宿 当日割引

当日割引の宿に儚さを感じて、わたしは涙もろくなっていた。

だって、宿泊業界の商品である宿は、在庫が抱えられなく、明日になれば消えてしまう存在

泡雪のごとく、霧雨のごとく、現実の姿が見えない、もろいものだから。

 

今夜のお客さんがつかなかった宿の部屋は、

主を欠いたまま、音のない夜を過ごさないといけない。

 

宿の経営者としては、販売できなかったことで一銭も収入がなく、稼働率が下がるダメージ。

感傷的なことを言えば、せっかく宿泊客のために飾り揃えた宿が、

そのまま使われずに一夜を過ごさないといけない寂しさ。


いつか、技術の革新があれば、今夜の空き宿が、明日の在庫となりうるのだろうか。

いいえ、こればかりは代用が効かないもの。

 

 

 


そしてわたしは当日割引の宿という新商品に力を注ぐようになっていった。

どうせ暗闇の中で過ごさせてしまう空き部屋を、どうにか明るい人の声で埋められないか。


もちろん儲けのことも考えてだけど、稼働率を上げるためなら、若干の割引なんて厭わない。

宿泊日の直前なら、もう通常ルートで宿泊予約が入るわけもないから、

思い切った当日割引を設定してみる。

 

この当日割引の宿は、思わぬ成果をあげることになった。

正直、ウチの宿では当日割引には50%割引という無謀なサービスをつぎ込んでみた。

それはひとえに、稼働率を上げて賑やかな宿にしたかったからという理由で、

別に当日割引のお客様が利益になっているわけじゃない。


でも、払ってくれる宿泊代は、宿の従業員たちの人件費をペイしてくれたし、何より宿が人で埋まって活気が出た。

すると、宿の口コミサイトではウチの宿が、

賑やかでサービスの良い宿だということで評判になって、当日割引以外の通常宿泊客が増えたんだ。


ありがたいことね、当日割引の宿。

なにかきっかけがあれば、あの稼働率に苦しんで無音が続いた宿が、

宿泊客で埋まり、収支も稼働率も上がる宿になる。

当日割引の宿に力強さを感じて、わたしは涙もろくなっていた。
 

直前割引 旅館

直前予約でウチの旅館に宿泊してきた方への対処に困っている。

世間に周知されている「旅館は直前予約で安くなる!」というイメージは

なかなか根強く、予約希望者へ「当館は、直前予約による割引はございません」

という言い方では、宿泊客の心情を逆なでしてしまうだけだ。


だから、何かしら納得感のあるメリットを提示しながら、

ウチの旅館としてもメリットが出る方法を考えるべく、終日社内会議を開いて、

みんなのアイディアを集めているが、なかなかこれという方法がない。


そんな私が閃いたのは、とある焼肉屋で食事をして会計とした際のことだった。

「次回にこの割引券をお使いくださいませ」と言われて渡されたのは、

次回にこの店で食事をしたら使えるという5百円の割引券だった。

当たり前ながらその場の会計では使えなく、この割引券を使いたかったら

再度来店する必要がある、しかも、その割引チケットの有効期限は2か月以内だった。

 

 

 

 

なるほど、と私は思った。

その割引券がサイフの中に入っている限り、利用客はひょっとしたら

また再びその焼肉店を訪れたくなる気持ちがあるもの。

この経験をウチの旅館に取り入れようと、思い切った割引制度を設計してみた。


あっ、直前予約のお申し込みですね。

ウチの旅館では、直前予約のお客様だけに特別クーポンをお渡しさせていただいております。

次回、ウチの旅館をご利用いただく時に、なんと50%の割引を

させていただく特別クーポンでして、なんと有効期限は無制限となります。

今回は直前予約となりますので特別割引設定はございませんが、

次回ご利用いただくときにこれだけお得になるのは、他にはございませんよ。

将来いつかのお楽しみにしておいてくださいませ。


これがウチの旅館の直前予約に対する割引制度であり、長い目で見れば

ウチの旅館の認知度だとかリピーター率を上げる仕掛けになっている。

損して得取れ、いいえ、この直前予約の旅館では、得して損取れ、

というコンセプトでサービスを展開しているのだよ。

 

直前割引宿

ラストミニッツの宿予約、直前割引があったり、当日宿泊予約でのお得感があったりして。

いいえ、ラストミニッツというのは、散りゆく桜の意味。

京都の桜名所を訪れる人たち向けに創った宿泊レートに、

ラストミニッツという名前を付けて、私たちの宿は観光客へ販売しているの。


だって、満開の桜ならば何の割引もせずにお部屋を販売しても、

宿泊客のみなさんには満足してもらえると思うけど、それがどうかしら、

4月も中旬すぎ、桜が散り去る寸前とか、少し前になると、桜を期待してきたのに、

もう散り途中にあるのを見て、がっかりされても不憫だから。


桜のラストミニッツ、その時期に宿泊予約してくれる人には、宿泊料金を割引してあげちゃう。

だからどうぞお願いね、京都の桜、特に私が一番だと思っている平野神社の桜を愛してね。

 

 

 

 

この桜ラストミニッツパッケージは、別に宿泊料金の割引だけじゃなくて、

アメニティグッズで差別化しているところにも注目して欲しいな。


シャンプーリンス、ボディーローション、ちょっと原価が高いけど、

しっかりしたブランドのものを提供しているから、女性には必ず喜ばれるはずなの。


直前ならではの美学ってある。

ホテルや旅館の予約が直前だと割引されるって、もうだいぶ世間に周知されているわ。

超一流アスリートがピーク時に引退するのは、最高潮が散りゆく寸前のギリギリを見極めたからね。


散りゆく寸前の花が愛しいっていうのも、見える人には見えるラストミニッツの楽しさ。

葉桜を美しいと思う心境って、すごく大人だと思うの。


ラストミニッツの宿予約をして、散り桜と葉桜を愛でる旅行、

そんなのも、新しい4月中旬のイベントになると思わない?

 

直前割引ホテル

今思うと、直前割引ホテルが日本に定着したのは、東京のホテルラッシュが契機。

 

2008-2010の間に、東京都内には幾つのホテルがNEW OPENしただろう。

しかも4つ星・5つ星のラクジュアリーホテルばかり、

海外の有名ホテルブランドチェーンが一気に東京に進出してきたことは君の記憶にも残っているだろう。


それによって東京のホテル供給は本来の需要よりも多くなった

図らずに起きた、2008年秋からの世界的な経済不況が、

ホテル宿泊客の需要を冷え込ませ、ホテルの供給量過多となる事態を招いた。

 

 

直前割引ホテル2.jpg


さぁ、どうする、OPENしたてのブランドチェーンホテルたち。

彼らの答えは一様に同じで、既存のディスカウントレートを拡大し

新顧客を取り込むことにまっしぐらになった。


その代表的なディスカウントレートが、ホテル直前割引

早期予約割引制度はあったけど、そんな早くから旅行計画を立てられる人ばかりではなく、

不況下では旅行者の絶対数が冷え込み、代わりに期待できるのは突発の出張者。


急に決まる出張者、旅行者をどう取り込むかが、ホテルの次の狙いとなって、

それには直前割引ホテルという新しいインパクトを出すことで、

宿泊客をより広く囲い込みできると、ホテルは知恵を付けた。


それは知恵っていうか、本当はホテルもそんな割引ばかりをしたくはなかったけど、

背に腹は抱えられない経済状況下で、渋々ではあるものの、

直前割引という新商品を提供することにしたのが本音

 

 

直前割引ホテル1.jpg

 


値下げ競争だと、結局は体力勝負になるから、

ホテル同士も横目で見合っては少しずつ、少しずつ直前割引を解禁していた。

 

「直前割引なら、○○ホテル」っていう明るいイメージは欲しいけど、

利益率の悪い直前割引予約で部屋が埋まるのも困る。

ただ、恐れるあまり直前割引の客が逃げて、空室になってはホテルの存続にも支障が出る。


ホテル側の苦悩を後押ししたのは、顧客からのリクエストだった。

 

「お宅のホテルは直前予約割引ないの?」

「直前予約があるなら泊まりますが」

「直前予約もないホテルは問題外」

 

一部だったそんな声が徐々に高まる中、いよいよホテルも腹を決め、

直前割引予約を前面に押し出すセールスを選択するところが出始めた。


結果として、直前割引ホテルの増加により、東京のホテル需要量は格段に向上し、

ホテルの供給量上限には届かないものの、多くのホテルが潤うことになった

 

それは同時に、宿泊客側も直前割引予約でホテルに泊まることができる

という利益を享受することになったのだから、両者万々歳と呼んでもよいのではないかな。

 

アメリカビザ パスポート更新

「パスポートを更新したのですが、前のパスポートに残っている有効中のアメリカビザは自動的に失効するんですよね?」


そんなこと考えたこともなかった。

 

お客さんからの電話を受けて即答できなかったわたしが頼るのはもちろん、ケンしかいない。


少々お待ちください、と断ってケンに聞いてみると

 

「パスポートを必ず二冊両方もって入国するように言いましょう、

 

パスポートを更新しても古いパスポートに残ったビザは有効期間中は生きています」との返事だった。

 

お客さんに答えた後でケンに改めて聞いてみると、「よくあることだよ」と彼は言った。

 

 

アメリカビザ写真2.jpg

 


「なにしろアメリカビザは有効期限が長い。他の国のように1年や2年じゃない、3年から5年、ものによっては10年だしね。


普通はパスポートが切れればビザは取り直しになるんだよ。

 

でもアメリカは違うな。両方持ってゆけばいい。なんていうか、合理的だよ」

 


「なるほどねぇ〜。それは合理的でいいわ。他の国にはない制度なのね」

 

 

「唯一、オーストラリアのシールビザだけは同じルールだけど、他はみんな取り直しだね。

 

これはなかなかいい制度だと思うよ」

 

 

そう言ってケンは嬉しそうにしていた。


なんだかんだ言っても、ケンはアメリカビザのことが好きというか、嫌いじゃないんだ。わたしはそう感じたよ。

 





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