東大寺の大仏の大きさ

東大寺の大仏の大きさには圧倒された、と君たちは口を揃える。

 

その言葉に裏はなく、身長15mの大仏を見上げると信じられない世界。

 

端正なお顔立ちには手が届かない、雲の上の存在、我々を頂上から見守ってくれる仏様。

 


我に返ろう、東大寺の大仏の大きさの衝撃にどう向き合えばよいのか。

 

近鉄奈良駅から奈良公園沿いに歩いてきた私は現代の申し子、

 

都会の高層ビルにオフィスがあり、自宅も高層マンションの一角。

 

だから日常が大きな・高い場所に慣れている、そんな私は果たして正常だろうか?

 

 

 

 

忘れ難い思い出がある、柳生の里から奈良公園へ歩いた時のこと。

 

奈良への道は幾つかあるが、柳生街道から滝坂の道を通じて春日山へ入った。

 

定かではないが鎌倉時代からの主要道、今はもちろん粋狂な歩き人しか知らない古道。

 


全てが手作りだった時代の名残が色濃い柳生街道、大きな建物なんて当然ない。

 

何時間も山道を歩き通した末、春日大社を経由して東大寺に着いた時の驚きときたら。

 

「なんて華のある街なんだ・・・」

 

そして東大寺の大仏の大きさに対面したとき、私の驚きは恐怖、あるいは脱力に変わった。

 

 

 

 

もう何も考えられない、こんなに大きい人工物、しかもそれが仏像だなんて。

 

自然界、個々の人間の力では創造が叶わないものが、東大寺の大仏の大きさだった。

 

現代の人間生活の続きで見ても新鮮な東大寺の大仏の大きさだが、

 

昔の生活を疑似体験した後でお逢いする東大寺の大仏は、もう夢の向こうの空想物。

 


東大寺の大仏を考える、見方を変えればますます大きな大仏だったということ。

 

千年前も、千年後も不変のインパクトがある東大寺の大仏の大きさ。

 

奈良の大仏の重さ

奈良の大仏の重さですか? はい、250トンだと言われていますが?

 

あっ、そっちの重さではなく、重みというか、存在の重さってことね、失礼いたしました。

 

それではお話ししよう、奈良の大仏の罪の重さを。

 

昔話になるよ、創建時、8世紀中頃には賛否両論ある奈良の大仏だったんだ。

 


当時は民衆が飢饉や疫病に苦しめられていたから、

 

聖武天皇は負のスパイラルから脱却できるように、と願い奈良の大仏と東大寺を造った。

 

その願いは良いとしよう、しかしあれほど大きな奈良の大仏だよ、建立には巨額の税金が投入された。

 

民衆からすればこう言いたくなるだろう。

 

「そんな無駄な公共工事で金を使うぐらいなら、飢えている民に食い物をまわせ!」

 

 

 

 

奈良の大仏の意味の重さは今でこそ分かるし、評価もされているけど、当時はそれどころではなかったはず。

 

自分が死ぬ思いをしながら収めた税金が、豪華なお寺や仏像の建築費に浪費されてしまう。

 


10年がかりの大仏造立、作業中の事故もあり、水銀中毒によって死亡した作業員もいた。

 

民衆のためにと造った奈良の大仏が、当時の民衆を苦しめるものにしかならなかったのは、皮肉な結果。

 


奈良の大仏造立を命じた聖武天皇が没すると、橘奈良麻呂が乱を起す。

 

すぐに鎮静化されたが、理由を「東大寺の造立で人民が苦しめられていたから」と橘奈良麻呂は説明した。

 


こじつけられた口実と推測するが、「奈良の大仏設立で民が苦しめられた」というイメージは、

 

その当時は一般的に通用するものであったと窺い知ることができる。

 

 

 

 

さぁ、どうだ。

 

今では奈良観光の目玉、福祉社会事業として障害を持つ子供たちへの療育、学校・図書館を備えて、

 

日本の福祉事業のパイオニアとして東大寺は高名であるが、そこに至るまでの道は苦難の連続。

 


民のためが結果として民を苦しめ、戦火で失われては再建を繰り返した大仏殿、

 

時には奈良の大仏は大仏殿に覆われずに野ざらしの状態にあったり、

 

首から上を失ったままで鎮座していたこともある。

 


それでも現代まで残り、人々に修復されては今のお姿を留めている。

 

この長いストーリーにこそ、奈良の大仏の重さ・存在の重みが宿っている気がする。

 

250トンの重量だけではなく、奈良の大仏の重さをそういう風に計るのが僕の解釈。

 

奈良の大仏の大きさ

「奈良の大仏って、どうしてあんなに大きいの?」

 

奈良の大仏の大きさの理由を聞かれて、わたしは戸惑った。

 

「大きさは約15mです」って、いつもの仕事口調で答えるのは簡単だけど、えっ?奈良の大仏が何故あの大きさかって?

 

知りたがっている子たちの表情が真剣なのを見て、わたしは的確に答えてあげようと思った。

 

 

奈良の大仏の大きさ1.jpg

 

 

不思議の理由を知りたがるのは自然なこと、そうよね、奈良の大仏の大きさの理由って普通は見当もつかないよね。

 

この子たちに奈良観光のお土産として、奈良の大仏の大きさの理由を持ち帰ってもらおう。

 

奈良の観光案内所でバイトをしているわたし、

 

観光マップをもらいにきた修学旅行生の子たちに聞かれて、こう答えてあげたよ。

 


「奈良の大仏の大きさは、あの大仏を造った聖武天皇が平和を祈る心をひときわ強く持っていたから、

 

みんなにそれを伝えるために、あんなに大きな大仏を造ったの」

 

そう聞いた修学旅行生たちが「ほう、そういうこと?!」っていう表情をしてくれたのが分かった。

 


「その昔ね、奈良の大仏が造られた時代は病気や戦争が長く続いて、世の中が乱れていたの。

 

聖武天皇はなんとかしたいと思っていてね、お金もあんまりなかったのに、

 

強い意志を持って東大寺に奈良の大仏をこんなに大きいサイズで造ったんだ。

 

平和を願う気持ちを多くの人たちに分からせるには、大仏が大きければ大きいほど伝わるって思ったのね」

 

 

奈良の大仏の大きさ2.jpg

 

 

そう言いながら渡した東大寺・奈良の大仏の紹介パンフレットには、

 

像の高さ14.98m・頭部5.41m・目の長さ1.02m・耳の長さ2.54m・奈良の大仏が座っている台座の高さ3.05m

 

という数字が書かれてある。

 


「平和を願った気持ちが奈良の大仏を身長15mまで大きくしたんですね。ありがとうございました!」

 

そう言って、修学旅行生たちは奈良公園へと歩いて行った。

 


良かったよ、わたし。

 

奈良の大仏の大きさの訳を上手く伝えられたって、一人で喜んで、思わず東大寺の方向に合掌しちゃったもん。

 

ららぽーと名古屋港

「ららぽーと名古屋」か「ららぽーと名古屋港」か、どっちになるのかをずっと考えている。

何のためにもならないのに、一市民の僕が考え続けるにはワケがある。

週末に行く先がないのだ、アウトレットもイオンモールも飽きた。


彼女とデートに行く場所を探して、東海地方のガイドブックを読みあさる日々。

アウトドア派なら山も海もあるけど、インドア派カップルにはドライブもしんどい。

都会のオシャレなデートがしたいなら、やっぱりショッピングモールだよね。

そのくせ、完全密封されたイオンモールのような場所ではなく、ちょっと外気が欲しい。

季節が良い頃の長島ジャズアウトレットとか、土岐アウトレットとかが最高。

そのふたつもリピートを繰り返したから、もう新鮮味を失ってしまった。

 

 

 

 

新しい場所にデートするときの感動・興奮を彼女と味わいたいだけさ。

こんな個人的な理由だけど、出店計画を聞いてららぽーと名古屋港には強い関心を持った。

是非、出店してね、ららぽーと名古屋港さん!

オシャレ度優先なら「ららぽーと名古屋港」だよね、日本中のオシャレスポットは港にある。

季節と気温は考えるけど、潮風と海と空、それに勝る雰囲気はないし。


ブランド力なら「ららぽーと名古屋」かな、名駅や栄に近いイメージ。

わざわざ「港」に特定しなくても、「名古屋」というネーミングだけで価値はあるから。

どっちになるの? ところでいつオープンするの?

ワサワサとツイートする僕、名古屋きってのららぽーとファンになれる自信がある。

 

長久手イケア オープン

自分で運び・作る、このイケアセオリーを長久手イケアでも踏襲できるか?

フルサービスに慣れている東海地方の人たちは、家具を自分で組み立てるという意識は薄い。

イケア商品の安さが配送・組立を自分で行うことが理由としても、当初は通用しないロジックになるだろう。

もちろん、日本の他店舗でも同じく自分組立(DIY=Do It Yourself)の理解度の低さで

痛い目にあっているだろうイケアだ、なんらかの代案を持って長久手イケアをオープンさせるとは思う。

 

 

 

 

自分で運ぶという点では自動車と高速道路網が発達した東海地方だから課題はない。

リニモ公園西駅に隣接してできる長久手イケア、逆に鉄道での来客は見込みよりも少ないはず。

すぐ近くにできる長久手イオンを合わせて車で回る人が多いのでは。

環境とか見栄えとか先進性を考えてのリニモ駅直結、実態はどう考えてもマイカーでの来店客ばかり。


だから長久手イケアで購入した商品を重くてかさばるから、店から自宅まで配送を頼む人は少なくないはず。

来るべき東海大地震の備えとして、耐震仕様の設置・組立は当社へお任せ!みたいな宣伝文句は強い。

「配送は自分で、組立は専門業者で」というのが長久手イケアのスタイルになると予想する。

 

 

 

 

ブーム到来、モテる男は週末に長久手イケアの家具を自分で設置・組立する!

そんな記事が東海のファッション雑誌を飾って、イケメンの条件・趣味にDIYがお目見えする。

まぁそんなはずはないよね〜、欧米文化にはありそうな感じだけど、日本ではどうでしょう。

イケア家具芸人とか名乗って、先駆者が出れば面白そうだけど。


長久手イケアでは組立サービスが標準化され、当初は別料金のカタチで名札に明記。

次第に、基本料金に含めて記載したほうがスムーズと感じて、込み料金で表示。

自分で組み立てする稀でヒマな人向けに「組立を自分でしたら●%割引」という表記になる。

イケア本国での発送とはかけ離れた運用、そんなイメージを長久手イケアに思い浮かべている僕だよ。

 

 





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