奈良の大仏の重さ

奈良の大仏の重さですか? はい、250トンだと言われていますが?

 

あっ、そっちの重さではなく、重みというか、存在の重さってことね、失礼いたしました。

 

それではお話ししよう、奈良の大仏の罪の重さを。

 

昔話になるよ、創建時、8世紀中頃には賛否両論ある奈良の大仏だったんだ。

 


当時は民衆が飢饉や疫病に苦しめられていたから、

 

聖武天皇は負のスパイラルから脱却できるように、と願い奈良の大仏と東大寺を造った。

 

その願いは良いとしよう、しかしあれほど大きな奈良の大仏だよ、建立には巨額の税金が投入された。

 

民衆からすればこう言いたくなるだろう。

 

「そんな無駄な公共工事で金を使うぐらいなら、飢えている民に食い物をまわせ!」

 

 

 

 

奈良の大仏の意味の重さは今でこそ分かるし、評価もされているけど、当時はそれどころではなかったはず。

 

自分が死ぬ思いをしながら収めた税金が、豪華なお寺や仏像の建築費に浪費されてしまう。

 


10年がかりの大仏造立、作業中の事故もあり、水銀中毒によって死亡した作業員もいた。

 

民衆のためにと造った奈良の大仏が、当時の民衆を苦しめるものにしかならなかったのは、皮肉な結果。

 


奈良の大仏造立を命じた聖武天皇が没すると、橘奈良麻呂が乱を起す。

 

すぐに鎮静化されたが、理由を「東大寺の造立で人民が苦しめられていたから」と橘奈良麻呂は説明した。

 


こじつけられた口実と推測するが、「奈良の大仏設立で民が苦しめられた」というイメージは、

 

その当時は一般的に通用するものであったと窺い知ることができる。

 

 

 

 

さぁ、どうだ。

 

今では奈良観光の目玉、福祉社会事業として障害を持つ子供たちへの療育、学校・図書館を備えて、

 

日本の福祉事業のパイオニアとして東大寺は高名であるが、そこに至るまでの道は苦難の連続。

 


民のためが結果として民を苦しめ、戦火で失われては再建を繰り返した大仏殿、

 

時には奈良の大仏は大仏殿に覆われずに野ざらしの状態にあったり、

 

首から上を失ったままで鎮座していたこともある。

 


それでも現代まで残り、人々に修復されては今のお姿を留めている。

 

この長いストーリーにこそ、奈良の大仏の重さ・存在の重みが宿っている気がする。

 

250トンの重量だけではなく、奈良の大仏の重さをそういう風に計るのが僕の解釈。

 

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