祖母の葬式

祖母が94歳の大往生を遂げた。

後悔は募るもので、ここしばらくお逢いしていなかったから、

生きているうちに逢いに福島まで行こうと思っていたのに、

結局、その福島行きは祖母の葬式に参加するためのものになった。


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密かに父の落胆ぶりを心配して、土曜日の早朝に狭山の実家まで帰る。

圏央道がつながったおかげで、愛知から埼玉まで4時間もかからずに着いたのはちょっと驚いた。

それから外環〜常磐道で福島の南相馬市・原ノ町へ、これまた5時間のドライブ。

久しぶりに両親と一緒のドライブ、心配したほど落胆はしていない様子で、ちょっと安心。


福島の紅葉はまだ始まったばかり、久しぶりの景色で感じたのは、

その田園風景が愛知や岐阜ともまた違い、なんというか、段違いにのんびりしているところ。

これが相馬の文化なのだな、今だから分かる違い、田舎ぶりのランクが際立っていたよ。


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さて、祖母の出棺にギリギリ間に合って、おばあちゃん家に到着。

動かずにいるおばあちゃんに驚き、肌に触れてその冷たさに驚き。

みんなで白装束を着せてやり、白の綿帽子に包み、花束や手紙と一緒に棺に入れる。


葬儀場まで移動して、久しぶりの親戚一同、それから従兄弟たちと逢うのは楽しかった。

もう10年ぶりに逢う従兄弟たちばかり、それぞれ子供を連れてきていて、それが驚き。

雰囲気は湿っぽさがあまりなくて、祖母の死以上に、久しぶりに全員集合した親戚一同だから嬉しさが勝る。

それもこれも、いつも優しい表情をしていた祖母の人柄がなす技なのかな。

真言宗本願寺はお焼香の時に、額にかざすことをしない。

告別式はみんなそのシキタリを不器用そうに学んで、なんとか無事にセレモニーを終えた。


悲しいイベントなのに、おばあちゃんから見たら孫たちが揃い、

さらに曾孫たちが楽しそうにはしゃぎまわっているから、悲しさがないじゃないか。

なんと僕はスーツを忘れるという世紀のミスをしてしまい、翌日来る兄にもってきてもらうことにした。

子供や従兄弟たちと遊んで、親戚の輪を感じるかけがえのない日になった。


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翌朝は時間があったので、おばあちゃんの家の裏、昔に父とよく散歩した場所を一眼レフで撮りにいった。

木造だった橋はすっかり鉄筋に、流れが急だった川は、堤防がしっかりした今時の川に。

とんぼを採った山道を歩いて、カブトムシを探した公園をぷらぷらと歩いた。


原ノ町駅はあまり変わっていなかったなぁ、到着する兄家族を待って、懐かしさのあまり駅うどんを食べたり。

兄が合流すると、ますます大きくなった姪っ子が可愛くて、親戚一同にも笑みが浮かぶ。


お葬式の最後、棺に花をみんなで入れて会場を後にするとき、涙が出そうになった。

こんなに温かく、多くの人たちに見送られる最期は、幸せなものだな。

火葬場に着き、あのおばあちゃんの姿はこの世から消えていってしまった。

骨を拾うときになると、もうリアル感はなくなって、他人というかモノのような祖母。

愛しいイベントだったよ、悲しみの中にある喜び、喜びの方が増していて、悲しさを忘れさせてくれる。

姪の可愛さ、それから親戚の10歳の男の子とずっとしていた鉄道話が楽しかったなぁ。


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夜はみんなでご飯を食べに行って、翌朝は父親と昔の散歩道を一緒に歩いた。

みんな集合の中、別れる時は大盛り上がりで、親戚の温かさを感じた。

写真もいっぱい撮ったから、親戚一同に送ってあげよっと。

常磐道を戻り、ちょっと東京で仕事などをして、それで狭山駅まで戻ると、駅が大改装していた!

車で中央道を通って愛知まで戻るのはさすがに疲れもピーク、ギリギリの体力でした。


悲しみの中の喜び、家族親戚の温かさ、記憶に残っている田舎の景色。

嬉しいものにいくつも出逢えて、悲しいイベントではなく、愛しいイベントでした。
 

東寺 枝垂れ桜 写真

密教美術品の宝庫、東海道新幹線から見える五重塔は京都のシンボル。

 

 

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僕はそういうイメージしか、東寺には持ち合せていなかった。

 

 

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桜満開の季節、東寺を訪れてみるとどうだろう、入口に構える枝垂れ桜の美しいこと!

満開の枝垂れ桜越しに撮る五重塔は、春の京都をそれだけで体現しているじゃないか。

 

 

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仏像に夢中になるはずだったのに、その前に枝垂れ桜の虜。

これほど見事な枝垂れ桜は、他には円山公園のものぐらいしかない。

醍醐寺や平野神社が桜咲き乱れの美ならば、東寺と円山公園は一本勝負の太幹桜。

 

 

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気を取り直して、講堂と金堂の仏像を拝見。

ここ東寺は京都でも最高峰の仏像を保持している、貴重なお寺。

講堂の立体曼荼羅図は、もうありえないぐらいの宝物の連続。

 

 

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僕の一番の興味は、不動明王。

東寺の不動明王は、日本にある不動明王のうちで、インド・中国の原型に最も忠実なもの。

肩から腕のラインには、インド・中国の原形を湛えていて、しかも猛烈に怒っている様に遠慮がない。

 

 

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その他にも国宝・重要文化財の仏像が無数に立ち並ぶ様は、なんとも背筋が伸びる思い。

特別拝観できた宝物館をまわると、まだまだ出てくる、おびただしい数の密教美術品。

 

 

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まさか空海の風信帖(有名な書)のオリジナルがあるなんて!

三国志の呂布そっくりの仏像・兜跋毘沙門天まである。

 

 

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凄いな、東寺、その宝物の種類といい、数といい、質といい。

 

アメリカビザ パスポート更新

「パスポートを更新したのですが、前のパスポートに残っている有効中のアメリカビザは自動的に失効するんですよね?」


そんなこと考えたこともなかった。

 

お客さんからの電話を受けて即答できなかったわたしが頼るのはもちろん、ケンしかいない。


少々お待ちください、と断ってケンに聞いてみると

 

「パスポートを必ず二冊両方もって入国するように言いましょう、

 

パスポートを更新しても古いパスポートに残ったビザは有効期間中は生きています」との返事だった。

 

お客さんに答えた後でケンに改めて聞いてみると、「よくあることだよ」と彼は言った。

 

 

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「なにしろアメリカビザは有効期限が長い。他の国のように1年や2年じゃない、3年から5年、ものによっては10年だしね。


普通はパスポートが切れればビザは取り直しになるんだよ。

 

でもアメリカは違うな。両方持ってゆけばいい。なんていうか、合理的だよ」

 


「なるほどねぇ〜。それは合理的でいいわ。他の国にはない制度なのね」

 

 

「唯一、オーストラリアのシールビザだけは同じルールだけど、他はみんな取り直しだね。

 

これはなかなかいい制度だと思うよ」

 

 

そう言ってケンは嬉しそうにしていた。


なんだかんだ言っても、ケンはアメリカビザのことが好きというか、嫌いじゃないんだ。わたしはそう感じたよ。

 

アメリカ家族ビザ 期限

「21歳の誕生日の前日。


ケン、これがアメリカの家族ビザの期限なのね」

 

ある時、受領してきたばかりのLファミリーのパスポートを見ながらtokoがつぶやいた。

 

お子さんのL2ビザシールとパスポートの写真欄をじっくり見ている。


「そうだよ、21歳になったらもう一人の大人、ってことさ」


「21歳以上になったらもう自分独自のビザカテゴリーを取らない限りはアメリカにはいられないのか〜。

 

これってどのビザでも一緒?」

 

「一緒だよ。21歳の誕生日の前日、ってことで統一されているね。

 

結構これって長いほうで、他の国では18歳とか20歳とか、もっと早い印象が強い」

 

「そうだよね、21歳で扶養家族なんてほぼありえないもん。

 

普通は学生か、もう仕事をしているでしょ。

 

21歳なのに何もしていないって、あんまり考えられない」

 

「まぁね。我々が送り出す駐在員家族は高校卒業したらFビザを取ってお子さんは留学生の身分になるしね。

 

だからまぁ、何も問題ないよ」

 


アメリカビザのルール。

 

それは色々なことを踏まえた上で決めている、まるで色々な人種のるつぼって言われるニューヨークやL.A.みたいに入り組んでいるよ」

 

そう言うとtokoは納得した顔つきでアメリカビザのコピーを取りに行った。

 

これで良かったのかな?

 

充分に教えられたかな、と毎回わたしは疑問に思いながら彼女と仕事をしている。

 

アメリカビザ 犯罪歴

「今までのアメリカビザ申請で一番困ったこと?う〜ん、困ったことねぇ。。。」

 

わたしがそう聞くとケンは腕組みをして考え込み始めた。

 

「えっ?あんまり困ったことがないのかな?さっすがに仕事のできる男は違いますねぇ・・・」

 

「いやいや、逆だよ!どれにしようか迷っちゃうぐらい、困ったことは沢山ある」


ちょっとからかってみるとすごい勢いで反論してきた。

 

そっちか。でもこれは是非とも聞いておきたいな。


「そうだね、一番困るのは、ちゃんと事実を教えてくれない申請者かな。しかも意図的にね」

 

「どんなケースがあったの?教えて」

 

「過去、一番話がこじれたケース。結局ビザは発給されたんだけどね。

 

随分前、これはまだ面接もいらなかった頃の案件だよ。


アメリカの駐在員が日本に出張に帰ってくる間にビザを更新してくれ、と依頼が入ってきた。


普通のことだからね、書類を提出して発給を待ったら、当時通常2−3週間であがってくるのに、全くあがってこなかった。

 

その人より後に申請した人が先に発給されてきたりして、焦ったんだ」

 

「うん、うん」

 

「困ったのはその駐在員も忙しい方だったから、当然早くアメリカには帰りたいし、


日本にいても仕事ができない。散々PUSHされて困ってしまったのは僕だった」

 

「やだね!典型的な板ばさみってヤツじゃない。

 

当然大使館に聞いてもいつ結果が出るなんて教えてくれるわけもないし、どうにもできないんでしょ?」


「そう。どうにもできない。

 

日本的なサービスでいうと何かしなくちゃ顧客は納得してくれないんだけど、本当にどうしようもなかった。

 

申請から1ヶ月が過ぎた日、受領に入ったらファイルが帰ってきたんだ。

 

本人出頭を要求するレターと一緒に」

 

「えっ?どうして?まだ本人面接のない時代だったんでしょう?」

 

「そう。おかしいと思ったよ。

 

レターには、指紋採取をする必要があるので本人が来てくれ、と書いてあった。

 

不審に思いながら本人に説明したよ。そうしたら、なんて言われたと思う?」

 

「えっと、すっごい話なんだから、

 

実は、わたし双子の兄弟で身代わりです、とか(笑)?」

 

「それはないでしょ〜。それはやばいでしょ〜。

 

その人はね、実は隠していたけどわたし犯罪歴っていうか、

 

飲酒運転で捕まった前科があるんです、とその時になってやっと話し出したんだ」

 

「飲酒運転?そういう種類の犯罪はビザ申請に影響あるの?」

 

「答えはYesだよ。何が問題かって、飲酒運転自体じゃない。

 

申請書DS156の質問事項で事実を隠して回答してしまったこと、

 

何らかの違法行為によって逮捕されたり有罪判決を受けたりしたことがありますか?

 

という質問に、故意的にNoと回答してしまった、その行動そのものがまずかったんだよ」

 

「なるほど。事実以前の問題で、悪意によって事実を隠して申請しようとしたって判断されたわけね」


「そうなんだ。それから本人は大使館に出頭して両手全部の指の指紋採取を受けた。

 

なんとその1ヶ月後になるよ、ビザが発給されたのは」

 

「さらに1ヶ月?申請してから2ヶ月かぁ〜。それは業務に支障が出るでしょうし、

 

そんな自己都合で会社に迷惑かけたら何がお咎めあるかもしれないね〜」

 

「そうだね。どうも指紋をとられてからの1ヶ月の間に、

 

アメリカ大使館は本国のFBIにその指紋データを問い合わせしていたらしい。

 

つまり、ビザを発給しても問題ないような割合軽い犯罪だったのか、それとも重い案件だったのか、って」

 

「なんだかすごい話になってきたわね」

 

「だろう?それで結局はビザ発給になったけど、

 

ビザシールの追記欄、Annotationのところにビザ却下には該当しない経歴、と追記されていた。

 

だから、これは結果論だけどね、最初から質問事項にYesと回答して、

 

自ら証拠書類を全て提出していれば通常の2週間でビザはおりたかもしれない。

 

今となっては分からないことだけど、そういう考え方もあるんだ。

 

何もかもがダメじゃない。逆に、スピード違反1回でその欄をYesにされても困る。

 

もっと思い問題の場合、ってことさ」

 

「なるほどね〜。なんかすっごくためになるお話が聞けた感じ。

 

やってしまったものは仕方ないから、素直に話して判断を委ねた方がいいってことね」

 

「そのことがあってから、DS156を作るときの質問書はよくお客に説明して書いてもらっているよ。

 

軽犯罪でもいいから、何か気になったことがあれば相談してくれ、と。

 

黙って虚偽の申請をすることのほうが深刻な問題だ、と書いてからはその種のトラブルがなくなった。


本当に色々あるものだよ、アメリカビザ関係は」

 

ケンがため息をつく。

 

また仕事に戻りながらわたしも考えちゃったけど、このビザっていう仕事は日常生活に足を下ろしていないようで、

 

実は結構人間の最低限のモラルが問われることもあるんだな、と思い返していた。

 

 





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