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フラグスタッフのユースホステル 見習い芸術家の冒険20話

投稿日:1996年9月11日 更新日:




9月11日(水)

  午前7時30分過ぎにバスはちゃんとフラグスタッフのディーポへ着いてくれた。ディーポの係員に聞くが、やはり荷物はなかった。係員に交渉して荷物を探してもらうことにした。今日中にこちらに着くでしょう、としか言ってくれず、この言い方だと本当に今日中に届くのか怪しい限りだ。とりあえず連絡を取るからちょっと待ってくれ、と言われて僕はディーポ内をウロウロすることにした。

なんとか時間を有効活用したいと思い、上手くいけばフラグスタッフ発着のモニュメントバレーのツアーに間に合うかな、と思ってグレイラインツアーに電話などもしてみたが、ここでも当日参加は認めてくれなかった。

  さて、しばらくすると係員が来て状況を説明してくれた。僕が着く前にフェニックスから来たバス、つまり当初僕が乗る予定だったバスには積まれていなかった。どうやらフェニックス発アルバカーキー経由の次の便に乗っている率が高いと係員は言う。しばらくしてそのバスが着いたが、積まれてはいなかった。その次のバスが到着するまでかなりの時間がある。ここで待っていても仕方のないことなので、とりあえずツーリストインフォメーションセンターへ行って情報集めにかかった。途中で見つけたアウトドア専門店で切れていた携帯用ガスを補充して、グランドキャニオンのキャンプ生活に備える。

あぁ、幸か不幸か。確かにフラグスタッフ着は安全な時間帯になったが、ロストバゲージのせいで今日一日を棒に振らなければならない。これで満足できる成果だったのかな?仕方のないことだ、明日からの予定に支障さえきたさなければそれで善しとしよう。

  今日一日はもう諦めたよ。ユースホステルを見つけ、僕は宿泊をお願いしていた。泊まる場所も決まり、これでひとまず安心だ。あとは今日中に荷物さえ出てこれば、明日からグランドキャニオンへ行ける。

それにしてもロストバゲージが本当に起こるとは驚きだ。他の誰にでなく、この僕の身に起こるなんて全く想像していなかった。これは危ない考え方だな。僕は、自分の身にそういったトラブルが起こるだなんて、今まで全く思っていなかった。

想像してみよう、もしも僕のビザカードが無くなってしまったら、この先どうすればいい?手持ちの現金は少ないし、クレジットカードだけが僕の冒険を経済的に支えている。この小さなカードだけが頼りなのだ。なんという薄氷!なんという綱渡り!そう考えると驚きだ。パスポートもアメリパスも、貴重品はこのアーミーパンツのポケットの中にある。この冒険旅行には「安定」という言葉は皆無だ。いつ不意に冒険旅行が継続できなくなっても不思議ではないということを実感しておこう。

  そろそろ問題のアルバカーキー経由の次のバスが着いているはずだ。僕はフラフラとディーポへ戻ってみた。届いた荷物が積み重なっている所を覗くと、見覚えのあるバックパックがあった!喜んで係員を呼び、僕の仲間を取ってもらう。こうしてなんとか無事に僕の仲間が戻って来てくれました。あぁ、本当に良かった。これでまた冒険旅行が続けられる――。

  ここで今後の予定を立ててみた。まずはグランドキャニオンへ行き、モニュメントバレーのツアーへ参加し、それが終わったらラスベガスに行こう。ロサンゼルス経由でヨテミテ国立公園に入り、あとはシアトルまでの帰りというルートにしよう。

これで僕の冒険旅行の予定が全て決まった。残る冒険場所はグランドキャニオン、モニュメントバレー、ラスベガス、ヨセミテ国立公園の4つ。残された時間と、それぞれに費やすことができる日数を頭の中で計算してみると、丁度ぴったりだ。さぁ、この1ヶ月に及ぶ放浪の冒険旅行にもようやく終わりが見えてきたようだ。ゴールの気配を感じたのは、シアトルを出発して以来初めてのことだ。あぁ、いよいよこの物語も佳境に差しかかった。

  ロストバゲージでの教訓。分からないことは迷わず確認しよう。自分が完全にマスターしていない言葉を話す人たちを100%は信じるな!他人を信じるな、という悪意のある教訓ではなく、僕は母国語で会話をしている訳ではないのだから、自分の納得ゆくまで確認しよう、という意味が籠もっている。

  荷物を置きにユースホステルの部屋に向かった。中に入ると、日本人が二人いて何やら熱心に話し込んでいる。とても話に入り込むような雰囲気がなかったので、荷物だけを置くと買い物に出た。この町にはノーザンアリゾナ大学があるので、町のあちこちで自転車に乗った大学生を見かける。

  よく歩いたが、ショッピングモールのようなものはなかった。結局、スーパーのアルバートソンズで必要なものを幾らか買い込んで帰った。

町を歩き回って感じていたこと。イエローストーン国立公園に対してのウエストイエローストーンのような、観光地のゲートシティというイメージがここにはない。町並みを歩き、人並みを見ていてつくづくそう感じた。ここは普通の地方の町であり、偶然グランドキャニオンが近くにあるので、意に反して有名になってしまったという雰囲気すらするのだ。距離が近いのであくまで便宜上「グランドキャニオンのゲートシティ」として呼ばれているだけだろう。ウエストイエローストーンはイエローストーン国立公園を前提として二次的に発生した町だと思った。フラグスタッフはそうではない。まぁ、そんなことはどうでもいいか。僕だけの細かいこだわりだ。

  さて、一日の仕事を終えた僕がホステルの部屋に戻ると誰もいなくなっていた。僕はゆっくりと日記の続きを綴っていた。明日の予定も完璧だよ。ツーリストインフォメーションの所からグランドキャニオン行きのバスがあるのも知ったし、明日はなんと事前に予約を取っておいたグランドキャニオン国立公園内のキャンプ場が待っている。明後日の午後の便ぐらいでフラグスタッフに戻り、その次の日にはモニュメントバレーへのバスツアーへ参加しよう。当分の僕の予定は万全です!

  そのうちにさっきの二人が戻って来て、いつの間にか三人で話が始まった。この二人の話の面白いことといったら!思わず話にのめり込み、彼らのビールで飲み会が始まった。異国のユースホステルらしい出逢い。まだまだ子供の僕には理解できないことが多かったが、とにかく二人の話の面白さは抜群だった。

  一人は僕がアメリカへ渡る前にバイトをしていた居酒屋の社員にそっくりだった。彼はワシントン州東部のエレンズバーグという町に留学している大学生だ。そのエレンズバーグの大学に、日本から短期留学で来た女性と今でも遠距離恋愛中とのこと。話を聞けば、その彼女には日本で7年間付き合っていた男がいたのに、彼女にその男と別れさせてまで自分と付き合わせたという。また、彼女も7年付き合った男と別れてまでその彼を選んだのだ。

最初の出逢いからそうなるまでのことを語ってくれ、僕はついフムフム、と聞き入っていた。人の恋愛はいつでもその人自身にしか分からないことだとは前々から思ってはいたが、この人の話はそれに輪をかけて個人的だった。だが、人の話を聞くのは貴重な勉強になる。だって、その口から出る数分の言葉に、その人の数ヶ月、数年間の人生が詰まっているのだから。

  もう一人は高山でラーメン屋をしている元不良さん(失礼!)だ。昔の暴れていた頃の話や、長年付き合った彼女と別れてまでアメリカへ旅行をしに来たという話を聞いた。ラーメン屋の仕事のことも話してくれた。彼はTHANK YOUと、あとは最低の罵り文句しか英語を知らないでアメリカを旅行しているという。外見に似合った、大した度胸だ。ある意味、僕を凌ぐ肝の太さだ。

本当に、こうして冒険旅行をしていると色々な人に出逢うことができる。どうしてこう、豊富な人間的魅力を感じさせてくれる人ばかりに出逢うことができるのだろう。デンバー以来、ユースホステルでは嬉しい出逢いばかりだ。

  ビールを飲み続けながらこれまでの冒険旅行の話をしたり、女の子の話をしていたり、「誰々は嫌みのないギターを弾く」などと三人が共通して好きなミュージシャンの話をしたり、まだ明るい内から始まった楽しい楽しいパーティーは実に深夜まで及んだのだった。

  ――なんだ、僕もちゃんと初対面の人と会話ができるじゃない!







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