ワシントンD.C. 思い出

2017.04.22 Saturday

ワシントンD.C.の写真を撮り過ぎて、活用するにも余ってしまった。

 

どうしよう?と考えていて閃いたこと、そうだ、今の写真なのに過去の思い出を書いてみよう。

 

20年前のこと、覚えているピースを記憶から拾い上げ、ここに残してみる。

 

 

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1996年の冬、僕はアムトラックでユニオンに降りたった。ニューヨークからフィラデルフィアに寄った後。

 

1か月の長旅なのにリュックひとつの軽装、洋服をNY5番街のGAPで丸ごと新調した。

 

 

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ワシントンD.C.では駅から徒歩で行けたユースホステルに泊まって、夜はみんなで映画を見た。

 

地下鉄に乗ってアーリントン国立墓地に行ったのだと思う、地下鉄構内を雰囲気ははっきり覚えていた。

 

 

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ナショナルモールを歩いた記憶もある、スミソニアン博物館とかホロコースト記念館とかに入った。

 

カフェテリアのランチ、国立アメリカ歴史博物館の建物の造りを覚えていた。

 

大王イカのはく製、Black/Whiteを分けた昔のゲートが印象強かった。

 

 

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ポトマック川沿いの桜並木を歩いたことも分かっているんだ、桜に興味が薄かった19歳の頃なのに。

 

 

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ホワイトハウス前での記念写真が残っている、フォード劇場にも行ったのだろう。どれだけ歩いた?

 

 

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今は2つも柵に遮られたホワイトハウス、20年前は手前の1つ目はなく、奥の2つ目まで誰でも行けたんだ。

 

 

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ニューヨークやシカゴは治安に怖さを感じたのに、当時もワシントンD.C.ではそんなの感じていなかった。

 

 

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今も書斎にある「EQUAL JUSTICE UNDER LAW」のブックマーク、最高裁判所にも僕は寄ったのか。

 

国会議事堂にも入ったと覚えている、まだ当時は9.11のテロ前で割合平和だった。

 

 

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そうだ、ホワイトハウス内のツアーにも参加したはず。旅慣れていたな、19歳の僕。車と金がなかったのに。

 

 

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今のワシントンD.C.の写真が目の前にあるのに、それを無視して思い出だけを語る、そんな稀な詩的日記。

 

駐在9か月目

2017.04.17 Monday

行動範囲は広がってきている。

 

通算するとレキシントン駐在で9か月を過ごしている。

 

それは英語のヒアリングは上達するし、どの店のどれが自分の味覚に合うものかも分かるように。

 

物欲はますます減少、この土地で買いたいものは結局見つからず。

 

最近の街巡り、ランニング・観光企画のおかげで度胸がついた。

 

遠く見渡せる視野も身についてきた。仕事でのネットワークもまずまず。貯金もイイ感じに。

 

 

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(イースターの季節、タンポポを咥えて我が庭でのんびりする同居人A)

 

 

一方で置き去りにしたもの。

 

英語スピーキング強化のために学校でも通おうか。

 

一人身なのでレストランは全然発掘していない。

 

アメリカ人・地域との関わりが薄いに尽きる。

 

 

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良いところはもっと伸ばすシロがあり、悪いところは手詰まり。

 

仕事もプライベートも一緒ね、性格って。

 

相変わらず我が人生の幸運と実力は続いていて、構わず進めば道は拓けているアメリカ駐在9か月目。

 

ジワジワと範囲を広げていこうよ、1日1つ以上の新冒険を自分に課して。

 

ルイビル夜景

2017.04.15 Saturday

夜景写真映えすると最初から感づいていました、ルイビル。

 

あなたを最大限に美しく撮ろうと、雲が少な目・夕陽のキレイな夕方にやってきた僕。

 

 

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高層ビルが灯りに輝き始めて、でも、まだ真っ暗になる前、空の色も雲の形も分かるぐらいの時間。

 

PLフィルターとNDフィルターを使い、58mmの単焦点レンズ、30秒の露光、全てを僕の好みに。

 

 

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夕陽がルイビルの背中に落ちると期待したけど、汽車が通る橋の向こうに消えて行った。

 

インディアナ州側のリバーウォーク&パークには暗くなっても人が大勢。素敵な場所だから。

 

 

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オハイオ川が海のように見えるよ、四日市の夜景を思い出す、穏やかな色に揃えるのが心地よい。

 

 

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ビッグフォーブリッジは写真に適しているというより、大勢で夜の散歩を楽しむアトラクション。

 

写真上では消えてしまっているけど、多くの人が歩いて治安の面でも全く心配ない。

 

 

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ねぇルイビル、僕はまた夜景写真撮影でこの場所に来てしまうかもしれないね、すっかり満足したから忘れられない。

 

ジンビーム工場見学

2017.04.15 Saturday

ケンタッキーといえばバーボン、下戸な僕でも知っているジンビームの工場見学ができると聞いて立ち寄る。

 

正直に言えばバーボンとウィスキーの違いも全く理解していない。

 

 

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写真撮影の被写体としてのジンビーム工場、なんだか競馬場と似て文化レベルまで昇華している。

 

 

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お洒落な写真が撮れる、事前予約して工場内ツアーに加わればもっと面白いシーンがあったのだろうが。

 

 

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別荘か、避暑地か、リゾート、大人が楽しむ場所、センスを感じるジンビーム工場。

 

 

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どーせ飲めないからと試飲はもちろん、お土産買わなかったけど、バーボンをテイスティングすればよかった。

 

 

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レキシントンルイビルの間、バーズタウン近辺にはこうしたバーボン工場が幾つもある。

 

 

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ジンビーム工場見学、蒸留所から漂ってくる素敵な香りがバーボンだったと僕は信じておこう。

 

リンカーン生誕地

2017.04.15 Saturday

リンカーンとの接点か。

 

僕が中学生の時だと思うけど、アメリカの偉人たちの伝記を読んだ。

 

19歳の時、ワシントンD.C.のリンカーン記念堂で石像に会った。

 

 

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それ以来のリンカーンとの接点、まさかケンタッキー州で生まれ育った方だとは。

 

200年前の偉人、その生家が国立公園として残されていたが、

 

神殿風のモニュメントには空いた口が塞がらない。。。

 

 

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(58mm単焦点レンズでは全体像は写せませんでした)

 

 

工事中だったが神殿の中に恐る恐る入ってみると係員がいて、

 

ヒマだったらしくWelcome!と声かけてきた。

 

この狭いスペースにずっと一人きりは気分が滅入ってしまうよね。

 

極めて質素な丸太小屋が遺跡のように残されている、ここでリンカーンは生れたのか。

 

 

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ホーゲンヴィルの町中に行くと、リンカーン博物館があるわリンカーンナショナルバンクはあるわ

 

リンカーン大人と子供の像があるわ、リンカーンスクエアとか、もうリンカーン三昧。

 

アメリカ歴代一番の大統領を輩出した町だから、それは誇りに思うか。

 

 

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リンカーンが少年時代を過ごした家、Lincoln's Boyhood Home at Knob Creekは

 

住所(7120 Bardstown Road, Hodgenville KY 42748)をナビに入れれば着く。

 

 

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昔も今もきっと変わらぬ自然の中、途中の菜の花畑が鮮やかだった。

 

 

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今後、どこかでまたリンカーンとの接点を持つ機会があるかな。

 

ああいう自然豊かな環境で生まれ育ったリンカーンが大統領になる、なれる国・アメリカ。

 

偉大なストーリーだと思う、何か特異な発想がそこにあることを気付かされる旅になった。

 






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