ケンボックス

詩的日記を、高品質写真で。

与謝野晶子の短歌とエロス、情熱の歌人と与謝野鉄幹の恋愛

投稿日:2009年3月24日 更新日:




与謝野晶子の短歌と、佐藤春夫の『晶子曼陀羅』を通読してみた。

運命の流れに翻弄された一人の詩人像が浮かび上がってくるのを、私は感じていた。

与謝野晶子の人生には数々の運命の分岐点があったが、

最大のものは、生涯の伴侶・与謝野鉄幹との出逢いだろう。

鉄幹と出逢う以前の晶子にとって、歌を詠むこととはほんわりとした娘心を表したものであり、

自分のユニークな部分を主張するためのツールだったように見える。

ところが、鉄幹と出逢って恋するようになってから、晶子にとって詩を書くことの意味が一変した。

言葉の成り立ちを考えずとも、鉄幹への想いがそのまま詩となり、

自分を飾るために詩を詠むのではなく、自分の感情がそのまま詩になった。

鉄幹への愛情が晶子の身体の中に収まりきれずに溢れ出し、詩として形を成した。

鉄幹と一緒になりたくて、実家を無断で出奔しようとする前夜、

両親への良心と、自分の気持ちに素直に生きたいという願望の狭間で晶子は激しく悩んだのだろう。

己の生き方を貫こうとする意志のある晶子。

当時の社会では後ろ指を指されるようなこと、いわゆる駆け落ちをやってのけた。

全てを捨てて、恋する鉄幹のもとへ、夢見る詩の世界へと飛び込んでいったのだ。

この行動は、晶子の親友であり、斬新な女流詩人としての好敵手であった山川登美子が、

親の薦める相手と結婚したことと対照的ね。

新しい女性像を理想として掲げた二人のうち、一人は古い慣習の中に戻り、

一人は無謀とも呼ぶべき突飛な行動でもって新しい世界を求めた。

その選択も、追って更なる運命に翻弄される選択でしかなかったというのは、皮肉なものだけど。

鉄幹との出逢いは、晶子の詩への想いのみではなく、与謝野晶子の人格そのものを大きく変えた。

コントロールできていた自分自身が、手のつけようがない情熱の嵐へと変化した晶子。

実家との疎遠、兄との不仲、鉄幹の前の愛人との争いがあった。

それらをようやく乗り越え、晶子初の歌集「みだれ髪」が刊行され、

晶子と鉄幹の子供が産まれるという幸せな出来事があっても、鉄幹との平和な生活は素直に続かない。

晶子の人生最大の選択である鉄幹との結婚でも、大きな皮肉が待ち構えていた。

嫁いだ先の夫が早死をしたことがあり、山川登美子が東京に出て来ていた。

鉄幹との恋の好敵手でありながら、途中で自ら道をそれたはずの山川登美子が、

今更ながら鉄幹と情を通じていた。

無二の親友から裏切られ、命を張って追ってきた男からも裏切られるという、無残な事実。

更に酷い皮肉は重なる。

愛する鉄幹との生活のため、鉄幹に捧げようと詠んできた晶子の詩が世に認められてゆくにつれ、

晶子の想いとは裏腹に、鉄幹はそれを面白く思わなかったのだ。

偶然か、必然か、晶子が鉄幹と一緒になると同時に、

詩人としての晶子の名声は高まり、鉄幹は下降の一途をたどっていった。

自分を弟子と名乗って自分の元に来た晶子に、鉄幹は嫉妬を覚える。

何時の間にか、鉄幹は晶子にすっかり上を越されていたからだ。

恋に傷つき、詩に背かれても、晶子は以前と変わらず、もしくは勝る情熱で詩を詠み続けた。

そこに、詩人・与謝野晶子の本性が見えるようだ。

恋の甘いも酸いも知りつくし、それを詩の世界に投影させた晶子。

幸せな意味でも、哀しい意味でも、恋への情熱が与謝野晶子の詩を輝かせた。

晶子が経験した恋とは、全然甘いものばかりではない。

傷つけられ、裏切られ、しかしそれでも鉄幹のことが忘れられない。

不仲の最中に、しばらく離れて暮らすことで、気持ちを整理しようとしたにも関わらず、

やはり夫恋しさに耐え切れなくなり7人の子供を日本に残したまま、

ロシア鉄道を乗り継いで、鉄幹のいるパリへ単身飛んでいった晶子。

恋しい夫に甘えたのも束の間、今度は残してきた子供が愛しくなってしまう晶子。

ついには鉄幹をパリに残し、子供恋しさに突然日本に帰ると言い出した。

帰国の船に乗ったら乗ったで、結局子供よりも鉄幹のほうが恋しいと知って、

取り止めのない己の心に泣いた晶子。

大人の良心と、自分の素直な気持ちの狭間で悩み、苦しみ、そして生き、詩を残した。

一般的な人のものよりも、ずっと激しい感情を晶子は持っていたのだろうな。

与謝野晶子が情熱の歌人と呼ばれたのも、分かる気がする。

詩人としての与謝野晶子は、詩にこめられた激しい情熱で成功を収めた。

しかし、鉄幹を愛することを生き甲斐とした一人の女性としての晶子は、

それほど成功したようには思えないが、実際はどうだったのだろう。

矛盾を繰り返す己の心に翻弄され、皮肉な運命に流され続けた。

詩人としての成功、夫婦としての苦悩、晶子の二面性がはっきりと描かれた『晶子曼陀羅』。

晶子が自分の人生に満足したのかどうかは別として、晶子の詩は輝いて人々に愛された。

皮肉な運命に弄ばれながらも、そこで生まれた激しい情熱の嵐を詩にぶつけたことで、

奇遇にも幼い頃に目指した詩の美学は貫かれたみたい。

しかし、愛する鉄幹がそれを喜んだのかどうかは別問題。

晶子が一番望んだことは、叶わなかったのかもしれないけれども。

どこまでも皮肉な詩人、しかし恋も詩も思う存分に堪能した詩人の姿が、

与謝野晶子の短歌から、僕には瑞々しく伝わってくる。

 

 


 

与謝野晶子の短歌が、まるで今のアダルトポルノのようだと、君は思ったことがあるだろう。

歌集みだれ髪にある「乳ぶさおさえ 神秘のとばり そとけりぬ ここなる花の 紅ぞ濃き」。

乳房を押さえながら、性愛というMysteryの扉をそっと開いた与謝野晶子は、
そこにある濃すぎる色に驚き、喜び、身体も心もその性愛に焦がれていく。

そんな場面が容易に想像できる与謝野晶子のこの短歌を読めば、君の気持ちも分かるよ。

情熱の歌人と呼ばれた与謝野晶子、そのまま晶子の短歌は愛情とエロスの塊だ。
強烈な個性を成しているのは愛情の深さ、表現の自由さ、執拗なまでの自信。

夫・与謝野鉄幹との恋事に生涯を捧げ、性愛がほとばしった結果である短歌で生計を立て、
12人もの子供を与謝野鉄幹との間に作り、生涯数えきれないぐらい、夫婦で各地を旅する。

与謝野晶子の生活のバランスはどうなっているのだ。
12人もの子供の母ともなれば、生活は子育てに明け暮れて当然なのに、
時代の奇才というべき短歌の極地までたどり着き、文壇での地位を築く。

鉄幹との洋航、止まらない子作り、源氏物語の現代語訳、関東大震災。
晶子ほど芸の道を突き進んだ人は珍しい。

くどいが、12人も子供がいる母として生きながら、
情熱の歌人としての与謝野晶子を忘れなかったことが、
晶子の歌人としてのこだわりと才能を差し示しているように思えて仕方がない。

根っからの芸術人、性愛の中で己の感情表現を突き詰めた人、
それが情熱の歌人・与謝野晶子だって、僕はこの感動を君に伝えたい。

明治の時代に「乳ぶさ」なんて言葉を

うら若い女性が短歌として世に出してしまう、

それって現代で言うフルヌードぐらい勇気のあることだって、

君が思っていることも最もだ。

だから情熱の歌人という代名詞がつくぐらい、

激しいエロスで短歌の境地を拓いたのが与謝野晶子だって。

 


 

与謝野晶子の短歌を読むべく、歌集「みだれ髪」を手に取ってみた。

「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」

軽い現代語に訳してみればだよ、

「ねぇ、そこの真面目な坊や、どうして私の柔らかい肌を抱いてくれないの?
激しい恋を重ねなくちゃ、つまらないでしょ」

といった官能的・挑発的・エロスな恋の歌が「みだれ髪」にある。

これはオトナの女性が歌いあげた短歌なのだろう、と信じつつ調べてみると、
若干22歳、しかも明治時代の女性である与謝野晶子による歌と聞いて、
なんと言うか、短歌の内容と時代背景のギャップに驚いてしまった。

明治の女性像のイメージといえば、慎み深いことが美徳であり、
恋や性を表面に出すことなんて有り得ず、結婚は親の言いなり。

ましてや若干22歳の女性が、まさか上から目線で男性を挑発するなんて、
まるで想像できないこと、これは当時は事件になったはずですよ、奥さん!

そんな騒動の匂いを嗅ぎつけた私は、与謝野晶子の人生を調べてみた。
出てくる、出てくる、事件のカケラ。
いいや、「みだれ髪」の事件性以上に、 与謝野晶子の生き様こそが、最高の事件性を持っていた。


■妻子持ちだった与謝野鉄幹を、短歌のライバル・山川登美子と奪い合う
 ⇒略奪愛成功(でも数年後、鉄幹と登美子は不倫関係に)


■夫・与謝野鉄幹の短歌よりも、与謝野晶子の短歌が世間に評価される
 ⇒鉄幹のための短歌が、逆に最愛の夫から嫉妬される


■与謝野鉄幹との間に、12人の子を出産!


■倦怠期になったら夫を欧州へ留学させる
 (ついでに晶子も欧州旅行。当時では稀なこと)


斬新で、パワフルな生き方をした与謝野晶子に驚くばかり。
その上、情熱の歌人として、与謝野晶子は時代を切り開く短歌を残している。

地味だった明治の女性像に、美と恋の華やかさを。
刮目して読むべし、与謝野晶子の短歌の中のエロス。

 

情熱の歌人・与謝野晶子の短歌

 

与謝野晶子の短歌は、感情の自由表現が抑制されていた明治時代において、
灰色のキャンバスに、オレンジ色の一線を描いたように、女性美という新しい存在を強烈に確立させた。

後世の評価はそんなところでまとまっていることだろう。
溢れる情報の波を泳ぐあなたには、枝葉の部分に思われるかもしれないけど、
情熱の歌人・与謝野晶子の短歌にプロデューサーがいること、気に留めて欲しい。

奇才の陰に忍んでいるプロデューサーが世に出てきても意味がない。

とはいえ、与謝野晶子のエロと短歌の起源を知ることが、与謝野晶子の理解につながるのなら、
私は拙い筆をとって、与謝野晶子の短歌のプロデューサーのことを残してみたいと願う。

与謝野鉄幹という男は、与謝野晶子の夫だ。
この与謝野鉄幹こそが、「みだれ髪」に代表される与謝野晶子の熱情とエロの根源。
鉄幹本人が意図していたかどうかは知らないが、極端に書けばこんな調子。

○与謝野晶子の心を惑わし、感情の渦に巻き込み、情熱の短歌を生み出すため、
妻子がいたにも関わらず、妻と晶子ともう1人の女性との3角トライアングルを作った。

○自分の短歌が売れず、晶子の短歌が売れたら、短歌の弟子でもある晶子の成功に嫉妬し、
与謝野晶子のその後の短歌にプレッシャーを与えた。

○自分は短歌の商売も成功しなくて、12人の子供がいる鉄幹・晶子の家計の役に立たず、
晶子が短歌を詠み続けなくてはいけない理由(生計のため)を作った。

○自分は成功もしていないのに、やることがないから、晶子にタカって費用を工面し、
当時にしては異例の欧州留学をさせてもらった。

ヒモか!意地悪なドS男か!
なんだか罵声を浴びせたいぐらいに、与謝野鉄幹は夫としては役に立っていないように見える。
理解あるあなたには通じるだろうが、しかし、夫婦の関係なんて他人には関係ない。
こんな関係でも与謝野晶子にとっては魅力ある男であり続けたのだろうから、
晶子は鉄幹の子供を12人も産んだし、生涯ずっと連れ添い、世界・日本各地を共に旅する。

短歌の面では一番最初のプロデューサーだけだったが、
その後は、晶子の内面にある才能を発揮させる役割として、プロデュースを続けた。

だからこの夫婦は二人で一体、晶子が情熱の歌人たる所以は与謝野鉄幹にある。
与謝野鉄幹なくして、与謝野晶子はなし。
夫婦の愛情のカタチはいびつだったが、晶子の才能を引き出したのは鉄幹ならではのこと。

 

情熱の歌人・与謝野晶子の短歌

 

与謝野晶子は情熱の歌人と呼ばれた女性。


その情熱は、一体何から生まれたものなのだろう?
歌集『みだれ髪』には次のような歌が詠まれている。

 

『おりたちて うつつなき身の 牡丹見ぬ そぞろや夜を 蝶のねにこし』


牡丹が咲いているところから連想すれば季節は春、
それも初夏に近付いてすっかり寒さの消えた晩春のことかな。

蒸し暑くもなく肌寒くもない夜の空気に陶酔したのか、
つい庭先へ出てみた晶子の目に、大形の花を開く牡丹が入ってきた。

本来、その光景は歌に詠まれることなく、晩春の夜の夢として終わるはず。
しかし与謝野晶子は、牡丹の上で休む一羽の蝶を見つけて、あるイメージを膨らませていた。

牡丹に甘えるように眠る蝶に、自分の元で夜を過ごす恋人の姿を重ねた晶子。
そして、蝶を引き付けている牡丹は自分自身だと感じた。

この歌が収められた『みだれ髪』が世に出てから100年。


21世紀の現代でこそ、この歌は抵抗なく私たちの心に入ってくるが、
この歌が詠まれた100年前の当時ではどうだったのかな。

同じシーンを目にしたとしても、晶子の解釈とは反対に、 あわれな蝶を女と思い、
蝶を自分の元に引き付ける牡丹の花にこそ
男を投影させる方が当時の常道だったのだろうと僕は推測する。

しかしこの歌では、明らかに牡丹は晶子であり、世の女性たち全般のこと


他の晶子の歌に出てくる花という花が全て晶子自身、
もしくは女性全体を指しているという事実。

当時の歌の世界では花という言葉は女性を表すのが通例だったことからも、意図は明白なのに。


牡丹と蝶の関係では、間違いなく主役は牡丹。
当時の恋愛感覚では、女が男を凌駕するものだと公言するのは一般的ではなかったはず。


本来の歌意は、恋人に逢えない夜のさみしさを歌ったものでしょう。
恋に落ちている時は何を目にしてもそれが恋の延長上に見えてしまう、
そんな女心が溢れているせつない歌だ。

夜の闇の中、庭に佇んで蝶の止まる牡丹を見ている与謝野晶子の姿には、
人を寄せ付けない迫力があったのだろうな。

 

鬼気迫る光景の歌から私が感じるのは、
じっとしていては身体中から溢れ出してしまいそうな与謝野晶子の情熱とエロス。

自分の魅力は、空中を自由に飛び回る蝶をも引き付けてしまうと歌った晶子。
大輪の花を知らず知らずのうちに自分自身と見立てている。

この歌からは、晶子の自分自身に対する揺るぎない自信が見えてくる
自意識過剰ということではなくて、単純に歌としてその自信が美しく聞こえるよ。

 







Copyright© ケンボックス , 2020 All Rights Reserved.