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源氏物語での紫式部の主張 物語は人間臭い虚構であれ

投稿日:2010年1月28日 更新日:




紫式部はこの源氏物語で、物語の社会的立場を向上させようとしたのだと思う。

源氏の口から最初に出た言葉は、物語に対して紫式部が持つ否定的な本音そのものである。

男の口から女の馬鹿馬鹿しさを言わせることで、自分も含めた女の世界の狭さを指摘している。

また、物語にはでたらめが多いというところは、

自分が傾倒した物語の中にはびこる退廃的な部分に対して見せた女流作家の抵抗であろう。

まずは素直な言葉で、物語という幻に存在する否定的な部分を前面に出している。

世間体を考えてか源氏のからかい口調を介してはいるが、これは紛れもない紫式部の否定的な物語論である。

またこの否定は、現実の世界に対しての批判が前提にあるものであると思う。

しかし次には物語の肯定的な部分を指摘している。

だが逆にそのような幻の物語以上に人の退屈を紛らわすものはない、という源氏の台詞もまた紫式部の本心であろう。

物語には歴史書以上に人の真実が含まれる、と言ってのけた紫式部の野心を見逃してはならない。

ここでも源氏の口調はあくまでからかい気味ではあるが、前述の否定的意見から一転して、

書かれた文章には紫式部が持つ物語への愛着や誇りが見られるのである。

この肯定は、人間のくだらなさや低俗さ、女性の無力さに対しての反抗であると同時に、

その否定的反抗と対比させての物語の肯定論であろう。

紫式部は、当時女の退屈つぶしだと決め付けられていた物語の真価をここに問いかけているのである。

確かに、女は幻のような物語を読み、幻に浸ることの多い生き物である。

それを紫式部は認めている。

また、物語の内容は現実と壁を隔てたものであるということも認めている。

だが逆に、政治色が入っていない物語だからこそ、時代に合わせた改ざんも内容削除も行われておらず、

書き手の意図が純粋に反映されているのだと紫式部は訴えたかったのだ。

文章にされ、時代を経て残る文芸として物語以上に純粋なものはないと主張している。

紫式部は、時代や文化のひとつとしての位置付けをするための物語論ではなく、

人間の本質に迫る論争をここで行いたかったのだ。

人間が生き、次の時代の人間がまた生まれることで歴史が生まれ、

歴史があればそれを書き留めることが必要となる。

また、人が生活することで規則が生まれ、規則を書き留めることも必要となる。

文芸の誕生は、人と人との生活に不可欠であった。

この不可欠は人間に対し肯定的な不可欠である。

しかし、人と人がいれば主従関係が生まれ、関係を円滑にするために人が人に気に入られることも当然である。

人が嘘をつくのも、必然的な人間の営みである。

その結果として、文芸が嘘やご機嫌取りに利用されるのも人間に不可欠なものである。

この不可欠は否定的な不可欠ではあるが、文学もまた人間のあるがままの姿の結果として生まれたのである。

文学にも様々な種類があるが、歴史書や記録書には人間が生きるうえで

醜い部分が多く反映していると紫式部は思ったのだろう。

確かに歴史書などには社会的地位があるが、その裏返しに人間の業のようなものがこびりついていて、

純粋な芸術作品として紫式部は認めていなかったに違いない。

では紫式部は何こそが純粋な芸術作品だと思ったのか。

彼女は自分が傾倒した物語にこそ純粋な芸術があると信じていたのだ。

物語自身はそもそも虚構の上につくられたものである。

事実を事実のまま伝えては面白くもないから、人が話を楽しいように膨らませて創ったものが物語なのだ。

そして、誇張に誇張された物語が人から人へと伝えられる。

それこそが物語である。

その物語は虚構から発しているが、物語が構成される過程は、

人間の美しい部分であり、人の肯定的な営みからなるものである。

何故ならその過程は人の心を深く掴んで行われたものだからである。

人が楽しむためのものであり、人が自発的に好きだと思うものであり、政治的・社会的な意味が存在しない。

紫式部はそこにこそ、人間本来の性質を見たに違いない。

利害関係無く多数の人々にうけつがれる物語にこそ、

人の本音だとか、偽らざる気持ちや感動が投影されていると訴えたかったのだ。

それは同時に物語を女性の暇つぶしだと決め付けていた男性社会に対しての抵抗でもあったのだろう。

当時の閉鎖的な貴族社会・男性社会ではこういう議論が行われていなかった。

また、女性の中でもこのような意見がなかった。

当時の社会に対する批判と、人間の低俗的・普遍的な業への嘲りと、

同性に対する疑問提起の意味を多大に含み、紫式部はこの物語論を世に出したのだろう。







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