レポート 未来の自動車

「未来の自動車」が授業のテーマになったので、インターネットでグルグルと未来の自動車のイメージを探している。

ちょっと難しい課題じゃない?

大体さ、自動車のことなんてあまり知らないのに、未来の自動車なんてどう書けばいいのか。


とりあえずハイブリッドカーが未来の自動車の最有力候補って書いておけば無難?

もしくは、ゼロエミッションの電気自動車こそが未来の自動車の到達形だって書いちゃえば合格?

 

よーく考えてみよう。

別に先生たちは君たちに自動車の技術的な問題解決を問いかけているわけではないよね。

むしろ、学生にしかできないようなアイディア、想像の飛躍を求めているんじゃないかな?

 

 

 


そうだ、未来の自動車の宿題回答は、思い切って君にしか思いつかない未来の自動車をぶつけてやろう!

ある男の子は「未来の自動車は、柔らかい素材なので事故っても人間を傷つけない」って書いたよ。

ある女の子は「未来の自動車は、毎日の気分でカラーもデザインも自由に変えられるの」って書いたよ。

 

そういうのは面白いアイディアだよね、

自動車会社のプロ・エンジニア/クリエイターたちからは決して出てこないもの。


ネットを彷徨って未来の自動車は見つかるかなぁ。

探している未来の自動車は、君の頭の中のガレージに停まっているのかもしれないね。


で、君はどうする?

まさか、「未来の自動車はブレーキとアクセルの踏み間違えがない構造」みたいな、

中途半端に自動車の機能をいじったレポートは書かないよね?

 

未来の車は空を飛んでいるから、タイヤを必要としていない。

空っていっても、そんなに高く飛んでいなくて、

リニアモーターカーのように、磁力を使って道路から数十センチだけ、浮いている。

運転する人には違和感なく、普通にタイヤありの車を操縦しているのと同じ。

牛車や人力車、水車以来使っていた車輪・タイヤ、そういう概念が外されているのが未来の車?

 

あなたらしく自由な発想で、未来の自動車をレポートしてみてよ。

 



昔の車

昔の車愛好家たちのファンクラブに入って久しいが、年々驚くことがある。

そもそも昔の車、という言葉の境界線がはっきりしていないのだが、

それでもクラウンやフェアレディZぐらいまでが昔の車だという暗黙知。

 

しかし、しかしだな、君!

この前に、若者が乗ってきたのは、トヨタ・プリウスの初代、97年末に発売された車。

 

わたしのような老人にとって、プリウス初代車なんて最近の車、現役の車、あるいは未来の車

まさかそれを昔の車と認識して、昔の車パーティーに乗りつけてくるなんて驚きでしかなかった。

 

ホンダ・フィットの初代や、レクサスに統合されたハリアーさえ、今や昔の車扱いなの?!

 

 

 

 

なんて大袈裟に驚いてみたが、子供の成長を考えれば、十年ひと昔。

だから十年前の車が昔の車というカテゴライズをされても、不思議のひとつもないのでした。


流れる時に沿って、昔の車も段々に若返りをしていくのも、矛盾ではない。

昔の車は、そろそろ「大昔の車」「中昔の車」「小昔の車」のジャンル分けされてもいい。


時の流れは水の流れの如く、いつでも留まるところをみせず、先へ、また先へと。

 



裾野が広い自動車産業

自動車メーカーとシマフクロウが一緒だって、

自動車産業と知床半島が一緒だって、

そう聞かされてすぐに納得できる人がいるはずもない。


自然界にアンブレラ種と呼ばれる存在がある。

トラ・ワシ・シマフクロといった、弱肉強食の頂点に君臨する種だ。

生態系の代表格として知られるアンブレラ種だが、

そのアンブレラ種の傘の下には、無数の動植物たちが存在している。

 

アンブレラ種はひとりでは生きていけない。

多種多様な生物がいてこそ、アンブレラ種が生存できる土壌が確保できる。

 

 

裾野が広い自動車産業2.jpg

 

 

自動車メーカーはどうかな。

彼らだってひとりで自動車一台を製造できるわけではない。

自動車産業は裾野の広い業種と言われる。

ひとつの車を完成させるには何万個という部品が必要で、

その部品製造を担うのは、数多い部品メーカーだ。

 

いいかな、知床半島の多様な生き物がいなくなったら、シマフクロウは生きることができない。

いいかな、自動車の部品メーカーがなくなったら、未来の車を作ることはできない。

 


シマフクロウも自動車メーカーも、その業界の頂点にいる存在に違いない。

しかし彼らアンブレラ種を支えているのは、その傘の下にいる多くの存在。

僕は思うんだ、アンブレラ種であるシマフクロウは、豊かな自然界の象徴ではあるが、

彼ら自身が何か決定的な役割を担っているわけではない。

 

自動車メーカーも日本の豊かなモノづくりの象徴的存在ではないか。

彼らの技術力・生産力・経営力も尊敬に値するものだろうが、

裾野にいる部品メーカーが生み出す巨大なパワーを結合しての自動車メーカー。

頂点に立つものは、そんな謙虚な心を持たないといけないね。

 

 

裾野が広い自動車産業1.jpg

 


身体が大きく、個体の少ないシマフクロウは、特別優れた能力を持った動物ではない。

昼間はひっそりと隠れ、夜間に小動物や川魚を採って暮らしている。

シマフクロウが自然界から搾取しているわけでも、崩壊させているわけでもない。

 

同様に、自動車メーカーは、自分たちの傘の下にいる存在によってこそ生かされている。

一度自分の周りの生態系を失ってしまうと、元に戻すためには

大変な時間と労力が必要になるから、共存共栄するしか未来がない。

 


アンブレラ種は謙虚に。

一度失ってしまった愛は、どうにも元に戻らないもの。

 

自動車メーカーは知床半島を大事にして、シマフクロウは自動車産業を大事にする。

いや、入れ違った。何かを書き損じた。

 



未来の自動車

自動車は何人の人を乗せて走る?

統計を取ると平均で1.2人、つまりほとんどのドライブは運転者一人のため。

それはね、家族みんなで乗るときは広いほうがいい、小さな車では物足りないときもある。


未来の自動車では、PM=パーソナルモビリテイが主流になるだろう。

いつもは一人乗りの車があればいい。


家族用の自動車は家で眠っているか、カーシェアリングがもっと普及して、

複数人乗りの大型車はマンションで数台あればよくて、

それはカーシェアリングで住民たちが予約制の共有化をする。


未来の自動車は自転車化してゆく。一人一台、手軽な乗り物。

TOYOTAのi-unitにその原型を見ることができるんだ。

 

一人乗りの縦のスタイルでは、市街地でも不自然なく走行できるし、

車道では後ろに倒れて小さな自動車のように高速走行できる。

 

 

未来自動車写真2.jpg

 


「行ってきます」と言って彼女は未来の自動車に乗り家のガレージから出てゆく。

駅代わりになったのは、地下道路の出入り口。


ここまで縦走行で市街地を走り、目的地をインプットしながら地下道路に入ってゆくと、

あとは自動走行だから未来の自動車は横の高速走行ポジションになって、

前後左右の乗り物たちと等間隔をあけて走ってゆく。


IT・ITSシステムによって管理されたこの未来の自動車は、

時間に正確で行き先に間違いはなく、決して事故も起こさない。

 

 

未来自動車写真1.jpg

 


彼女が明るい車内で音楽とインターネット画像を楽しんでいる間に目的近くの出入り口まで着いて、

今日はショッピングだからデパートの地下にある巨大駐車場に

未来の自動車は自動停止し、そして彼女は地上に上がるだろう。

 

買い物の成果は、店から未来の自動車まで直送されるに違いない。

重い荷物を持ちながらショッピングしなくてもいいように。


もうこんなことが現実のものとして視野に入ってきているよ。

未来の自動車は、無駄を省き、コンパクトでインディビジュアルに、

大衆に自分を合わせるのではなくて、より自分に合う乗り物さ。


あぁ、これが未来の自動車、待ちきれないね!

 





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