愛・地球博記念公園 ランニング

愛・地球博記念公園でランニングと写真、お供は新調したてのカメラ NIKON1 V3。

ここしばらく三好池で距離を走ることばかりしていたが、久しぶりに初めての場所を走る。

本当はNIKON1 V3の試し撮りがメインなんだけど。


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300mmの望遠レンズをNIKON1 V3につければ、810mmもの画角に!

この圧縮感にびっくりした、ピント合わせの難しさに恐れ入った、V3のオートフォーカスの速さに関心した!


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噴水で遊ぶ子供たちを、シャッタースピード1/2500秒まで上げて切り取ってみる。

僕の今までの写真にはあり得なかった絵だ、なんだか一気に幅が広がった気がして嬉しかった。


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ランニングには望遠レンズは持っていけないので、10-30mmのキットレンズを。

まず安心したのはV3の大きさ・重さなら走りに携帯できるよ、ミラーレス一眼を持ってトレイルラン、走りも写真も。


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リニモが走る光景、何やら面白く派手なモノたちが幾つもある愛・地球博記念公園だね。


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思い出すのは2005年の愛・地球博、愛知に引っ越してきた直後に開催されていたよ、あれは暑い夏。


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ランニングコースが整備されている愛・地球博記念公園、あぁ、駐車場が有料でなかったら頻繁に来るのに。


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NIKON1 V3の画像はミラーレス一眼への思い込みを破壊してくれた、これはもう立派な一眼レフだ、十分な画質と操作性。


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ブログに気軽に乗せる写真のレベルは超えていて、一応のアートとして成立するような画質。


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これからこのNIKON1 V3と一緒に色々なところを走って、写真を残そう。楽しみだ。


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「サツキとメイの家」を高いところから写す。


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愛・地球博記念公園内をグルグルと適当にランニング、フラットなコースからトレイルランコースまであります。


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整備された道と見どころの多い公園、走るにも写真を撮るにも良い場所でした。
 


京都一周トレイル 西山コース トレイルランニング

京都一周トレイルランニング、1日40kmを走ったり歩いたりする大冒険。

朝6時には上桂駅をスタート、鈴虫寺を通り過ぎ、まずは苔寺まで。

 

前回の京都一周トレイルラン(伏見稲荷〜大原37km)では朝の出発が遅く、コースアウトが多かったが、失敗は繰り返さない。

なにしろ40kmだ、僕にとっては人生最長距離のトレイルランニング。

 

 

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完全予約制の苔寺はいつか訪れたい場所の一つ、外から見ても特別な気配を感じた。

 

 

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京都一周トレイルの標識は親切丁寧で、数多く、ありがたい仲間。

 

 

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苔寺の裏山はキレイな竹林、松尾大社の裏山を越えて嵐山方面へ。

 

 

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感動したのはこの景色、嵐山・嵯峨野と渡月橋を山の上から見渡す角度。

未知の京都に出会った気がして、足を止めて見入ってしまった。

 

 

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嵐山をくだっていると、ここもまた竹林の名所が、目を細めて景色を楽しませてもらう。

 

 

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阪急嵐山駅前のミニストップで食料品など買い込んで荷物整理していると、僧たちが隊列を組んで駅へ向かってきた。

京らしい光景だなぁ、早朝=僧=格別にありがたい気がする。

 

 

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「渡月橋を走って渡る」なんて、光栄なこと、特異なこと、貴重な体験。

こうして見ると嵐山は高く、あの絶景も納得、そして嵐山にその昔は城が築かれていたのも合点。

 

 

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嵐山公園展望台で標識を見失い、林を降りて着いたのが御髪神社、髪が多すぎるぐらいの僕なので一礼して通り過ぎる。

 

 

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常寂光寺二尊院祇王寺念仏寺と、嵯峨野の道を軽快に走り去る。

いつもは一眼レフを持って写真に夢中になったこの場所をRUNするとは面白い体験だ。

まだ朝8時だから人通りも皆無で、お店も開いていない、こんな嵯峨野も初めてね。

 

 

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とにかく先が長いから、嵐山・嵯峨野ではゆっくりするつもりはなかった、平地だし一息に駆ける。

 

 

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念仏寺・奥嵯峨野鳥居本から景色が転調、観光地から一昔前の景色へ、六丁峠を過ぎたら都から山奥へ変容。

 

 

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六丁峠直後の景色はすでにローカル鉄道気分、山ひとつ越えたらこんなに違うとは!

 

 

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桂川と清滝川の合流点・落合の絶景。

 

 

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ここまでほぼ道に迷うこともなく順調に距離を稼げたよ、華やかな嵐山・嵯峨野はおしまい。

高雄までは川沿いの平地、その後は山だから、まだしばらく走り続けようと先を急ぐ。

 

 

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また驚いたよ!清滝川沿いのトレイルはこんな景色の中、本当に七変化、様々な表情を見せる京都一周トレイル。

 

 

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ゲンジボタルが見られるという清滝川、京都は本当に見どころに飽きない場所、走って知る新しい京都ね。

 

 

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愛宕山への登山口、比叡山と並ぶ信仰の山。

 

 

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美しいトレイルが続くのです、京都一周西山コース、別に美術館の中を走っているわけでもないのに。

 

 

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高雄の川床料理店の風景、木と川の眩しい緑を楽しむなんて贅沢だなぁ。

 

 

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神護寺の参道へ出た、ここはいつかお参りに来たことがある道だから、「あぁここね」と点と点がつながった。

苔寺から神護寺まで15km・3時間半ほど、目まぐるしく景色が変わっていくドラスティックな展開だった。

こんな高いレベルで楽しませてくれるトレイルは他にはないだろう。

 

 

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高雄の白雲橋からは長い登り坂、特筆すべきは一体の杉の美林。

 

 

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自然にしてはキレイすぎる林、後で調べると北山磨き丸太という有名な木材の産地だった。

 

 

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次に見えてきたのは、なんと山奥の湖・沢ノ池、そのサイズや水のキレイさ、周囲の鳥さんのさえずりは逸品。

またも劇的に転調する京都一周トレイル西山コースの仕掛けにびっくり。

 

 

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たまには自分撮りを、全身黒にしつつ、ヘンリーハンセンの爽やかなマリンブルーのカットソー。

去年からの健康管理が成功して体重は60kg、今が大人になってから一番走りにキレがある。

先月からトレーニングもしっかりしてきたし、40km走れる体になっての京都一周トレイルラン挑戦です。

 

 

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石仏たちにご挨拶、このコースもしっかり整備されているから走りやすさは抜群。

梅雨入り直後で道はぬかるんでいるが、気温は30℃手前、まだギリギリ走れるコンディションね。

今を逃すと体力の消耗が激しくなるから、ラストチャンスと思って今日走ることにした。

 

 

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京見峠一帯からはかつて京都の街並みが一望できたという、今も部分的には見える。

 

 

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20km走り、お昼近くになったからお腹がすいてきた、すると「山の家 はせがわ」の看板が。

 

 

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山奥のロッジ風レストラン「山の家 はせがわ」でハンバーグをいただき、小休憩。

風が心地よく、美味しい料理に体力が回復していく感じ。

 

 

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さてあと20km走ればゴール、そろそろ足にも疲れがたまってきた頃。

氷室別れを通り、氷室方面へと向かう、僕が是非とも訪れてみたかった氷室へ。

 

 

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「氷室違い」だけど、氷室神社で丁重にお礼をのべました。

ありがとう、もう20年間もあなたの音楽のファンです、いつもいつの時もあなたの音楽に励まされました、氷室京介様。

 

 

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氷室はのどかな農村、京都の市内からそう離れてもいないのに、こんな場所があるなんて、落差に驚き。

 

 

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氷室跡があるというので、疲れていても寄り道せざるを得ない、だって氷室さんに触れ合える気がして。

 

 

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これが氷室跡のひとつ、ここに穴を掘って氷を保存しておいたのが氷室だという。

「真夏なのに氷室は秋の風」、確かに涼しい気がした。

 

 

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夜泣峠あたりになると疲れがたまっていると感じた、ここまでの時間と距離は順調、まだ歩けるのでゴール到達が見えてきた。

 

 

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鞍馬手前のニノ瀬に降りてくると、不思議な場面に遭遇。

老朽化で「このハシ渡るべからず」となった橋、まるで一休さんのトンチのように。

 

 

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鞍馬名物の天狗さん、前回の伏見稲荷からの挑戦はここをゴールにしたかったのに、到達できなかった。

今回は準備万端+経験を積んだので、40kmを完走できそう、すごい冒険だね。

 

 

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鞍馬寺は人で賑わっていた、それから朝から晴れていたのに、ここでポツリ、と雨がきた。

 

 

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ラストスパートをかけて薬王坂から静原へ、また氷室のような山里に出た。

 

 

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もう登りと下りでは走れないけど、平地ならまだ走れるよ、静原神社付近を走って元気に通過。

 

 

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江文峠はキレイな道が続きます、ますます雨が強く、予想外の展開に戸惑った。

 

 

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ゴールの大原に着いて、達成感にひたり、のどかな風景に癒される、と思いきや大雨に道を阻まれ民家の軒下で雨宿り。

まだ時間も5時過ぎ、大原三千院まで行けば42.195kmになるかなと思っていたのに上空は雨雲に覆われてしまった。

5時半のバスを捉まえようと、雨の勢いが弱まった時を狙って戸寺バス停前までダッシュ、まだ走れたよ、僕。

 

 

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こうして京都一周トレイル70kmを走り/歩き通す冒険を2日に分けて達成できた。

見どころが多く、しかもそれが歴史古いものだとか、有名なものだとか、その合間に現代の華やかなものもあったり。

転調の多さに感動、これほど素晴らしいロングトレイルは他にはないだろう。


考えれば1日で10里/40kmなんて大冒険は十代の頃にもしたことがない。

未知の自分にも巡り合えたし、大好きな京都を一層深く理解した気になって、満足な京都一周西山コーストレイルランニングだった。

 



京都一周トレイル 東山コース トレイルランニング

京都一周トレイルをトレイルランしようと思った、37歳になったので37kmを。

 

東山コースの伏見稲荷からスタートして、目標は鞍馬寺まで。

 

寺社を訪ねて30回ぐらいは京都に来ているが、京都外周の山野は足を踏み入れたことがない。

 

京都の地形を理解し、普段は行かない場所にも行ける興味深いコースだと思って。

 

 

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朝6時から走り始めるつもりが、前日夜に早く家を出れず、なんとスタートが8時まで遅くなった。

 

京都一周トレイルの第1号標識は、京阪の伏見稲荷駅にあった。

 

伏見稲荷には初めて来たから興味津々だったが、最小限に観光して、ひたすら先を歩く。

 

 

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しかし伏見稲荷の朱色の鳥居の数、連なり、魅せ方には驚いてしまった。

 

一眼レフを持ってきて撮りたくなる気持ちを抑え、こんな場所を走れる贅沢にひたる。

 

400段あるという階段を上り、四つ辻まで進む。

 

 

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ようやくトレイルになったのでゆっくりと走り出す。

 

すぐに住宅街になって、標識はあったのだが、見落として進み、大きな寺が見えたらと思ったら東福寺だった。

 

走り出したばかりで元気だったので、紅葉の東福寺を思い出し、境内を散策。

 

 

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東福寺を突っ切って京都一周トレイルに戻れるかと思ったらムリで、結局元の場所まで戻る羽目に。

 

この往復1.5kmのロスは大きかった、落ち着いて進もうと心に誓い、御陵と泉涌寺を通過。

 

 

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i-phoneのグーグルマップで経由地に印をつけておいて、GPS機能で迷わないようにしたつもりが裏目にでまくり。

 

悲田院の境内まで走ってしまったら、眺望は良かったものの、ここでもコースアウト。

 

 

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剣神社を過ぎた住宅街でまた道に迷い、通行人から声をかけられて感謝。

 

度重なるコースアウトで心身にダメージ、朝早く出発できていなかったから焦りも出始める。

 

京女鳥部の森に入ると、鬱蒼とした野山、京都市内にもこんな場所があるのか。

 

 

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国道1号線に出たら、致命的なミスをした。

 

渋谷街道に左折せず、そのまま国道1号線を直進してしまって、「あれ車道?」と思いつつ後戻りもできず、そのまま街中へ。

 

これでまた往復1.5kmはロスだよ、ここで大きな心身消耗+時間的な焦りがMAXに。

 

清水山から東山山頂公園へは軽い山登り、あの清水寺の裏はこんな山だったんだ。

 

 

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鞍馬寺までの先は長い、ましてや祭壇の難関・比叡山の登りが待ち構えているのに、こんな場所で時間を使えない。

 

今回新調してきた、SHINANOのトレッキングポール「フォールダーFree」は軽量、強度もある。

 

この強い味方を両手に、将軍塚〜尊勝院〜粟田神社と駆け抜けて、お昼休憩を三条通のコンビニで。

 

焦りつつ、スタートしてから初めてまともな休憩を取り、次の蹴上からに備えた。

 

 

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桜の名所・インクラインは、すっかり新緑に様変わりしていた。

 

蹴上駅からねじりマンボという赤レンガ積みのトンネルを越えて、直進してしまって今日5回目のコースアウト。

 

南禅寺への近道を見つけたが、ここでも心身消耗を繰り返してしまう。

 

 

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日向大神宮までは登坂、「元伊勢」の別名に相応しく、厳かな空気を感じた。

 

 

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ここから山の中のトレイルになり、時間を稼ぎたい僕は走り始める。

 

岐路の思案処では熟考をかさね、コースアウトをこれ以上繰り返さない!と勉強。

 

 

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東山の南禅寺や永観堂の裏はこんな山になっていたんだ、なるほど、紅葉の美しさはここからか。

 

 

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大文字山の山頂に火床があるようだったが、目的地優先になっている僕はコースを直進。

 

今思うとちょっと惜しいことをした、火床は見ておきたかったなぁ。

 

 

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下り坂が続くのでペースをあげて走る、銀閣寺のすぐ裏手なのにこんなに本格的な森があるなんて。

 

 

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波切不動尊の石仏に武運を祈り、霊鑑寺まで降りてくると、哲学の道付近の観光地に着いた。

 

 

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トレイルランニングの格好はちょっと恥ずかしいぐらいの観光客の数、ゴールデンウィークの京都だからね。

 

哲学の道から銀閣寺へ、白川通のサークルKで休憩を取りつつ、日本バプテスト病院まで。

 

 

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京都一周トレイルの最難関・比叡山延暦寺越えを前にして、ますます焦る僕。

 

すでに2時、予定よりも2時間遅れだなぁ、スタートの寝坊と途中5回のコースアウトが響いた。

 

伏見稲荷から銀閣寺から18kmほど、鞍馬寺までまだ半分なのに6時間が経過、太陽が落ちる7時まであと5時間。

 

足と体の疲れはまだ大丈夫だけど、時間が足りなくて鞍馬寺までは行けないかもしれないな・・・。

 

比叡山延暦寺か大原で終わりにしないといけなくなるかも、と弱気になった頃。


日本バプテスト病院から大山祇神社へ、沢沿いの登山口という雰囲気。

 

 

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比叡山延暦寺に興味がある、京都からすぐの距離なのに戦国時代は独立した勢力だった。

 

距離感や地形を肌で感じれば、何か分かるものがあるだろう、と楽しみにしていた。

 

標高800m級の比叡山一帯を登って、また大原で降りるのだから京都一周トレイルでもキツいコースなのですが。

 

 

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比叡山ケーブル駅まで約2時間、無心で歩き通した。

 

途中は登山そのもので何も写真に残したいものもなく、無名の石仏が迎えてくれたりもしたが、中難度の山登りそのもの。

 

 

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ふと気づけば京都の街並みが眼下に、都を見下ろすとは大したポジションだよ、比叡山。

 

深い山林、もはや都とは別世界ね、近くて遠い。

 

 

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閉鎖されたスキー場、この周辺から空気が変わってきた気がする。

 

文化の香りが、非日常の匂いが、下の写真のトレイルに顕著なのだが、カメラに撮りたくなる美しい気配。

 

 

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18:00からの暗闇到来まであと2時間、鞍馬寺までは無理だ。

 

比叡山延暦寺からバスで帰るか、大原まで山を下りたところで終わりにするか、行けるところまで行こう。

 

 

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比叡山延暦寺、以前に車で来たときと違うものを今日は感じた。

 

一言でいうならパワースポット、修行僧たちの特別な気配。

 

夕方になり人気も少なくなっていた比叡山延暦寺付近を歩けば、世俗を離れた空気が強い。

 

 

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通過するだけでは惜しくて、もっと時間をかけて写真を撮りたいなぁ、紅葉の頃かなぁ、とつくづく。

 

なるほど、地理的には近くても、都とは別物だね。

 

こんな山城に多くの僧兵がいて、宗教という強い絆で固まられては手強い勢力だ、これが比叡山延暦寺か。

 

 

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比叡山延暦寺を満喫した後からが勝負だった。

 

せめて大原まで暗くなる前にたどり着きたい、それにはここからの山下りを本気のスピードでしなければ。

 

伏見稲荷から30km近く動いてきたが、足に重い痛みもなく、まだ平地を走れる。

 

横川中堂まで一息に走り、仰木峠手前の急な登坂に息を切らしつつ、先を急ぐ。

 

 

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仰木峠を18:00前に通過、ボーイスカウト道を下り、林道から大原へ。

 

大原の優しい田園風景が、時を急ぎ続けた僕を迎えてくれた、京都一周トレイルランニングのゴールの時。

 

伏見稲荷から大原までは34kmだけど、コースアウトを3km以上した僕にとっては37kmの目的地ということで。

 

 

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朝8:00に伏見稲荷をスタートして、18:30に大原。

 

結局、登坂/下坂が多くて全体の1/3も走っていない気がするよ、しかし体は元気でまだ10kmぐらいは動けそう。

 

やはりスタートの遅さと、途中のロスタイムが悔やまれる、鞍馬寺までは行けたなぁ。


途中、何人かの人たちに話しかけられたが、「伏見稲荷から大原まで走ります」と言うと、みんなびっくりしていた。

 

それも分かる気がする、とんでもない距離だからね。

 

 

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京都一周トレイルランニングは良い刺激となりました、ロマンに溢れるコースで、長丁場でも飽きることがない。

 

いにしえの旅人たちもこんな移動をしていたのだろう、と考えると僕の趣向に合って。

 

京都の街中だけを歩いていては知ることもない地理感覚や距離感覚が分かり、京都がより身近なものに。

 

37才・37km、一生忘れられない一日になったなぁ。

 



桶狭間 ランニング

熱田神宮から桶狭間までランニングしようと思った。

戦国時代ファンのわたし、せっかく愛知県に住んでいるのに戦国時代の痕跡をたどらないのは惜しい。

車じゃなく自転車じゃなく、走って当時の感覚を掴んでみようという冒険。


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清洲城か名古屋城から走ろうと思ったが、距離が長すぎるので諦めた。

熱田神宮〜鳴海城〜大高城〜桶狭間で25kmぐらいだから、こっちを選択。


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織田信長と同じく、熱田神宮に戦勝祈願をしてからのスタート。

さぁここからは織田軍の兵卒になった気分でお殿様の馬を追うように走るのみ。


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熱田神宮の中に、信長塀というものが残っている。

桶狭間の戦いに勝利した信長が、熱田神宮に感謝するために奉じたもの。

400年前のものと触れ合える楽しみ・ロマンが良いね。


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iphoneのグーグルマップに経由地データをあらかじめ登録しておき、GPSで位置チェックをしながらの走り。

迷うこともなく、大喜〜津賀田〜井戸田〜中根と街中を東へ走り抜ける。

野並で天白川を越えて、一息つく(下の写真)。

天気は良いが、そう暑くもなく、汗も出過ぎることはない、消耗は少ない。


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そこから丹下砦(現在の光明寺付近)までは真っ直ぐな道。

一言言いたい、見事なまでに平坦な地形だったから、走りやすかったよ!

当たり前だけど、地形を把握した上での冷静な移動経路だ。

熱田神宮からここまで1時間半ぐらい、信長は2時間かかったらしい。

でも、信長軍は清洲城から熱田神宮まで12kmぐらいを鎧・武器装備の上で明け方に強行移動している。

道の整備具合こそ大違いだろうし、当時の人たちのタフさを窺い知った。


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信長が最初に入った丹下砦は、現在では何の痕跡もなく、この光明寺の付近にあったと言う。

平坦な道が続いていて、急に高い丘が見えたから「ここら辺かなー」とすぐに推測できた。


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続けて善照寺砦まで、「砦公園」という名前が残っていて、ここもまた小高い丘の上。

「丹下砦」「善照寺砦」「中嶋砦」の3つの砦は、今川軍の鳴海城を孤立させるために織田軍が造った付城。

鳴海城をぐるっと囲むように砦を構えて、人と物資の往来を封じる戦国テクニックね。


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善照寺砦からは遠く大高城方面が見えた(下の写真)。

現在は建物に隠れているが、敵対する鳴海城はもちろん良く見えたはず。


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その善照寺砦からすぐ、鳴海城へ駆けつけると、そこも高い丘の上はもちろん、「鳴海城跡公園」が残っていた。


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あまり大きな城跡ではなく、ごく普通の公園だったのがちょっと残念。

現在の本丸は↓の富士山みたいなヤツか。


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鳴海城の裏は海や沼地だったから、3つの砦に囲まれてはどこにも行き場がない。

ひとつの砦を攻撃しようものなら、他の砦から挟撃を受けるだろうし、迂闊に手が出せない。

そして消耗戦・にらみ合いが続いたのだろうと連想させた。


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最後の中嶋砦へ向かうと、そこは平野だが、扇川と手越川という2つの川の合流点にあった。

山・山・川と封鎖されては鳴海城は厳しい。

このあたりの地形の感覚を肌で見れただけでも、信長の足跡が聞こえた気がした。


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ここまでで13kmぐらいを走った計算になるが、まだ疲れは大丈夫だ。

敵軍とこれほど近い距離で接するなんて、いつ攻められるかというプレッシャーで夜も眠れないだろう。

鳴海城から大高城方向へ走ると、これもまた平坦な道、昔は海や沼地だったと言われて納得。


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鷲津砦付近に差し掛かると、急勾配の丘に目を奪われる、それはここに砦を構えるだろう。


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今は鷲津砦公園となっているこの場所、まず他の織田陣営の砦の中で一番規模が大きい気がした。


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こんな攻めにくい砦を落とすとは、今川軍の朝比奈勢の本気度も凄まじい。


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現在の鷲津砦は鬱蒼とした深くて暗い森に包まれている、小さな山城のようだ。


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すぐの距離にある丸根砦跡、ここも小さな山城のような佇まい。


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守るのは良いが、退路がないから全滅と言う言葉も納得できる、無残で言葉にならない。


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大高城付近まで走っていると、当時の大高城下の繁華街に出た。


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大高城跡、ここが今日一日回った中で最も規模が大きく、きれいに保存されている史跡だった。


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新緑が眩しい大高城跡公園内、あの徳川家康が若かりし日、兵糧の運び入れで活躍した城だ。


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ここから出撃して、鷲津砦・丸根砦を落としたという事実。

両砦を落とせるぐらいなのだから、あと1日あれば鳴海城周辺の丹下砦・善照寺砦・中嶋砦も危うかったはず。

今川軍が万全の構えで進軍していたことを感じたような気がした。


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GPS機能を使いすぎたか、ここら辺でiphoneのバッテリーがいつの間にかなくなっていた。

大事な情報網を絶たれ、お昼ご飯を食べていなかったわたしは窮地に立たされていた。

長戦では兵站が大事だと知っていたのに、準備不足か。


それはともかく、大高城付近を制圧した今川軍が進むべきは鳴海城、その先は尾張の中心地。

信長の決断・桶狭間の戦いがあと1日でも遅れていたら、歴史はまるで違ったものになっていたのだろう。

ここまで18kmぐらいは走っていて、疲れが目立ってきた頃。



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有松に入ると、東海道の宿場町の面影を色濃く残した道があった。

いよいよ桶狭間という地名が残った町へ走っていく。

東海道からすると丘の上、今は住宅街だが、当時は野山だったのだろう。


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桶狭間の戦いの史跡が数多く残っているから、ひとつひとつ回ることにする。

七ツ塚はGPSがないと探せないか?と心配していたが、偶然にもすぐに看板を見つけた。

たたりがあってはいけないので、写真はほのかな感じにしています。


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桶狭間古戦場公園まではすぐの距離、いよいよ着いたよ、本日最大の目的地。

田楽坪とも呼ばれる窪地、あの今川義元が最期を遂げた場所と伝えられている。

 

 

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歴史的な大戦があったとは思えない平和な雰囲気、住宅街の中の小さな公園。

 

 

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織田信長と今川義元の銅像が立っているのが、今朝熱田神宮から走ってきたわたしにとっては感動的。


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今の桶狭間の戦いの情報は、勝利した側である織田信長が残した記録によるものだから、真偽は疑うべきところがある。

敗北した今川義元からすれば「おい、それはちょっと違うんじゃない?」と言いたいところはあるだろうよ。

歴史書とはそういうもの、勝者に一方的なものだ。


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桶狭間の戦いでの織田信長進軍ルートを改めて見る。

熱田神宮から丹下砦〜善照寺砦〜中嶋砦までは、わたしが走ってきた行路と同じ。

中嶋砦から東海道を通らず北上して桶狭間へ入ったのか、織田信長は。

今川軍前衛をかわして、今川義元本陣に突撃したという意味では奇襲で間違いない。


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少し離れて周囲の地形を見れば、おけはざま山という小高い丘があり、そこが今川義元の本陣だったという。

攻められて逃げ場を求めて丘を下り、田楽坪でいよいよ追い詰められたのか。


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おけはざま山と今川義元本陣跡を求めて歩いたが、どうも見つからず道を下って、豊明市側の桶狭間古戦場伝説地に着いた。


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今川義元のお墓があり、駿河・遠江に加え三河・尾張まで領地拡大した英雄に合掌。


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朝9時に熱田神宮を出て、ここまで距離にして25km、いつの間にか3時になっている。

体力もかなり消耗しているから、今日はここまでと最後のゴールを釜ヶ谷に定める。

残念ながら釜ヶ谷の信長坂(今川義元本陣への突撃ルート)は大学構内にあって、そこをダッシュはできなかった。

それでも鳴海城・大高城・桶狭間の多くの史跡を自分の足で走り、地理を感じて満足だった。


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わたしの桶狭間の戦い所感。

今川義元の進軍は理に適っており、順当にいけば尾張侵攻は成功したのではないか。

織田信長は通説のようなとんでもない奇襲+大逆転劇をしたのではないが、常識破りの行動が奇跡を呼び寄せた。

 ・早朝からの強行移動(今川軍からすると、昨日清洲城にいた織田信長本隊が突如目の前に現れた!)

 ・当時の定石「合戦は早朝開始」を無視した午後2時の開戦

 ・今川軍前衛を避けた桶狭間への突撃(敵陣真っ只中だからリスク高し!)

 ・大雨→止むという天候に恵まれた信長の運 


信長の清洲城出撃があと半日〜1日遅れていたら、鳴海城の付城が落とされていただろうし、今川義元は桶狭間を通過していた。

歴史のIfの範疇だが、すべての必然と偶然が重なって、この桶狭間の戦いの結果になったのだな。

そんなことを感じさせてくれた、25kmの熱田神宮〜桶狭間ランニングだった。

 





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