裾野が広い自動車産業

自動車メーカーとシマフクロウが一緒だって、

自動車産業と知床半島が一緒だって、

そう聞かされてすぐに納得できる人がいるはずもない。


自然界にアンブレラ種と呼ばれる存在がある。

トラ・ワシ・シマフクロといった、弱肉強食の頂点に君臨する種だ。

生態系の代表格として知られるアンブレラ種だが、

そのアンブレラ種の傘の下には、無数の動植物たちが存在している。

 

アンブレラ種はひとりでは生きていけない。

多種多様な生物がいてこそ、アンブレラ種が生存できる土壌が確保できる。

 

 

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自動車メーカーはどうかな。

彼らだってひとりで自動車一台を製造できるわけではない。

自動車産業は裾野の広い業種と言われる。

ひとつの車を完成させるには何万個という部品が必要で、

その部品製造を担うのは、数多い部品メーカーだ。

 

いいかな、知床半島の多様な生き物がいなくなったら、シマフクロウは生きることができない。

いいかな、自動車の部品メーカーがなくなったら、未来の車を作ることはできない。

 


シマフクロウも自動車メーカーも、その業界の頂点にいる存在に違いない。

しかし彼らアンブレラ種を支えているのは、その傘の下にいる多くの存在。

僕は思うんだ、アンブレラ種であるシマフクロウは、豊かな自然界の象徴ではあるが、

彼ら自身が何か決定的な役割を担っているわけではない。

 

自動車メーカーも日本の豊かなモノづくりの象徴的存在ではないか。

彼らの技術力・生産力・経営力も尊敬に値するものだろうが、

裾野にいる部品メーカーが生み出す巨大なパワーを結合しての自動車メーカー。

頂点に立つものは、そんな謙虚な心を持たないといけないね。

 

 

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身体が大きく、個体の少ないシマフクロウは、特別優れた能力を持った動物ではない。

昼間はひっそりと隠れ、夜間に小動物や川魚を採って暮らしている。

シマフクロウが自然界から搾取しているわけでも、崩壊させているわけでもない。

 

同様に、自動車メーカーは、自分たちの傘の下にいる存在によってこそ生かされている。

一度自分の周りの生態系を失ってしまうと、元に戻すためには

大変な時間と労力が必要になるから、共存共栄するしか未来がない。

 


アンブレラ種は謙虚に。

一度失ってしまった愛は、どうにも元に戻らないもの。

 

自動車メーカーは知床半島を大事にして、シマフクロウは自動車産業を大事にする。

いや、入れ違った。何かを書き損じた。

 

未来の自動車

自動車は何人の人を乗せて走る?

統計を取ると平均で1.2人、つまりほとんどのドライブは運転者一人のため。

それはね、家族みんなで乗るときは広いほうがいい、小さな車では物足りないときもある。


未来の自動車では、PM=パーソナルモビリテイが主流になるだろう。

いつもは一人乗りの車があればいい。


家族用の自動車は家で眠っているか、カーシェアリングがもっと普及して、

複数人乗りの大型車はマンションで数台あればよくて、

それはカーシェアリングで住民たちが予約制の共有化をする。


未来の自動車は自転車化してゆく。一人一台、手軽な乗り物。

TOYOTAのi-unitにその原型を見ることができるんだ。

 

一人乗りの縦のスタイルでは、市街地でも不自然なく走行できるし、

車道では後ろに倒れて小さな自動車のように高速走行できる。

 

 

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「行ってきます」と言って彼女は未来の自動車に乗り家のガレージから出てゆく。

駅代わりになったのは、地下道路の出入り口。


ここまで縦走行で市街地を走り、目的地をインプットしながら地下道路に入ってゆくと、

あとは自動走行だから未来の自動車は横の高速走行ポジションになって、

前後左右の乗り物たちと等間隔をあけて走ってゆく。


IT・ITSシステムによって管理されたこの未来の自動車は、

時間に正確で行き先に間違いはなく、決して事故も起こさない。

 

 

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彼女が明るい車内で音楽とインターネット画像を楽しんでいる間に目的近くの出入り口まで着いて、

今日はショッピングだからデパートの地下にある巨大駐車場に

未来の自動車は自動停止し、そして彼女は地上に上がるだろう。

 

買い物の成果は、店から未来の自動車まで直送されるに違いない。

重い荷物を持ちながらショッピングしなくてもいいように。


もうこんなことが現実のものとして視野に入ってきているよ。

未来の自動車は、無駄を省き、コンパクトでインディビジュアルに、

大衆に自分を合わせるのではなくて、より自分に合う乗り物さ。


あぁ、これが未来の自動車、待ちきれないね!

 

未来の車

「未来の車・プリウスは、ハイブリッド車界の小野道風さ」

 

パワースイッチを押して走り出す。

駐車場の暗がりから車道の日なたへ出ると、ケンは悪戯な表情をしてそう言った。


「何て言うのかな、今のガソリン車は燃料電池車・電気自動車へと進化してゆくよ。

その途中でさ、何でもそうだと思うけど、物事がはっきりと転調した瞬間ってあるよね?」


助手席から覗く彼の視線の先には、なんだか難しいコクピットモニターがある。

ディスプレイされているモーターとエンジンの難しい燃費情報も、

ケンにとっては爽やかに吹く春風のようで、いとも簡単に読みこなしてしまうのでしょうね。

 

 

 


「ちょっと変わったお話になる。

日本人が書いている書って中国の書道に近いけど、決して同じではないって分かるよね。

中国から輸入された書道が、長い歳月を経て、日本スタイル「和様」に変化して現代に至るんだ。

その和様の筆跡を遡るとね、これは日本の書道史ってことになるけど、

中世・平安時代の小野道風という人の書から、別物になっているんだ」

 

「今度は書道のお話?あなたは変わったお話を本当に一杯知っているのね」


ケンって不思議。

ある朝は飛行機が飛ぶ原理を語ったと思ったら、ある夜はペルセウス流星群のことを語るの。

今度は何?日本書道史のお話って、どこでそんな知識を得ているの?


「有名なお話さ!中国からの輸入物と、日本固有の書、その違いを確立したのが小野道風だからね。

海外の真似からの脱却、日本文化の自立、青が藍から生まれて青に変わってゆく。

そうだ、藍は青より出でて藍より青し。

真っ直ぐ突き立てる過酷な中国書より、優雅な日本の書道のほうが僕は美しいと感じるよ。

和様漢字の美の始まりは小野道風から、僕が興味を持ちそうなことじゃないか」

 

「それは分かるな〜。でも書道とプリウスの共通点って分かんないな〜」

 

「1997年の終わりに販売されたトヨタ・プリウス。

ガソリン車全盛時代の今でこそ、まだ実感が沸かないけど、

近い未来には燃料電池車か電気自動車が主流になって、ガソリン車は時代遅れになる。

まだ50年先のことだと思うけど、いつかみんなは振り返ると思うよ。

どこが昔の車と未来の車の境目なのか、って」

 

 

 


話を勿体ぶってケンが押し黙る。

会話が途切れると、エンジン音はかすかに聞こえるものの、とても静かな車内。

これがハイブリッドシナジードライブの醍醐味。


それがトヨタ・プリウスなんだよ!

プリウスが未来の車との境目なんだよ!

 

書は小野道風、車はプリウス、過去から脱却し、未来を切り開いたパイオニアたち。

プリウスって、素敵な響きじゃない?

”プ”っていう、破裂音の子供じみた、やんちゃなところ、

”リウス”っていう音は品格を出していて、それでも高級過ぎない感じ。

通して”プリウス”って発音すると、なんとも未来を感じさせる、

ちょっと腕白で、クラシックでもあって、通して異質過ぎない魅力的な音だと思うな」


「ケン、プリウスっていう言葉の意味は何?英語ではないと思うけど」

 

「そうだよ、英語じゃない。プリウスって奇跡みたいだ。

ラテン語で”先駆ける”を意味するのが、”プリウス”なんだ。

もうこれってはまり過ぎ。これ以上ない、最高のネーミングじゃないかな。

未来の車を”先駆ける”のがプリウス。

商売を越えて、なんか神の符号みたいなものを感じるよ」

 

ご機嫌になったケンはEVドライブモードスイッチを押して、モーターだけの走行に切り替えた。

エンジン音がなくなり、モーターのみの静かなクルーズ状態。

 

 

 


「未来を先駆ける車、いいや、もうトヨタはプリウスで未来の車を先駆けたんだよ。

ハイブリッド技術は未来の自動車業界のメインキーワードだ。

この流れは燃料電池車につながって、車はCO2ではなく水だけを排出するようにある。

まぁ、昨今では電気自動車のほうが未来を掴む可能性が出てきてはいるけど。

あえて今、僕は宣言させてもらうよ、プリウスは未来の自動車界の小野道風だって!

きっと50年後に僕と同じことを言う専門家が現れるだろう。それが僕の老後の楽しみさ。


そう言ってケンは楽しそうに笑った。

未来の車を見越して、ケンは自動車に何を託しているの?

わたしも考えてみようと思った。

 

ガソリンから水素へとエネルギーが変わってゆく過渡期に生まれたハイブリッド車、

それって今までの大きな流れを断ち切る、未来の車の重要な変換期なのでしょう。


未来の車のはしりがプリウスだって、わたし、なんかそう思えてきたよ、ケン!

 

50年後 未来の車

外環道を走っていたハタチの頃の自分、今思えば知識・経験が絶対的に不足していた。


50年後の未来の車を考えようとして、「完全自動運転」とか「CO2排出ゼロ」とか派手なキーワードを並べる前に、

一歩誤れば他人を傷つける危険運転を引き起こしかねなかった昔の自分のことに立ち戻ってみる。


カーナビもバックモニターもなかった時代、手動運転の感覚が強く残っている

自動車という機械を、人という知能が操る、主体はあくまで人間だった。

聞こえは悪くない言葉だが、人間=ミスがあるわけで、そのミスは人を傷つける。

 

 

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自動車のデメリットの本質は「事故」。

 

話が暗くて表に出にくいが、自動車事故での怪我人・死亡者は深刻な現代病。

自動車メーカーが技術を競うのは、自動車のメリットである便利さの追求のため?

いいえ、デメリットである全体事故数の低減への取り組みだと信じたい。


50年後の未来の車でも一定の確率で自動車事故はあるだろう。

突き詰めていくと、自分のハタチの頃のように十分な知識がないことが直接の原因、

サイドミラーの死角や内輪差を理解していないとか、そういう安易なものが減少しているといい。


基本的な知識・経験不足を補うものが50年後の未来の車の人工知能であれば。

具体的なものは言葉にならないが、運転免許取りたてであっても初歩的ミスで人を傷つけない、

あるいは経験者ならではの慢心で基本的確認をおろそかにしたことによる事故を回避、

そういう夢を実現してくれるのが50年後の未来の車だと夢を広げたいな。

 

 

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人間の感覚は大半が優秀でも1割は粗が出る、自動車を扱っているとそれが最悪の事故につながる。

信じてはダメだよ、人間の感覚なんて

 

技術の進歩が見込まれる50年後では、機械に埋め込まれた人工知能によって人間が操作されるぐらいでいい

目的は交通事故数の削減、50年後の未来の車への期待は事故で悲しむ人が減ること、それ以外にはない。

 

僕たちが生きているこの50年の間に、そんな未来の車が見えるかな。

 

自動車製造主導権

将来の車に絡む争いは、製造主導権を争奪する国と国との戦い。

これは大きな世界問題だよ。

核兵器、経済、食糧、水、そんなものの争奪戦がかつての世界では行われたけど、

いよいよ将来の世界では、将来の車の製造を奪い合う事態が起きたんだ。

 

自動車って、なんて裾野の広い産業なんだろうね。

一台の車は何万個という部品によって成り立っているから、その部品を造る企業が山ほどある。

一時の日本だって、実は全産業の3分の1ぐらいは、最終的に自動車産業に関係していたほど。
つまり、自動車産業を手中に収めれば、大きく広い産業が自国に根付くということ。

 

その自動車産業だけど、世界中の凌ぎ合いを経て、最終的に生き残ったのはわずかなブランドだけ。

ヒュンダイ、フォルクスワーゲン、トヨタ。

車のブランドは数あれど、将来の車を現実にできたのは片手にも満たない。
その将来の車をどこで製造するかで、莫大な利権が転がり込む。

 

 

 

 

だから国を挙げての誘致、メリットを前面に出しては製造拠点を呼び寄せようと必死になる。

経済戦争と呼ばれる激しいやりとりに包まれる将来の車。

好条件で自動車事業を営めるものだから、

設備投資・先行開発に原資を注ぐことができ、将来の車は一層豊かなものになる。

 

最高のスパイラルに入った将来の車、ますます経済影響力を持つようになり、

製造主導権はダイアモンドの価値。
将来の車はもう楽しさだけじゃなくて、それを保持する地域にとって最高の宝物になっていくよ。

 

トランプ大統領のつぶやきで、窮地に立たされたかのように見えた未来の車

「アメリカで作って、アメリカ人を雇用しようよ」というシンプルなメッセージに対して
 いやいや、アメリカで全部作ったら人件費が高くて、結果高い車しか作れないよ、と
正論で立ち向かおうとした自動車業界人たち、両者の議論はいつまで噛み合わない。


未来の車は創られ続けなければならない。

生産する場所はどこだっていいじゃないか、自動車産業が続くのが大事だ。
メキシコとのNAFTAをアメリカが脱退すると言うが、その再交渉には気の遠くなる作業と時間がいる。
トランプ政権がこの先続いていっても、政権の終わりの時期に結論が出るか出ないかぐらいのレベル。

 

だから未来の車がアメリカという国で生産されるという予想もない。

引き続きグローバル経済の中で生まれるのが未来の車らしい。
多くの雇用を生む自動車産業、先進国で雇用と経済を維持させることも大事。
新興国で雇用と経済を引っ張るのも大事。


未来の車とは、国の経済活動の柱なんだ、この利権を手にできなかった国は痛い。
だから未来の車は国家間の奪い合いになるよ、それが未来の車の宿命なのだろう。

 





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