桑名城 ランニング

知らない場所を走る楽しみ、今回は桑名城をランニング。

なばなの里のイルミネーションを写真に撮る前、せっかくだから早めに出掛けて、なばなの里⇔桑名城の往復8kmをRUN。


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すぐに長良川・揖斐川の合流点付近、伊勢大橋を渡る、1kmもある橋は珍しい、なんだか光栄なランニング。


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六華苑の洋館や七里の渡し跡を見ながら、揖斐川沿いの遊歩道を軽快にランニング、凄く整備された道で走りやすい。


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今日はこの方にお会いしに来ました、本多忠勝公・桑名藩主だった時がある、徳川四天王の一人・最強の戦国武人。

鹿角の兜は極端に目立ち、敵兵たちから首を狙われるはず。本当にこの兜で戦場にいたら剛毅。

岡崎城の像よりも武を強調しているかのような像だ。


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桑名城跡は九華公園として残っている、「九華」を「くわな」と読ませたセンスに脱帽。水堀を巡らせた城だった。


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美味しいものを提供してくれる柿安さん、本店はこの桑名城下にあった。本多忠勝公像のすぐそこ。


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向うは伊吹山・関ヶ原の方角だな、この桑名城一帯も東西の交通の要所、徳川政権にとっても大事な場所だったのだろう。

そこに派遣された譜代大名・本多忠勝公、戦場以外でもご活躍。

とてもランニングしやすかった桑名城、未知の場所を自分の足で見て回ることはいつも楽しい。

 


年始年末 2014-2015

2014-2015の年始年末は10連休、それが間もなく終わろうとしている。

成り行きに任せず、やることリストを順番にこなしていったから満足かな。

本を15冊読む、アナと雪の女王を見る、庭の落ち葉拾い、家の大掃除、パスポート申請、大量のCDを録音する、

タイヤの空気圧を学ぶ、プリンターでA4サイズの写真印刷、無線LAN機器の更新、関ヶ原トレイルランニング

伊良湖岬灯台での長時間露出撮影、多重露光の勉強(下はそのテスト、プリキュアショーと長島アウトレットの合成)、

オークション出品、ケータイをiPhone 6 plusに機種変更、娘が大好きなプリキュアショーを見に行く。


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(iPhone 6 plusで撮影、多重露光アプリにて2枚の写真を合成)


長い時間をかけて改修していた写真ページは、昨年12月で作業が終わっている。

2015年は、2年ぶりに小説を書く、既存の小説ページに相応しい写真を組み込む、アドセンスで稼げるコンテンツ創り。

主にこの3つに取り掛かって、合間に色々なところを走りに行き、写真を撮りに行く。

どれも達成が目に見えている目標だが、品質を上げて実行していこう。


10連休は楽しかった、いつものことだが娘にベッタリ寄り添って過ごした時間でした。

1年前のように家族揃って体調を崩すこともなかったし、僕の地域では雪の影響も小さかった。

さぁ、2015年も新しい何かを求めていこう。
 



伊良湖岬灯台 画像

Salyuさんの楽曲「Lighthouse」、幾度聴いてもその本物さ具合に心が震える。

 

Lighthouse=灯台だから、曲の素晴らしさにお礼をしたくて、伊良湖岬灯台を写真に撮ろうと思った。

 

角度は違えども、Lighthouseも僕の画像も「心を込めたモノ創り」という意味では一緒だろう。

 

 

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気温11℃・晴天の条件が重なった年末の一日、渥美半島の先端・伊良湖岬灯台へ。

 

Salyuさんの歌声に惚れ込んで数年、この曲も小林武史さんが彼女の歌声を強調させるコンセプトで創ったのかな。

 

昼の晴天ではないな、コントラストの高い画像でもないな、Lighthouseをイメージするなら薄暮・夜の長秒露光。

 

 

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まだ陽が落ちる前からスローシャッターで表現したくて、NDフィルタを使って波を柔らかく止める。

 

Salyuさんの歌声はもっと伸びやかに、芯を残しつつ、美しさを放っている。

 

だから今日の伊良湖岬灯台の画像をもっと高品質に仕立てようと、冷たい海風にも負けずに撮影をする僕。

 

 

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本当を言えば、初めて聴いたときからSalyuさんの歌声に夢中。

 

今年も終わるけど、来年からまた新しく生まれて生きていけるね、この灯台の思い出があれば。

 

伊良湖岬の灯台画像を「Lighthouse」へのお礼、それで僕はとても満足だった。

 



関ヶ原 トレイルランニング

関ヶ原トレイルランニング、関ヶ原の戦いの史跡を巡るのには走るのが最良だろう。

地形と布陣を現地現物の肌感覚で見てみたい、歴史ファンの僕としてはいつか来てみたかった関ヶ原。

東西の有力大名・武将たちが壮絶な戦いを繰り広げた場所に歴史ロマンを強く感じる。


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関ヶ原町歴史民俗資料館から走り出してすぐ、関ヶ原決戦地。

東軍と西軍の境、黒田長政と島左近の軍勢が激しく戦った場所、平地が続くこの一帯はまさに死地。


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歴史ロマンをビンビン感じながら走るが、どうも喜ぶ気にはなれない、だって戦場跡だから。


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石田三成が本陣を置いた笹尾山はすぐ近くだった、その山頂からの景色は当時を偲ばせるもの。

徳川家康本陣や両軍の動きが手に取るように分かる好位置、生死の境もすぐそこにある。


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気温8℃はトレイルランニングには適している、暑さや発汗での消耗は皆無に近い。

関ヶ原の戦いが行われた10月21日に走りたかったが、12月にしたことで随分走りやすかった。


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観光案内図の通り、一帯には多くの跡碑が残されているから、それをチェックポイントとして走る。


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ビッグネームの戦国武将たちが名前を残している関ヶ原、歴史ファンの一人としては垂涎の的ね。


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西軍は高所を活かした鶴翼の陣を敷いて優位だった聞くが、こうして石田三成本陣から見るとその通り。

横一列に並んだ有力武将たち、高所の山を3つも抑えている。


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笹尾山を下りて島津義弘の陣跡へ、大変ご立派な石碑が建てられていた。


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勝敗の様子見をしていたのは武人の常だと思うが、引き際で死地である北国街道を選ばず、

敵中突破をして伊勢街道を選んだ薩摩の英雄・島津義弘、その判断力に敬意を表する。


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北天満山に敷陣した小西行長、西軍の有力武将に深い礼をして、また次へ走っていく僕。


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関ヶ原の戦いの開戦地、井伊直政が抜け駆けして宇喜多秀家へ発砲、その後に本来の先陣・福島正則がこの場所で開戦。


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西軍の副大将・宇喜多秀家は1万7千もの軍勢で南天満山に布陣、事実上の西軍の主力部隊。

東軍からすれば最大の敵だったはずが、戦いの後でも死罪を受ける事は無かった宇喜多秀家、幸運か不運か。


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西軍の名将の一人・平塚為広、あの大谷吉継と盟友だったことから西軍についたとか。


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大谷吉継の名前を聞くと何だか心が震える。

豊臣秀吉の部下として石田三成とは長年同僚、刎頚の友でもあったという関係から彼もまた西軍についた。


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病にあった大谷吉継なのに、松尾山に構えた小早川秀秋の大軍を睨む場所に布陣し、東軍の藤堂高虎と対峙。


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小早川秀秋・脇坂安治らの寝返り軍の兵力差に敗れた大谷吉継、その陣跡と首塚があった。合掌。


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中山道を走り、(関ヶ原の戦いとは無関係だが)不破関跡へ、東西の旅人たちと取り締まった有名な関所。


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西軍オールスターズを鶴翼の陣に沿って訪問して感じたこと。

山や丘を押さえ、川を掘としただろうから、特に開戦当初は西軍優位だったのは納得。

トレイルランニングコースとしては楽な範疇だが、生死を争う戦場としては西軍の布陣は良いね。


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問題の松尾山に登る前に、脇坂安治の陣跡へ。

どう見ても東軍に対峙しておらず、小早川秀秋が裏切りすることを前提とした牽制の場所。

勝敗の鍵はどうやら小早川秀秋にある、そのキーマンが布陣した松尾山へと向かう。

標高292mの松尾山、登って来る途中ではほとんど眺望がなかったが、山頂で一気に視界が開けた。



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これが数時間天下人・小早川秀秋が見ていた景色なのだろう、最高の日和見場所を確保し、東西どちらに味方すればよいか見物。

能力の乏しかった将とされている小早川秀秋だが、大軍を率いてこの要地を押さえたということは何か意味・力があったのだろう。


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30万石の身で、何故1万5千もの軍兵を集められたの? どうして前日から松尾山を確保できたの?

自分の動きひとつで、東軍・西軍いずれもの命運を握ることができるタイミングを得る、これは偶然か?必然か?


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残雪・寒風の松尾山、小早川秀秋の陣跡で僕はずっとこの景色を見ていた。

この場所に来れてよかった、天下を掌握する景色を自分の足と目で確かめることができて、感動を覚えた。

そうだ、ここが関ヶ原の戦いのクライマックスだ。


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意を決して松尾山を駆け下る、まるで誰かさんの軍勢のようにね。

心地よいトレイルランニング、戦の勝敗を左右する走りなのだ。

登りは30分ぐらいかかったのに、下りは10分ぐらいだろうか、低山なのであっという間。

こんなスピードで下ってきた大軍の敵勢を、あの大谷吉継・平塚為広は当初は撃退させたという。

それもまた凄い話だ。裏切りを予測し、備えが十分だった証。


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福島正則の陣跡へ、ここからは東軍オールスターズの領域。

西軍一番の大軍・宇喜多秀家の軍勢に乗り込んでいった福島正則、軍兵は3倍近く差があったはずなのに。


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藤堂高虎・京極高知の陣跡、関ヶ原中学校の敷地内にあった。

この時間帯から冷たい雨が降ってきた。


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徳川家康が自軍を前進させると士気が高揚、それでも小早川秀秋の裏切りまでは一進一退。

東軍はどこも平地に陣を構えざるをえないから、低地→高地への進撃は不利、東軍の大変さを走っていて痛感した。


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戦いの後、命を落とした将兵を埋葬したという首塚、帽子を脱いで黙礼。


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敬愛する本田忠勝の陣跡は外せない、ちょっと外れにあったが敬意をこめて会いに行く。


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先陣で戦っていた井伊直政・松平忠吉の陣跡、お二人の軍勢も確実に戦功と戦傷にまみれていたはず。


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東首塚、ここでも脱帽をせずにはいられない、関ヶ原の町中を走り続ける旅の途中。


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東軍・田中吉政の陣跡もあった、彼の軍勢が関ヶ原の戦いの後、逃走中の石田三成を捕縛した。


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徳川家康の最後の陣跡、ここで首実検をした。

一方的な勝利ではないから自軍の犠牲は少なからず、しかし天下を掌握した実感はあったのだろう、どんな気分だった?


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残酷な絵が残っていたが、ここに歴史ロマンなんてプラスなイメージを持っている人たちを改める効果はあるね。

関ヶ原古戦場をトレイルランニングで回ったが、戦死者を供養する気持ちが僕は強かった。

観光地ではなく、戦争の恐ろしさを教えてくれた場所、関ヶ原。


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ゴールの歴史民俗資料館、16km・4時間ほどの関ヶ原トレイルランニングでした。

松尾山からの景色が胸に焼き付いたのが最大インパクト、道は走りやすく、案内も数多く親切。

地形と距離感を確かめるには、車ではなく、自分の足で走るのが一番。

一生忘れられないと思うよ、今日の関ヶ原トレイルランニングは。

楽しいとは言わないが、刺激と冒険に溢れた体験ができた。

 





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