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竜安寺の写真、方丈庭園・石庭・知足のつくばいと桜満開

投稿日:2013年4月1日 更新日:




 

正直に言うならば、僕にはまだ竜安寺、石庭、つくばいの意味が分からない。

分からない、あるいは到達していないと言い換えた方が適切か。

竜安寺の写真

表面上の意味はウェブ上から調べてみたけど、竜安寺で現物を目の前にしても、理解は遠いもの。

分かったような顔をして通り過ぎたけど、他の誰よりも分かっていないのが僕。

竜安寺の写真

石庭と土塀の上、紅しだれ桜を見たくて訪れた竜安寺。

土塀に散り落ちた花びらが美しく。

何百本も桜が咲く別の場所もあるのに、数わずかな竜安寺の桜をありがたがる矛盾。

竜安寺の写真

つくばい、「吾唯足知」=満ち足りていることを知っている、という意味。

この解釈も闇の向こうだが、満たされている自分自身と似たような匂い。

分かっているようで、やはり僕は分かっていない。

石庭以外にも竜安寺の美は続く、時を忘れて一眼レフカメラを構えていた。

竜安寺の写真

理屈は要らない、ただ竜安寺をキレイに撮れれば良い、それが僕の答え。

写真を撮ろう、理由は分からないけど、今の僕にはそれができるベストなこと。

宇宙、宇宙。

石庭の真意はこの世の物でもないのだ。

竜安寺の写真

幾つになっても僕には竜安寺のナゾが解けないだろう、解けないことに自信がある。

仮に僕の写真撮影技術がどれだけ上がろうとも、竜安寺のナゾだけは解けない。

 

 

竜安寺_方丈庭園_桜写真1.jpg

竜安寺は何度か訪れているが、デジタル一眼レフD800でキレイに撮りたくて、また来てしまった。

春の太陽の下、石庭を前にして廊下に腰を降ろす。

竜安寺_方丈庭園_桜写真2.jpg

写真を撮る前に、自分の心に焼き付けよう。

竜安寺_方丈庭園_桜写真3.jpg

この石の並びにどんな意味があるのか、何度見ても分からない。

僕がどんなことを考えていたか、どんな角度でカメラを構えれば良いか、ということだけ。

小さなことでも、夢中になっている様は、きっと幸せな境地にいる証。

竜安寺_方丈庭園_桜写真4.jpg

白砂という宇宙に漂う、円盤のような石。

動かず、でも確かに漂っている円盤だから、もう矛盾のサイクルに目が回る。

竜安寺_方丈庭園_桜写真5.jpg

吾唯足知の言葉、知足のつくばい。

竜安寺_方丈庭園_桜写真6.jpg

"吾唯足知"

わたしはただ、己が今、満ち足りていることを知っている

それ以上に何を望むべくもない

この意訳が、10年後・20年後の自分では、どんな意味に変化するのかな。

想像もできない未来を楽しみに思う。

竜安寺_方丈庭園_桜写真7.jpg

大人になるにつれ、お寺の美しさがしみじみと心に入り込んでくる。

石庭やつくばいだけではなく、竜安寺の池沿いの景色や、階段の竜安寺垣までもが輝いて見える。

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方丈庭園を去り、鏡容池を周遊して別の美しいものを探す。

竜安寺_方丈庭園_桜写真9.jpg

桜の季節、竜安寺にもまた豊かに、美しい桜が。

竜安寺_方丈庭園_桜写真10.jpg

わたしはただ、満ち足りていることを知る、竜安寺の旅でした。

 







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