ビーチフォーク レイク

行き先はどこでも良いのだ、運転に慣れることが目的なのだから。

グーグルマップで適当に選んだのがビーチフォーク・レイク。


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ウェストバージニア州ラバレットにある野生動物保護区。

冬だから動物にも遭わないし、キャンプをするわけでもないけど。


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ハンティントンからBeech Fork Lake Marinaまでは森の道、別荘じゃなくて普通に住んでいる家が並ぶ。

街に住む必要性を持っていないアメリカ人に感心。


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冬のBeech Fork Lake Marinaには何もない。それ以上言葉もない。


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そのまま帰るのも消化不良、さらに山の中の細い道を通ってBeech Fork Camp Groundsへ。


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さらに凄い場所にも住居があり、車がある=本当に住んでいる、ということに驚く。


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冬のBeech Fork Camp Groundsには何もない。それ以上言葉もない。


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もうどんな目的地へも自分の運転で行ける自信が深まった。

夏の色が皆無の写真ばかりになったが、これも初期の思い出になればいいな。
 


ニュー・リバー・ゴージ橋

ニュー・リバー・ゴージ橋を最初の冒険地に選んだ。

自分で企画して、自分で運転して行って帰ってくる、それだけで今の僕には良い試練。


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フリーウェイ64号線を走るのは問題なかったが、途中でまさかの料金所(2ドル)。

19号線までフリーウェイにしようと思っていたが、単調な道に飽きたので降りて下道へ。

しばらくすると19号線に出て、ニュー・リバー・ゴージ橋の上を車で通過する。


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ビジターセンターに車を停め、展望台のほうへ歩いていくと、この景色に出逢う。

一人でも嬉しかったよ、東のグランドキャニオン(大げさなキャッチフレーズ!)、

周りから言われた通り、そんなに凄い景色ではないけど、自分の運転でゴールにたどりつけた。



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それから谷底までONE WAYの下り坂を進み、川底からニュー・リバー・ゴージ橋を見上げる。

この景色だな、ウェストバージニアらしさを写真で表現するのなら。


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今回は出張だからミラーレスカメラしか持ってきていないけど、次はフルサイズで撮ろう。


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真冬なのに15℃はある温かい日、マウンテンバイクで来ている人もいた。


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New Riverといいながら、全米で最も古い川で、世界でもナイル川の次に古いとか。



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当初は利便のための橋だったが、次第に観光名所としてウェストバージニア州の顔となった。

半日もあれば十分な見所、記念すべき僕の最初の冒険地。


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朝焼け、黄昏、真夜中、新緑、紅葉、NDフィルターでの長時間露光、どの写真も試してみたい。


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チャールストンから1時間半ぐらい、気軽に行ける観光地はここぐらいかな。

ニュー・リバー・ゴージ橋との初めての遭遇。



4歳5か月

「カイガイ」というものを覚えた4歳5か月。

パパが11月末と12月末にカイガイに行ってしまったから。

12月のアメリカ出張から帰国し、久しぶりにレイナに会ったら第一声が「パパ、カイガイ行ってきたの?」。





こっそり書いてしまうと、どちらの海外でも娘に逢えない時間が寂しかった。

i-phoneにある動画や写真を見て元気をもらっていた。

「パパいなくて寂しかった?」と聞くと「寂しかったよ」とのお答え。

嬉しく受け止めておこう、優しいウソかもしれないけど。
 


アメリカ大冒険 1

これから数年続くアメリカ生活の始まり。

いい大人になって、なんでもできるワザを習得したはずなのに、出発前の不安だらけ。

抑えることも儘ならない我が心よ。

年明けまで2週間弱続くアメリカ出張、いつか振り返って一笑するために、失敗談を残しておこう。


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空港バスの到着が遅れ、最初から乗り遅れを心配していた高速道路沿いのバス停。

何故かついていた空港VIPアテンドにうろたえ、自動化ゲートは自力で突破ならず。

グローバルラウンジではなく、カードラウンジに入ってしまったのも失態か。

バルクヘッドのコンフォートプラスは足元が広かったよ、モニターも机も出すのに苦心。


司馬遼太郎さんの「関ヶ原」3冊が今回の本のお供、アメリカなのに戦国時代なのが良い。

DTWに着くと、ここでもアテンドあり。ESTAがキオスクでは×。

アテンドがいる信頼感からか、お土産が山ほど入ったスーツケースはノーチェック。

ラウンジで食べた軽食が味濃く、逃れられないアメリカを感じていた。


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夜、LEXの空港に出迎えに来てくれた先輩と握手、「とうとう来ちゃいました」。

翌日はクローガー、日本食材店で食料品を見つつ、なんとか生きていけそうなことを確認。

事務所に寄り、そこからCRWまでのロングドライブ同乗。


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試練の開始はCRW到着後にレンタカーを運転すること、初めての左ハンドル+右側走行で、先輩の車に付いて行く。

両の手のひらから汗が滲み出し、体温が上がる。

結局、運転に慣れるのに1週間はかかった。

よく覚えているのは急に視野が狭くなったこと、日本では左右前後の安全確認を余裕でできるのに、

左ハンドル+右側走行では隣の車線すらろくに意識できず、自分の今だけに終始。

それでも怯えることなく自分ひとりで夜の空港まで走ったり、道と要領を覚えるのに積極的に。


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こんな田舎でも日本食風レストラン(中国人が経営)が幾つもあることに驚き。

TGI FRIDAYSで食べたハンバーガー、メキシコレストランで食べたタコス、

クリスマスイブにカジノで先輩と食べたステーキ、クリスマス当日のCRW市内インドレストラン。


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あとは時差ボケ+睡眠不足と格闘しながらの仕事、先導も楽ではない。

こんな僻地にあるのね、WV工場は!とびっくりしたよ、霧と鹿が出る何もない道の奥にある。

運転が冒険だった、ある時一人で帰るWV工場からの道、ちょっと慣れた自分を褒めてあげた。

19歳の僕は運転はできなかったけど、今の僕はアメリカという国を車で回れるんだ。


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奇遇はあるもので、日本での自分のお客さんに、WV工場の安全講習で隣席になった。

もしや?と思い話しかけてみる積極性、しかも一番のキーパーソン後任者だったという意外。

次第に一人で仕事もできるようになり、戦力として通用するようになった。

ハーツのネバーロストさえあればどこでも行けそうだ、と思えてくる。

仕事のピークは1週間ほどで終わり、先輩らが帰ってしまった後、第2のアメリカ大冒険が始まったのかな。
 




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