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奈良の大仏の大きさ、15mは聖武天皇の平和への願いの強さ

投稿日:2014年12月18日 更新日:




「奈良の大仏って、どうしてあんなに大きいの?」

奈良の大仏の大きさの理由を聞かれて、わたしは戸惑った。

「奈良の大仏の大きさは約15mです」って、いつもの仕事口調で答えるのは簡単だけど、

えっ、何故かって? 奈良の大仏の大きさの訳を知りたいってこと?

目の前の子たちの表情が真剣なのを見つけたからには、わたしは的確に答えてあげようと思った。

ちゃんと理由があって、あそこまで巨大化した奈良の大仏なのだから。

奈良の大仏の大きさ1.jpg

物事の不思議の理由を知りたがるのは自然なこと。

そうよね、奈良の大仏の大きさの理由なんて普通は見当もつかないよね。

「大きい方が目立って良いでしょ、分かりやすいし」っていうアメリカン風の

軽いノリであの大きさになっている奈良の大仏でもない。

そうだ、この子たちに奈良観光のお土産として、奈良の大仏の大きさの理由を持ち帰ってもらおう。

きっと学校内で広めてくれるし、いっそTwitterとかで拡散してくれないかな。

奈良の観光案内所でバイトをしているわたし、

奈良公園の観光マップをもらいにきた修学旅行生の子たちに聞かれて、こう答えてあげたよ。

「奈良の大仏の大きさは、

あの大仏を造った聖武天皇が平和を祈る心をひときわ強く持っていたから、

みんなにそれを伝えるために、あんなに大きな大仏を造ったの」

そう聞いた修学旅行生の子たちが「ほう、そういうこと?!」という表情をしてくれたのが、私には分かった。

日本の主な大仏さんたち

像高場所
京の大仏
 (1973年に焼失)
19m京都府・方広寺
奈良の大仏
 (東大寺盧舎那仏像)
15m奈良県・東大寺
岐阜の大仏
 (釈迦如来坐像)
13m岐阜県・正法寺
鎌倉の大仏
 (阿弥陀如来坐像)
11m神奈川県・高徳院
兵庫の大仏
 (1944年に軍物資として回収)
11m兵庫県・能福寺
東京の大仏
 (阿弥陀如来坐像)
 8m東京都・乗蓮寺
高岡の大仏
 (阿弥陀如来坐像)
 7m富山県・大佛寺

「その昔ね、今から1,200年以上前、西暦750年頃のお話になるけど、

奈良の大仏が造られた時代は病気や戦争が長く続いて、世の中が乱れていたの。

当時の天皇だった聖武天皇はそれをなんとかしたいと思っていてね、

お金があまり余裕なかったのに、強い意志を持って東大寺にこんなに大きいサイズの奈良の大仏を造った。

平和を願う気持ちを、多くの人たちにシンプルに分からせるには、

奈良の大仏が大きければ大きいほど伝わるって思ったのが理由

像の高さ14.98m
頭部 5.41m
目の長さ 1.02m
耳の長さ 2.54m
台座の高さ 3.05m

そう言いながら彼ら彼女らに渡した東大寺・奈良の大仏の紹介パンフレットにはこんな数字が書かれてある。

ちょっとピンとこない書き方かもしれないけど、

聖武天皇風にシンプルに言えば「奈良の大仏の大きさは15m」って覚えて欲しい。

奈良の大仏の大きさ2.jpg

「それと、もうひとつ覚えておいて。

奈良の大仏が今もこうして残っているのは、聖武天皇の思いを代々の日本人が理解して、

大事に引き継いできたってことね、それも1,200年間よ、1,200年」

それで説明を終えると、わたしはにっこりと微笑んだ。

口元のアルカイック・スマイルで幸福感を出したつもり。

「聖武天皇が平和を願った気持ちが、奈良の大仏を15mまで大きくしたんですね!

ありがとうございました!」

そう言って、修学旅行生たちは奈良公園へと歩いて行った。

良かったよ、わたし。端的に言うとそういうこと。

奈良の大仏 年表

743年聖武天皇が造ることを命じる
752年4,600億円相当かけて、奈良の大仏が完成
1180年焼失
1567年焼失
1958年国宝指定

長く話せば、奈良の大仏はハッピーなことばかりじゃない。

悲しい歴史の裏返しでもあるのが、奈良の大仏のこれまで。

それはわたしからの話ではなくて、奈良の大仏の実物を見た彼ら彼女らが

興味を持って、次は自分たちで調べて欲しいお話ね。

造設当時は、目の前の庶民の苦しみ(飢饉・天災・戦争)を直接助けず
仏頼みの奈良の大仏に、巨額の税金を使った
度々の焼失(戦争による人災)があり、再建していない期間が多々ある

 

奈良の大仏の大きさの理由を上手く伝えられたって、わたしは一人で喜んで、

思わず東大寺の方向に合掌しちゃった。

彼ら彼女らをその大きさでびっくりさせてね、奈良の大仏さま。

それがこれからの平和の継続に繋がるって、わたしは信じているから。

 


 

奈良大仏写真

国中の銅を溶かして大仏像を造り、大山を削って大仏殿を造れ”

奈良東大寺の大仏の造立を命じた聖武天皇の意志はよほど強い。

”天下の富を有するのは我だ、天下の勢いを持つのも我だ”

そう豪語した聖武天皇の奈良の大仏造立の詔は、まるで歌のように聴こえる。

天皇として自分が持っている絶対的権力を、東大寺奈良の大仏に注いだ聖武天皇。

大仏のその大きさこそが、自分の権力の大きさだと世に知らしめようと、

一般的な大仏、例えば飛鳥大仏の大きさの4倍ものサイズで、奈良の大仏を生んだ。

そのぶっちぎり権力の一方で、聖武天皇は冷静なコメントも出している。

”一握りの土を持って手伝おうとする民がいればそれを受け入れ、

役人はこの大仏造立を理由に無理な税金徴収は許さぬ”

聖武天皇は東大寺奈良の大仏の大きさをもって、日本の各地隅々まで、

平和と安定を提供しようとした。

現代からすれば根拠のない神頼みだろうが、当時は神仏にすがるしか方法がない。

戦乱・疫病・天災と、悪魔のような出来事ばかりが続いていた天平時代に、

天皇としてすべきは、悪い空気をかき消す切っ掛けを作ること。

それを東大寺奈良の大仏造立に繋げた聖武天皇の政治判断は決して誤っていないと思う。

莫大な税金を、東大寺大仏のようなハコモノ造りに投与した罪は重い?

現代にまで残り、多くの人に愛された東大寺・奈良の大仏だから、

それは聖武天皇のナイス判断だったと、僕は心の底から思っているよ。







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