未来の車の機能

未来の車の機能を考えるとデータのことばかりが頭にある。

 

どうしてこの現代になっても、前後左右の車を

 

人間の感覚という99%しか正確でないものに頼らなくてはならないの?

 

 

前後の車との車間距離は何メートル空いているかをフロントパネルに数値表示して欲しい。

 

それから自分の車から360℃、100メートル以内に車があることを知らせてくださいね。

 

飛行機の操縦席のように様々な数値計とボタンに囲まれた未来の車の機能をイメージする。

 

 

音をつなぐDJのようにドライバーもデータを使いこなせる?

 

飛行機や船と比べると自動車は大衆に広く行き渡っている安価なものだととらえて良いだろう。

 

未来の車の機能としてあまりお金をかけるわけにはいかないのは分かるが、

 

鶏と卵どっちが先かの問いかけと同じで、車離れを呼び起こしているのは

 

結局ハードルを低くするためには更に誰でも使いこなすことができる未来の車を。

 

そのための機能として四方八方の車の位置関係をデジタル表示する何か、それを求めているよ。

 

 

 


次の未来の車の機能としては、洗車不要を挙げよう。

 

何も最新テクノロジーを駆使してのお話じゃないよ。

 

シンプルに車に乗っていて困ることを未来の車に解決して欲しいという想像。

 

高速道路で長時間運転をした後に起こる面倒、虫の死骸や鳥のフンとか

 

フロントガラスを中心に汚れになってしまうアレをキレイにする洗車の手間が煩わしい。

 


あれを自動的にキレイキレイする機能を、僕は未来の車に求めよう。

 

今それができるかできないかは問題じゃない。

 

未来の車の機能だからね、20年後でも40年後でも整っていれば。

 

どの汚れも「天然素材」だから時間が経てば今でも消えている。

 

その経過を速める仕組みがあればいいのか。

 

 

ボディーやガラスの材料と塗装技術の進化でもっともっと汚れをはじくようになるだろう。

 

しかし未来の車の機能というからにはもっと先手を打つ何かが欲しい。

 

フロントガラスのウオッシャー液が進化して、より早くより強く汚れを流すものになる?

 

ガラスに留まらず、フロント面にも流れるようにしてそれで汚れを取り去る?

 


人工知能やら自動運転やら、未来の車の機能に目新しいものは数あれど、

 

地球誕生以来続いている自然の汚れ問題ばかりは直近で解決する機能は難しいか。

 

手で拭いて取り除く、これ以外の方法はちと先の未来の車の機能。

 

 

 

 

「10秒前に戻れる車」〜これが未来の車の機能として欲しい。


妥協して5秒前でもいい、3秒前でも。


後悔する時があるね、事故はもちろん道を間違えた、車線を誤った。

 

そんなときにボタンひとつで10秒前に戻してくれたら僕は大助かり♪


これに気付いたのはドライブレコーダーの「事故時は○秒前に遡って画像記録します」という機能。


あれだってもちろんタイムトリップして過去を取り戻しているワケじゃない。


常時録画して、以上運転があればそれを残し、他を捨てているだけのこと。

 

 

そんなテクニカルなことは放っておいて、同じような考え方で


僕たちを10秒前の世界に戻して欲しいよ、未来の車さん。

 

運転している時は現実ではない、夢の中の世界。

 

 

自分の足で走っては叶えられない時速100kmのスピードをやってのける自動車の性能。

 

その力があれば過去にちょっと戻るという離れ業もいつかはできるのではないか。


20年前に戻って当時の彼氏・彼女とヨリを戻したいという難しい挑戦を求めているわけじゃない。


たった10秒を戻してください、未来の車の機能で。

 

そんな夢物語を未来の車に託している僕の自由な空想のこと。

 

未来のコンセプトカー

僕が推す未来のコンセプトカーは、視野270℃を確保する車。

 

既存車の常識を覆せ、技術的・コスト的には無理があろうとも

 

コンセプトカーの武器である発想力の転換を使ってイメージを打ち立てよ。

 

 

運転していて、いつも気になる斜めの死角、車のフロントピラー。

 

これを排除するのが未来のコンセプトカーではないよ。

 

衝突時の安全性・耐久性を考えればむしろピラーは太く厚くした方が良い。

 

透明な素材で頑強なものがあればそれを未来のコンセプトカーで

 

フロントピラー(Aピラー)、それからセンターピラー(Bピラー)にも使いたい。

 

 

 


若干の感情を持つ車にしましょう。

 

次に考える未来のコンセプトカーは、他の人では発想できないもの。

 

マナーの悪い運転をしたら、車がちょっと不機嫌になって運転手は居づらさを感じる。

 

すると人間心理として、その不調和を避けようと自然と丁寧な運転をしようとする。

 

 

具体的には、スピードを出し過ぎると「えっ?えーっ?」と心配そうな声を出す車。

 

前の車との車間距離が短いとドキドキして落ち着かない車。

 

無理な割り込みをしようとすると「チッ」と舌打ちする車。

 

長時間運転していると車の方があくびをしだして休憩を求める。

 

 

今までの車に感情がなく、運転手の忠実な機能になり下がっているのに不満があった。

 

僕の未来のコンセプトカーではパートナーとして感情に訴えてくる。

 

面白いよね、空想の世界で未来のコンセプトカーを創る自由な時。

 

冗談みたいで真面目な未来のコンセプトカーの話。

 

 

 

 

実用最重視の方針を取る僕が、未来のコンセプトカーに求めるのはシンプル。

 

停車時に横歩きする車。

 

「走る、曲がる、止まる」が車の基本とされてきて永らく経つが、

 

そこに風穴をあけることができたらどんなに新しいことか。

 

駐車場から車は前後にしか動けないことを不思議に思ったことはない?

 

縦列駐車をする際、ピタリと横付けした車がカニ歩きをして横にずれればそれで事足りる。

 

 

未来の車は停車時に横歩きできないか。

 

コンセプトカーをうたうには地味な機能過ぎてウケない?

 

今の技術でも可能は可能なのだが、コストがかかり過ぎる?

 

そういうプロらしい反応はごもっとも。

 

ハイブリッドだって人工知能だって不可能を可能にして生まれた未来のコンセプトカー。

 

「走る、曲がる、止まる、四方に歩く」

 

これを未来のコンセプトカーとして僕はうったえよう。

 

アメリカ 未来の車

オドメーターが1万マイルを差した。

 

約5カ月乗っている車だから、年間換算すると38,400キロも運転することになるの僕?

 

仕事での移動が大半とはいえ、随分アメリカの車社会に付き合うなぁ。

 

 

アメリカで未来の車のことを考えてみたが、ずっと実用的なことしか思い浮かばない。

 

アメリカの田舎町で長距離運転している経験上、何に困っているって、

 

‥效呂旅さ(長距離運転)

 

天候の不安定さ(突然の大雨、霧や雷、動物の飛び出しもあるね)

 

ガソリンがたくさん必要(しょっちゅう給油)

 

となるが、これを未来の車は解決できるだろうか。

 

 

アメリカ未来の車.jpg

 


‥效呂旅さはスピード出せる車を作るということじゃないし、

 

せめて眠気を防いでくれれば良いが、未来の車の出番じゃないよね。

 

△療係は頑丈なボデーとフロントガラスの視界確保だが、ちょっと未来の車というニュアンスと異なる

 

の給油、これは燃費性向上と燃料タンクの工夫による大型化で実現できるかもしれない。

 

 

こうして考えるとアメリカの未来の車って何?

 

少なくとも自動運転や事故防止、電気自動車ら未来の技術革新はずっと先、100年後の未来の車に見えてくる。

 

もっと現実的な未来の車を。

 

より疲れず、より長く走り、より安全で、より安く購入できる未来の車をアメリカは欲している。

 

未来の車社会アメリカ

アメリカという合理・過密な車社会で考える「未来の車」とは。

 

日本にいた時とは、自分の発想が変わってきたのを自覚している。

 

^貎涌貘罅誰でも実用する (他の交通手段がない、車がないと生活できない)

 

∩れればいい (車検はない、事故車も多い)

 

0汰瓦伴入が車種に反映 (普通にスピード出てるから事故った時、小さく弱い車ほど致死率高い)

 

 

 


異質なものを肌で感じていた。

 

仮にアメリカの地で「未来の車」とは?と人々に尋ねてみた時、「興味がない」と一蹴されるのではないか。

 

日本の都市部で空想遊びされる「未来の車」談義の精神はカケラほどもアメリカに及んでいない気がする。

 

「一回の給油でもっと距離を走れる車 (燃費というより燃料タンクの大型化)」

 

「大雨、雪、霧、動物や車との衝突にもっと自分の身を守ってくれる車」

 

「同品質で単純に価格だけ安くなる車」

 

 

 


こんなシンプルな願いがアメリカでの「未来の車」なのではないかと推測した今の私。

 

少なくとも最先端技術を突き詰めた話ではない。

 

実用的なもの、現実味のある小改善。

 

未来の車社会アメリカで求められているのがそれだとしたら、

 

輝かしいものを未来の車に投影させていた私のイメージは、灰となって消えて失せても良い。

 

 





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