50年後 未来の車

外環道を走っていたハタチの頃の自分、今思えば知識・経験が絶対的に不足していた。


50年後の未来の車を考えようとして、「完全自動運転」とか「CO2排出ゼロ」とか派手なキーワードを並べる前に、

一歩誤れば他人を傷つける危険運転を引き起こしかねなかった昔の自分のことに立ち戻ってみる。


カーナビもバックモニターもなかった時代、手動運転の感覚が強く残っている

自動車という機械を、人という知能が操る、主体はあくまで人間だった。

聞こえは悪くない言葉だが、人間=ミスがあるわけで、そのミスは人を傷つける。

 

 

50年後の未来の車1.jpg

 

 

自動車のデメリットの本質は「事故」。

 

話が暗くて表に出にくいが、自動車事故での怪我人・死亡者は深刻な現代病。

自動車メーカーが技術を競うのは、自動車のメリットである便利さの追求のため?

いいえ、デメリットである全体事故数の低減への取り組みだと信じたい。


50年後の未来の車でも一定の確率で自動車事故はあるだろう。

突き詰めていくと、自分のハタチの頃のように十分な知識がないことが直接の原因、

サイドミラーの死角や内輪差を理解していないとか、そういう安易なものが減少しているといい。


基本的な知識・経験不足を補うものが50年後の未来の車の人工知能であれば。

具体的なものは言葉にならないが、運転免許取りたてであっても初歩的ミスで人を傷つけない、

あるいは経験者ならではの慢心で基本的確認をおろそかにしたことによる事故を回避、

そういう夢を実現してくれるのが50年後の未来の車だと夢を広げたいな。

 

 

50年後の未来の車2.jpg

 


人間の感覚は大半が優秀でも1割は粗が出る、自動車を扱っているとそれが最悪の事故につながる。

信じてはダメだよ、人間の感覚なんて

 

技術の進歩が見込まれる50年後では、機械に埋め込まれた人工知能によって人間が操作されるぐらいでいい

目的は交通事故数の削減、50年後の未来の車への期待は事故で悲しむ人が減ること、それ以外にはない。

 

僕たちが生きているこの50年の間に、そんな未来の車が見えるかな。

 

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