太陽エネルギー 地球

疎水は限りある水を人工的に循環させることで、どの農地へも平均的に水が行き渡るような灌漑に役立てている。

エネルギーも疎水と同じように、運動を通して循環される中で様々な形をとりつつも、エネルギーの総量が変わることはない。


発電を考えてみると、それは無から有を作り出しているのではなく、

他の形態のエネルギーを電気エネルギーへと変換させているだけである。

原子力発電と地熱発電以外は、元を遡ってみれば全て太陽エネルギーからくるものだ。

太陽エネルギーによって植物が光合成を行い、有機質をつくる。

その有機質に太陽エネルギーが取り入れられ、我々がその植物を食べることで

植物内のエネルギーを得て、我々は運動エネルギーや音エネルギー、熱エネルギーを使って活動している。

このようにエネルギーは様々な形をとっても、エネルギーの総量自体が変わることがない。

地球に届いた太陽のエネルギーは、植物や動物の体内を回ってエネルギーを循環させている。

 

火力発電は、太陽エネルギーを含んだ化石燃料を燃やすことで熱エネルギーを得て、

そのエネルギーを利用して発電機をまわし、電気エネルギーを得ている。

有機質を持ったまま死んだ昔の生命体が、現代の効率の良い燃料に代わっていった。

昔の太陽エネルギーは時代を越えても循環されているのである。

光合成によって炭水化物が生成されることが、太陽エネルギーから始まる地球上のエネルギー循環サイクルだ。

二酸化炭素と水素と光エネルギーが合体すると、葉緑素が媒体となって炭水化物ができる。

炭水化物には太陽エネルギーが貯蔵され、その葉緑体を含む植物をより身体の大きい動物が食べて、活動のエネルギーにしている。


動植物たちが日々の活動の中で燃焼している炭水化物は、太陽エネルギーの解放と言うことができる。

その過程では取り入れた太陽エネルギーと同じ質量のエネルギーが解放されており、

循環するエネルギーの総量には変化がないことが分かる。

エネルギーを人工的に作り出すことはできない。

発電のような一見新たに生み出しているように見える行為も、

実情は元々あるエネルギーを別の新たなエネルギーへと形態変化させているだけなのである。

大元をたどれば、ほぼ全てのエネルギーは太陽から来ていると言うことができる。


あるエネルギーを別のエネルギーに転換させた後に、他のエネルギーに再度変えることは

原理的には可能だが、熱エネルギーに関しては限度があり、

30%ぐらいは他のエネルギーに変えられるものの、残りの70%は熱エネルギーのままである。

このように他のエネルギーに変えにくい熱エネルギーは、

太陽から生まれて派生していった各エネルギーの最終到達点なのである。

それでは太陽エネルギーはどこから生まれているのか。

宇宙はできたときに99%が水素でできていたことから、太陽の内部はほとんど水素である。


この水素の原子核4つが核反応を起こして、ヘリウム原子核になる。

水素とヘリウムとでは水素のほうが質量は大きく、ヘリウムになったことで質量減少が起こっている。

質量=エネルギーなのであるから、この減少分は質量がエネルギーに変わったことを意味する。

解放されたエネルギーは太陽を反射させ、光を伝って宇宙へエネルギーを飛ばして、

我々地球に届いたそのエネルギーを我々が得て生きているのである。


アインシュタインの公式「E=mc²」ではEがエネルギー、mは質量、cは光速である。

太陽で水素が核反応を起こしたときの質量はごくわずかな減少であるが、

太陽自体が巨大なものであるから、全体としては莫大なエネルギーを太陽は生み出している。

エネルギーは循環することを考えれば、例えばクーラーで室内を冷やしたとしても、

その同じ分の熱エネルギーが屋外を暑くしていることになる。

さらにはクーラーを動かすことで電気エネルギーを消費しており、

クーラーをつけても熱エネルギーを減らしていることにはならず、逆に熱エネルギーを使った分、全体をより暑くしているのだ。


このように地球上に溜まった熱エネルギーが地球を暖めているが、

地球はエネルギーを赤外線として宇宙へ放射して循環させている。

太陽エネルギーが形態を変えて地球のエネルギーとなり、

最後は地球から宇宙へと放射してエネルギー放出するという循環を地球は繰り返してきた歴史がある。

太陽が放つエネルギーの総量と地球が使うエネルギーとでは、

太陽からのエネルギーの量の方が格段に多く、この循環が成り立たせてきた。


ニュートンの運動の法則を見てみよう。

第一法則は、物体に力が働かなければ物体はその運動状態を保つと説明されている。

摩擦なし状態の水平面上であれば、止まった物は止まったままで、

動いたものは同じスピードを保ったまま同じ方向に動き続けるというものだ。

これは等速直線運動といって、同じ速度で同じ方向へ運動が続くという習性をうたったものだ。

新幹線を例に挙げると等速直線運動にあれば、直線状であるレールを走るときに、

スピードを減速させる摩擦の力とスピードを加速し続ける推進力が釣り合って、

左右は推進力と抵抗で釣り合って全体で力が働らいていない。

上下は抗力と重力で釣り合っていることからどの方向にも抵抗が働いていない状態になる。

左右上下の全体の力がゼロである等速直線運動を利用して新幹線は効率良くスピードを加速させていることになる。

新幹線に乗っている人はまるで新幹線が止まっているかのような感じにとらわれるが、それは間違いではない。

運動とは相対的なものだから、乗っている当本人には速度は変化なく加速度にも変化はない。

運動している物体は運動している状態のまま、というのが

ニュートン運動の法則の第一法則、慣性の法則と呼ばれる相対性原理である。


第二法則は、物体に力を働かせれば加速度が生じるということから、

加速度の大きさは力の大きさに比例するというものである。

逆に言うと加速度の大きさは物体の質量に反比例するということになる。

F=ma(力=質量x加速度)という運動方程式になるが、

これはW=mg(重力=質量x重力加速度)という重力の式の一般化であって両方とも同じことを言っている。

第三法則は作用・反作用の法則と言われるもので、

物体Aが物体Bに力Fを働かせると、物体Bは物体Aに力−Fを働かせるのである。

このときの力は同じだけの力をちょうど反対方向に働かせていることになる。

Wという重力で上から下へおさえると、同じ大きさ−Wを逆方向に押し返しており、トータルで上下の力はゼロになるのである。


相対性原理では止まっているのか等速直線運動をしているのか違いを見極めることが困難であるが、

止まっているのか加速度が働いているのかは見かけの力という考え方によって説明ができる。

電車の席に座っている人間には、椅子が人を進行方向へ電車の加速度と同じだけの加速度を働かせている。

その際には同時に人が椅子を反作用で同じ力で押し返している。

これが作用・反作用と呼ばれる力である。


人が椅子を押す方向に重力が働いているが、その重力とは反対方向に見かけの力が働いていることから、

乗り物の中で釣り合いの状態に人は自分が椅子を押す方向に力を感じることができているのだ。

加速度運動をしている中では、重力以外に人は見かけの力というものを持っている。


空気抵抗を無視できる場合において放物体が持つエネルギーは、

位置エネルギーと運動エネルギーの合計が厳密に一致することを証明できる。

エネルギーは循環し、総量を変えないのであるから、

位置エネルギーが減少した際には運動エネルギーがその減少分だけ増加し、

また運動エネルギーが減少した際には位置エネルギーがその減少分だけ増加することで、

両エネルギーの合算総量に増減はないのだ。


太陽からもらうエネルギーを燃焼させることで地球や人間が生きており、

人間が作り出しているかのように見える水力発電や風力発電も、

結局は太陽エネルギーを使って起こした気象現象からなるものであるので、大元は太陽エネルギーということになる。


その太陽エネルギーを太陽から宇宙を伝って地球へ運ぶのは、唯一のエネルギーの運び手である光だ。

逆に地球から宇宙への放射を運ぶのも光という運び手である。

太陽の中心には圧力によって陽子と電子が閉じ込められており、核反応エネルギーを生み出している。

陽子4個がヘリウム4原子核になったときに質量が0.7%減少するのだが、

質量の減少はエネルギー保存則に従って別のエネルギーになることがアイシュタインの理論で証明されているように、

この減少分が原子核エネルギーの解放となって光を伝って地球へ太陽エネルギーを届けているのだ。


太陽が一年間で生み出すエネルギーは、人間が一年間に使う電力の10万倍にもなり、

この十分な太陽エネルギーのお陰で我々地球は生きてゆくことができているのだ。

太陽は我々地球に十分過ぎる量のエネルギーを継続的に与えてくれる不可欠な存在である。

 

どうしてこの地球に豊かな生命が宿っているのか。

エネルギーの大元である太陽には生命が育つことがないのに、

偶然にも絶妙な距離にあるこの地球という星には適度な太陽エネルギーが光を通して降り注いできて、

我々人類だけではなく地球全体の活動の命を恵んでくれている。

不思議なのはエネルギーの循環によって地球が消費したはずのエネルギーが、

宇宙へと同じエネルギー分だけ放射しているという点で、

我々地球の生命体の活動を支えているエネルギーが結局は宇宙に戻ってゆくとなると、

人間の活動とはなんなのだろうと思わされた。

それにしても地球はなんと恵まれた宇宙環境にあることか。

無償で太陽から絶妙の太陽エネルギーをもらいうけて、

地球内を巡らせた上でまた同じ分のエネルギーを宇宙に放射させることができるとは、偶然にしてはできすぎな感じさえする。

大袈裟に言えば、太陽エネルギーと地球の関係は宇宙の奇跡だと、知った。

南総里見八犬伝 江戸読本

江戸読本に著作権が存在せず、出版権を握った版元が利潤追求の生業として出版していたことは、

近世後期作品の内容にも大きな影響を及ぼしている。

まだまだ出版自体が始まったばかりの時期では出版することに莫大な投資が必要であったことから、

内容についての企画やプロデュースを担当したのは著者ではなく版元であった。

 

当時の読本は庶民が買うことのできる値段ではなく、一般的に貸本屋を通じて庶民に読まれたことからも、

一冊出版するのに版元が金銭的に大きなリスクを背負っていたことが分かる。

だからこそ江戸読本にはそれまでの文学とは違う着眼が求められ、

流行に合致しているかどうかや、読者うけする内容かどうかが文学にとって大事な要素となり始めたのである。


これはそれまでの一部の上級階級のみに限定されていた文学の窓口を

広く庶民にまで開放したというプラスの面もある一方、

文学が商品となるという新たな側面を生み出しそれが現代まで続くことになる。

この出版機構との関係なしに滝沢馬琴の『南総里見八犬伝』を語るのは片手落ちになることは言うまでもない。

版元の注文を取り入れながら馬琴がこの作品を書いたことが推測される。

 

近世以前はひとつひとつを筆で写してゆくという原始的な複写の手段のなかで、

ごくごく限られた人間たちとだけ筆者と読者という接点を持っていればよかった。

それが出版機構の拡大によって広く開放された場を提供される。

そこには表紙に意匠をこらしたり、商品として形成するように様々な装飾などもあわせ流通してゆく。

 

版元の拡販の意図にそぐわない部分は、作者の意図から離れようとも削除されたのだろう。

これは江戸読本に著作権が存在しなかったことの明らかな負の部分である。

これによって、滝沢馬琴のようなメガヒット作品を世に出した人間でさえ、

一生書き続けなければならないという矛盾が生まれてしまったのである。


馬琴はそういう江戸読本の特徴に合わせていくつかの迎合と抵抗をしている。

まずは「女」である。物語に男と女がいなくては、物語として成立しない。

逆に、男と女がいさえすればそこに物語が成立する。

まだまだ文学というものになじみが浅かった庶民をターゲットに読まそうとするのが江戸読本であったとすれば、

版元にとっては大衆うけする素材は必須であったのだろう。

それが、「女」である。

 

 

 


『南総里見八犬伝』に登場する女たちは話題性に富んでいる。

処女懐妊した伏姫は古来からある処女純潔を重視する思想の影響があるし、

薄幸の浜路も男性上位の社会の典型的な思想そのものである。

悪女船虫の乱れた性愛、実はそれは前夫・鴨尻の並四郎への敵討ちから

発生したものとしてあるところにまだ救いがあるが、性という文学のテーマであって

かつ庶民が誰でも興味を持つ対象を上手く題材としている。

 

船虫の起こす事件や流転の生き様、牛に裂かれるという暴力的な死に様もまた、庶民の興味対象であるものであった。

馬琴は様々な女性を巧みに描き、女という性を浮かび上がらせることで庶民大衆の興味を広く捉えたと言うことができる。

ここではそれを文学的ではないと非難しているのではなく、

そうすることで物語としてあるべき道になったのではないだろうかと考えている。

繰り返しになるが、この時代に出版された作品にはそれまでとは大きく違った前提が求められたのであった。

日常社会を逸脱したような階級向けの物語ではなく、万人の心を掴むことの大事さが前提であったのだ。


そして馬琴はそれだけに留まらず、江戸読本を教養人の読み物まで高めた功績が特筆に価する。

教養豊かな馬琴は日本の神話などをふんだんに盛り込み、

中国の三国志や水滸伝などの白話小説も取り入れ、難しい専門知識と言葉を使うことで

内容を非常に重厚で奥行きのあるものに創り上げた。

これによって江戸読本が営利活動としての出版だけに迎合せず、独特の文学的立場を保つことを確立したのである。

 

これが江戸読本と他の戯作などの庶民文学との決定的な差であって、『南総里見八犬伝』が今も文学として評価される所以である。

出版機構の確立は文学を振るいにかけることになった。

例えば、日常の生活や色恋だけに焦点を当てて庶民の興味を誘うことだけに

終始しまうものと、それだけに留まらず『南総里見八犬伝』のように文学としての価値を保つものを分けることになる。

その振るいになったのが近世の出版機構と言うことができよう。


出版業の創設という大きな過渡期を通して、パイオニアである滝沢馬琴は

作家として金銭的には恵まれず、制度の犠牲になったともいえる。

しかし、江戸読本というものを高尚な形で爆発的に庶民に広めたことは世紀の成功であった。

現代に続く、大きな制度確立が馬琴によってなされたのだ。

 

青春文学 若者と恋

夏目漱石の「三四郎」と、島田荘司の「夏、19歳の肖像」を比べてみる。

どちらの作品も、若者が恋におちるなかで、成長してゆく過程を描いた青春文学である。

まずはテーマでの共通点を挙げてみよう。

いずれも初恋をテーマに採り上げている作品であり、つまり女性の理想像、処女性を崇敬している。

どちらの作品でも主人公とヒロインの恋は結局結ばれない。

これは、若さの無力さ、無知さをテーマとしているからだ。

また、主人公の男性だけではなく初恋の相手も

本当は自分が一番進みたかった道を進むことができず、別の道に流される。

これは、人の意思や人智を超えた大きな人生の流れがあることを示唆しようとしたことで共通している。


テーマでの違いがある。

三四郎では故郷を懐かしむ姿を散りばめ、現在の暮らしのなかで

故郷という存在がどこに収まるかを模索することがテーマになっている。

島田氏の話では故郷についてはテーマにしていない。

また、三四郎は初恋の相手以外の人にも興味を覚え、その人たちの暮らし方や人生にも謎を感じる姿があるが、

島田氏の作品では初恋の人のみにスポットをあて、たった一人だけのことにテーマを集中している。


三四郎は田舎から都会に出てきたばかりの青年だから東京の街や東京の人間たちにも新鮮さを感じるが、

その中でも最大の謎を感じたのが恋愛である、という形で恋愛をテーマにしている。

島田氏の作品の主人公は、もともと都会の人間だから東京の街にはなにも感じることはないが、

そんないつもの街中で突然恋愛が芽生えることで、

恋愛に対する興味を飛躍的に大きなものとし、一転集中した恋愛をテーマとした。


作品の視線・方法にも共通点がある。

まず、女性と触れ合うことを通して人生成長を遂げる若者を描いているという両方の物語で最も基本的な筋で一致している。

また、三四郎は割合気軽に借金や金策をしたり、

島田氏の主人公はもらった札束を投げつけたりなど、金に無頓着なシーンを出すことによって、

金よりも別のことを追い求める若者というイメージをアピールするという方法も同じだ。


主人公と結ばれなかった女性は、それぞれ本当は幸せなはずなのに心の中で後悔をしている、

という姿を描くことによって、男性と女性とお互いのやりきれなさを演出する方法も共通している。


一方、違う視線や方法がある。

三四郎では初恋の相手と途中ではうまく結ばれそうな予感をさせるが、

結局は相手の女性が慣習やしきたりの色が強い結婚に走ってしまうという手段をとっている。


これはこの当時の時代背景を投影させた方法ではあるが、その視点からは島田氏の物語は作られていない。

島田氏はあくまで現在であり、個人の意思をつきつめている。

三四郎では、身辺に起こる様々な出来事に対して三四郎が自ら解決へと進んでいく展開にはしていなく、

三四郎自身ではなく周りが動くことで話を進めている。


しかし、島田氏の作品では主人公自らが動く展開によって話が進む。

主人公の行動は正反対といってもよいぐらいだ。

三四郎が持つ世界への見方は、己がエリート学生だったからか、世間を卑下している。

島田氏の主人公は正反対で、己の若さや無力さを知り、世間よりも自らの未熟さのほうを嘲っている。

どちらも若者にありがちの姿ではあるが、ここは両極端の若者を描くことになっている。


人物の性格や生き方にも共通点が見られる。

まずは両作品とも、若い主人公同士であるので人生に対して無知である。

無知ながらもそれにも負けずに人生を進んでゆく生き方である。


そして、これも初恋の者同士であるからか、女性に対してひどく臆病である。

女性に対して謎の部分を多く感じている。全体を通すと、

両者は若いながらも若いなりに己の人生を固めようと躍起になっている若者の生き方ということで基本的な共通点がある。


一方、性格に大きな違いもある。

三四郎は人生経験に乏しいながらもエリートであることを鼻にかけ、自信家だ。

島田氏の主人公は己の無力さを嘆き、自信がない。若者の自信の描き方が違う。


三四郎は自ら行動して人生を変えるという意欲がない。

与えられた人生をそのまま受け止めてしまうという人間だ。

他方は、自ら動く意欲があり、積極的な人間である。

若者の情熱の描き方が違う。

三四郎はエリートであるが己に絶対な自信を感じるものを持ち合わせていない。


島田氏の主人公は、自分に自信はもっていないのだが、バイクだけなら誰にも負けない自信を持っている。

これは、大きな違いである。

若者が何に夢中になるのか、若者に何があるのか、それに対する著者の考えが違うのだ。

 

浮舟 源氏物語

浮舟――異質の女性、代理愛の媒体は何故登場してきたのかを考えるという僕の試み。

 

紫式部は、源氏物語を終焉させるためにこの浮舟という女性像を登場させたと言って過言ではない。

東国の受領の娘、しかも左近少将に婚約解消された浮舟という存在は

きらびやかな源氏物語のなかの貴族女性たちの中では際立って異質だ。

彼女の存在価値は風貌が大君に似ている、という一点だけであり、他での美点はない。

つまり、「侮られる女」である。

 

浮舟の自由奔放さは荒々しい東国の男たちの車に護られて橋を渡って登場するシーンから始まっている。

未知の女、しかし想いの大君に風貌が似ている存在は薫が大君への愛情を代理に重ね、

しかも身分の差は容易に浮舟を手に入れられることを意味していたのである。


その薫に囲われたと思ったら、薫に似せて夜這いしてきた薫本人ではないと知って

匂宮に肌を許し、その上で次第に匂宮に心を寄せてしまう。

その行動は彼女が「異質」であるから読者も最初は難なく受け入れてしまうが、

その「異質」の意味が次第に変わってゆく。

浮舟の女房がどちらか片方を選ばないといずれ大変なことになる、と言うがそれを浮舟は選べなかった。


どちらも選べない自分の存在を許せなくなって、

愛人という割合軽い身分の女としては貞操観がなくても許されるはずの立場であるのにもかかわらず、

中の君ら他の身分の高い女性たち以上に、二人の男性から愛されることの矛盾や罪悪を感じてゆき、

最後には宇治で自殺を図り、僧都たちに助けられて再登場したと思ったら尼になって

二度と男性と接点を持つことを拒む、という別の意味での「異質」になってしまう。

 

 

 


都合よく作られた女。光源氏の登場と台頭で華やかに花開いた性愛としての源氏物語が、

薫と匂宮という次世代の愛に満ち足りない主人公たちの時代でやや停滞気味になり、

しかしそこで父や兄など身近な男性の妻には手を出してはいけないという暗黙のルール、

当時の禁じ業を重ねた先にある愛の幻想という愛の形を見つけ出す。

 

薫のものである浮舟という女性を自分が手に入れることで、匂宮はその代理愛人を媒体して薫の存在を乗り越えようとした。

それは倒錯性に満ちた禁断の性の世界が愛情や感覚を盲目的に増幅し、

物語としての膨らみを一層かきたてるという歪んだ手法である。


つまり、浮舟は浮舟である必要はなかった。

別の「侮られる女」がいてその女が故大君に似ていればそちらにスイッチすることは可能だった。

薫が浮舟を自分のものにしたのもまた、大の君という理想の女性が亡くなってしまったことを受けての代理愛人である。

大の君を次に中の君を求めたのもやはり代理愛情であり、浮舟にいたってはさらにその代理そのものであろう。

 

せっかく手に入れた浮舟を薫はしっかり愛そうとはしていない。

匂宮と浮舟の関係を知ってやっと本気になるようだが、

それは匂宮との覇権争いの様相が濃く、浮舟個人に対しての愛情かどうかは分からない。

まるで手に入れてしまったところで彼の愛情は終わってしまったかのようだ。


匂宮もまた浮舟に対しては代理愛情、それは薫というライバルに対しての異型の愛情、

浮舟という媒体女性を通しての二人の覇権争い、自分が届かない薫という存在へのコンプレックスだったのだ。

匂宮の行動もまた、彼の意識だけだとは思えず、薫との因縁というものの中で出てきた産物であろう。

 

それもこれも物語を禁断の世界におとすことで隠避めいた美を演出しているのだ。

禁断の官能、代理の愛情。二人の男を目覚めさせ、周囲を落ち着かせて物語を終わらせるのが次の「異質」の浮舟である。

それまではただの田舎者であり、自分という存在を周囲に流されるままに生きてきた犠牲としての女・浮舟。

意識不明の後に生き返ってからは自分自身の意味を考えるようになり、

その生来の素直さ、心の弱さ、「異質さ」のゆえに、一変して全てを拒否する意思を持つようになったのだろう。


浮舟は大君が苦闘して至り得なかった心境に試行錯誤の末到達したが、この到達の意味は大きい。

源氏物語の享楽的な性愛の果てにいよいよそこへたどりつき、

それまでの全ての性愛を乗り越えてしまったかのような大きさがある。

一見するとやはりただの「異質」な女の一言で片付けてしまうものでもあるが、

源氏の君がしたような性愛のほうが物語の派手さはあるとしても、

著者としての紫式部は浮舟という女性の行動にこそ大きなメッセージを込めたのだろう。


欲望のはけ口としての女の人生と、最後にそれをすべて拒否して終わる浮舟の物語。

それは女性というものが欲望の媒体としてあつかわれがちだった時代に生きた紫式部の、

女性としての意地でもあったのだろうか。

 

上田秋成 雨月物語

『雨月物語』は現代に近い。

人間の性の追求がこの物語全体を貫いている主題だと言われるが、

とりわけ『浅茅が宿』においてその性を追求する状況が現代社会に近いという特異性が顕著である。


秋成の性の映し出し方は、個人では打ち克ちがたい状況の変化にもまれることによって、

人間の本質である性が見えてくる、というものである。

『浅茅が宿』では足利氏と上杉氏の関東一円における騒乱が勝四郎の帰郷を妨げ、

そして皮肉にもその後勝四郎に故郷を訪れる気にさせたのも畠山兄弟の戦乱であった。

その状況の代表格として、戦争という中世から近世の日常がここでは活用されている。

秋成はこういった現実的な状況は、人間の性とは異質なものであるという考えをしていたのだろう。

そして、これもまた皮肉ではあるのだが、そういった混乱の環境を通してこそ、

人間本来の性がはっきりと見えてくるという独特の考えに至ったのではないか。


自然に時代を生きる人間は、人間そのものである性と、

その生きた時代という環境という二つの要素において形成されるという結論に至ったのではないか。

そして、秋成はその二つのうちの、人間そのものである性に、文学としての興味を注いだのだ。

そこに秋成の作品の特異性を見つけることができる。


それは中世から近世という、民衆を抑圧する封建体制が整い、かつ戦乱という混乱状況があり、人間の秩序というものが

まだまだ固定化されることのない時代であったことが重要な要素であった。

この『雨月物語』の『白峰』や『菊花の約』のように変動の時代を舞台にした作品を

好んで書いたところからもそうであるが、秋成の別のテーマに「歴史」があると言われる。

なかでも中世を舞台に選ぶことが多く、それは秋成が混乱期こそ、

人間の本質である性が最も著しく現れるということを考えていたからであろう。

そこが現代に近いのではないか。

激動の近代を経て、一応は安定した社会を現代の私たちは享受している。


しかし、その安定した現代は現代なりの問題を抱えていて、

まず万人に共通したゴールがないことで現代人が自分の行く道を見失いつつあるということがある。

例えば近代では政治や戦争という大きなもの、ひいては家庭というものが全国民の最も大きな興味であり続けた。

現代ではそういったものはない。

誰もが自分の興味ある課題を自分で探して生きてゆくわけである。

それが、中世から近世の混乱期と共通しているのではないか。

だからこそ、現代人である私たちにも『雨月物語』が伝わってくる。

『雨月物語』を読んで、自分の行き方を探すという現代文学に共通するものを感じる。

混乱のなかに人間の本質である性を探す、というスタイルはこのように現代に近いのであり、

それが秋成の特異性であることはこのことからも説明できるのではないか。


一方で、上田秋成の教養の深さがこの『雨月物語』から窺える。

『浅茅が宿』だけでも、このストーリーの原作というか、ヒントになった話は非常に数多くある。

『愛卿伝』の話の輪郭や、謡曲『砧』の女の心情、源氏物語の『蓬生』の叙述部分と似ていたり、

そもそも『浅茅が宿』のタイトルも『蓬生』のなかの「浅茅が宿」という一語からであるといわれるし、

『繁野話』とも設定が似ているという指摘があったり、最終部分の手児女の話は『万葉集』の知識であるし、

全体的には今昔物語の説話『人妻死後会旧夫語』に顕れているものと共通する部分がある。


それらは秋成の知識の深さを示すものであり、

また、彼自身の生き方、自身が言うように若い頃は「放蕩者」であり、俳諧に熱を上げ、

紙と油を商う身から医者に転身し、国学者であり歌人であり、

茶や戯文を書いたりする知識人としての姿を総合的に考えると、

秋成はそれら膨大な知識の中から自身が生きた近世という独特な時代をわざと選んで作品にしているのである。

もちろん、秋成の作品はそれらを総合した借り物でもない。

例えば、『浅茅が宿』で宮木が消えてしまった朝、

勝四郎が彼女はいつ死んだかを尋ねた「ちかき家の主」がもうすでに知らない人であったり、

逆に勝四郎がどこの国の者かと聞かれるあたりは、戦乱による時の推移がよく浮き彫りにされている。

これは他のヒントになった話にはなかった部分であり、

それらの話に秋成が近世独特の部分を加味していることを示している。


つまり、秋成はそういった様々な素材を経た上で、

中世から近世という時代に翻弄される人間の性の追求があることを知り、時代における人の性の追及に特化した。

彼の作品の特異性もまたそこに集中するのである。

 





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