与謝野晶子 女性像

与謝野晶子の短歌を読むべく、歌集「みだれ髪」を手に取ってみた。

 

「やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君」

軽い現代語に訳してみればだよ、

「ねぇ、そこの真面目な坊や、どうして私の柔らかい肌を抱いてくれないの?

激しい恋を重ねなくちゃ、つまらないでしょ」

といった官能的・挑発的な恋の歌が「みだれ髪」にある。


これはオトナの女性が歌いあげた短歌なのだろう、と信じつつ調べてみると、

若干22歳、しかも明治時代の女性である与謝野晶子による歌と聞いて、

なんと言うか、短歌の内容と時代背景のギャップに驚いてしまった。

 

 

 

 

明治の女性像のイメージといえば、慎み深いことが美徳であり、

恋や性を表面に出すことなんて有り得ず、結婚は親の言いなり。

ましてや若干22歳の女性が、まさか上から目線で男性を挑発するなんて、

まるで想像できないこと、これは当時は事件になったはずですよ、奥さん!


そんな騒動の匂いを嗅ぎつけた私は、与謝野晶子の人生を調べてみた。

出てくる、出てくる、事件のカケラ、いいや、「みだれ髪」の事件性以上に、

与謝野晶子の生き様こそが、最高の事件性を持っていた。


■妻子持ちだった与謝野鉄幹を、短歌のライバル・山川登美子と奪い合う

⇒略奪愛成功(でも数年後、鉄幹と登美子は不倫関係に)


■夫・与謝野鉄幹の短歌よりも、与謝野晶子の短歌が世間に評価される

⇒鉄幹のための短歌が、逆に最愛の夫から嫉妬される


■与謝野鉄幹との間に、12人の子を出産!


■倦怠期になったら夫を欧州へ留学させる

(ついでに晶子も欧州旅行。当時では稀なこと)


斬新で、パワフルな生き方をした与謝野晶子に驚くばかり。

その上、情熱の歌人として、与謝野晶子は時代を切り開く短歌を残している。

地味だった明治の女性像に、美と恋の華やかさを。

刮目して読むべし、与謝野晶子の短歌。

 

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