長篠設楽原PA 写真

そうだ、歴史という宝物がある、PAの活性化に使わぬ手はない。

設楽原の戦い、その壮絶な生死のやり取りを歴史ロマンの楽しみに溶かせるのも現代の平和の成せる業ね。


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織田信長が本陣をおいた茶臼山に続いているよ、長篠設楽原PAは。


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長篠設楽原PAの下りは、織田信長・徳川家康連合軍をイメージ。歴史の勝者の扱いはすこぶる良い。


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馬防柵を観光資源に活かすか、「当時、この場所に馬防柵はない!」とうるさいこと言ってしまいそうになったが、

なんでもいいんだ、あの設楽原の戦いの認知度を上げてくれるのなら。


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長篠設楽原PAの上りは、武田勝頼軍をイメージ。火おんどりでの供養を僕は忘れない。


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眼下に見えるのは設楽原の戦場と1山ずれている。幻のランナー・鈴木金七を紹介する看板に近い。


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時間が経ち過ぎた歴史はロマンを生んで、その当時の凄惨さ・哀しみをみんな拭い去ってくれた。


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楽しいドライブ時間へと昇華してくれた設楽原の戦い。

長篠設楽原PAから岡崎SAへと新東名を走ろう、あの鳥居強右衛門さんが道根往還を経て岡崎城まで走ったように。
 

岡崎SA 写真

新しいものはイイね、岡崎SAがオープンしたので行ってみた。

僕なりの味を出し、一部を写真に切り撮ってみるとこうなるよ、岡崎SA。


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東海道・岡崎宿の香りを出してくる辺りは流行りか、岡崎城がある城下町ならでは。


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温故知新というやつね、昔にヒントを得て現代に心地よい風を運んでくれるのが岡崎SA。


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2週間前にオープンしたばかりだから、凄い人の数。お店の中は人にぶつからずには歩けなかったほどの盛況ぶり。


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屋上(2F)は子供の遊び場になっていた、限られたスペースを上手に使っている。


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岡崎を積極的にアピールするとこうなるのね、創意と努力を感じた岡崎SA。工夫しているのは次の新城設楽原PAも同じ。


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新東名開通は僕の移動事情にもインパクト大だ、これで東京が一層身近になった。
 

岡崎城ビスタライン

ビスタラインは大樹寺と岡崎城を繋ぐ線。

 

古の岡崎城主たちは松平家(徳川家)の祖先をリスペクトするため、

 

岡崎城天守閣から大樹寺を真っすぐ拝むことができるスペースを確保したという。

 

 

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その意味は分かったのだが、私は別のことを考えてしまう。


戦国時代に大名たちが戦での通信手段として使った狼煙(のろし)。


3kmの距離にある大樹寺→岡崎城間は短いが、5kmおきにネットワークされた狼煙の距離に見立ててみよう。

 

 

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見える、視力1.0の僕でも肉眼でなんとか岡崎城が判別できる、電柱に邪魔されていても見える。

 

走っていくにはちと遠いが、ここビスタラインで狼煙を上げたならすぐ分かる。

 

伝えたい情報が何より早く伝わるのだ、狼煙なら。

 

 

 

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この感覚だ。

 

光通信とか望遠鏡のない時代で自分の五感だけを使う。

 

もう絶滅しかけた生の感覚、それがビスタラインに通じるものだと思い、

 

私は目を凝らして岡崎城を見つめていた。

 

ビスタライン

ビスタライン、惹かれるものがある。

3kmの直線、それは岡崎城と大樹寺を370年もつなぎ続けている歴史。


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超望遠レンズ(35mm換算で810mm)で大樹寺からビスタラインを望めば、ほら、岡崎城が。


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地元の方々が長年守り続けてくれた伝説、今も学校にはこんな張り紙が。

眺望を遮る建築物などはビスタライン上には配置されなかった、法で強制したのではなく、岡崎の市民の善意。


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大樹寺の三門、総門を振り返れば、大樹寺の本堂が見える。徳川家の祖先、松平家の菩提寺・大樹寺を敬う気持ち。

三代将軍・徳川家光の命でこのビスタラインは創られ、今日に至る。


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上の写真のように、大樹寺の本堂前からビスタラインを見るのだ。


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肉眼では見れない世界だが、確かに岡崎城が見えている、ビスタラインは現代にも健在だ。
 

白川郷 展望台 写真撮影

白川郷での写真撮影なら、展望台からの一枚は外せない。

ちょっとした高台にある展望台、「荻町城跡展望台」とも「城山展望台」とも呼ぶ。


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視点は高く、合掌造りが並ぶ世界遺産の里を俯瞰できる場所、この土地の支配者の山城だったというのも納得。


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白川郷を紹介するパンフレットに使われる広告写真は、この展望台から撮影されたものが多い。

真冬の白川郷ライトアップでは、ここからの絵が最高の一枚になるのも高名、それは一体どんな苦労の先にある写真撮影?


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2016年から、三脚使用可と禁止の場所が区分けされた。14:00の段階でもうこんなに場所取りの三脚が並んでいる。


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下の白川郷集落から見上げた超望遠レンズの写真がこれ↑、14:30の時点でもうカメラマンがスタンバイ。

17:30-18:00に来る最高の作品のために、寒風に吹かれても一眼レフへの熱情止まず。


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15:30、ますますの人が集まっている。

マジックアワー(日没後の薄明り)と白川郷ライトアップが重なるわずかな瞬間のために。


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これは↑マジックアワーではないけど、こういう夢まぼろしのような写真が撮影できるのが白川郷の展望台。


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16:30、もう身動きが取れないほどの盛況。向かって右が三脚可ゾーン、左が不可ゾーン。

本物の写真が一枚あれば、その一日は最高に充実してくれるんだ、だから何もかも犠牲にして、白川郷展望台まで。

一眼レフカメラとレリーズと三脚、時の移ろいも忘れて一瞬に駆ける甘い夢。
 

 


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