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浮舟、紫式部が源氏物語を終わらせるために登場させた異質の女性像

投稿日:2010年1月28日 更新日:




浮舟――異質の女性、代理愛の媒体は何故登場してきたのかを考えるという僕の試み。

 

紫式部は、源氏物語を終焉させるためにこの浮舟という女性像を登場させたと言って過言ではない。

東国の受領の娘、しかも左近少将に婚約解消された浮舟という存在は

きらびやかな源氏物語のなかの貴族女性たちの中では際立って異質だ。

彼女の存在価値は風貌が大君に似ている、という一点だけであり、他での美点はない。

つまり、「侮られる女」である。

 

浮舟の自由奔放さは荒々しい東国の男たちの車に護られて橋を渡って登場するシーンから始まっている。

未知の女、しかし想いの大君に風貌が似ている存在は薫が大君への愛情を代理に重ね、

しかも身分の差は容易に浮舟を手に入れられることを意味していたのである。

その薫に囲われたと思ったら、薫に似せて夜這いしてきた薫本人ではないと知って

匂宮に肌を許し、その上で次第に匂宮に心を寄せてしまう。

その行動は彼女が「異質」であるから読者も最初は難なく受け入れてしまうが、

その「異質」の意味が次第に変わってゆく。

浮舟の女房がどちらか片方を選ばないといずれ大変なことになる、と言うがそれを浮舟は選べなかった。

どちらも選べない自分の存在を許せなくなって、

愛人という割合軽い身分の女としては貞操観がなくても許されるはずの立場であるのにもかかわらず、

中の君ら他の身分の高い女性たち以上に、二人の男性から愛されることの矛盾や罪悪を感じてゆき、

最後には宇治で自殺を図り、僧都たちに助けられて再登場したと思ったら尼になって

二度と男性と接点を持つことを拒む、という別の意味での「異質」になってしまう。

 

 

 

都合よく作られた女。光源氏の登場と台頭で華やかに花開いた性愛としての源氏物語が、

薫と匂宮という次世代の愛に満ち足りない主人公たちの時代でやや停滞気味になり、

しかしそこで父や兄など身近な男性の妻には手を出してはいけないという暗黙のルール、

当時の禁じ業を重ねた先にある愛の幻想という愛の形を見つけ出す。

 

薫のものである浮舟という女性を自分が手に入れることで、匂宮はその代理愛人を媒体して薫の存在を乗り越えようとした。

それは倒錯性に満ちた禁断の性の世界が愛情や感覚を盲目的に増幅し、

物語としての膨らみを一層かきたてるという歪んだ手法である。

つまり、浮舟は浮舟である必要はなかった。

別の「侮られる女」がいてその女が故大君に似ていればそちらにスイッチすることは可能だった。

薫が浮舟を自分のものにしたのもまた、大の君という理想の女性が亡くなってしまったことを受けての代理愛人である。

大の君を次に中の君を求めたのもやはり代理愛情であり、浮舟にいたってはさらにその代理そのものであろう。

 

せっかく手に入れた浮舟を薫はしっかり愛そうとはしていない。

匂宮と浮舟の関係を知ってやっと本気になるようだが、

それは匂宮との覇権争いの様相が濃く、浮舟個人に対しての愛情かどうかは分からない。

まるで手に入れてしまったところで彼の愛情は終わってしまったかのようだ。

匂宮もまた浮舟に対しては代理愛情、それは薫というライバルに対しての異型の愛情、

浮舟という媒体女性を通しての二人の覇権争い、自分が届かない薫という存在へのコンプレックスだったのだ。

匂宮の行動もまた、彼の意識だけだとは思えず、薫との因縁というものの中で出てきた産物であろう。

 

それもこれも物語を禁断の世界におとすことで隠避めいた美を演出しているのだ。

禁断の官能、代理の愛情。二人の男を目覚めさせ、周囲を落ち着かせて物語を終わらせるのが次の「異質」の浮舟である。

それまではただの田舎者であり、自分という存在を周囲に流されるままに生きてきた犠牲としての女・浮舟。

意識不明の後に生き返ってからは自分自身の意味を考えるようになり、

その生来の素直さ、心の弱さ、「異質さ」のゆえに、一変して全てを拒否する意思を持つようになったのだろう。

浮舟は大君が苦闘して至り得なかった心境に試行錯誤の末到達したが、この到達の意味は大きい。

源氏物語の享楽的な性愛の果てにいよいよそこへたどりつき、

それまでの全ての性愛を乗り越えてしまったかのような大きさがある。

一見するとやはりただの「異質」な女の一言で片付けてしまうものでもあるが、

源氏の君がしたような性愛のほうが物語の派手さはあるとしても、

著者としての紫式部は浮舟という女性の行動にこそ大きなメッセージを込めたのだろう。

欲望のはけ口としての女の人生と、最後にそれをすべて拒否して終わる浮舟の物語。

それは女性というものが欲望の媒体としてあつかわれがちだった時代に生きた紫式部の、

女性としての意地でもあったのだろうか。

 







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