出向任期満了、上限3年間の親会社への国内派遣が終了

投稿日:2011年11月30日 更新日:



遂に、出向期間満了となり、私は非現実から現実へと解き放たれた。

3年、実に3年もの長い長い旅路でした。
物事にはみなすべて始まりと終わりはあると知っているものの、この出向期間のゴールは想像ができなくて、
一日一日を着実に過ごしていても、次の自分の道は完全に闇の中だった。

それがね、最後の引継ぎや荷物整理、それから英語でのFarewell Speech、
百何十人を前にした挨拶、照れてしまった送別会、別れの感謝の意、
異動のときにしか味わえない貴重な場面を通じて、また一回り大きくなった私だよ。

「柔らかいのに強い」というありがたい評価をいただいて、多くの人に「ありがとう、これからもよろしく」と言われて、ありがたい限り。
最後まで一息に駆け抜けて、結局少しも息を整える瞬間が無かった3年間。
最後に感じたのは、成果をあげ、自分の実力を向上させられた、という確証。

いざ、日常に帰ってみると、また気付きがある。
華やかだったあのポジション、すごい仕事を私はしたのだな。
元の現場に戻れば、3年前はプロだった自分の力は痩せ細り、ハイアマチュアへ。
これからまた時間を掛けて現場感覚を取り戻していくけど、それ以上に、私は今、疲れきっている、燃え尽き症候群だ。

まずは自分の心と身体をメンテして、来年からは本当の私に戻ろうじゃないか。
人生の中で、ここまで心身の疲労を積んだ日々など、もう二度とないだろう。
めまぐるしい3年間の出向だった、サラリーマンとしては前後最高の経験。

3年前、D90を初めて手にして、緑化センターで試し撮りしたことを思い出した。
走り終わった今の私は、エネルギーを出し切って、枝から地面へと零れ落ちた残骸。

さぁ、どういう絵をかけば、次の私へと生まれ変われるかな。
よく頑張ったな、私。
最高の冒険、新しい私、強い力、これでもう恐いものなんてない。

 


2011年3月11日

東日本大震災に思うこと 節電とインフラへの低負荷

詩的にはならない、詩的日記。
どういう風に言葉にしたためようか、迷いに迷う案件だ。

東日本大震災という、もの凄い災害が日本に降りかかってきた。
多くの人が苦しむ中、僕の住む愛知県ではほぼ何も影響がない。
テレビに映される深刻な画像に釘付け、でも自分は変わらず幸せなまま。
何よりも、今の僕にできることは何だろうって、これは悩むよ。
せいぜい出来る限りの節電と、遠出をしないことでインフラに無用な混乱を加速させないこと。
まぁ僕にはこのぐらいしかできないのが、悲しいことだね。

東北・関東大震災に思うこと.jpg

幸いにも東北の親戚、関東の家族たちには大きな被害はなかった。
しかし昨年訪れたあの福島の美しい田園風景、子供の頃に釣りをした海原、
高校生の頃に一人旅した松島・岩手など、あの光景が全壊したなんて、惨状は心に突き刺さる。
高校生3年に、阪神淡路大震災が起きた。
あの時はボランティアで神戸に行って、幾ばくか、直接の手伝いができたけど、
今の会社生活を考えると、僕が直接できることはあまりない。

今を精いっぱい生きよう。
平和を享受できる今の生活の幸せを噛みしめること。
被災地の一刻も早い復旧を祈る、なんて他人行儀な言葉は、迂闊すぎて口にできないよ。
こういう惨事に、何か世に明るい兆しを示してあげられる存在になりたいものだな。







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