な幸せから始まるのがお似合いなの。

 

誰もいないいざなぎさんの境内に座る。

風になびく森の穂先が、いつもよりも少し色を増した音を伝えているように思えたの。

吉から再出発する私も、ありかな。

泣いたり笑ったり、感情をフルに使って過ごした半年間、

前に進んだのか戻ったのか、よく分からなくて、進んだとしても

本当に一日一ミリが精一杯だったけど、後向きでなければまぁよし、って自分を認めてあげたりして。

ようやく、その時が来たようです。

いざ、凪ぎ尽くした私の心、自分のことを好きになり始めた今だから、

ケンにも最高の愛を伝えることができると思う。

壁を乗り越えて新しくなった私よ、もうケンの連絡にすがって過ごす、

みじめな生活ではないから。

数カ月もケンに連絡が取れないのは苦しかったけど、

自分に自信を持ち始めた今、ようやくケンに飛び込んでいける。

だから私は、ケンにメールを送るわ。

ずっと待っていた、ようやく書けるこの言葉の重みを、ケンは受け止めてくれるかしら。

「ケン、ただいま~♪色々経験して、ようやく自分のことが好きになれました!

ケン、やっぱり私はあなたが大好き。

ねぇ、まだ私の帰る場所はありますかo(≧∇≦o)!」

 

美香からのメール。

ようやく来たか、いつかはこの時が来るって分かっていたけど、

来るときは当たり前に突然で、予告もなくその時が訪れたようだ。

僕なりの最高の愛を、美香へ。

帰る場所はあるよ、いつでも帰ってこればいいさ。

今更、美香以外の女性と永遠を迎えるなんて考えられないから。

ただし、これは美香には決して言えないけど、誰にともなく告白すれば、

この半年で僕の方も変身する準備を整えていたんだ。

一人の女と一生を共にするための、男の方の準備っていったら、決まっているじゃないか。

言い方はストレートだけど、女遊び、飽きるまでの女遊び。

僕も変身しなくちゃいけないと思っていたんだ、

美香に惚れて、惚れて、心から惚れていた自分。

世に女性は数あれど、美香ほど僕の心を深く掴んでくれた人はいなくて、

一生を共にするなら、生涯抱き続けていくなら美香しかない、って思っているのは本当のこと。

ただその前に、自分の心を落ち着けておかないといけない。

そうでなくちゃ、長く続くその後の美香との生活で、歪みが出てしまうと思ったから。

美香が自分を好きになるために変身するというなら、僕も変身しないといけない。

だから、この半年間、僕は幾人もの女性と遊んで、抱いたよ。

やはり本気になれるようないい女はいなかった。

美香ほど僕の心を捉えて離さない女性はいないことが、よく分かった。

こんなこと、美香に伝えても分かってもらえないし、逆に嫌われてしまうよね。

だから誰にも言えず、こうして独り言を呟いている。

美香が腹を決めて僕のところに来てくれるなら、もちろん僕も腹を決める。

関係を持っていう女性たちとは、きれいさっぱり別れるし、連絡先も消す。

この半年のお陰で、もう他の女たちに興味はないから、今からは美香だけに集中できる。

 

これが僕にできる精一杯の美香への愛情。

こうした歪んだ形の愛情もある。

男同士なら分かりあえる人もいるだろうか。

美香には一生黙って墓に持って行くことになる、この半年間の出来事。

僕なりの約束として、他の女性たちを抱いていたことは、美香には一切分からせない。

それが美香に対する僕の愛情の現れだなんて、これも美香には理解できないだろうな。

何もなかったかのように、僕はこれから美香と一生付き合っていくだろう。

それから僕が美香にこの半年で何をしていたのか、聞くことはない。

この半年間、お互いやってきたことはきっとお互い理解できないと思うけど、

お互いの最終ゴールがお互いと一生過ごすための準備期間なのでしょう。

どうもヘンなお話。

でも、美香に対する本気の愛情が成した僕のこの半年間の秘密、きっといつか実を結ぶだろう。

僕なりの最高の愛を、美香へ。

 







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