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グレイハウンドバス夜行便 見習い芸術家の冒険30話

投稿日:1996年9月21日 更新日:




9月21日(土)

  それから山間の道を走ること2時間。マーセドディーポへ到着だ。ディーポの人にこれからシアトルへ戻るベストルートを聞いてみると、南にあるフレズノという町へ戻って別のシアトル行きのバスを捕まえろと言われた。フレズノ行きのバスまで2時間もあったので、僕は近くを歩いて見つけたストアを物色し、お菓子を買って食べていた。ディーポに戻るとすっかり夜も遅く、僕は暗闇にこの冒険の終わりを感じていた。

バスを待つ僕に、営業時間を過ぎて閉まっていたディーポから出てきた人が話しかけてきた。バスドライバーだと思うが、やたらとゴチャゴチャした発音の英語を話す人で向こうが言っていることは全然聞き取れなかったな。僕がこの1ヶ月の冒険旅行のことをかいつまんで話すと、彼はにこにこ笑って話を聞いてくれた。しばらく彼を話していると、フレズノ行きのバスが到着した。

  1時間程でフレズノに着き、別のバスへ乗り換える。次のバスは最終目的地がシアトル行きという恰好のものだった。ここでまた時間が空き、出発時刻は午前2時50分だ。出発まで時間があったし、今なら日本も丁度良い時間帯だったので、日本の両親に電話して無事を知らせることにした。

  電話で無事を報告するのはとても簡単だった。だって、「1ヶ月間の冒険旅行は無事に終わりました」という一言で終わりだからね。両親も「無事で良かった」と一言で受けてくれたが、本当はお互いにもっともっと深いものがあったに違いない。

息子は「この1ヶ月、とてもとても話し切れないぐらいの冒険が幾つも幾つもあって、でもあなたたちの支援のお蔭で素晴らしい冒険旅行にできたよ」と伝えたかったし、親は親で「1ヶ月間もアメリカを一人旅するとだけ聞かされてどれだけ私たちが心配したか。でも無事終わったようでなによりだ」とでも言いたかったに違いない。そういう本心は、実際の会話ではどうも伝えられない。

  今ここに改めて感謝の言葉を伝える機会があると思う。僕は素晴らしい教育の機会を与えてくれた両親に深い感謝をしています。あなたがたの支援の元で、僕がどんな1ヶ月を過ごしていたのか、それをこの物語の中でこうして伝えられるとは嬉しい限りだ。僕のわがままでこんなにお金を使う冒険旅行に出てしまったが、それをサポートしてもらえたことに、心から、心から感謝しています。本当にありがとうございました。お金も時間も、僕は決して無駄な使い方をしていないよ。それどころか、これから僕が生きて行くにあたって不可欠なものを手に入れられた。どうか僕と一緒に喜んで下さい!

  出発前に送ったエアメールが1通届いていないとか、今度日本で発売されるCDを送ってくれとか、電話ではそんな他愛のない話ばかりしてしまったが、両親の声を聞いて僕は久々に安心した。この1ヶ月、常に油断が大敵だった。間もなくそんな生活も終わりだ。シアトルへ帰れば心許せる友達がいる。あと少しだ。

  シアトル行きのバスに乗ると、次の大都市サクラメントに午前6時頃の到着だった。ところで、ひとつ大きな問題がある。このままこのバスに乗り続けると、シアトル到着は午前1時30分になる。かなり危ない時間帯だ。シアトルのバスディーポの周囲はホテルや店がある場所ではなく、夜間は治安が悪い場所なのだ。

  ここは日中をサクラメントで時間をつぶしてしばらく後のバスを捕まえ、シアトル着の時間をコントロールするか。それともこのままこのバスに乗るのか。この問題には考えさせられた。でも、余りに眠たいのでそのままバスに乗って眠ることにした。サクラメントを通り過ぎ、10時ぐらいまでちょくちょく眠ってやっと充分な睡眠をチャージできた。

さぁ、これからを考えよう。途中で止まった幾つかのディーポで後続のバスの時間を見てみたが、どうもいい時間帯のがない。そこで僕はこうすることにした。オレゴン州のポートランドでホストに電話をかけて迎えを頼んでみよう。OKしてくれればそれが一番だし、駄目なら駄目でその時また考えてホテルにでも泊まろう。ウチのホストマザーは昼過ぎに起きて、明け方に眠る生活をしている人だ。事情を伝えればきっと迎えに来てくれるさ、と冒険旅行経験豊富な僕は勝手に都合良く考えることにした。もし駄目でも、本気になれば方法など幾らでもある。

  それから続いた長い長いバスの時間。僕はどれだけ沢山の言葉を詠んでいたことだろう。メモ帳は言葉の海でびっしりと埋め尽くされていた。丸一日近くを過ごすバスの中、することといったら窓の外を眺めるか、言葉を詠むことぐらいしかない。僕はもうバスという保証に包まれている。確かにシアトル到着の後を考えるとまだ100%安心ではないが、まずもう安全圏だ。すっかり冒険旅行をやり遂げた気分の僕は、今までの冒険を思い出しては言葉をメモに書き出してみる。まだ冒険旅行が終わらない今の内に言葉を吐き出そう。僕の中にある言葉を逃さないようにメモ帳に書き留める作業だ。

         半分欠けた小さな月を、丸い表面を歩いた

           傷を見せない半面はとても素敵だ

         君と離れてから幾度も考えてみる機会にぶつかったが

           この旅でもう一度深く考えてみる機会を与えられたんだ

           340km自転車で駆け抜けてみても

           標高3713mに立ち尽くしてみても

           白く気高い街並みに心を洗われても

           人間くさい街を歩いてみても

           コウモリの黒い川に幻を見ても

           白い砂漠をさまよっても

           果てしない空間に君を思い出しても

           ほとばしる湯水にアツい情熱感じても

           絶壁を克服し谷間を歩き尽くしても

           空と地の空間を生める守り髪に出逢っても

           サイバーシティに楽しみを見つけても

           小さな月と心の傷を分け合っても

           人と出逢い輝く時間を共有しそしてためらいなしに別れても

           何時間も狭いバスの席で夢想に耽っても

           旅の終わりにさみしさをおぼえても

           卑怯と臆病に心からの怒りを感じても

         君だけをいつも愛していた

         私の言葉へのこだわりは沢山の素晴らしい歌詞から生まれ

         私の読書習慣、そして話を書こうとする願望は

           いくつ者素敵な推理小説から生まれました。

         今こうして私の思想を言葉として世間に発表し残せるもの

         この先達の偉大な方々のおかげであり深い感謝を忘れることができません

         今後もその作品たちに恥ずかしくないようなものを書いていきたいと思います

         卑怯で臆病、そしてフレンドリーなのがアメリカ人だ

         蒼、紅    一人でできる情熱とできない情熱

         部屋に戻ればまたいつもの日常に戻ってしまうのか

           そしてまた初めから築きあげるしかないのか

         手に入れたものを永遠にするため今俺にできることは何だだろう

  この他にもボツになった言葉は数え切れない。大量の言葉が僕から流れ出たのだった。長かったこの冒険旅行、思い出すことは色々とある。ひとつひとつ思い出しながら、これからの自分の理想と重ねて僕はゆめを見た。座り続ける狭いバスのシート。もうどこも同じに見える外の景色。何もすることはないが、時間だけはたっぷりとある。言葉だ、言葉を詠もう。

  この冒険旅行のスタート、シアトルを出た時のことを思い出す。一端の冒険者を気取った表情の裏には、常にびくびくと脅えている自分自身がいた。ほんの1ヶ月しか経っていないのに、あの時と比べると我ながら随分と立派に育ったものだ。

見習い冒険家は沢山の経験を積み、大体のことを自分自身でこなせるようになった。見習い芸術家は始まったばかりだが、沢山の言葉を詠んだお蔭で自分のスタイルが見えてきたと思う。冒険家も芸術家も全てはこの1ヶ月の間に様々な人たちや在野の偉人たちからもらった貴重な経験で育ってきた。自分の殻に籠もりがちな僕の心も、少しずつオープンになりつつあるのを感じる。僕が何をしたではなく、みんなが僕にしてくれたことの結果の集まりで今こうして僕がいる。

  夜の9時、バスがポートランドへ着くと僕はシアトルのホストファミリーに電話してピックアップをお願いした。ホストマザーが電話に出て、即答で「OK!」と言ってくれた。

あぁ――これで僕はもう100%安心をすることができるよ。自分の身を明日に繋げることができた。もう大丈夫だよ、安心だよ、保証だよ。これで全ての冒険の選択肢が終わった。僕の仕事は終わったよ。

  そんな喜ばしい事態を歓迎する一方で、なんだか一抹の寂しさを感じ、そして冒険旅行の終わりをようやく身近なものに感じている僕がいた。終わり――本当に終わりか。シアトルのディーポに着いたらこの1ヶ月が終わるというのか。余り信じられないが、身体の奥から込み上げてくるこの実感は本物の証拠だ。

  バスはポートランドを出て、最終目的地シアトルへ向かった。もう窓の外は真っ暗。僕の全身の力は抜けっぱなしだった。本当はまだ油断してはいけないんだろうけどね、なんだか力が抜けてしまったよ。

隣に座ったおばさんが、僕が読んでいる日本語の本に目をつけたらしく話しかけてくる。縦書きの日本語を見て「どうやって読むの?!」と笑って聞いてきた。「アジアでは縦書きをするし、横書きでも日本や中国などでは右から左へ読んだりするんだよ」と僕が説明すると、おばさんは話の内容は理解していなそうだったが、ともかく楽しそうに笑っていた。

そうか、細かいことはどうでもいいんだ。このおばさんは隣に座った人と話すことを楽しんでいるのだ。それなら僕も、隣に座った人との会話を楽しもう。最初のバスではできなかったことも、心に余裕が生まれた今ではできる。なんだかその会話は周りの人も巻き込んで楽しく盛り上がり、みんなで楽しい会話をしながら、バスは僕をゴールへと運んで行く。

  バスの中で、僕は芸術家の見習いとして最高の言葉を詠んでいた。見習い芸術家という言葉は考えていなかったし、コンセプトはなかった。この考え方が出てきたのは、あのイエローストーン国立公園に到着した日、マディソンキャンプ場まで様子見がてらサイクリングし、川辺で休憩していた時が最初だった。

あの時は、素直な気持ちを感じたまま言葉として残してみた。その時の、言葉を詠む感動が忘れられず、次第にそれがこの僕の冒険旅行で一番の目的になっていた。尊敬する在野の偉人たちから、僕は色々なことを習った。冒険を進めるにつれ、僕は素晴らしい出逢いがある度に言葉を詠む願望から逃れられなくなった。冒険旅行を重ねたことで、僕が表現できる言葉もより広がりを見せるようになったと思う。

その見習い芸術家としての意識がここで今の最高潮に達した。僕はやったよ。それまでしてきた言葉のぶつ切りではなく、自分自身の創作になる物語のアイディアが閃いたのだ!!

         ある小さな月はその半分は心の傷の崖から

           もう半分は丸くて堅い大地からなっていた

         心の傷には手が届かない そして触れた時点で即、死なのだ

         触れないまでも余りに近付きすぎて足元の岩を

           下手に踏み崩せばそれもまた死あるのみなんだ

     ストーリー原案「小さな月」

         ある小さな月はその半分は心の傷の崖から

           もう半分は丸く表面を堅い岩におおわれていた

         ある時100人の人間がこの素敵な半分の表面にその生死と

           その人間性を裁かれるため連れてこられた

         心の痛みを持たないヤツは傷に触れ、死

         調子に乗り過ぎた人は岩を崩し、死

         自分の痛みにより分かる人は、生きた

         かくして偽りと真実は裁かれ50人は人生をいう栄光を手にして

           生きることを許されたという

  ヨセミテ国立公園のハーフドームで得た教訓を元に、僕が生まれて初めて創り出した物語の構想だ。嬉しかった。僕はたまらなく嬉しかった。冒険中ずっと見習いだった芸術家が、最後で一人前の兆しを見せたのだから。

これでこれからの僕の人生の目標が明確になった。冒険旅行が終わり、いつもの暮らしに戻ったら、この「小さな月」という物語を創り始めよう。物語の骨組みはもうできている。あとは、具体的に文章で物語を描いてみるだけだ。

  あぁ、もしも「小さな月」の作品が出来上がったのなら、この冒険旅行での素敵な出逢いたちに対して幾らかの恩返しができる。それが僕の一番の喜びだ。必ずしや「小さな月」を完成させてみせる。僕の喜びと、僕に色々なことを教えてくれた在野の偉人たちへの僕ができる精一杯のお礼なのだ。

1ヶ月の冒険旅行で触れ合い、すれ違った全ての出来事よ、本当にありがとう――。嬉しかったことも、辛かったことも全部ありがとう――。あなたがいて、今の僕がいる。僕に教えてくれたことを僕が無駄にしていないという証拠を残すよ。必ずしや僕は「小さな月」を書き上げる。そして、それ以降もこの世界に何らかの美しさを伝えられるような作品を書いていくよ。あなたはあなた独自の美しさを惜しみなく僕に見せてくれた。僕もそれをしたい。冒険旅行をさせてもらった以上、当たり前のことだ。

  僕の人生はここで大きく変わるだろう。まだまだ見習いの域を出ない駆け出しの芸術家だが、これからが本当の人生だ。精一杯駆け抜けた冒険旅行の最後に素晴らしい幕切れが待っていて、見習い芸術家の冒険はここに美しく完結する!

  遠くにシアトルの街灯りが見えてきた。やたらとクーラーの効いている車内で、僕は静かに窓から夜景を見つめている。この1ヶ月の冒険も、部屋に着いてしまえば一瞬のゆめ物語になるのだろうな。また、初めから毎日をやり直してみよう。明日からが新しい一日だ。

シアトルに着く前に目を閉じ、1ヶ月の冒険旅行の終わりを重く実感しようとした。すると驚くことに、こんな言葉が僕から落ちてきた。

         こういう旅を俺はしたかったんだ――

  どう贔屓目に見ても人との触れ合いは少なかったが、それはある程度自分が望んでいたことでもあった。どう冷静に考えてみても、冒険の旅程は見事にこなしたし、行きたい場所は全て行ったし、大きなトラブルもないし、いい冒険だったよ。我ながら大したプロジェクトをやり遂げたものさ。計画を実行に移そうとした強い意志があったから、何でも現実にさせられた。今後の人生も、この冒険旅行で培ったスタイルで進んで行けば、成功間違いなしだ。

  ――この冒険旅行に、これ以上を望むことはないと思っている。僕の内部からこんな言葉が零れ落ちてくるだなんて、なんて嬉しいことだろう。

あぁ、バスがシアトルの街中へ入って行く。偉大な功績を上げた僕を祝福するかのように、街の灯りは輝く。僕を乗せたグレイハウンドのバスはディーポに張られたゴールテープを切り、9月22日午前1時30分、遂にシアトルのバスディーポへ到着した!!

  ディーポの駐車場にはホストマザーの車の姿があった。約1ヶ月ぶりに見る彼女は、ほんの少しだけ痩せて見えた。お久しぶりですね、僕の成長ぶりが分かりますか。

ホストマザーの車に乗ると、僕は興奮気味に冒険旅行の話をし始めた。「写真を見せて説明してネ!」と、ホストマザーもいつになく興味を持ってきた。シアトル郊外のEdmondsへと車はフリーウェイを走り、見慣れた景色に段々と入って行く。僕はもう100%心を開放して、リラックスモードさ。これからの課題はあるが、今はとにかくゆっくりとシャワーを浴びてベッドの上で眠りたい。考えてみれば、フラグスタッフのユースホステルでシャワーを浴びて以来、実に丸5日以上シャワーを浴びていなければ、ベッドの上でも眠っていない。あと少しで僕は全てを手にし、全てを白紙に還す。この冒険旅行での頂点を極めた僕だ、今こそゼロに帰ろう。

  マザーの車は家のガレージに着き、僕は荷物を背負って玄関を開け、自分の部屋の前にきた。見慣れたドアの前で少し立ち止まる僕。このドアを開けることの意味の重さを僕は感じる。

さぁ、ドアを開けようか。もう、ドアを開けてもいいだろう。ノブに手をかけ、遂にドアを開いて入る僕。――その瞬間、僕の長い見習い芸術家の冒険は終わりを告げた。

  ――ありがとう、この1ヶ月の全てよ。一生の心の財産にしよう。見事にやり遂げた自分を誇りに思う。――おめでとう、頼もしい自分自身よ!!

  ベッドに雪崩れ込み、荷物も解かずに僕は最後の写真を撮った。汚い顔に最高の満足顔。そして僕はこの写真の裏にこの言葉を刻むだろう――。

        こういう旅を俺はしたかったのだ

                 ~見習い芸術家の冒険の終わり







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