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ファントムランチ〜ノースカイバブトレイル〜リボン滝 見習い芸術家の冒険23話

投稿日:1996年9月14日 更新日:




9月14日(土)

  午前5時になるとドミトリーの中は騒がしくなり、出発組はすぐに出ていった。日の出前の涼しい時間に距離を稼いでおくのが上策なので、サウスリムまで今日上がる人たちはみんな早くから出発する。

僕は今夜もここに泊まるのをいいことに、7時まで眠っていた。目が覚めやらぬ寝床で、外の激しい雨音をぼんやり聞いていた。今朝も雨らしい。音からするに、結構な大雨だ。あ~ぁ、これで今日一日がかなりつまらなくなる。雨は時によって美しいものだ。だが、今の僕は歩くことが行動の全てだから、その範囲が大きく狭めてしまう雨は天敵なのだ。哀しさの浸り、なかなかベッドから離れられないでいた。

  ようやくコンタクトレンズを入れ、外へ出ると僕はびっくりした。空は綺麗に澄み渡っている。この音は雨が降っているからではなく、昨夜の雨で増水した川が流れる音だったのだ。これは僕が無知だった。始動が30分は遅れてしまったね!

  今日は更に奥へ歩いて行こう。このファントムランチからノースリムの方向へ数時間歩いた場所に、小さくも美しい滝があるとガイドブックで見つけたので、谷底の冒険がてらそこへ行ってみよう。滝はあくまでも目的地で、それまでのトレイルの素晴らしさを期待している。昨日とは違って平坦な道が続くのだろうし、大変だった昨日の骨休めと、更に大変に違いない明日の準備運動と考えれば丁度良い。

  要らない荷物はベッドに残し、できるだけ身を軽くして出発した。この谷底を横断しようと考える猛者は少ないだろう。今日僕が行く道を行きつくせばノースリムだが、昨日と比べれば交通量は断然少ないに違いない。

歩き始めてそれを実感した。昨夜雨にならされた土に、3人分の足跡がある。7時過ぎの出発というのはこの辺りでは結構遅い方だから、僕を含めて今朝は4人、ノースリムから歩いてくる人間を含めたとしても一日10人も人間は通らない道だと想像する。さぞかし手付かずの自然が残されているに違いない。僕は勝手に想像して楽しくなっていた。

  歩いていたら気まぐれに朝食が取りたくなった。お金が惜しくてファントムランチで朝食は申し込んでいなかった。ファントムランチ近くで自炊してみんなに見られたくはないから、しばらく歩いて場所を探すことにした。

間もなく風流な場所を見つけた。川の流れのすぐ脇に大きな岩が座りこんでいた。僕はそいつの上に乗り、グランドキャニオンの一角を占拠したような気分になった。

  荷物を解いてそこら中に料理器具を撒き散らす。クラムチャウダーの缶を空けて携帯ガスコンロで温める。クラムチャウダーを始め、僕が作ってみた作品はどれも鍋底のコゲのくすんだ味がつき、お世辞にも美味しいとは言えない。いや、どれも立派にまずかったのだが、こんなに風流な食事もないさ、と思うだけで僕は幸せだったよ。

増水した川の流れを見ながらそのまま30分間の朝食タイムを取った。料理が優雅ではなくとも、気持ちは優雅の極みだ。使った鍋は赤茶色の川の水で洗わせてもらう。テーマはワイルドだ、こんな軽い芸当ではまだまだ満足できないね。もっともっとこの場所でしかできないことがしたい。先へ進もう。

  僕は一生懸命歩いていた。道には所々に雨溜まりが残っているし、雨によって足元は柔らかくなっていて歩きにくい。すぐ横の細い川はいつまで経っても横にあり、結構な音を上げながらファントムランチ方面に流れて行く。この流れはファントムランチ付近でコロラド川に合流する。こういった幾つもの支流があることで、その昔コロラド川はグランドキャニオンの峡谷を創り上げる力を手に入れていたのだろう。

グランドキャニオンの堅い岩盤に水は染み込まない。大量の雨が降った後、岩盤には全く吸収されず土にもそれ程吸収されない水は小さな川となり、川と川が合わさると怒り狂う鉄砲水に姿を変え、グランドキャニオンの谷底に溜まってゆく。これが形の無いものの強みなのだろう。少しずつの流れでも、形の無いもの同士ならば同じ目標を目指して一緒になることができる。無形のものに無形のものが合わさり、信じられないぐらいの勢いになる。至極納得のゆく説明だと思う、全く理屈の通った話だと思う。コロラド川の激流はこうして形成され、形の無いものが最強であるから、このグランドキャニオンをも創り上げた。

川を跨ぐ橋を2つ越えた。ようやく太陽がグランドキャニオンの両天井の間から顔を出し始める。――いや、それは違うか。正確に言えば、太陽はさっきからずっと両天井の間に顔を出していた。ようやく、ではない。随分前から空に現れていたのだ。でも、僕には見えなかった。ここにいる僕の目からは届かなかった。ふと冷静に考え、それがとんでもないことだと僕は知ることになる。

          赤土の猛る音をききながら

            陽の光を遮る岩壁の谷間を歩く

                    ~グランドキャニオン谷底~

  僕は高い岩壁の狭間を歩いていた。太陽はまだまだ斜めから差しているのか、僕の所まで光を届けてはくれない。もう何時だよ!これは面白いぞ!両脇の岩壁が光をシャットアウトしているだけなのだが、僕はとっても楽しくなって馬鹿笑いをした!だってさぁ、自然界に絶大な影響力を持っているあの太陽ですらも、この谷底では他と同じように力を発揮できないのだから。無力な太陽だなんて、滅多に見ることはできない。太陽も万能ではなかった。凄いぞ、この谷底はただ者ではない!

  僕が歩いている所を、もう一人の僕があのサウスリムの展望台から見つけようとしている姿を想像して、一人で笑っていた。最高のかくれんぼだね!もう一人の僕はちゃんと見つけることができるのだろうか。

僕はミクロの世界の冒険者。あの展望台から見れば、偉大な峡谷のわずかなへっこみの部分で僕は小さく小さく進んでいる状態になるのだろう。だが、当の本人にとっては違うのだ。限りなく大きな世界の中を、凄いスピードで進んでいることが確かなのである!

一体どちらが本当なのか?2日前の僕と、今日の僕ではそんなに人生の見方が変わっているのか。なんとも不思議な感覚だ。僕が陥ったこの気分、誰に分かるものではないだろう。ただ、この場に立てばそんな気がしたんだ。

  なんだか楽しくなっていた僕は、ふとトレイル脇の崖の上を眺めてしまった。その瞬間、僕の頭を悪~い考えがよぎった。切り立つ崖を見上げ、僕は単純に思う。

――ここを登ったらどんな感動があるのだろう。

きっとグランドキャニオンは怒るだろう。こうして文章にすることで更に怒るだろう。でもグランドキャニオンさん、あの時崖を登ったお陰で見ることが出来た景色は、僕の見習い芸術家の冒険を語る上で欠かせないものなのです。国立公園のルールを逸脱し、社会の常識を破ったことは認める。だが、本当に美しいものを隠すことは、無粋過ぎてできないのだ。美しいものは闇に葬りたくない。遠慮なく書かせてもらいます。

  立ち止まり見上げた崖は、草木が生い茂っている分まだ土も柔らかそうだった。取りつく島も無い程の堅い岩盤に覆われていた他の場所とは違う。僕は登れると判断し、周りに誰もいないことを確認してから崖に足を掛けだした。

やっぱりマズいよな。勝手に登っている所を見られたりしたら相当責められるだろう。ルールで禁じられているとは承知しているが、美しいものを探すのにそんな正論を言ってはいられない。僕にとっての必要悪は、正義にすりかえてしまおう。在野の偉人も、僕のように謙虚な心と、向学心の固まりのような人間ならば拒んだりしないだろう。自分は自分に許されたことをしていると勝手に信じ、遂に僕は登り出した。

芸術家になるために必要な道だと言い訳をして、僕はタブーを犯します。どうか許して下さいね、グランドキャニオン関係者の皆様。

  迷いが吹っ切れると僕はどんどん崖をよじ登って行った。角度は急だが、身体のバランスさえちゃんと保っていればクリアできる範囲だ。堅い岩盤でのロッククライミングではなく、砂利の山だ。一歩一歩じっくりと進めば決して無理な道ではない。下に石を落とさないように細心の注意を払いつつ、遠慮なしに僕は崖を上がった。

ふと下を見ると、トレイルの向こうから人が歩いてくるのが見えた。このトレイルで初めて見る人影だな。僕は岩陰に隠れてやり過ごした。通り過ぎた途端にまた物凄い勢いで登り出す。四肢をフルに使って崖をよじ登るのはさすがに辛い。下道を歩いていた時とは比べ物にならない汗の量だ。

歩くこと。自分の足だけで進むこと。この冒険旅行では本当に縁がある。もうこれで何度目だろう。もうこれで何歩目だろう。幾ら歩いてもゴールが見えない。まだ僕は冒険の最中だ。この崖を上がりだしてからも、最初はもうちょっとぐらい上がってみたいと思っただけなのが、次第にもう少し上へと思い、崖上からの誘惑に導かれ、より上を目指す己の情熱に留まることを知らず、どうせなら頂上へと僕は進んでしまうのだ。

  30分間はいい汗を流したことだろう。ようやく岩壁の頂上へと辿り着いた僕がいた。頂上には、またまた僕の見知らない世界が広がっていた。手付かずの自然。数億年か数千年か、永遠の時間に一人の人間も受け入れてこなかった場所が、ここにある。

 人間の痕跡がどこにも見当たらない。誰もこんな所に登ってくるはずがない。こんな場所が、僕を受け入れてくれたのか。背中の荷物でバランスを失わないよう気をつけながら安定の良い場所に座り込み、僕は思わずため息を漏らした。デイバッグから水筒を取り出して口をつけ、呼吸を整え終わったら詩人モードへ突入だ!

  腰をすえて、改めて辺りを見回してみる。――僕は開拓時代の冒険者。左手奥にはサウスリムの大岩壁がそびえ、雲をまとっている。右手奥のノースリムも同じだ。僕の場所から見ると、どちらも縁遠い、そのまま雲の上の存在に見えてくる。だが、あっちからは僕の方こそが手を伸ばしても届かない深淵だと思うのだろう!人生はちゃんと公平に錯覚を抱かせてくれるのだ。

僕のいる岩の上には、ちょっとこれ以上は登れないなという堅い岩盤がある。切り立った壁、僕の身体の数十倍はある大きな岩の欠片。この高さだから、自由に空が見える。耳に入るのは風切る音と川の流れ、それだけだ。僕は人事の及ばない場所に入り込んできたストレンジャー。静かに景色を眺めていると、ある歌詞がぴたり、と心を訪ねてきた。

  ♪地球のふちに腰掛けて 命がけの暇つぶし♪ INTERMISSIONBy 布袋寅泰さん

  なんて誇らしい瞬間なのでしょう。僕はこのグランドキャニオンの端っこ、地球のふちに腰をかけています。この端っことは、人が多い場所であってはちょっと意味が違ってくるでしょう。その点ここには全く人がいないし、僕は世界中の誰もが知らない場所で、世界中の誰にも知られない状態でここに腰掛けているのです。こんな感動、こんな風流な瞬間は他にはありませんよ。ここまで登ってきた甲斐があったというもの。これこそ冒険の最高峰、風流の極み!

  僕は食事が取りたくなった。さっき食べたばかりのはずなのに、また食べたいと思うぐらい、僕はすっかりこの場所が気に入っていた。携帯コンロでお湯を沸かし、インスタントラーメンの袋を開く。本当に開拓者の気分になる。こんな幸せなことができるなんて、僕はどこまで恵まれているのだろう。相変わらず味は悪いが、気分が最高なので貧しい食事も素晴らしいものだ。地球のふちに腰掛けてインスタントラーメンをすする。二度とはできない瞬間。なかなかないよ、本当にないよ!よくかみ締めて、よく味わって、僕は風流な食事をとったものだった。

  付近を見渡していると、動物のフンらしいものを見つけた。こんな絶壁に一体どんな動物が来ることができるのだろう。鳥類にしてはやや大きいフンだと思った。それが何のフンなのかは知識ないので分からなかったが、そんな細かいことは風流人にとって余り関係がない。野生動物と一緒の場所にいた、という事実だけで充分だ。

         「地球のふちに腰かけて」

             命がけの風流の極み

                     ~グランドキャニオンの端っこ~

  その場所でしっかり1時間、谷底からの景色と冒険の空気を堪能した。写真を撮り、その場の感動を永遠に封じ込める。グランドキャニオンの谷底で、誰もが登らない場所を僕だけが冒険したという意識だけで、僕の冒険心ははちきれんばかりだ。心に残る探検。この地球のふちを僕は一生忘れることができないだろう。

  登山では、下りに最も危険が伴う。落石によ~く注意をして、30分かけてゆっくり下りていった。安全第一!まだまだ冒険は先が長いのだから。

  2時間のオプショナルツアーを楽しんだ後はひたすら先を急いだ。岩壁の間をすり抜ける道をしばらく歩くと、世界は一転して砂漠の道になった。植物という植物がサボテン系になり、足元にとかげがチョロチョロする。昨夜の雨で道の部分部分に水溜りもある。砂漠という割に生命を感じるのは、ここが川沿いの道だからなのだろう。華ある砂漠を彷徨うイメージだ。ノースリムの大絶壁を前に見据えて歩いて行く。時々すれ違う人たちに挨拶でもすれば、なんともいい気持ちになるものだ!

  僕はまた飽き出してくる。幾ら歩いても目的地を示す看板が見つからない。あぁ、僕は道を間違えたのだろうか。一本道だと思ったが、何か大切なものを見落としているのではないだろうか。先が分からない道にぶつぶつ言いながら歩く。歩いても歩いてもやはり何もない。なんだこの道は!ついついやりきれなさをぶつけてみたりする。

今僕はどの位置にいるのか。目的地まであとどのぐらいなのか。それが分からずに歩くのは、暗闇の中で灯りも持たず歩いているのと同じでたまらなく不安になる。いつの間にか空は綺麗な真っ青と真っ白の2色に統一されていた。昨夜の雨が嘘のように晴れ上がった。心なしか砂漠の温度も上がってきたようだ。

大きな荷物を背負い、一本道をえっちらおっちと歩いて行く。途中で、また背の高いとんがり植物を見つけた。ブライトエンジェルトレイルを降りてくる途中にあった斜めに真っ直ぐなヤツの親戚だろう。まるで槍だ。先は真っ直ぐ天に背を伸ばし、穂先は枝垂れになっている。どんな理由でこんな格好をしているのだろう。より天に近付こうとしているのか。これで水を吸い上げられるのか。植物をこんな形に変えてしまう。この乾燥した土地が生んだ奇人であろう。

  その後でようやく出逢った看板だから忘れられないよ!僕の進路をはっきりさせてくれる天使のような看板を見つけた。ファントムランチからノースカイバブトレイルを歩くこと約9km、とうとう僕はリボン滝に着いたらしい。この先をあと数マイル進めばノースリムへの登り口になるぐらいだから、ほとんどグランドキャニオンを横断した計算になる。

  看板を見たことで気は緩み、スキップでもしそうな程楽しくなってきた。ノースカイバブトレイルを脇に外れ、リボン滝へと向かう。進路を邪魔する川があり、無理矢理川越えをすればショートカットできそうだったが、先の橋を渡ることにした。トレイルに誘導されるまま幾つかの岩を越えるとリボン滝はあった。

  またまた今までの僕の人生にはなかった景色だ。滝というのは、水の流れを抑えきれなくなった場所から水が開放されて流れ出している、というイメージだと今までずっと思っていた。そのイメージが全てではないと、誰か早く僕に教えてくれれば良かったのに!

ここのリボン滝は僕のイメージを破壊した。ここではあくまで岩が主役だ。大きな岩の上を水の流れがたどっている。その岩が丁度ここで終わってしまい、水の行き場が無くなってしまったので、已む無くその穴から水が流れ出しているのだ。そう、仕方なくなのだ。

  この辺りの岩に共通する赤茶色の岩肌はとても堅そうだから、水は染み込まないだろう。無数の岩の上を通過した小さな流れが集まり、川となってこの岩の上を流れている。コロラド川もこうして出来上がったのだろうか。もしもそうだとしたら、この岩の固さがひいてはグランドキャニオンをも作り上げたということになる。

ファントムランチを出てから歩いてきたトレイルの両脇はこの赤茶色の堅い岩盤だった。この滝のある一帯も例外ではない。その岩に穴が開いていてそこから大した勢いで水が流れ出しているのがこの滝だ。鉄の岩壁を削り取って出来上がった滝。その穴の開き具合に滝の歴史に感動を覚える。これだけの穴を開けるのにどれぐらいの労力と時間が費やされたのだろう。その意味で感動を覚える。

 流れ落ちた滝の水を受け止めるのも岩盤だ。上の岩盤から落ちた滝の流れを、下の岩盤が一旦受け止め、下の岩盤を伝って地面へ落ちている。滝が伝う岩盤の部分にはびっしりと緑の苔が生えている。

もうひとつの感動がこの苔だ。まるで緑のカーテンのようになった岩盤。苔の下には赤い岩盤の肌が見えるが、今や赤く険しい岩盤の姿はそこになく、命豊かな緑の苔壁になっている。こんな僻地に特別な壁が住みついていたのだ。

  下のカーテンに弾かれた滝の水は更に下流へと下って行き、僕がさかのぼってきたさっきの川に合流するのだろう。

僕はカーテンに近付いた。カーテンの下の部分から奥を覗くことができる。これは本当にカーテンだ。この裏に空間があるのだ。中に入る気はないが、いよいよ神秘的な場所である。このリボン滝は何をしようとしているのだろう。どんなメッセージを放とうとしているのだろう。砂漠の中にポツリと存在している変形のオアシス。苔以外にも周囲には緑がある。独特である。唯一無二の存在である。僕はゆっくりと構えることにした。

  また携帯ガスストーブでラーメンを作ることにした僕。味に満足はしないが、場所に満足する。それにしても、こんな奥地に来たのに僕の他にも冒険家たちがいるのが驚きだ。他の人たちもこの砂漠のオアシスで腰を下ろして食事を取り、ゆっくりとしている。

こういう場所にいて僕がするのは、言葉を詠むことしかない。

         道を閉ざし俺たちの流れを阻止するヤツラよ

           ほんの一瞬迷いをもたらしたとしても

             それでも俺たちは消え去ることはない

               再びひとつになるのだ

                       ~リボン滝~

  岩壁の上で元々ひとつの流れであった水たちが、滝に落ちる時に離れ離れになり、そしてまた滝を越えるとひとつになる様を眺めていて詠んだ言葉だ。形の無い川の流れは、一体何を自分たちの団結の証とすればよかったのだろう。形が無いだけに何も残すこともなく、滝に飲み込まれる運命にあった。飲み込まれてバラバラになった後、再び集まるという確証はどこにもなかった。何も確たるものを残すことができなかったのだからだ。集まるかどうかはそれぞれの意志に委ねられた。崖上では見事な団結力を見せていたのに、何という危うい関係なのだろう!

  それでも結果ははっきりと出た。集まることを強制するものはなかったのに、水は見事に再び集まったのだ。僕は改めて感じたよ、やはり最強の形は無形だと。

最弱のようで、最強である。最強のくせに、最弱になる可能性も秘めている。無限の可能性を秘めた無形のもの。彼らのように万物に対して柔軟に対応することができる力は他のものにはないだろう。あぁ、無形は偉人であろう。

  ここでの勉強は終ったように思う。僕には次の予定が入っている。今日一日の仕事は、リボン滝への往復と、そしてファントムランチでのステーキディナーだけだ。リボン滝での修行を終えた僕は、夕方の5時に開かれるディナーを目指して急いで戻ることにした。

リボン滝での時間はなんだか慌しく過ぎていった。今日の冒険はこれまで。リボン滝さん、今日はあなたに出逢うことができて楽しかったよ。あなたと一緒の時間を過ごすことは未来永劫ないだろうが、この数時間を共有できたことであなたの存在は僕の中に永遠の命を、そして血肉を生んでくれた。あなたにとっても、僕がそんな存在になっていたら、それ以上望むことはない。

  目的を遂げた僕は来た道を戻り出す。全く同じ道だからなんだか退屈に思えてしまう。調子に乗った僕はさっきの橋へ向かわず、川越えのショートカットを狙ってみた。でも、近付いてみると川は増水していてとても渡れそうにない。イエローストーンのスマートでない川越えの二の舞はお断りだ。のこのこさっきの橋へ戻るのも屈辱だしお断りだ。意地になって橋を避け、川沿いを歩いて渡れる場所を探すのに20分もかかってしまった。これは大失敗だった。

地球のふちに腰掛けるオプショナルツアーを除いても、ここまでで行きに3時間かかっている。夕食は5時スタート、今はもう3時前。僕にはもう2時間しか残っていなかった。時間に間に合わず夕食を食いっぱぐれてさみしい夜を過ごすか、あるいは2時間のタイムリミットを克服するか、道は2つにひとつ!別にちょっとぐらい時間に遅れても大丈夫なのだろうが、真面目な僕はそう思い込んだ。一度通ってしまっている単調な帰り道を何気なく歩くことよりも、ここはゲーム感覚で僕の力量を試してみることにした。

  計算すると8kmを2時間でクリアすることになる。グランドキャニオンを下ってきた時が丁度時速4kmだったので、それと同じくらいにすればいい。よく考えるとグランドキャニオンの時は下り坂だったんだよね。今は平坦な道を時速4kmで歩かなくてはいけない。これは燃えてくる。いつになくシリアスになってみようではないか!

  僕は歩いたさ、大したスピードで。右足の薬指にマメが発生!歩き難いので短気な僕はナイフで切り落としてやった。そうしたら一層歩き難くなった。こいつは困った。ビニールで指をぐるぐる巻きにしてみると、あら不思議、ビニールがショックを吸収してくれるので調度いい具合になる。

僕は更にペースを上げて先を急ぐ。途中で誰一人ともすれ違わない。始めの内に距離を稼いでおこうと、無我夢中で歩いた。砂漠が終わる頃に時計を見ると結構いいペースで歩いてきたのが分かる。その後も時計と相談していたが、時計と僕の両足は間に合うことを保証してくれた。もしかしたら時間が余るかもしれない。食事の前にシャワーを浴びる時間まであるのかもしれない。

  ――リボン滝を歩き出してから1時間45分後。食事開始の15分前。僕はファントムランチのドミトリーでシャワーを浴びていた。脇目も触れずに歩いた結果、無理だと思った課題を軽くクリアしていた。どうやら、僕の若い肉体と不屈の精神力に不可能なものはないのらしい。

  足は疲れ切っていたが、シャワーさえ浴びてしまえば気が紛れる。僕は疲れを水に流してしまうことにした。僕の中にある日本人の意識を利用して、僕は自分の意識から自分が疲れていること、そして足の指にケガを負っていることを水で清めたのだ。日本人にはこの意識が強いと思う。水に流すことで、僕の頭の中から自分が疲れていることや、足の指の痛みの記憶が消えてゆく。不思議だ、実際に身体が疲れや痛みを感じなくなっているのが分かる。確信犯だからこそできる、なんて巧妙な手口なのだろう。

  僕はシャワーを浴びた後の涼やかな心持ちでステーキディナーに臨んだ。5時ちょっと過ぎに食堂へ顔を出すと、もうほぼ全員が入っていて騒がしく食事を始めていた。僕のみならずみんなにとってもメインは谷底を歩くことだろう。でも、谷底へ来てしまったら他にやることがない。だから食事が楽しくてたまらないのだろう。

僕は他にやることがあるけれども、まともな食事を取る機会が極端に少ないので、他人に作ってもらった食事を取ることがとても楽しみだ。みんなが期待している食事の雰囲気が楽しみなのではなくて、胃に食料を詰め込む行為が楽しみだ。色気のない動機だな。

  貧しい食事をここ3週間も続けてきた僕。待望のディナーは天使のようなボリュームだ!何といっても、ステーキが厚いんですぅ~。ちょっと切り取って食べても、もっと思い切って食べても、まだまだたっぷり残っているんですぅ~。いつもスーパーで肉を買っても味付けが上手くできなくて、結局肉だかゴムだか分からないのばかりを食べて腹を満たしているのとは訳が違うんですぅ~。

一片のステーキは身体の隅々まで染み渡り、僕を一気に幸せの絶頂まで押し上げる。あぁ、大袈裟な言葉だ。でも、今の僕にとっては本当のことだ。周りの楽し気なムードに目をやらず、僕はただステーキを食べることに全力になった。

ALL BY MYSELF──今までになかった行動力を培おう、なんでも飲み込むような度量を身につけよう。その言葉にしがみ付いてここまでやってきたが、たまにはこういうのも悪くない。俗世間じみた楽しみもあった方が、メリハリがつく。今だけは見習い芸術家の冒険もお休みだ。僕の荒れた心をほぐしてくれたステーキディナーだった。

  今夜で谷底も最後だ。足はコロラド川へ向かっていた。手ぶらで、靴下もはかず、黒のブーツとアーミーパンツに白の半袖シャツ。純粋な自然に溶け込む、僕の飾りないファッション。

増水も収まり、夕刻になって周りが涼しくなったからか、コロラド川はとても静かに見えた。そんな景色に佇んでいると昼間の自分とは嘘のようにかけ離れてゆくのを感じる。鬼のような形相で、ただゴールを目指し歩いていた僕。心に詩的なことを考えられる隙すら作れなかったのに、今こうしている僕は心に隙を作りっぱなしだ。僕はふと思った。太陽の温度と人間の心は繋がりがあるのではないか?

川辺の岩に腰掛け、煙草を吸っている。心を開放した僕には、どんどん人生の教訓が流れ込んでくるかのようだ。こういう時に僕が想うこと。自分自身だけで静かな時間を迎えていれば、どこに居ようとも、何を眺めようとも想うことは常に同じであった──。僕の心が望んでいる、この言葉。あぁ、僕はまた心の中で叫んでしまう。

  ――僕は、誰かを心から愛したいよ。

  今の僕にはこの願望を解消する術が見当たらない。行動に移したいという意志はあるが、具体的な方法がないのだ。愛したい。でも、愛する人がいない。こんな僕の状況で、この暴れ出した強い気持ちをどうすればいい?

やり切れず、僕はその場を立ち吊り橋へと歩いていた。じっとしているから悪いのだ。足を動かしていれば心は落ち着く。黄昏時を迎えていた。この辺りで一番高いのは鉄橋の上だ。あそこから、夕陽でも見て心を落ち着けよう。

  じっとしている時と歩いている時では考え方も違ってくる。歩く時の微妙なスピードが僕をポジティブにしてくれる。歩き方は美しい方がいい。背筋を伸ばして、顎を上げ、堂々と、ゆっくりと、そして真っ直ぐ歩いて行くのが美しい。美しく歩いているだけで、僕は自分のプライドを取り戻す。歩いている時の自分は最高だよ。若くて健康な、そして美しい身体を誇る僕は、歩くだけでも最高の贅沢をしているのだ。

  橋に上がり、自分の上空を見上げる。──ここは、本当に別世界だ。空はいつでもどこでも、自分の真上に大きく開かれているものだと思っていた。僕は夕陽が見たいのにグランドキャニオンの両壁に阻まれて、太陽はちっとも姿を見せてくれない。狭い空に黄昏の気配を感じても、太陽そのものは顔を見せず終いだ。自然の宝物が詰まっている国立公園を周っていながら太陽に飢えるだなんて、なかなかない経験だ。

  こんな立派な仕切りを持っているからそれも仕方ないことだ。あぁ、この仕切りは俗世間を拒むために作られた、ファントムランチのものなのだろうか?それとも、陽の当たる晴れ舞台によじ登ろうとする者を蹴り落とすためにある、上の世界のものなのだろうか?考え様によってはどちらとも取ることができる。でも、僕の見習い芸術家の道から言えば、ファントムランチ側のものだろう。在野の偉人がこしらえた頑強な壁。自分の美しさを咲き誇り、それを保つために必要なものだと僕は言いたい!
 
川辺に戻った僕は音楽を聴いて歌っていた。音楽は僕の世界を理解してくれる最高の友だ。音楽の中の世界では、僕は最高の人間になる。思いのままに人を愛し、相手の愛に応え、人生の妙味ってヤツをやけに知っていやがる。今の僕の許された唯一の自己正当が音楽だ。音楽があるからこそ、今の僕は自分を好きになることができる。

音楽のない世界はのっぺらとした砂漠だ。音楽があることで、その砂漠に凸凹ができ、緑は息吹き、花が咲き乱れる。たまには砂嵐が猛り狂う時もある。それでも、僕を奮い立たせてくれるのはいつも音楽だった。音楽を聴きながら考えることが子供の頃から僕を育ててくれた。

  音楽をかけっぱなしにして、僕はひたすらペンを走らせ続けた。さて、この時書いた言葉を思い切って部分抜粋してみようか。言葉の連なりに深い意味を持たせず、ただただ気分の趣くまま書き殴った言葉だと思っている。稚拙な文章、自分だけに分かる言葉の連続で恥ずかしい限りだが、こんなのも当時の僕の偽らざる一部分だ。

  音楽だけが友であり命である それでいい

  暗くなりかけた道を 時を巻き戻して 「もし――」の過去の世界に入り

  幸せな暮らし 君との命を想像してCOOLに歩くのサ

  さみしいのではない 愛しいおまえ 永遠の愛を捧げよう

  きっといつの日か この胸に愛の嵐を

  人並みの幸せなのだろうか 僕にはまだ一度もない

  今は昔できなかった、あるいは他の人が永遠にできないようなことも成し遂げられる

  ただ、愛はまだ一度も まだ一度も 本物でなくてはならない

  厳しい理想でしか興味ないの 人を遠ざける俺 それはこのドミトリーでも同じ

  貴方はどう思うの 「俺は、真実へと歩いているかい?」

  いつの日か 手に入れてみせる甘いゆめのような愛を

  もう19に 20にもなるけど心の奥の気持ちは貴方と出逢った16の頃と

  変わるどころか より一層美しくなってゆく 愛しくなってゆく

  いつの日か 大切な人を見つけ出した時 このよく切れるナイフのように

  ケタはずれの魅力で 愛をつかめるように 「心の財産」を、と思うんだ

  愛しいいつの日か、よ 今夜はもうおやすみ 君に一日近付いた

  僕はゆめを見続けた。川辺の岩に腰掛けながら、ファントムランチへと帰る道で、ドミトリーの硬いベッドのなかで。生まれてからまだ一度も心から人を愛したことのない僕は愛を愛し、恋に恋焦がれ、ゆめを見ていた。

  ――ねぇ、本当に僕は幸せに打ち震えるような日を迎えることができるのかな?

いつもの謎々を切り出した僕は、とにかく今日一日を生き延びたことで確実にそんな日に一日近付いたんだよ、といういつもの慰めを今日もまた呟き、空虚なベッドで眠りに落ちていく。見習い芸術家が愛情に満ち足りた日を手に入れるには、まだまだ長い時間が必要なのだ。







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