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オールドフェイスフルの間欠泉 見習い芸術家の冒険3話

投稿日:1996年8月25日 更新日:




8月25日(日)

  目が覚めると同時に、自分が冒険旅行中だということを思い出した。寝起きとは思えない程の凄い勢いで身体が動き、気が付くと僕は起き上がっているではないか。いつもなかなかベッドから離れられないのに、今朝は大違いだ。

  時計を見ると9時少し前だ。温かかなベッドでたっぷり10時間眠った身体は100%回復している!寝起きなのに頭は既に冴え渡っている!これは凄いぞ、冒険旅行中の僕は本当に凄い。起きた瞬間からフルパワーだ。

  結局、僕の他には誰もこの部屋に泊まらなかった。同室の人と交流を持てなかったのは残念だが、気を使うことなく思いのまま休めたのでラッキーだった。

  今朝を最後に当分は温かいベッドと他人同士になるが、少しもベッドの柔らかさに甘えることはなく、僕は出発の準備に取り掛かった。この朝の元気は始まったばかりの冒険旅行に対しての極度の緊張、そして昨日の興奮覚めやらず、といった所か。今日の僕は朝から見習い冒険家だ。いいスタートダッシュが切れそうだ。

  まずは朝の散歩がてら、昨日のスーパーマーケットへ食料を買いに行った。今日の昼と夜に食べる分の牛肉や冷凍食品など、そして日持ちのするパスタや缶詰などを買って明日以降の食料にする。買い物は楽しい。気持ち良くストレスを発散できる。普段は相当セーブしている無け無しの金を遠慮なく使う楽しみ。まぁ遠慮なくとは言っても、買っている物は実用100%で、金額もたかが数十ドルの買い物なのだが、買い物かごに物を沢山投げ込むと胸のつかえがすーっと取れた。

  あの優しいおばあさんに敬意を表し、奇麗に部屋の後片付けをした。どうしてもあのおばあさんにお礼を言いたくて姿を探すが、残念なことに見つからない。仕方ないね、でもあのおばあさんが見せてくれた優しさに対して僕なりのお礼はもう済ませてあるから、ここはそれで善しとしよう。おばあさんの優しさを一生心に留めることで、僕からの敬意を込めた最高のお礼になるのだ。

  ユースホステルをチェックアウトし、マウンテンバイクを奥から引っ張り出す。跨る前に、ひとつの問題がある。──さぁ、荷物はどうやって持とうか。

  びっしりと詰め込まれた大きなバックパックとデイパック、これをどうやって抱えるかだ。出発した時の装備にプラスして今回買った水や食料品が加わっているから、その重さは尋常なものではない。

  しばらくあーでもない、こーでもないと試した結果、テント付きのバックパックを無理矢理背負い、食料が入ったデイパックを昨日と同じく荷台にくくりつけることにした。試してみた中ではこれが一番安定性があった。

  いざペダルを漕ぐとなるとこれがまたやっかいだ。バックパックは重さで背中に沈み込んでくるかのようなのだが、その重さを振り切って走り出すのがまず大変な苦労だ。だがこれは、精神を集中させて一気に全力で走り出せばなんとか乗り越えられる。せっかく走り出しても信号待ちなどで足を止めてしまったら最後だ。背中の荷物が物凄いワガママを言い出して、全然前に進んでくれない。止まったら最後、再スタートするのにまたかなりの体力消耗を余儀なくされる。走り出して一度スピードに乗ってしまえばペダルを漕ぎ続けるのにそれ程労力を使わないのだから、要は止まらなければいい。

  こんな所で余り無駄な体力と時間を使う訳にはいかない。今日はマディソンキャンプ場へ荷物を運んで、拠点を築くだけではない。その後の予定があるのだ。まずはマディソンまでいかに効率よく走り続けられるかが勝負だな。

  ユースホステルから入園ゲートまでは市街地なので、信号待ちやら道路横断やらで何回も車輪を止めてしまった。その度にかなりの体力を使ってしまった。何も自分から好き好んで止めた訳ではない。確かにこの荷物では普通に走り続けることだけで辛い。でも、一度止まってしまった後の方がもっと辛いのだ。

  ゲートで昨日のパスを見せて再入園をする。ゲートをくぐると、今朝も23kmの美しい道が僕の前に立ちはだかった。

  ここで僕はもう一度自分自身に繰り返す。僕にとって今朝のこの道は何だ?この荷物をマディソンまで運ぶためだけの道だ。そうすると、攻撃隊ではなくて輸送隊としての役割になる。冒険旅行ではなく、ただの移動だ。脇目も触れず、いかに荷物を早くかつ安全にマディソンキャンプ場まで運ぶかだけを課題としよう。心を鬼にしてひたすら走り続けるのだ。

  今日も僕は大自然・イエローストーンから歓迎されている。太陽も風も穏やかで、空も澄み渡っている。移動にはこの上ない自然環境が整っている。冒険家に味方は多い。

  もう一往復してしまった道だ、景色に新しい味なんてしないだろう。浮気をせず、ただ前だけを見て走り続ける僕。入園パスを見せるためにゲートで足を止めたのが最後、その後は一度も止まらず順調にペダルを漕ぎ続けた。油断をすると荷物の重みで後ろに転がりそうになるが、前屈姿勢でハンドルに体重を預け、車輪さえ回し続けていれば僕の方に分がある。このままだったら全然問題ない。時間の問題だけでマディソンに着くだろう。

自分自身の力だけで進む僕の脇を、お気楽な車がびゅんびゅん通り過ぎる。僕はさみしくない。うらやましくない。強がってもいない。みんなが笑っている所で僕一人が汗を流していてもそれで本望だ。この輸送だってつまらなくはない。この道に見知らぬ冒険はなくとも、背中の感覚が新しいので退屈はしない。今日は所々に姿を現す野生動物に構ってあげることもなく修行を続けた。この冒険旅行では僕は率先して苦を甘受しよう。

  30分程進むと、不可解な光景が前に見えてきた。車が渋滞しているのだ。それは有り得ないだろう?まずそう思った。確かに夏の旅行シーズンだとはいえ、加えてイエローストーンが人気の高い国立公園だとはいえ、昨日今日とこの道を通った感じでは、ひっきりなしに車が通っているということはなかった。どちらかと言えば、車や人間がここでは珍しかった。そういうこの場所で車が渋滞しているだと?いいか、僕を馬鹿にするな。イエローストーンを馬鹿にするなよ。ここはイエローストーン国立公園、大自然の真っ只中だぞ。

  考えられるのはひとつしかない。車同士の事故だ。あぁ、折角の楽しい観光旅行になるはずが、何と可哀相な人たちよ、などと思いつつ、通る車がゼロになった対向車線の真ん中を僕は悠々と進んでみた。

  ――すると、その先には予想外の光景が広がっていたではないか。そうか、それか!ここではそれがあったか!――それならば納得ができる!

バッファローの大群だ。何十頭ものバッファローが道路をゆっくりゆっくりと我が物顔で歩き、車道を完全に占領していた。その後ろで距離を空けて車がずらりと並んでいる。成る程、納得だ。謎が一目で解けたよ。余りの鮮やかな謎解きに、僕が己の状況を忘れ思わず拍手をしたくなるぐらいだった。

  このイエローストーン国立公園にいる野生動物は別に人間に見られるためにいるのではない。道路は人間が通るために作られたとしても、その道がある土地は道路のためにあるのではない。人間は主役でも副役でも脇役でもなく、群集の一人に過ぎないのだ。

  確かに人間は他の動物と比べて数も多く身体も大きい方だし、言葉を持つ分意思をはっきりと主張することができるからつい己を動物の中心的存在、食物連鎖の頂点だと思いがちだが、実は大都会にいるカラスのようなもので、他の鳥類が存在しづらい特殊環境に沢山いるだけだ。もっと大きく地球を見れば、誰もカラスを鳥類の主役だとは思っていない。

  人間も同様だろう。数と知恵を頼りに主役の座を競い落とすことができるだなんて聞いたことがない。主役――ここで僕が言いたい主役とは太陽の如き眩しい存在のことなのだが、人間はそれではない。このイエローストーンで言うのなら、雄のシンボルである猛々しい角を誇る雄エルクだとか、堂々とした体躯を褐色の体毛に包んで重い一足を踏み込むバッファローだとか、草原のキャンバスに青色の美しい曲線を描くマディソン川だとかを指すのだ。

  そういう意味で人間はあくまでついでの存在であり、主役の資質など元々どこにもないのだ。頻繁に舞台に出てくるからといって脇役に主役以上の喝采が浴びせられることはない。人間は知能が優れている分、様々な術を駆使してしゃしゃり出てくる機会が多いが、世界の中心となる華の素質は皆無なのだ。

  道路が渋滞していたのは、光り輝く主役を引き立てるために雑魚である人間たちが道の傍らで控えていたせいだった。なんだ、道端に伏して大名行列をやり過ごす庶民の姿だったか。繰り返すが、バッファローという脇役が人間という主役を邪魔している、という構図ではない。大自然という、バッファローという主役が現れたのを見て、その光の眩しさに跪く哀れな人間たち、という構図だ。一人の人間でしかない僕も身の程を知り、主役に隷属する身として列の後ろにつこう。

  僕は今、感動すべき栄光の瞬間と共にある。世界の主役たる存在のすぐ側にいるのだ。1頭1頭が王の如き光を放つ野生動物、それが群れを成している絵を数十メートル離れただけで見ていることの喜びだ。大自然に暮らす王の群れを目の前にするという、感激に鳥肌が立ちそうな体験だ。人生でも滅多にない瞬間だろう。全く光栄なことだ。

  ――感動は感動だが、素直に喜べないのも今の僕であった。バッファローの群れに出逢えたのは美を追い求める自分自身として光栄な出来事だった。一方、現実の世界にいる醜い人間として少しも喜ぶことができない。不安である。マウンテンバイクでどうやってこれをかわせばいいのだろう。食料を積んでいるこの身体からは当然匂いが発せられているだろう。道はここしかない。その上時間をかけたくない。どうやら本当に油断できない事態だ。

  手持ちのカードはマウンテンバイクと己の肉体だけ。群れの横を無理矢理通り抜けたとして、もしもバッファローが向かってきたらなす術はない。これだけの荷物量を抱えているからはスピードに自信があるはずもない。だからといって荷物が盾となる訳でもない。何と脆弱なカードしか持ち合わせていないことか!

  対向車線を走って渋滞の最前列に着き、様子を見る。ゆっくりと足を運ぶバッファローの群れ。前に進むとも限らず、あるヤツは道を左右に横断したり、あるヤツは立ち止まったりしている。人間の車はすっかり前に進むのを諦め、停まった車から沢山の人が降りてはカメラやビデオに勤しんでいた。これが滅多に姿を現さない神を拝む雑魚どもの姿だ。

  ゆっくりと先に進む僕に、幾人かが「気を付けろ」と注意を促してくれた。あぁ、これは僕が昨日コヨーテを目にした時に取った行動だね。人間も悪くはない。なんだかそんなことを思ったりした。ありがとう、あなたがたの気持ちをありがたく頂いて気を付けることにするよ。

  ここにいると人間はいつもより美しくなる。他人へ親切になる。同時に他人の親切を潔く受け取ることができるようになる。この美しい心がけは人間本来の心から出てきたものだろうか。いや、それはイエローストーンの大自然に影響されてにじみ出てきたものだろう。あくまで主役は人間ではないのだ。

  「元々ここはみんなの道であって、お前たち人間専用の道ではなかっただろう」とバッファローたちが言っているように見えた。後ろにへばり付いている人間たちに尻を向け、えらくのんびりと、かつ堂々と彼らは歩き続けた。人間の増長に牽制を投げかけるバッファローたちの優雅な仕種。その後ろ姿には巨象のシルエットが見え隠れした。左右に揺れる体毛とその力強い肉体には原野を自由に駆け回るライオンの威風があった。そのままたっぷり30分程全ての車は足止めとなる。確かに立派な渋滞だな、これは!

  渋滞の先頭には僕の他にバイシクリストが二人いて、様子を伺っていた。いつになったらここを抜けられるのか分からないが、仲間同士まぁ仲良くしようじゃないか。旅は道連れがいると心強い、と言うが今はそれが本当にぴったりだ。

  僕の安全のためにまずは君たちが相手を試してみろ、と言っている訳ではないよ。違う違う、そういうことではない。逆だよ、君たちは僕の後ろにくっついて、道を切り開く僕をただ見ていればいい。誰かに見られている俗っぽい緊張感でも僕に一片の力が追加され、この問題を乗り越える糧にはなるだろう。そろそろ僕は先に進まなくてはならない。

  列の先頭に並んでから30分。僕より先に先頭にいた人たちはもっと時間を食っていたのだろう。いい加減に痺れを切らしたのか、どの車からもぴりぴりとした空気が伝わってくる。一番先頭の車は群れにかなり近付いて、チャンスが来るのを逃すまい、と構えている。後続の車も前後の間隔を詰め、突如訪れるだろうチャンスから自分が振り落とされるのを避けようと必死に気を張っている。

  僕は一番前の車から数台の間隔を空けつつ、対向車線をゆっくりと進む。僕の目もまた血走っていた。だから、停まったり走り出したりするのはかなりキツいのだ!こんな所ですり減らされてしまう体力が惜しければ、意味を持たない時間も惜しい!

  絶対に横の二人のバイシクリストたちよりも先にここを突破してみせよう。冷静な脳味噌で状況判断をしながら、暇を持て余して闘争心を興奮させてみる。先に行くために無謀な突進をしようとしているのではない。冷静に状況を伺いながら、訪れる好機を必ずこの二人よりは先に掴んでみせる、と燃えているのだ。

  ――突然、前の車が進み出した!バッファローの群れの間にわずかな隙ができたらしい。するとさっきまでだらけていた車たちが見事なチームワークを発揮し、各々ぎりぎりまで前後の間隔を詰め、一列になって一気に進んで行く。機が熟し、動き出した作戦は堰を破った濁流の如き怒涛の勢いだ。

  僕は対向車線の先頭まで一気に進み、道を見極める。おぉ、道の丁度真ん中のスペースに車の流れができている。流れの横に素早く視線を飛ばす。流れの側にはバッファローはいない。車の横幅に加え、流れとバッファローたちの距離は更に車一台分はある。バッファローの群れには動揺も高揚も見られず、平静のままだ。これは大丈夫そうだぞ、いや、これは大丈夫だ。――よし。僕は動くぞ!

  マウンテンバイクを右の本線に寄せて、流れに続こうとする一台の車のすぐ後につき、後続車に合図をし、背中を低くして前の車の陰に隠れ、全力でペダルを漕いだ。いよいよ群れの横を通る寸前で大きく息を吸って呼吸を止め、一気に脚力を開放する!横のバッファローに視線は一切向けず、ひたすら前を見た。野生動物によっては向けられた視線を攻撃のサインと考える種類がいるはずだ、ここは前だけを見て走り続けるぞ!

  十数秒間の永遠だった。僕は業火の中を全力で失踪するスタントカーになっていた。ひとつミスをすれば大事故につながっていたことだろう。何とか無事に群れを突破することができた。やり遂げた僕の前にイエローストーンの優しい原野が広がっている。

  だが、後ろを見ればそこに死地がある!バッファローの群れが、前の僕を睨んでのっそりと追いかけてきているのだ。何だ、この危ない光景は!ここで転倒などしてしまったら、それこそ絶対絶命ではないか。油断ならない空間に僕はいる。休むことなく、ここは一息に距離を稼ぐべしだ。

  しばらく全力で走り、僕は安全圏の距離を確保した。あぁ、僕はやったぞ。見事にクリアしたぞ。荷物のハンデキャップもなんのその、同じバイシクリストたちよりも早く、そして無事に関門を突破したのだ。僕の冷静かつ適切な判断力は本物だと、自分自身を誉めてあげよう!

  遅れを取り戻せ、とばかり闇雲に前に進むこと1時間足らず、昨日のマディソンキャンプ場へ到着した。目的通り、荷物にも自分の身体にも傷はない。予想外の出来事はあったがそれで体力を大幅に消耗したということもなく、終わってみればあのバッファローの群れをこの目にできたことは貴重な経験だった。イエローストーンならでの大冒険だったと微笑ましく思えるのだ。

  まずは、マディソンまでの自分自身に課せられた使命を果たすことができた。さぁ、ここで次の自分にバトンタッチだ。次の自分が新たな使命を持ち出番を待っている。

  事務所の受付で2泊分のバイシクリスト料金6ドル50セントを支払う。しつこいようだが、6ドル50セントという金額は何を意味するのか?これはキャンプ場が「あなたにこのキャンプサイトを無料、あるいは無料同然で提供しますよ」と言ってくれているのだ。入園料と同様、この志は本当に助かります。この金額がキャンプ場の管理費として充分なのかという問題は、この際気にしない振りをしよう。好意を示してくれる方がいる時は、その好意に甘えるのも必要なことだと思う。

  イエローストーン国立公園内にあるキャンプ場。国立公園の名は付いているが、要は大自然の真っ只中にあるキャンプ場ということだ。こんな所に電車や徒歩で来る人間などいるはずがなく、ここは車で来る人たちのために作られたキャンプ場だ。

  どのサイトにも充分な駐車スペースと大き目のピクニックデスクがあり、実に広々とした造りになっている。昨日確認したがここには水飲み場・水洗トイレ・洗い物専用の台所の他に公衆電話なども整備されており、281のサイトがある。森の中にあるから背の高い針葉樹が日傘となってくれ、段差はあるが隣接して流れるマディソン川が涼を運び、何とも気持ちの良いキャンプ場だ。

  交通の便も最高だ。ここから環状線となった道が各観光地に枝別れする。交通の要所であり、園内でも最も自然に恵まれたキャンプ場だろう。他のキャンプ場は殺伐とした枯野にできているらしいが、ここはさっきから誉めているようにその暑苦しい太陽を通さない豊かな緑、風が涼やかなマディソン川、森の一部を切り開いたのではなく森と共存しているかのようなキャンプサイトなのだ。その幾つかの魅力が無理なく溶け込んでいる所に僕は宝石を感じる。

  他にも賞賛すべきものがある。本当にマディソンキャンプ場は素晴らしいよ。いや、イエローストーン国立公園が天晴れと言うべきか。あるいは、国立公園を管理する合衆国政府が偉い。ひいては、アメリカという国が、アメリカに住む人たちの考え方が見事だ。99%が車の利用者と分かっているはずなのに、ここにはなんと車が入り込めない場所に二輪利用者専用のサイトビレッジが作られているではないか。二輪利用者数が絶対的に少ないのだから作らなくてもよいものを、わざわざこうして作っておく。その行為には無駄という言葉ではなく、公平という言葉がよく似合う。可能性がゼロではないのだから公平を期す為に作っておいたとでもいうのだろうか。

  気が付いたことがある。イエローストーン国立公園にレンジャーがいて、ツーリストインフォメーションセンターがある理由。彼らがいるのは、中立的な立場でここの自然を守りつつ、入園する人間を助けるためなのだ。国立公園という名前がついているから申し訳程度に一応そういう設備を整えている、ということではなく、明確な意思の力が感じられた。えっ、当たり前のことだね。いや、それはそうだが自分から悟ったという所が大切だと思う。当たり前のことを相手に自ら悟らせてしまう施設は本物だ。

  車が入り込むことができないテントビレッジの一角に自分一人用のテントスペースを確保し、5分とかからずテントを張った。僕の他にも3つテントが張ってあった。マウンテンバイクかオートバイ利用者なのだろう。僕の他に3人も四輪車を使わない人間がいるのだ。僕だけじゃないんだね、無茶をする人は。益々人間を誉めたくなってうる。

  今回持ってきたのは僕一人でも狭いくらいの小型テントだ。持ち歩く際の利便性を極端に優先させた結果、このサイズになった。テントの中で横になっても真っ直ぐ足が伸ばせないぐらいなので、お世辞にも快適なテントとは呼べない。ただ、この自由奔放な行動重視の冒険旅行にはぴったりだと思ってこれを選ぶことにした。

  テントを張ると中に荷物を撒き散らす。早々とマディソンでの拠点を築いた。お次はブランチといってみようか。朝からまだ何も口にしていないのだ。午後の冒険出発へ向け、食事を取って体力を貯えよう。

  今朝買ってきた冷凍食品のワッフルから挑戦してみた。店の冷凍庫から出してまだ2時間と経っていないので、冷凍から溶けきっていない。新鮮な冷凍食品!何とも中途半端な解凍具合で、水浸しのワッフルだ。こんなのでも楽しい。何故かとっても楽しい。

  シアトルのキャンプ用品店で買った新品の携帯コンロと安物のキャンプ用鍋セットを取り出す。ガスボンベをピクニックデスクの上に置き、コンロを乗せてボンベの栓を緩める。出てきたガスにライターで火を付け、鍋をかざす。

  所詮安物は安物だったか!新品のくせに鍋底がいきなり焦げついた。間もなく、パン!という音を立てて鍋底がひん曲がった。火にかざしてからたった数十秒で、そいつは気を使う新人から何の気兼ねもない古参の雑用係へと転身してくれた。これでもう、何の容赦もしなくて良くなったという訳だ、それでは気の進むままにやらせてもらおう。

  温めた鍋にバターを塗り、ワッフルを焼こうとすると、これが焼くどころか面白いぐらいに鍋底に吸い付いてくれる。半端な解凍具合だったから、水分を含み過ぎていた。箸でつっついてもつっついても取れず、間もなく皿に盛られた第一号のワッフルは、幾ら蜂蜜を塗りたくっても誤魔化しようがないお焦げの味で最高にまずかった。

  前菜のワッフルを数枚焼いた後はメインに挑戦してみよう。荷物の中から、刃渡り15cmを誇る護身用兼料理用大型ナイフを取り出し、牛肉を刻む。

  このナイフを使うのは快感だ。たまらない快感だ。冒険の血が騒ぐ。アウトドアの雰囲気に酔いしれる。仮想の遊びではない。15cmの刀身を見れば、そこに潜む危険さ、ワイルドさは否定しようがないだろう。ナイフを握れば、自分自身がサバイバルに生きている戦士だと実感するのだ。これは子供の遊びではない。真剣勝負なのだ。僕は本当に今、サバイバルにいる。

  肉を食べて体力をつけておこう。レストランでステーキを頼むのは財布から怒られてしまうが、スーパーで肉を買って自分で焼く分には問題にならない。貧乏旅行中の今は肉自体が贅沢な食べ物だが、アウトドアといえばバーベキュー。肉を焼かずにしてキャンプ通は語れない。

  厚い牛肉に数箇所の切り口を入れ、火にかける。塩と胡椒だけの味付けではさみしいので、シーズニングという調味料で味をつけてみた。随分時間をかけて焼いたが、火がまんべんに通らないし、肉も脂身ばかりだったのでお世辞にも美味いとは言えない。でも、バーベキューができて僕は至極満足だった。

  僕は食事なんてどうでもいいと思っている人間だ。身体に必要な栄養が行き渡りさえすれば、味や雰囲気など気にしない。むしろ、金額を気にしてしまう。普段の生活でもそんな僕が、しかも今は冒険旅行中ときた。この冒険旅行最大の目標は何?自然の美しさの追求だ。他の物事全ては、自然の美を引き立てるための飾りだと割り切っている。全てを求めるのが今の僕には不可能だから、一番欲しいものを選ぼう。増してや節約中の僕だ。味よりも大自然、旅費の管理を優先させる。

  お腹が落ち着くと、休む間もなくすぐさま後片付けにかかる僕。大変興味深い物を見つけた。改めてここがイエローストーン国立公園であること、そして国立公園の名前を冠してもつまりは大自然そのものだいうことを認識させるような物。熊対策の鉄製食料保管庫だ。

  熊が人間に近付いてくるのは、ほとんどが人間の持つ食料の匂いに釣られての場合だ。別に人間が食べたくて近付いて来るのではない。鉄製のボックスはテントを張る場所とは距離を置いて設置されていて、例え熊が夜中に匂いを求めて来ても人間からはなるべく注意を逸らすことができるようになっている。受付でチェックインした時、食べ物は一切テント内には置かずボックスに入れて下さい、とレンジャーから注意を受けていた。それがこれだったのだ。

  基本に忠実というか、万物に対して臆病だというか、ただ新しいおもちゃで遊ぶのが好きなだけなのか、僕は少しでも匂いがついていそうな物は全て保管庫の中に入れてみた。自分一人が被害を受けるならまだしも、周りの人たちに迷惑をかけてしまっては申し訳ないからね。あと忘れていけないのは、幾ら木陰に設置されているとはいえこの保管庫は鉄製だから昼間は相当熱くなり、夜も相当冷えるということ。かなりの温度差ができるから食料の痛みが早くなることを考えなくてはいけない。

  これで今夜の寝場所は確保できたし、お腹も一杯になった。今までの準備は僕の用心深さで測ったとしても現段階では完璧だ。――それなら、次にするべきことは何?そうだ、行動だ。準備は終わった。いよいよこれから僕は今日の冒険に入る。さぁ、道を開けろ!今日分の冒険を始めるぞ!

  わくわくして、うずうずして、いてもたってもいられなくなった僕は、大した勢いでデイパックに荷物をまとめ、再びマウンテンバイクに飛び乗る。あぁ、バックパックのないマウンテンバイクは羽のような軽さだ!

  今日の目的地はオールドフェイスフルという間欠泉地帯だ。イエローストーン随一の観光地で、地下から上空に熱水が吹き上がる場所らしい。人間が手を加えてショーにしているのではなく、あくまで自然のものだというから驚きではないか。それは本当なのだろうか。ちょっと自分自身の目で見てみなくては迂闊に白か黒か口に出せない。今日は、その正体を確かめに行こう。

  僕とオールドフェイスフルの距離は現在26km。冒険の快感に陶酔し始めた僕の目には大した距離に写らない。必要不可欠な準備を終えて目的地へ向かっている時は、気分も機嫌も最高だ。今、僕はこの世界で最も自由な人間。全ての道は僕のために存在する。今、この世界の王は僕なのだ!

  イエローストーン国立公園の見所は、環状線になっている道の途中途中にある。ウエストイエローストーンシティは西のゲートウェイだ。マディソンは環状線の西にあり、環状線の北にはマンモスホットスプリングス、東にはイエローストーン峡谷、南西にはオールドフェイスフルというポイントがある。環状線が上手い具合にそれぞれのポイントを結んでおり、ここは交通の便まで良い国立公園だ。自然そのままがショーになっている。自然がショーとは矛盾しているような感じだが、ここは違う。手を加えなくともショーの価値が、魅力がある。

  進路を南に取ってオールドフェイスフルへと向かう。またも川沿いの道が続くので走っていて心地良い。マディソン川ではなく、Firehole Riverと名付けられた、これもまた美しい川だ。マディソン川の穏やかさと美しさはこの川でも共通している。涼しい景色を楽しみ、世界を牛耳る気分で進んでいると、分かれ道が僕の選択を待ち構えていた。

  地図を見ると確かに道が2つに別れているが、しばらく進むとまた合流している。地図上で見る限り距離に大差はない。違いは車道の本線か、ちょっとした脇道かということ。地図に自転車の絵がある所を見ると、ちょっとした脇道の方は途中からサイクリング専用の道になっているらしい。よし、それならば本線を外れよう。

  脇道に入ると車の通行量もグンと減り、道路脇の自然もより豊富になった。正に僕好みの道だ。大当たりだねぇ~と思いつつ15分も調子良く進んでいると、通路止めの看板に当ったではないか!分岐点からここまでそんな情報を知らせる看板などひとつもなかったから、何台もの車がここで引き返す破目になっていた。――それは酷い!こっちは車と違って気力・体力の消費も激しいのに!

  無駄な時間はいらない。どれだけ無駄に見えることでも、この冒険旅行では何かしらの意味を見入出そう。元の合流地点にただ戻るのでは余りに虚しく、それではこの往復30分がまるっきり無駄だと思えてしまう。それは嫌だ。だから、さっきは時間を惜しんで通り過ぎたのだが途中で気になった場所があったので寄ってみることにした。

  道路から少し離れた所に青色の筋が流れている。これもFirehole Riverだ。のっぺりとした草原を削って流れ、川岸には草木などの飾りが全くついていない。森林も森林で遠くに控えたままだし、森と川の住み分けがはっきりしている所が瓶の中で分離された水と油を思わせる。三途の川のような寂しいイメージがあるが、しかしこれも美しい。哀しいイメージはなく、やはり美しい。その川岸の一部から何か湯気のようなものが上がっているのを、さっき通り過ぎた時に遠目で確認していた。

  間欠泉で有名な場所へ向かう途中にある湯気なのだから、当然それは間欠泉の端くれだろう。そう思って近付いてみると、面白い出逢いがあった。全くの気まぐれ。全くの偶然。川岸の端に少しだけ、間欠泉がくっついているのだ。間欠泉という大きさではないかな、熱水の小プールだ。

  冷たい川とは対照的な熱湯の水溜まり。横に流れて行く川の水紋に比べ、縦に沸き上がる熱水。熱水が吹き出る一帯だけ土の色も変化している。これは凄いな。お隣同士、世界は違うくせに間欠泉は間欠泉、川は川でそれぞれちゃんと独立している。「熱と寒」ではちょっと大袈裟かな、実際は「温と冷」のレベルなのだが、対照的なものが隣接していても見事に成立する絵、か。僕はそこに鬼才を感じるのだよ。「例え何者だろうが、この俺様の世界は変えられない!」とばかり、隣同士がお互いに気を吐いている。

  最初の間欠泉なので、ついはしゃいで記念撮影をしてみた。周りに誰もいないし、セルフタイマーを使って気に入った角度で撮ってみた。でも、写真ではこれが何だかさっぱり分からないだろうな。川岸の水溜まりから上がる湯気も、知らない人には印刷ミスか心霊写真だと勘違いされるかもしれない。だが、僕はここで、川が湯気を上げる絵を、正確に言えば川と間欠泉が隣接している絵を確かに見たのだ。

  本線に戻り先を急ぐ。邪魔された不機嫌さは音楽で昇華させよう、とカセットを回し、ビートに合わせて踊るようにサイクリングを続ける。音楽の世界に色付けされたイエローストーンの自然が一層美しく僕の目に映る。

  地平線とまではいかないが、どこまでも広がる平らな草原。ふと、真っ直ぐ伸びる道路が飛行機の滑走路に見えた。高層ビルに隠されることはない空に向かってスピードを上げ、いざ離陸をしよう!

  草原にはバッファローの群れやエルクの姿がちらほら見える。空を舞う鳥に至っては数えようがない。あぁ、何という自然体な瞬間なのだろう。この自然の中を、自分自身の汗の力で進む一人の人間という動物がいる。ありのままの自然。ありのままの姿。その景色は美しい。この僕も美しい存在なのだ。僕はかつてこれ程まで純粋な営みを美しいと感じたことがあっただろうか。頭でではない、身体ででもない、僕は人間の本能で感動をしている。人間の本性は、やはり自然の中にこそあるのだ。

  しばらく進むと、今度はひとつどころではなく、幾つも幾つも湯気が上がっている場所が目に入ってきた。――あれは何だろう。そろそろ本格的な間欠泉が僕を試そうとしているのかな。きっとあいつは僕をオールドフェイスフルまで辿り着かせないために放たれた第2の刺客で、僕は感動ノックアウトされてここで満足し、マディソンまで戻ってしまうという筋書きなのかな。

いやいやそうではなく、初めからオールドフェイスフルの大感動を目にしてはその感動の大きさに僕の容量が限界を超えてしまうだろうから、まずは慣れさせるために僕に向けられた小者なのかも知れない。そんなことをぶつぶつ考えながら近付くと、そこは大きな駐車場が完備されている立派な観光スポットで、Midway Geyser Basinという場所だった。

  お気楽観光客が沢山車で乗り付けている駐車場に、僕はマウンテンバイクで颯爽と登場する。かなりの注目を受けているのを肌で感じながらも、あえてそれを無視するいやらしさを楽しんでみた。僕の目は黒いサングラスに包まれていて伺うことはできないから、心の動きを悟られることはない。ほんの一瞬だけの、俗っぽい優越感。みんなが僕のことを幾分か敬意を含んだ目で見ているのが分かる。マウンテンバイクを木に停めてLOCKし、ROCKを停めて歩き出す。純粋にここの世界を試してみたいから、音楽の世界は少しお休みだ。

  木製の遊歩道をみんなに紛れて歩いて行く。歩き出したら僕も普通の人、誰もこの僕をここまでマウンテンバイクでやってきた偉人だとは知らない。久しぶりに僕は普通の人を楽しんでみた。注目されないのも新鮮だ。出発以来みんなから見られることばかりが続いたかね。僕は逆に通りかうみんなのことをサングラス越しにジロジロ見ていた。

  ふと、僕の肌がたった2日ですっかりたくましい色に変わっていることに気が付く。太陽を身体一杯に受けて冒険をしているからね。色白で線が細くて柔な男だと言われる僕も、これでかなり力強く見られるだろう!

  早速、興味をそそられるものを見つけた。色は清潔、ひたすら清潔で、どこまでも清潔なサイダーブルー。鍾乳洞の地底湖の謎が多い色のような、氷河の奥の奥に見える幻想的な色のような、蒼い間欠泉。大地にぽっかりと穴をあけ、蒼い熱水を張り、キラキラと輝いている。

  その色は、奥にいけばいく程蒼くなる。甘美な罠、人を誘惑し堕落させる魔の力。高温の熱水と知っていても、蒼色が持つ涼やかさに惑わされ手を伸ばしそうになる自分がいるではないか。この蒼色はマイナスエネルギーの皮をかぶったプラスエネルギーの芸術作品だ。これは鬼才だ。ひとつのアイディアだ。

  更に遊歩道を進むと、次はプラスエネルギーそのもの100%の間欠泉が目に入ってきた。地面の一角を自分の鍋とし、ぐつぐつと煮えたぎる泥池の間欠泉。余りの高温に池の泥が低く弾け飛んでいる。周囲の土は固まり、ひび割れている。小さな活火山の噴火がここで行われているのだ。誰がどう見ても、この間欠泉の本性が憤りの感情にあると分かる。地味過ぎ、古典的過ぎの感はあるが、これもまた堂々とした偉丈夫ではないか。明瞭な意志を持つ豪傑だ。

  先へ進むと、ようやく代表的な間欠泉のイメージに合うヤツが見えてきた。丁度その時間帯なのか、見事に地面から空へと熱水が吹き上がっている。いわゆる間欠泉と聞いて誰もが想像する絵を早速目にすることができた。

  生命の息吹を感じさせぬ、地獄のような岩盤。その灰色の世界に熱水がたまっている場所がある。そこから大空に向けて白い水のシャワーが放たれた。勢いのある白いカーテンが空に踊り、横へ霧状の白いカーテンとなって流れては消える。空の白い雲を背景にして見るその絵は、心地よい程度に真っ直ぐ飛び出した情熱だ。ちっとも不吉な点がないし、やり過ぎでもなく、足りなくもない。絶妙な具合を心得ている。鮮やかに感動を描き出した、均整の取れたセンスに溢れるヤツではないか。

  この間欠泉はスターになることができる「華」の資質を持つ器だとすぐに感じたよ。間違いない、これは「華」あるスターだ。ヒーローだ。エンターテイメントの才能がある。僕は自分自身にスター性が存在しない事実を知っているからか、昔からヒーローに激しく憧れた。「華」の匂いに敏感だった。そんな僕が言うのだから間違いないと思って欲しい。間違いなくこの間欠泉はスターだ。

  取り囲んで歓声を上げている人間たちもその「華」に酔っているのだろう。頭で考えている変人は僕だけだろうから、みんなは無意識の内に彼の魅力に引きずり込まれている。老若男女、もちろん国籍を越えてありとあらゆる人たちの関心を吸い寄せる「華」の存在。その存在が何と羨ましいことか!羨ましい、妬ましい、あぁ、もう煩わしい!!光に満ちたオマエに照らし出されていると我が身のみすぼらしさを思い出してしまうではないか。これでさっきまで稼いだ僕の偉業が全部御破算になってしまった。

  ――さぁ、僕は先を急がせてもらおう。オマエの「華」に見取れて、少々時間を取り過ぎてしまったようだ。もっと大物が先に待ち構えているのだ、と自分に言い聞かせて再びマウンテンバイクに跨り、僕は風を切り出す。気持ちを切り替え、見習い冒険家に戻ろう。

  しばらくするとさっきと似たような(失礼!)間欠泉群が見えてきたが、あえて割愛させていただくことにした。悪いね、あなたはあなたでさっきと違う独自の美しさがあるのだろうが、僕は一気に大将を衝くつもりなんだ。

  一路、オールドフェイスフルへ直行する僕。冒険旅行の計画を立て始めた頃から、このイエローストーン国立公園では2つの場所を大きな楽しみにしていた。明日冒険予定のマンモスホットスプリングスがそのひとつで、もうひとつは今日これから訪れるオールドフェイスフルだ。

  オールドフェイスフルには間欠泉のボスと呼ぶべき特大の間欠泉があり、ガイドブックを読む限りそれは熱水を40mから60mも垂直に空を舞わせるという。そう聞かされてもさっぱり理解ができない。僕の想像力を全部かき集めても、乏しい僕の頭ではちっともそんな絵が描けてこない。一体どんな世界なのだ?それは一体何者なのだ?どんな新しい感情を僕に見せてくれることになるのだろうか。

  いよいよそのオールドフェイスフルに逢うことができる。僕は僕自身の力を使ってあなたの元に行くよ。シアトルからイエローストーンまで、あなたに逢うために僕は冒険をしてきた。それにしても、何だろうこの胸のときめきは。何だろう、凄く楽しみだ。オールドフェイスフル、僕は来た。お互い思い切り自分自身をぶつけ合えればと思う。

  ウエストイエローストーンから続く果てしなき大草原。それはこの先もどこまでもどこまでも続き、南下してゆけばグランドティトン国立公園に辿り着く。その道をひたすら走り続けること26km、次第に道が整備されたものになり、近代的なフリーウェイに近くなってきた。オールドフェイスフル到着を知らせる看板も見えた。さぁ、目指す冒険地はすぐそこだ!

  嬉しいゴールが待っていた。オールドフェイスフルへの指示標識に従って脇道に外れる。間もなく駐車場と店が見えた。――着いた。着いたよ、オールドフェイスフル。26kmをやり遂げたという達成感だけでも充分なのに、このビレッジには冷たいレモネードを売っているお店があった。自動販売機でもなく、店で買うレモネードだなんて身に余る光栄だ。値は張るが、こんな時は許されてもいいだろう。汗まみれのまま店に入りレモネードを注文する。スポーツで汗を流した後、贅沢に喉に注ぐ冷たいレモネードの味といったら!

  一緒に冒険する人も、出迎えてくれる人もいない自分自身だけの冒険旅行。しかし、こうして僕を歓迎してくれるレモネードがある。それだけで僕の心は癒されるよ。今の僕を見て、大変な仕事を終えた後だとは誰も思いはしないだろう。僕は何も感じない。自分の仕事ぶりを誰かに見せ、認めてもらおうとしている訳ではない。同様に、自分自身に陶酔するのが目的でもない。今は純粋に自分自身を高めたいだけだ。その動機に嘘はない。

  自分自身を高めるという行為から、自己満足という言葉を切り離すのは不可能だろう。自分自身が大好きで、自分自身が問題を解決していく勇敢な姿に酔っている自分自身がいる。それは否定できない事実だ。しかし、それはあくまで副産物であり、後からついてくるものに過ぎない。一番の目的は、怠惰で無力な自分自身に喝を入れることだ。

  大きな課題をやり遂げた充実感をレモネードに溶かし、一息に飲み干す。すると、僕の身体にこびりついていた鈍さ、重さといったものが全て消えていった。あぁ、こんなに贅沢な冒険旅行でいいのだろうか!

  ビレッジの入口から広い駐車場を突っ切り、みんなが歩く方向に僕も進む。林を過ぎたその先に、大変な数の人間たちが円を描くように集まっているのが視界に入ってきた。遠目にもただ事でないのが分かる。これは誰かのショータイムでろうか。

  オールドフェイスフルと名付けられた間欠泉には、その名の通り昔から(Old)忠実(Faithful)に守ってきていることがある。平均して75分に1回、彼は怒りをぶちまけ続けているのだ。予想された時間にほぼ狂いなく、忠実に怒りをぶちまける偉人?――怒りの感情を、忠実に、そしていつも通りの時間に発するというのが僕には分からない。初めてここを知った時から、ずっと分からないまま今日を迎えている。

  ガイドブックの短い文章だけを読むと、僕の頭にはどうしても筋道の通っていない行動に思えて仕方が無いのだ。予測できる怒りという考え方がやはり分からない。忠実な怒りという考え方もさっぱり分からない。怒りとは突発的に起こる感情ではなかったのか。僕のさみしい理解力を遥かに超えてくれる自然の大技があるのだろうか。それはどんなメロディだ。一体どんなリズムだ。見知らぬ世界を間もなく目にするだろうという期待に心が踊る。

  剣闘場のような会場だ。ステージが中心にあり、50m程の距離をあけて椅子が円を描いて取り囲んでいる。やはり剣闘場、あるいはエンターテインメントのステージか。何かが起こりそうな場所だ。

  よく見えないが、ステージの核部分にオールドフェイスフル間欠泉の噴水口があるのだろう。それがこのステージの主役だ。客席から主役までの距離は約50m。主役の背中越しには随分背の高い森があってその奥の景色をシャットアウトしている。背景は空と針葉樹林だけのシンプルな絵に留め、みんなの視線を主役に釘付けにするように徹底されているのだ。ここのエンターテインメント性はいよいよ尋常でない。

  椅子に腰掛け、双眼鏡やビデオカメラの準備に余念が無い人たちがいる。椅子にあぶれてしまった人たちは立ち見で、これもまた双眼鏡にビデオカメラに必死だ。

  僕は理想的なタイミングでここに着いたようだ。席はないので後ろからの立ち見だが、吹き上がる直前だと思う。周りのみんなからはもう待ちくたびれたよ、という空気を感じる。あっ、もしかしてオールドフェイスフルが忠実に待っていたものは、決められた時刻ではなく、この見習い芸術家の到着だったかもしれない。

  すると、僕のそんな都合良い解釈を否定しないタイミングでオールドフェイスフルの偉人が暴れ始めたではないか。

  ステージ中央から熱水が少しずつ空へと上がり始めた。僕は背伸びをして間欠泉の中心を眺める。水量も最初のちょろちょろが、次にはなかなかに、そしてすぐに結構な勢いとなり、終いには大した爆発が起こる!徐々に上がる熱水の高さに倣い、周囲の人々の興奮も高まりゆく!僕の期待も舞い上がってゆく!

  ――おぉ、これは見事だ!熱水の頭は見る見る内に数十mに達した!横幅もあり柱となった熱水の固まりが垂直に伸び切り、そして水煙となって風の吹く方向に流れて行く!凄い高さだぞ!さっき途中で見た間欠泉とは比べ物にならない規模だ。

  オールドフェイスフルが怒る音が僕の耳にはっきりと伝わってくる。ここの主役は1回目の大爆発でいきなり最高潮の興奮を巻き起こし、誰もが興奮覚めやらぬ途中でややその勢いを留めた。あいつの考えていることは僕には筒抜けだ。ここはちょっと体勢を整え、すぐにまた新たな大爆発を、しかも1回目を凌駕するような爆発を狙っているね!憎いね!憎いね!一旦引いて、そこから一番の爆発を起こすだなんて、観客を焦らせるそのやり方が憎いね!無邪気な自然体の顔をしているくせに、そのあたりの駆け引きを知り尽くしている所がたまらないね!

  ほら、水の柱が次第に弱くなってゆく。すぐ次に最高の爆発をするために、もう少し弱くなるよ、もう少しだけ小さくなるよ、その後の再爆発は間違いないから、ほら、また弱くなって、おかしくないよ、これでいいんだよ、もうちょっと、もうちょっとだけ細くなって……ってオイ!本当にもうそのまま終わりかよ!!

  呆然とする僕。取り巻いていた人たちは凄い勢いで一斉に場を離れていった。吹き上がる熱水も段々と弱まり、そして完全に消えた。──え?──終わり?本当に、本当に、もう終わり?!

  あれがもうしばらくは続くものだと信じていたから、僕はすっかり気を殺がれてしまった。あぁ、哀しい!僕の心に不満の気持ちが生まれている。期待していたものとは余りに落差があった。早過ぎるよ、絶対に早過ぎる。確かに感動はしたが、感情移入する前に終わられては欲求不満だ!こういうものだと予め知っていたら、己の感情をそのタイミングに合わせただろう。しかし、今回は思い切りタイミングがずれた。オールドフェイスフルに失望しているのではなく、感情を思いのまま開放できなかったことの歯がゆさに失望しているのだ。あぁ、こんなもので終わるのか、僕が出発前から楽しみにしていたイエローストーン最大の間欠泉とは!

  まるですっきりしない。納得が行かない。終わってから不満が募りに募ってくる。随分と意気込んでオールドフェイスフルに乗り込んできたものの、逆に欲求不満になってしまった。あぁ、それにしても惜しい。あのぐらいの時間しかないと知っていたら、最高潮のタイミングに心も合わせられたのに。無知な僕が悪かった!僕が全部悪かった!!

  仕方なく適当に歩いていて、ついでにツーリストインフォメーションセンターへ寄るが何もない。次にオールドフェイスフルが活動する予想時間が書かれたボードがあったが、1時間以上もあるのだからちょっと時間が空き過ぎている。この場所でそんなに時間はつぶせないし、次のを見てからでは帰り道が暗くなってしまい不安だ。第一に、あの程度のショーではもう一度見たいとは思えないのだ。

  そのまま素直に帰る気にもなれないどうしようもない心を抱えたまま僕はフラフラと歩き出していた。トレイルコースがあったので歩いてみることにした。脇役の間欠泉どもが幾つもゴロゴロしているらしい。しかし、主役に期待を砕かれた僕の心に新風を差し込んでくれる程のものではないだろう。

マディソンからの道の横で流れていたFirehole Riverがここにも流れ込んでいて、その周辺に間欠泉が点在していた。結構な距離を歩き続け、幾つもの間欠泉を目にするが、どれも僕のすさんだ心を癒すことは叶わなかった。ひとつだけ、妖しく魅惑的な虹色をしたMorning Glory Poolという間欠泉に気を取られたが、主役に失望した僕のダメージは大きく、なかなか足を止める気にはなれなかった。

  失恋。これは失恋。数ヶ月間想いに想いを重ね、わざわざ逢いに来た相手と心を通わせることができなかった。がっくりと肩を落として帰ろうとする僕。ビレッジまで戻ってくると、あと30分でオールドフェイルフルの予定時間になる所だった。――僕は考えた。そして、ここは待つしかないと思った。人生一回きりの大冒険だ、後腐れはなくしたい。白黒をはっきりさせよう。次でも落胆するのであれば、オールドフェイスフルに未練はない。次も同じであれば、元々落胆なんてしなくても良かった存在だと割り切ることもできよう。そうだ、もう一度だけ、オールドフェイスフルのステージを観てみよう。それではっきりする。僕は待とう。オールドフェイスフルをもう一度待とう。

  30分前。まだ誰もいない剣闘場で、僕は最前列の椅子をキープした。オールドフェイスフルは、この120年の間に噴出の水量、高さ、放出時間、次の噴出までの時間の間隔をほとんど違えてないと聞く。どんな些細なことでも100年間続けば、それはそこに本物が宿っているはずだ。そうだ、このオールドフェイスフルは並みの存在ではないはずなのだ。さっきは僕の構え方が悪過ぎた。次こそはあなたの本当の姿をとらえることができるように、僕は大きく目を開こう。どうかもう一度、僕にあなたを見せて下さい!

  面白いことに、1頭のバッファローがオールドフェイスフルのステージに迷い込んで来た。向こう側の森から現れて、椅子でぐるりと囲まれた剣闘場の真ん中へのんびりと歩いてくる様は、無謀で勇敢なドンキホーテを思わせる。君はそこでそのうち熱水の大爆発が起こることを知らない。動物は熱の気配に敏感と聞くが、どうやら君は気が付いていないようだ。僕は大変心配だよ。知らず知らずの内に君は勇敢というより無謀な行動を取っているのだから。無知は罪だよ、この大自然の中では。冒険中の君だから、例えオールドフェイスフルの爆発に巻き込まれたとしても生死の責任は己にあると知っているだろう?

  幸いにも僕の悪い予感は的中せず、君は見事に迷路を抜け切った。真ん中で立ち止まったりせず、オールドフェイスフルビレッジへと続く剣闘場の出口に直進し、ゆっくりした足取りはそのままでビレッジの中心へ歩き入ったのだ。オールドフェイスフルの裏側から突如現れ、剣闘場の真ん中を突っ切り、ショータイム前で集まり始めていた観客たちの席へと飛び込み、人間たちのスペースとなったはずのビレッジ内を堂々と横断する君。周りの人間たちからは雨のようなシャッターが切られた。ショータイム前に現れ、ショータイム直前に消えていった君。

  ──僕はここでやっと気が付いた。君は、身の程知らずのドンキホーテなどではなかったのか!君は、オールドフェイスフル遊園地に雇われた間継ぎのエンターテイナーだったのだね!主役の登場まで観客を飽きさせないようにし、そして観客の興奮をある程度まで高めておくという使命を持って出てきた前座役だったのだ!僕は全然駄目だな!そんな粋な計らいに全然気が付かないだなんて!

  前座役がビレッジの奥へと消えたとなれば、いよいよ真打ちの登場は近い。僕は今回、特別厳しい目であなたを試させてもらおう。エンターテイナーとしてのあなたの真偽を今度こそは見極めるためだ。失望と希望、どちらでもいい。どちらでもいいからはっきりした回答を僕に与えてくれ。そうでなくては、今日の冒険が宙に浮いたままになってしまうのだ。失望?希望?本当にどちらでも構わない。どちらでも甘んじて受ける心構えは整っている。

  予定時間の直前になると僕は妙に落ち着いていた。一度経験したことにはもうびっくりしないよ。あなたの行動パターンはもう知っている。驚かない分、ゆっくりとあなたの本性を観察できるのだ。椅子の最前列にどっしりと陣取りながら、好敵手でも迎え撃つ気分でその時を待つ。そして、その時は来た。

  予定時間から数分。忠実なオールドフェイスフルが動き出した。いきなり口からぴゅーっと熱水を吐き出し、ショーの開始を告げる。すぐさま僕は頭の中で先回りをする。あなたは最初にちょっとだけ、次に幾らかまとまって、しかしすぐ大量に熱水を吹き出して技を組み立てるだろう。――そんな想像を先走らせる。何とタチの悪い観客だ。

  次の瞬間、それまで余裕でふんぞり返っていた僕が心の中で奇声を上げてしまった。ややっ、これはさっきとは湯量が全然違う!前回の爆発の高さを遥かに上回り、熱水の量も格段に増えている!

  奇麗な白色の塔が出現した。聞こえる音は塔の叫び。轟音をあげ、空気を振動させながら、あいつは上へ上へと勢いを伸ばしてゆく!スーパースターの登場に沸き上がる観客たちの歓声!なんという情熱、何という勢い、何という美しさ!俺の情熱を見てくれ、とオールドフェイスフルが全身で主張している。僕の中に少なからずとも存在する芸術家としての感情がぐらぐら揺れる!あぁ、何も言葉が出ない。こいつは圧巻だ。頭が下がる美しさだ。

本来のオールドフェイスフルがそこにあった。さっきの僕の感性は間違っていたようだ。オールドフェイスフル、あなたはとてつもなく素晴らしい在野の偉人だ。後日、この瞬間を思い出して、こういう言葉が詠まれている。

     先を読んで 全てを整えて

       命を賭けて走り出したら

         今だけは 決して止めないで

             ~オールドフェイスフル~

  この冒険旅行のテーマ曲のひとつ、QUEENの「Don’t stop me now」という曲にもかけた言葉だ。昨日今日の僕の行動の美学とも似た香りのするオールドフェイスフルの生き様よ。用意は周到、決断は慎重、そして決断の後の行動は迅速。あぁ、僕の描く理想もそれに重なるのだよ!

  あなたと一緒に今の僕を残したい、という強い衝動に駆られた。近くのおじさんにカメラを押し付け、オールドフェイスフルと一緒に撮ってもらった。写真ではオールドフェイスフルの身長の高さが分からないだろう。それは仕方がないか。まぁ、写真はあくまで象徴であるから、完全に記録する必要もない。それを見ることでその瞬間の感動が、心の中でリアルに思い出されればいい。

  とにかくシャッターを切る音は聞こえたし、撮影はできたらしい。ほくほく顔でおじさんからカメラを受け取る。湯量のピークを過ぎた時の写真でも、それでいいのだ。あなたの美しい極点と、あなたが美しく消えて行く終点は、カメラにではなくこの目に焼き付けよう。それが一番だ。

  そして2回目のオールドフェイスフルは地中に帰っていった。本当に素晴らしいショーだった。僕は精一杯の拍手を送らせてもらうよ。さっきはあなたの魅力に気が付かなくてごめんなさい。失礼なことを思ってしまってごめんなさい。さっきは僕の心の準備が随分中途半端だったから、感動を見逃してしまったのだろう。さっきもあなたは変わらぬ魅力を発揮していたのだろうが、僕が愚かで見逃してしまっていたのだ。

  興奮覚めやらず、そのまま椅子に腰掛け、すっかり心を捉えられてしまったさっきのシーンを思い返していた。満足感で心が一杯だ。「DON’T STOP ME NOW」の美学を持つ間欠泉なんて聞いたことがない。嬉しい出逢いだった。あなたは本当に素敵だったよ。無口で真面目で、怒ることしかできないくせに人の心を捉えるポイントはちゃんと抑えていた。

  イエローストーン国立公園の雄、オールドフェイスフル。噂以上の偉人だった。ありがとう、僕はあなたから学んだことを己の血として肉として、自分自身の中に永遠に刻み込んでおきます。長い人生、またいつかあなたにお逢いできることもあるでしょう。再び縁が巡ってくることを楽しみにしています。出逢うことができて光栄でした。その緩急の付け方を僕は心に留め、これからの人生の糧としてゆきます。ありがとう、また逢いましょう、オールドフェイフル!!

  さて、感動ばかりもしていられない。ショータイムが終わり、心の整理が済むと、僕は急いでマディソンへの帰路についた。予想外に2回も見てしまったので、結構な時間帯になっている。暗くなる前にキャンプ場に着かなくては本当に危険だ。暗い道を走るような危険極まりないことはしたくない。動物に襲われることは危惧していないが、車が怖い。暗くなってからマウンテンバイクで走る人がいるなんて誰も想像しないだろう。引かれたとしても僕の責任だと思う。そういう不安があると士気の高まりは凄いものだ。僕はかなりいいペースでペダルを漕ぎ続けた。

  ――今日の冒険は終わった。素晴らしい結果に終わった。冒険旅行に空白はなく、今日これからの時間は、明日の冒険へ備えるためにある。早く帰ろう。そして、明日の冒険をできる限り良い条件で行うために今夜できることをしよう。それが今からの冒険旅行だ。いつだって冒険のため。だから、全てが楽しい瞬間だ。

  今日目にする美しいものはオールドフェイスフルが最後ではなかった。大草原の彼方に沈みゆく黄昏。その美しさは格別だった。黄昏に影響を受けない景色がここにはない。山にしろ草原にしろ、取り巻く全てのものに黄昏の影響がある。黄昏を受け、黄昏色に染まった世界。イエローストーン全体が黄昏を迎えているかのようだ。

最近はホームステイ先の家からマウンテンバイクで10分程走った所の海岸で週数回は黄昏を見ることをしていたから、ちょっとやそっとの黄昏では心を奪われることなどないはずなのに、綿が水を吸い込むかのようにイエローストーンの黄昏の美しさが僕の心に深く染み込んでくる。

  夕方になると、昼間あれ程僕を苦しめた太陽もすっかり力を失った。涼やかな風を切って走るマウンテンバイク。今日一日の肉体の疲れを麻痺させるぐらいの精神的充足感。そして、美しいイエローストーンの黄昏が僕を包んでくれる。あぁ、そんなほろ酔い心地の僕の耳に、布袋寅泰さんの「VELVET KISS」の優しいギターが聞こえてくる。この世界は全てが奇麗だよ。とっても、奇麗だよ……。僕はこの神々しく輝く世界のことを決して忘れない。

  最高の景色とはいえ、長い道のりにはうんざりしていた。美味い寿司だが同じものを40貫も50貫巻も食わさせられているようなもの。この景色を少しずつ切り取って保存できないのがもったいない。何しろ今は時間が惜しい。最高のサイクリング環境でも、一番の目的を達成しようとするために事務的な処理となってしまうことはご容赦願いたい。イエローストーンの黄昏よ、ごめんなさい!今は目もくれず、僕はひたすらペダルを漕ぎ続けよう。

  一時間半も風を切り続けると唇と目が痛む。なんとか日が落ち切る前までにテントへ帰ってくることができた。心配だったが、ここでも課題をクリアできた。

  すぐに僕は昼間の残りのワッフルとカップラーメンをやっつける作業に取りかかった。オールドフェイスフルでの満足感で既に気持ちは一杯だから、手持ちの少ない道具を駆使して食事を作ることもまた冒険のような気がして楽しい。やはり半焦げのワッフルと、お湯が温くて半煮え状態のカップラーメンでも満足なのだ。目の前のひとつひとつの目標さえ自分自身の力でクリアできていれば、それだけで僕はご機嫌のようだ。

  食器洗い場に行ってみた。食器洗いに使う洗剤やゴミが環境に及ぼす影響を考慮して、こういった場所が設けられている。こういうモラルは大切だ。街中で吸い終わった煙草を路上に不法投棄している人たちも、間違いなく投棄する瞬間にはこう考えているのだろう。これは煙草を捨てる場所が余りないからしていることなのだ!私だって周りの目を気にして心を小さくして投棄するのは余り好きではない。堂々と捨てられる場所さえあればそこだけ捨てたいのに、と。

その問題の解決策をここは示している。誰だって洗剤をそのまま捨てることに抵抗感を覚えるだろう。こうして食器を洗う場所が指定されていることで問題が解決される。面倒なことを自分から率先してやるには抵抗があるが、誰かに背中を押されたら飛び込むよ」というのが人間の本性だと思う。この洗い場は大正解だと思う。

 食器を洗おうとして、水の冷たさにひやっとした。元々僕は洗剤なんて気のきいたものは持っていないから心配はないのだが、こびりついていた細かなゴミを自然に捨てたくなかった。他の人たちもここで洗剤を使い、食器を洗っている。嬉しい光景だ。

  お腹をふくらませるのが終わると、すぐに夜になった。何だか僕に休憩の暇を与えてくれず、どんどん次の課題をよこすなぁ。明日の冒険予定も決まっているから、今するべきことはひとつしかない。ボーズマンのバスディーポ以来しばらく書けずにいた冒険日記の続きを書くぞ~と息巻いて寝袋にもぐりこみ、枕元に懐中電灯をかざしながらノートに日本語を細かく書き込んでいると、突然懐中電灯が消えた。

  電池切れだか故障だか知らないが、さんざんいじくっても地面に投げつけても直らないではないか。それはどうしても困る!かなり困るぞ!今夜日記を書かなくては、次にいつ書く時間があるのかも分からないのに!あぁ、唯一の仕事を閉ざされて一体何をすればいい?

  これは僕の冒険旅行を見守ってくれている神様が、己の疲れ切った身体に豊かな睡眠を与えよ、と指示しているのだと受け取ろう。そう割り切り、素直に眠りに就くことにした。携帯時に便利にするために綿を抜いてしまった寝袋は、防寒用としては心もとない。厚着をし、靴下は3枚も重ね、寝袋を身体にぴっちりと引き寄せて万全の防寒体制を作ってみた。わずかな隙間から吹き込んでくる空気がちょっと寒い。

  傍から見れば、小さなテントの中に丸々と太ったみの虫が1匹転がっているみたいだろうね。こんなのも冒険旅行の試練と考えれば、どこにも不機嫌な所はない。いや、逆に楽しいよ。冒険旅行だから何でも楽しい。

──どうやら今日も冒険旅行を見事にやり遂げたようだ。14kmと52kmで、66km走った。オールドフェイスフル、それは周到な用意を下地に瞬間の大花火を打ち上げる偉人だった。

  明日の冒険ではどんな偉人が僕の前に現れてくれるのだろうか。こんなにやりがいのある毎日はない。明日が楽しみだ。それでは、おやすみなさい。







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