アメリカ Lビザ Eビザ

「toko, LビザとEビザの違いが明確に言い当てられるかい?」

ケンにそんな難しい質問をされて、わたしは困った。

 

「ムリです、よく分かりません」

どうせダメだと思って、即答でそうギブアップすると

ケンがにっこりと微笑んでこう言った。

 

「正解!それでいいんです!」

「なにそれ?!からかってるぅ?」

 

ちょっと馬鹿にされたカンジがしてそう反抗すると、

やっぱりケンはマジメな顔で続けてくる。

 

「いや、本当に。LとEはね、僕も実は明確には違いが分からない。

多分誰もはっきり区分けはできないと思うんだ」

「そうは言ってもお客さんにも説明しないと困るでしょ?

じゃぁ、ケンの理解でいいから教えてよ。分かる範囲でいいからさ」

そこまで譲って逆質問すると、ようやくケンが教え始めてくれた。

 

 

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「Lってのは企業内転勤者ビザ、つまり世界中の同グループ内での転勤さ。

転勤だから一時的なものでね、最初は3年のビザ、最長で7年しかない」

「はい。それは分かるんだ。転勤者ね。分かりやすいよ」

 

「Eでしょ、問題は。Eは投資家のビザだよ。

簡単に言うと日本の企業がアメリカに投資をする。

お金を投資して、アメリカに自分の子会社をたてる。

その子会社を育てていくのはもちろん大切だよね。

その過程で、日本の企業なのだから日本人の社員をアメリカに派遣するのは当然だ。

それは投資家としてしっかりと影響力を保ち子会社を経営してゆく、という目的があるね。

この目的のための派遣されるビザをとる人がEビザの申請者なんだ」

 

「うん、そっちも分かった。個々は分かるんだけど、

実際、駐在員を出すときはどう判断すればいいのかな?

転勤っていえば転勤だし、投資っていえば投資。そこが分かんない」

 

「あはは、実は僕も分からないんだ!」

あっさりとケンも言ってのけた。

 

「だからそこを教えてよ!ケンが分からなくちゃ、誰も分からないよ!」

「まぁね。だから曖昧なんだ。LでもEでもいい。

アメリカで役員クラスのトップマネージメントに就く人がEビザであったほうがいいのは、

投資という面からはっきりしているよね。

でも彼らだってLでダメなことはないんだ。

実務担当者はLのほうがいいけど、日本のやり方をアメリカで

ゼッタイに徹底するのが経営の基本、ということだったらEビザとしてでも考えられる。

要は答えはないんだよ、やっぱり」

 

「なるほどねぇ。そこまで考えての答えなしなら納得しました。もういいです」

 

わたしはそれ以上の答えはいらないと思った。

線引きできないものも世の中にはあるよ。

それにこだわっていても、明日が見えてこない。

 

曖昧なものを残すのも、将来に繋がる永遠のミステリーさ。

だからケンも答えを出せないこと、それはそれで正解だと思ってよ。

 

ビザ 出生証明 婚姻証明

南砂町駅を過ぎてすぐに東西線は地上に出て、わたしはいつものように

窓から江東区と江戸川区の間の荒川と、その上を走る首都高を探した。

探すといっても、探すまでもなくそれは目の前にあるのだけど、

東西線と平行してかかる清砂大橋のせいですっかり視野は狭められてしまい、

わたしは毎度この景色を見る度に無神経なその橋の設計を恨んでいる。


地下からようやく地上に出て、葛西臨海公園の観覧車の色を楽しみにしているのに、

端の半分も行かない間に窓は橋の背中で埋まってしまって、また何もない景色だけ。


いつもこんな文句ばっかりなんだけど、今日はわたし、

またひとつ知った新しい知識のことで頭が一杯だった。

ビザの世界って不思議がたくさん。

ほら、出生証明と結婚証明って何のことか分かる?

普通の日本人はそんな名前の役所の書類なんかあったのかって思うでしょ。

わたしもそんなの全然聞いたことなかった。

今日、フランスの就労ビザをやったんだけど、家族ビザの申請書類のリストに

Birth CertificateとMarriage Certificateっていう聞きなれない言葉があった。

直訳すれば出生証明と結婚証明でしょ。

「ケン、これは何のこと?区役所に行けばもらえるの?」

分からないから聞いてみたら、ケンは身体後とこっちに向き直って、

でも偉そうにゆったり足を組み替えて世間話みたいにしゃべり始めた。

「そうだよね〜。普通知らないよね〜。知ってるわけないな。

いや、知ってたらおかしい!」

それでなんか一人で笑い出した。

「知らないよー。教えてよー。教えてくださいよー」」

わたしも三段式に返してみたらケンはどうやらご機嫌になったみたい。


「じゃぁ、toko。tokoとお父さんと親子関係を証明するものを見せてよ」

そう言われて困った。

いや、本当にお父さんだとは思うけど、なんか書類で、って困るよ。住民票かな?

いや、住所はもう実家からこっちに移してるし、保険証だってわたしの名前だし、

運転免許じゃないし。

「ん〜と、パスポートでどう?ファミリネームが同じだからそれで証明できるでしょ」

「弱いなぁ、それ。

万が一、親が離婚して母親に引き取られたら姓は母親の旧姓に変わっちゃうよ。

それに、例えば中国では結婚している夫婦はそれでも別姓のままだし、

ファミリーネームが同じだからって家族とは世界的に認められないなぁ。

なんかないの、他に?」

「えー困るなぁ。そんなワガママ言われても。

なるほどね、考えてみれば日本のIDに家族を証明するものってないね。

運転免許の現住所が同じだったらいい?」

「ダメ。同棲している男女は夫婦かい?」

「あーヤダね、そんなお役所みたいなこと言ってさぁ。

戸籍上っていうぐらいだから、役所で戸籍もらってこればいい?」

「あぁ〜いいね〜。戸籍にも二つあるから個人の情報のみの戸籍抄本じゃなくて

家族全員の名前が載る戸籍謄本がいいね〜」

「戸籍謄本?自分の戸籍なんて見たことないかも」

「パスポートを初めて取るときに見たはずなんだけど、憶えてないよね?」

「全然!すっかり忘れてる」


ケンはヨーロッパ各国のビザ申請書類のコピーをファイリングした

分厚いファイルを持ってきて開いた。

「これが戸籍謄本。どう?出生と結婚の証明になるかい?」

改めてじっくり見ると戸籍謄本の中には両親の名前や出生地の都道府県、

生年月日やいつ結婚したかまで入っていた。

戸籍の筆頭者は一般的にはお父さんだから、奥さんお名前や奥さんの両親の名前、

二人の婚姻日、子供の名前や両親の名前、生年月日、そんな情報が書かれている。


「toko、憶えておいて。日本で家族関係、婚姻関係、

それから自分の出生を証明する書類というのはこの戸籍謄本以外にはないんだよ」

足を組み替えながらケンが言う。

「市役所に言っても他の似たような書類ってないの?」

「ないね。住民票などで父とか夫とか本人との関係が書かれたものはあるけど、

正式なのは戸籍謄本だけだよ。

普通、世界一般的にはMarriage CertificationとBirth Certificationは存在するんだ。

日本のように姓が一致すれば家族という認識は海外では有り得ない。

民族の違い、文化の違いがあるからね。整理できないんだ」

「じゃぁ、これをどこかで翻訳すればいいの?」

「そうだね。自分で翻訳して公証役場に持ち込んで公証して、

それをビザ申請する大使館に持ち込んで認証してもらえば

その翻訳版は正式なMarriage CertificationとBirth Certificationになるね」


「うん、なるほどね。そんなの普通誰も知らないよ。ちゃんと宣伝しておいてよ、ケン」

「普通は使わないって!これこそビザの世界って感じだ。

親と、夫や妻と、子供とIDをつなげるものが戸籍謄本しかなくて、

しかもそれは僕たちはいつも持ってないし、

わざわざ本籍のあるところの役場に行かないと手に入らないんだよ。

そう思うと結構危ういものじゃないかな、日本の家族関係って」


――今日、ケンが教えてくれたのはそういうことだった。

家族関係を証明する書類、か。

就労ビザや留学ビザの申請で扶養家族の帯同ビザがある時はまず必要だとケンは言った。

そうだよね、同姓なんていくらでもいるのだし、パスポートの名前だけじゃおかしいもん。


清砂大橋を過ぎて西葛西駅に着く前、わずかにのぞく葛西臨海公園の大観覧車は

今日もカメレオンみたいに七色をまとっている。

お休みの日、あの観覧車に向かい合って乗る親子がいて、横並びに乗る恋人たちがいる。

人と人との関係、数字や文字にはできない間柄を証明するものがたったひとつ、

いや、たったひとつでもあれば間に合うのかもしれない。


何よ、このビザの世界。他人が他人を判断するってこんな表面のものしかないから、

紙も馬鹿にしたもんじゃない。

戸籍謄本一枚か。

その一枚がビザを許す、数年間共に暮らすためのビザを発行させる。

現実との狭間の広いこと!

やっぱり納得できない役所の世界にわたしは思わず瞬きした。

 

外国籍 アメリカビザ

「日本から見た外国人、アメリカから見れば第三国人だね、この方々の申請ほど緊張するものはないよ」

思えばマックスウェル弁護士は最初からそう言っていた。


「今回問題になったのは日本での滞在期間が3ヶ月と短かかったことだろう。

他は何も問題ないのだから」

海外から日本に企業内転勤してきた、とあるアジア人が

アメリカB2ビザを申請して却下されたケースが発生した。


実の兄がアメリカにH1B Visa Holderとして滞在しているので、

家族そろって遊びに行こうとしたが、ビザ却下されたことでその計画が頓挫した。

「分かっているさ、ケンのことだから書類は完璧だったのだろう?

英文残高証明やインビテーションレターに日程表、

日本の会社からの休暇証明書まで持かせたのかい?」


「もちろんだよ、家族関係を証明する書類もそうだし、

アメリカの兄の給与証明まで持たせた。

当然日本の外国人登録証は全員分あるよ。書類はどう見ても完璧だった」

「同じグループ企業で、アジアのローカル採用の社員が日本に転勤してきたわけだし、

身元ははっきりしている。

その申請者個人だって優秀な人物だったのだろうし、給与も安いわけでもないだろうし」


「そうなんだ、Master Degreeを持っていて、日本人と同じ給料をもらっている社員だよ。

家族だって子供連れで一緒に渡米する予定なんだ。

何もテロの要素はないように見えるけどね」

「じゃぁ、やっぱりその面接で担当官から言われた日本の在住暦が浅いことだけが原因だな。

窓口では1年といわれたのかい?」

 

 

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「そうだ。アメリカビザを本国で取れないから、わざわざ日本に来て

審査の甘いところでビザを取ろうとしていると、誤解された。

日本との結びつきは確かに薄いが、会社という結びつきがあるんだけどなぁ。。。」

「ケン。そこが判断できないところだな。

昔ね、アメリカに住んでいる日本人の夫と、シンガポール人の妻がビザ延長しようとして、

日本で延長申請することにした。

問題は妻が日本の外国人登録証を持っていないってことだった。

当然だろうね、日本には住んでいないのだから」

「それはいいサンプルだな。申請は通ったのかい?」

「それがな、全く問題なくビザ発行された。Marriage Certificationだけで通ったんだ。

あとは日本の会社からのサポートレターがあったな。

日本に住んでいなくても第三国人がビザを発給された、珍しい例だよ。

まぁ、夫との結びつきがはっきりしていたからだな」


「あぁ。難しいものだな。家族関係という強力な結びつきのない第三国人は、

少なくとも一年は日本に住まないと日本のアメリカ大使館でビザ申請する資格がないかもしれないな」

「半年、という説もある。先進国の国籍なら半年で大丈夫なはずなんだ。

ここら辺は判断できないところだけどね」

「フレディ、参考になる情報をありがとう。また相談に乗ってくれよ」

「Sure!お互い様さ!」

そんなケンとマックウェル弁護士の、いつものやりとり。

 

H1Bビザ 上限数

「ビザの世界は本当にややこしい。

僕らのような実務的な話なんて小さいもので、大局を見れば政治的なもの、

経済的なもの、そういうものが根底に流れている」

ケンとマックスウェル弁護士が話している内容はいつも難しい。

楽しいランチタイムに話すことじゃないのに?とも思うけど

きっと二人にとってはこの上なく楽しい話題なのかな。

他の男の人たちがスポーツの話をするように、

女の人たちが昨夜のテレビの話をするように二人は楽しんでいるのかな。

「ケン、聞いたかい?マイクロソフトのビルゲイツ会長が連邦議会で

発言した内容のひとつにH1B発給数上限を廃止して欲しい、ということがあったようなんだ」

「それは聞いてなかったね!なんか凄く説得力のある話じゃないか」

顔を高揚させてケンが口を開く。

「そうなんだな。

我がアメリカは移民の国だから外国からの優秀な人材を獲得することは

最重要項目のひとつだと思う。

まぁ、これは日本も同じだと思うけどね」

「2006年のH1Bビザ発給は65,000でこれは毎年4月に

スタートした途端にすぐにいっぱいになってしまうね。

アメリカで働き、暮らし、そして税金を払いたいという外国人はいくら優秀であっても、

一年もの時間を待たないといけないんだ」

「あぁ、アメリカの大学で修士号を取った人や、すでにH1Bを持っている人の延長申請は

その枠外というルールはあるにしても、実際その枠は狭すぎると思うよ」

「だろう?それはねぇ、国内失業率のことや国際競争力だとか政治的・経済的、

それに軍事的な大局はあるにしても、やはりひずみが出ていたんだな。

それもビルゲイツ氏のような発言力のある方が言うのだから余程のことなんだよ」


「ビザの世界は知ったつもりだったけど、

我々の知らないところでアメリカビザの問題があったっていうことか」

「そうだよな、安全で優秀な外国人はいくらでも歓迎するべきなんだ。

それを政府が一律のルールで発給上限数を決めてしまうのは

政治的な側面からはよしとしても、経済の停滞を引き起こしかねない。

H1Bを発給されるような人物であれば

何万人アメリカに来ようがアメリカの国益を損ねないんだ」


アメリカ大使館近くの虎ノ門の焼鳥屋さん。

頼んだ焼鳥丼が出てくる間に、そんな濃いことを話して二人は

わたしのことをすっかり忘れてしまっているみたい。

ダメね、二人とも。

実務面から、学者面からばっかりビザを見ているから

彼らにだって気づかないことだってあるでしょ。

ビルゲイツ氏の言葉になんだかショックを受けているみたいだ。

「そうよ!」自分の知らない角度っていくらでもあるものでしょ!」


たまには二人に小言を言おうとわたしが口を挟む。

「そのH1Bビザのこともそう。

例えばね、H1BとかH3とか暗号みたいな言葉ばっかり使って

マニアな世界で遊んでいないでもっとシンプルな言い方、"一時就労ビザ"とか

"追加ビザ申請書"とかもっと普通の名称にしたほうがいいと思うけどね!」

そう言うわたしの横で店の人が

「Cランチお待たせしました!」

と元気よく言うので、つい、わたし

「は〜い、焼鳥丼と鶏ガラスープのセットですね!」

とコード化せずに言い直したらケンとマックスウェル弁護士が

難しそうな顔をして苦笑いを浮かべていた。

アメリカ入国審査トラブル

「ケン、この前会った客から意外な話を聞いた。

長年この世界にいるわたしでも、まるで始めてのケースでね、

君の耳に入れておいた方がいいと思って」

「それは大歓迎だね、フレディ!聞かせておくれよ」


「日本企業の人事担当者なんだけどね、

従業員が久しぶりのアメリカ出張から帰ってきて相談を受けたみたいなんだ。

アメリカ入国時にパスポート番号がひっかかって、

別室に連れて行って尋問されたらしい」

「ん?パスポート番号が?」

「そうなんだ。まるで信じられないお話だけど、

その従業員のパスポート情報が盗まれて同じパスポート番号で

以前に香港から不正入国したヤツがいたと聞かされたそうなんだ」

「へぇ。そんな話は僕も初耳だな」

 

 

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「そうだろう?パスポートを紛失して、

そのパスポート番号で偽造パスポートが作られて、

それで不法入国されたのなら分かる。

そうじゃなくて、今自分が持っているパスポートはそのままなのに、

パスポートデータだけが盗まれて悪用されたなんて、

どうやらすごい手口のようじゃないか」


「フレディ、それは数十万人に一人のケースかもしれないけど、

一生そのデータがつきまとうってことじゃないか。かわいそうっていうか、不幸だな。

パスポートを更新して次の番号を入手するしかないにしても、

きっと毎回アメリカに入国するときに質問されてしまうのだろう?」


「多分そうなるよ、ケン。移民局や入国審査のデータは精密なものだからね。

こんなケースは二度とないかもしれない。本当にいい迷惑なケースだよ」

「僕のところでは同姓同名の犯罪者がいる、っていう事例があった。

これも不幸だよね、全然関係ないのに、毎回疑いの目で見られる」


「あぁ。どんなにシステムを作り、万全を期したつもりでも例外中の例外、

稀なケースというのはいくらでもある。

それは麦をすくおうとして手のひらから漏れた一粒かもしれないけど、

彼らに対しての救済措置というのも、考えてあげないといけないね」


これはフレドリック・マックスウェル弁護士が、

グッド・フレンドのケンに語ったグチのような、でも結構マジメなお話。

 





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