パスポートカバー

「パスポートカバーなんて付けてるのって日本人ぐらいでしょ。

他の国の人たちがパスポートカバーを使っているところなんて見たことないわ」


ずっと昔から、わたしは気になっていた。

ほら、空港の出入国審査場で「パスポートカバーを外してください」って書いてあるヤツ。

あんな親切な案内って日本だけだよね。


今のパスポートはバーコードがついていて、機械でデータ読み取りができる。

だからパスポートカバーなんて付けていたら、肝心のバーコードが読み取れなくてダメ。


そもそもパスポートの表紙ってちゃんと厚紙になっているから折れるわけじゃないし、

毎日持つものでもないので汚れることもないでしょ。

日本の出入国では毎回取らなくちゃいけないし、

なんでパスポートカバーをしているのか、ホントわたしにはよく分からなかった。


2006年の3月に日本のパスポートがIC旅券に切り替わった。

この時、初めてIC旅券の現物を手にしたケンが驚きの声を上げたていたのを覚えている。

 

 

 


「ね、旅子!大したものね、外務省さんも。

見て、これ!新しいパスポートは、表紙の裏がデータ面じゃなくなったよ。

これならここにパスポートケースつけてもデータ面が読み取れる。

日本の出入国でわざわざパスポートケースを取り外さなくてもいいんだよ」


確かにIC旅券はその通り。

パスポートカバーのかかる表紙の裏はただの紙で、

データ面は次のページから始まっているので、パスポートカバーはそのままでも良い。


「すごいね、ケン。これってパスポートの仕事に携わる人たちが不便さを感じていて、

改良したいっていう声が集まって、実行に繋がったのかな。

毎日毎日パスポートのカバーを外せ、とか言うのも面倒だしね。

お役所とか官僚とか言われている人たちのそんな工夫、普通はは誰も気にしなくても、

わたしたち旅行業界人ぐらいは気付いてあげても良いのかも」

「そうだね、小さくても工夫は立派」


物を大事にする日本人の文化かしら。

ひょっとしてこのIC旅券スタイルが世界の主流になって他国もマネをし、

他国の人たちもパスポートカバーをつける日がいつか来るのかもしれない。


・・・って一瞬感じたけど、やっぱりそんなのあり得ないよね。

ご丁寧なパスポートカバーなんて日本人だけの発想でしょ?!

海外とか国境という概念が日本よりは明らかに薄い人たちにとって、パスポートは日常だ。

日常だから、裸でパスポートを持つのだろう。

他国からするとヘンだな、と思うパスポートカバーだけど、それはそれで面白いとわたしは思ったよ。

 



大阪アメリカ総領事館 行き方

ケンが大阪出張から帰ってきた。

提携しているビザ業者との打ち合わせと、大阪アメリカ総領事館の見学に行く出張だったの。

「ケン、どうだったの?早く聞かせてよ」

出張から帰ってきたばかりだから、メールを見るとか仕事の整理とか

忙しいと思ったから午前中は黙っていたけど、午後になって催促しちゃった。


「あ、分かってます、分かってますってば。

リクエストの大阪名物・たこ焼きはちゃんと買ってきたから」

 

 

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――違う。そんなのじゃない。わたしは思わず知らん顔しちゃった。

「あ、大阪の街はね、びっくりしたのがエスカレーターは右に立つのが常識なんだって。

左は急いでいる人のために空けておくそうです。東京の逆なんだよ」

いらない知識だったけど、初耳だったからちょっと食らいついちゃった。

「そうじゃないでしょ〜!領事館よ、領事館。どんなカンジだったの?行き方教えてよ」

「あーあー、それね。逆にそっちの方ね」

すっごくわざとらしい。分かってるくせに。大体、何の逆?


「新大阪駅に御堂筋線っていう地下鉄が走っていて、それで4駅目の淀屋橋駅。

1番出口を地上に上がると、右手に橋が見える。

それが淀屋橋で、その右方向に広い道をずっと歩くんだ。

橋を過ぎると右手に大阪市役所がある。

それから頭上に名神高速がかかっているのを過ぎて、あとはひたすら道を真っ直ぐ。

駅から10分は歩かないかな。

道が二股に分かれるけど、右の道のすぐに沢山の警備が見えてくる。

それが大阪アメリカ総領事館さ」


「道順は分かりやすい?」

「大丈夫。ちゃんと1番出口で出て、右にさえ歩いていけば真っ直ぐだし、

大阪アメリカ総領事館の周りには特有の雰囲気、警備の物々しさがあるからすぐ分かる」

「東京アメリカ大使館の場所とは違う雰囲気かな?」

「ちょっと違う。東京アメリカ大使館はまるでひとつの城のように場所を構えているけど、

大阪アメリカ総領事館は街中に立っているひとつのビル、って感じだ」


「東京アメリカ大使館と、大阪アメリカ総領事館、どっちが好き?」ってわたしがふざけて聞くと、

「どっちも好き。それぞれの個性を尊重。僕と君の個性も同様に大事!」ってケンは言った。

やっぱりわたしとはちょっと違う人間なのね!あははっ!

 



アメリカ大使館 東京 行き方

「旅子、今お客さんから電話が入っていて、東京のアメリカ大使館に行きたいんだけど、

どう行ったらいいか、って聞かれてるの。分かる?」

 

電話のヘルプをお願いされた。

ケンは外出していたけど、その内容ならわたしでも分かる。

電話に出て説明してあげようと思った。


「すいません、そちらのケンさんから地図や案内は貰っていたのですが、家に置き忘れてしまいまして・・・」

そんな簡単な電話。

地下鉄の溜池山王駅ってことは分かっている方みたいで、今はそこにいるって言っている。

 

「13番出口です。そうです、そうです、駅についてからかなり歩く一番奥の出口です。

そこをあがってください。え? 今、13番出口ですか。

あがったら上に高速が走っているのが見えますね?

そうです、右手の方向に歩いてください」

 

 

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携帯電話だからちょっと声が途切れ気味だけど、ちゃんと聞こえている。

「はい、最初の交差点まで来ましたか。

交差点を挟んで向こうにスターバックスが見えますよね?

見えますか、では、その交差点を右です。右にまっすぐ行きましょう」


「そうです、歩いていると右に結構新しいビルがありますよね。

赤坂インターシティっていう新しくてお洒落なビルですね。

道路の反対側にコンビニもありましたか?

はい、もうちょっと真っ直ぐ歩くと大使館が見えてきますよ」


「あっ、警察の方に声かけられたんですよね?

目の前にちょっと人が並んでるところ、ガードマンがいる門が見えましたか?

はい、そこです。

そこで面接予約の紙を見せて、ID代わりでパスポートを見せて入ってください。

面接はあまり心配しなくていいですから、流れに沿って受ければOKです。

お気をつけて。いいえ、どういたしまして」

それで電話を切って、わたしの電話誘導は終わった。


電話を取り付いだコが近寄ってきて、

「やるじゃーん、旅子、なんか目隠ししても歩けるみたい?!」って言われた。

そうよ、わたし、大阪アメリカ総領事館の行き方は分からないけど、

東京アメリカ大使館になら、もう何十回も行ってるんだから。

目隠ししても歩けるかもしれない。


でもホントに目隠しして歩いたら警備の警察の人に怪しまれるよね!

あははっ!

 



タモリ 弔辞

「私もあなたの数多くの作品の一つです」

 

昭和を代表するギャグ漫画家・赤塚不二夫の葬式でタモリはそう弔辞を結んだ。


タモリもまた、現代を代表するコメディアンのひとりじゃないか。

 

そんな人が何故、自分を誰かの作品のひとつに例えたのか。

 

聞いてみればそこには知らない物語があって、現代版今昔物語に書き加えたくなってきた。


赤塚不二夫とタモリには親交があって、タモリのコメディアンとしての才能を最初に認めたのも、

 

タモリが世に出るきっかけを作ったのも赤塚不二夫だという。

 

肉親以上だという二人の付き合いはタモリの弔辞の全文を読めば分かるからここには書かないよ。


赤塚不二夫の人生はギャグに溢れていた。

 

タモリの芸もまた、ギャグに溢れている。


弔辞にあるね、今もこの座のちょっと上であぐらをかいた赤塚不二夫が

 

「オマエも笑いのプロなら、葬式でギャグのひとつでもやってみろ!」

 

とばかりニヤニヤとタモリを眺めている気がする、と。


詩的に解釈してみよう、それはタモリのフリだよ。

 

ギャグの師匠に向かって仕掛けた、タモリ最高のギャグ。

 

赤塚不二夫の死という悲しみを、笑いに転化しようとした、タモリ一流のはなむけ。


ニュースにも取り上げられたし、ネット上の掲示板でもだいぶ書かれた。

 

弔辞を読み上げたタモリが手にしていた便箋は、白紙だった。


時々手元のその白紙に目を落し、あたかもそこに書かれたかのような文章を淡々と読み上げたタモリ。

 

あまりに自然な動作だったので最初は気が付かなかったが、確かにあれは白紙だった。

 

視線を紙にやるくせに、言葉は暗記したもの、それをタモリは途中で詰まることもなく、見事にやり遂げてみせた。


――やったね、タモリ!――すごいよ、タモさん!


葬式という場の空気を壊すことなく、

 

赤塚不二夫とタモリをつないだギャグというキーワードを外すこともなく、

 

タモリはその場で最高のギャグを見せてくれた。


白紙が噂になった後、真相を聞かれたタモリはとぼけて答えている。

 

前日の夜にさぁ、酒飲んじゃったから弔辞を書くのが面倒で白紙になっちゃった、って。


そうだよね、ギャグの続きは茶化しだよね、真相を言ったら面白くないもん。

 

そんな訳がないじゃないか。

 

大恩人の弔辞を読む場だよ、タモリは最高のギャグを用意していた。

 

それはさらっと流すようにしなくちゃ面白くないもの。

 

だからタモリ最高のギャグはそうして一見地味にその瞬間には笑いを呼ぶこともなく終わった。


葬式の後、心の内でタモリは密かに爆笑しただろうな!

 

うまくギャグでしめることができたな、って。

 

あの世で赤塚不二夫は大爆笑しただろうな!

 

さすがは俺の一番弟子、見事にギャグで俺の葬式をしめてくれたな、って。

 

高らかに笑い合う二人のギャグ王の姿がイメージできて僕までつられて笑ってしまうよ!


赤塚不二夫のように、死んだときに自分が本当に誰かに必要とされていたのだ、

 

と分かるような人生を過ごせたらいいな。

 

タモリのように、人生の約束をちゃんと最後までやり遂げる人でありたいな。


「私もあなたの数多くの作品の一つです」

 

数十年分の想いが凝縮された、タモリの名言だね。

 

白紙の弔辞。

 

赤塚不二夫をあの世へ笑顔で送る、タモリ最高のギャグ。

 





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